越冬 ⅩⅩⅣ
「あ、落ちた」
キコナイン村とシラトリ郷を結ぶ街道の上空に、飛竜達は南を向いて円陣を組んだ。
それは、馬車を横から眺めた時の車輪のように、空に浮かぶ輪のように見えた。
円は二重で、大きな輪は十二体、小さな輪は五体の飛竜で形作られている。
「構わん。落下地点にドラゴンブロア照射! 十二刻円陣、十二、六刻、ブロア! 五、十一刻、対魔法防御!! 一、七刻、対物理防御!! 残りは対地対空警戒。全竜、用意掛かれい!」
円陣から離れ、疾風姫ストレイリアと並びホバリングをしているフランドゥイールの号令の元、二体の飛竜は逆鱗を逆立て、胸の『竜炉』に魔力と空気を送り込む。
『ギュオオオオオオオオーーーーー』
「ストレイリア様も、フランドゥイール様も何を警戒しているのか? 相手はエダインではないのか? こんな、陣形、アングマアルの機甲師団相手でも大袈裟だぞ!!」
円陣で待機中の『二刻』の飛竜が言う。
「知らんのか? 今我らが対峙している相手。アルティン・ティータ様のご子息らしいぞ」
同じく待機中の『四刻』が答える。
「何?! では、天龍ではないか?! 戦っている場合か!! オルタナ・オルセンなどと云う、得体の知れない外来の龍より余程、盟主として迎えるに相応しいではないか?」
「ブロア二門、発射!!」
フランドゥイールの号令が鋭く響く。
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
飛竜で形作られた中空の円輪。
その、最頂点の竜と最下点の竜が、高圧熱線を口から吐き出す。
二本の熱線は灯台ヶ森の、ヤシンが墜落した辺りで合流するように微妙に角度を変えて放たれていた。
「森が火の海になるぞ!!」
二刻の竜は呻くように言った。
「!?!?!」
火線は森の木々の中に吸い込まれていった。
次の瞬間には森は紅蓮の焔に包まれ、草木すべてが、そこに住まう生物共々、灰になるまで焼かれるはずだった。
しかし、一撃でエダインの都市一つを灰燼と化すドラゴンブロアーを、二線吸い込んだ森は、風圧で一時木々が揺れただけで、そのまま沈黙を保っていた。
「三刻! 九刻!! ブロア照射!!」
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
円輪の火線は左右の端の竜が発した二本が加わり、四本になった。
日の落ちた暗い森を、目も眩む光の線が横断する。
熱気は渦を巻き、森の上空へ立ち昇り、雲を呼ぶ。
しかし未だ、森の木々は木々のままだった。
「ブロアーが喰われている?!」
四刻の竜が呻くように言った。
「! 見ろ!」
二刻が示す先、ヤシンを乗せた『シンタ』が墜落した辺り、黒い球体が発生し、木々の合間から上昇を続け、森の樹の高さを越して姿を表した。
ブロアーの焔は、多少の軌道のズレもねじ曲げられ、この黒球に吸い込まれ、闇の中に消えていった。
二刻の竜は、円陣の横で指揮をするフランドゥイールと、その横で滞空するストレイリアを、不安げに仰いだ。
しかし二竜の表情に動揺はない。
恐らくまだ相手の動きは、予想の範囲内なのであろう。
「中央円陣!! ドラゴンブラスト乱射! 森を焼き払え!! 敵は黒球の裏に潜みつつ森を守っている。待機している竜は『死の刻印』の用意を!! 防御魔法は維持しろ!」
二重の輪の内側、中央円陣の五体の竜が、火球を乱射しようと空気を吸い込み始めた。
すると、突然森の木々を割って、地面から黒球と同じ、暗黒の何かで出来た、黒い壁が次々と生えて、円陣の周りを囲み、壁の幅はたちまち拡がり、壁と壁は組み合って、とうとう十二角形の黒い、巨大な柱となった。
飛竜の円陣はこの、筒状の柱の中に取り残された。
どちらを向いても黒い壁が立ち塞がるばかりで、上空だけが十二角形に切り取られたように空いていた。
その十二角形の空に、馬の鞍のような奇妙な機械にまたがり、少女を小脇に抱えた金髪の少年が浮いている。
「やあ、飛竜の皆さん。こんばんわ」
少年は無邪気な顔で笑いながらそう言った。
「ヤシン、ヤシン、目を覚まして」
ククーシカは地面に投げ出され、転がって石に頭をぶつけ、白目を向いて失神したヤシンを揺する。
森の木々の上空には、飛竜達が二重の輪のように連なって滞空し、光を発しない太陽か月のように天に昇っているのが遠望できた。
ククーシカには判る。
竜達は全て、ヤシンとククーシカを注視している。
「じきに焔が来るわ。ここにいては危ない。ヤシン、起きて」
ククーシカは彼女なりに懸命にヤシンを起こそうとするが、ヤシンは幸せそうな顔で失神している。
「ああ!」
輪の下部はククーシカからは見えなかったので、円輪の頂点が赤く輝き、ブロアが放たれるのだけかククーシカには判った。
ククーシカはヤシンに覆いかぶさる。
海竜と暮らす彼女には、あの赤い輝きが何であるか、あと数秒後に自分達の身に何が起こるのか、十分理解出来ていた。
しかし、いや、理解しているからこそ、ブロアの焔から逃げ出すには、もう手遅れであることがククーシカには判った。
「お兄様!! ヤシン!!」
最後にそれだけ言うと、彼女はヤシンを抱いてきつく目を閉じ、最後の時を待った。
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
破滅の熱線がククーシカに迫る。
「全く運が良かった。この頃合いで息子が失神してくれたのは」
ククーシカの唇に、ヤシンの唇が重なる。
感触に驚いてククーシカが目を見開くと、ヤシンは跳ね起きて、ククーシカを逆に抱えて、立ち上がり、片手で魔方陣を展開していた。
「いやはや、いつもながら素晴らしい!! これが天龍の『龍炉』!! 無限の力を与えてくれる! 今の私に不可能はない! 見てごらんククーシカ!! 私は神のように揺るがない者と成った!!」
「魔道王!! なんでチューした!! ヘンタイ! インラン! ロリコン!!」
ククーシカはヤシンの首を絞める。
「あががが、ぐげげげげ! 『深淵の窓』!!!」
首を絞められながらも、魔道王は魔方陣を完成させ、魔法は発動する。
魔道王の手の先に、光を通さぬ黒い球体が出現する。
目前まで迫っていた飛竜のドラゴンブロアーは、その黒球に吸い込まれていった。
「さあ、もう一度シンタに乗って、夜の飛行をしよう。大丈夫。私の運転は息子よりも上手だよ」
そう言った魔道王は、ククーシカに向かって片目を瞑って見せた。




