越冬 ⅩⅩⅢ
爆風一撃、付近の木々は開花の如く真円形に開き倒れ、その円形の爆心点に飛竜の疾風姫は後ろ二足で立っていた。
岩山や岩塊の頂き以外の低い大地に飛竜が降りることは珍しい。
今は肩に立つ、黒衣の魔道士を拾い上げるためではあったが、彼女は一刻も早くここを飛び立ち、あわよくばこの肩にとまる黒い虫のような男をふるい落としてしまいという欲求と戦っていた。
──このエダイン、忌々しい! 私の逆鱗に少しでも触れてみなさい、引き裂いてやるから!!
二足で立つ飛竜は、この森のどの大樹より背が高かった。
大気を切り裂いて飛ぶ飛竜は、地上の獣達より細く、その鱗は滑らかで、整列させると一枚の鋼板のように継ぎ目がわからないほどピタリと合わせることが出来た。
そのように鱗を整列させて飛ぶ飛竜は、まるで投擲された槍か、剣のように鋭かった。
しかし今は鱗の緊張を解き、二足立ちで頭を高くし周囲をうかがう四足獣のように、ややふらつきながら立っている。
翼は海竜のように格納することはできないが、折り畳まれ背負うようにして背中にある。
竜炉を納めている団扇のように拡がった胸板の左右、海竜であれば前鰭がある辺りから、飛竜の『呪腕』が短く生えている。
飛竜はこの、体の割に小さい腕を使い魔法をかける。
気流を操る呪文で、暴風を掌から発射し、その力を使い矢のような早さで飛行する。
翼の先の中折れした部分にも掌があり、そこでも魔法をかける。
各々に生きる領域が違うので、争うことは少ないが、陸に上がった海竜が飛竜に克つことはほぼ不可能だと言われている。
今、この森一帯は蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げ出したシラトリ連合の下エルダール戦士達の悲鳴が渦巻いている。
生来、内包する魔力が多いエルダールを、竜の目は簡単に捉えることができる。
たとえ、岩陰や木々に隠れようとも、魔力の輝きはそれらを透かし、その挙動は筒抜けであった。
「……」
疾風姫の後ろに次々と飛竜が降りてくる。
疾風姫より体躯が大きく、凶悪な姿をした竜ばかりだった。
「ストレイリア。よろしいのですか?」
疾風姫のすぐ後ろに降り立った、一際大きく銀色の飛竜が疾風姫に尋ねる。
「御父上のご意志です。私は従うまで……」
ストレイリアと呼ばれた疾風姫は、項垂れ、力なく答える。
肩に立つ魔道士は苛立たしげに地団駄を踏む。
「なにを囀ずっておいでで? 元よりあなた様に選択肢などございません。強者が弱者を蹂躙するになんの躊躇が要りましょうや! さあ、狩りなされ!!」
「……」
「我らは天龍アルティン・ティータ様の元で、このか弱き者達を守るため、北から寄せるアングマールの機械共と戦って参りました」
魔力を見通す瞳を森に泳がせながら、飛竜の戦士は言う。
「我ら今後は、機械共の露払いとして、この地のエルダールを狩れば宜しいのですか? それが飛竜王『ストライダー』様のご意志なのですね?」
「…………『フランドゥイール』」
「……意地が悪うございましたな。……やれやれ仕方なし。古来『人喰わば狂す』と云われております。草木花鳥みな灰塵と化し、荒れ野に機械共の館でも建ててやりますかな」
フランドゥイールと呼ばれた飛竜は翼を一つ羽ばたかせ、飛び立つ準備を始める。
「……可哀想に。私は人間達が、大地に翻弄されながらも、命の炎を絶やさぬよう、親から子へと命を受け継ぐ姿が嫌いではありませんでした。根絶やしにならぬよう、見守り、飢えた村に獲物を投げ入れたこともあったのに……」
呟くフランドゥイールに向けて、黒衣の魔道士は杖を振り回す。
「ほれほれ! 魔道王がすぐにも来ます! 今この森に火を放てば、己の家臣を救うため、魔道王は兵を割かねばならなくなります! 早く火を放ち、人狩りを始めてください!」
「人間風情が……、雲も登らぬ空の高みから叩き落としてやろうか?!」
口の端から火焔を漏らしながら、フランドゥイールは唸るように言った。
「わ、私に逆らうは、オルタナ・オルセン様に逆らうも同じですぞ!!」
「どうです姫? この黒虫を消炭にでもして、新参者の後釜天龍と一戦やらかしませんか? その方が余程楽しいですぞ? 選抜されたこの戦士達の顔触れ、ストライダー王のご意志もその辺りにあるのかと思いますがね」
「……フランドゥイール」
上空を旋回し、付近を警戒していた飛竜から報告が入る。
「飛竜斥候注進! 南方に魔力感有! 接近中! 魔力特大!」
「……さて、来ましたな。答えを出す前に時間切れとなりました。……では、品定めと参りますか」
フランドゥイールは両方の呪腕から猛烈な風を発生させ、翼を広げて羽ばたき、離陸を開始した。
「ち、ちょっとマテ! なに勝手に話進めテンダ?! ……お前ら、言い付けてやる! オルセン様に言い付けてやる!! お前ら飛竜も上エルダールみたいにこの世界から排除されてしまうがいい!!」
「……縛鎖」
去り際にフランドゥイールが後ろ足で魔方陣を画き、拘束の呪文を発動させる。
「ふんぎゃあ!」
魔道士は突然硬直し、ストレイリアの肩から転げ落ちた。
頭から落ちた魔道士が地面に激突する寸前で、見えない手に抱きとめられたかのように、緩やかに地面に下ろされた。
「敵、南方より来る! 相手はアングマールを追放された魔道王! 心して掛かれ!! 戦士の品定めだ!!」
「「「応!!」」」
18匹の飛竜の戦士達。
地にあるものは飛び立ち、空にあるものは南を向いて整列した。
──おいおい! 息子よ! 早すぎだ! まだ、ダリオス達が来ていない。単騎で飛竜の群れに飛び込むことになるぞ!!
「え? うん。あれ? どうやって止まるの?」
シンタに跨がったヤシンとククーシカは、北に向かって疾走した。
シンタとは、下エルダールの言葉で『揺りかご』と云う意味で、大きな鞍の付いた、四足のない馬の胴体の、足と首の付け根に大きな魔力球が埋め込まれたような形をしている。
材質は灯台守や817号と同じ白い陶器のような質感で、傷一つなかった。
──体を進行方向の逆に傾けて!
「こう?」
ヤシンは鞍から立ち上がり、ハンドルを力一杯引いた。
「ヤシン。お尻を顔にくっ付けないで」
ヤシンの背中にしがみついていたククーシカは、なんの打ち合わせもされていないので、ヤシンの動作についてこれず、座ったまま目の前に突き出された尻に抱き付いた。
「わ! ククーシカ! 座れないよ!」
慌てたヤシンは体勢を崩し、シンタは揺れる。
「あわわわわわ」
暫く暴れ馬のようなシンタに二人はしがみついていたが、どんどん高度は落ちてきて、ついに木々のなかに没してしまった。
「あっ!!!」
さらに、揺れながら下降し続けたシンタはとうとう下生えの灌木に突っ込んで停止した。
その頃には速度もだいぶん落ちていたし、衝撃を軽減する魔術が使われているらしく、たいした衝撃ではなかったが、立ち乗りをしていたヤシンは前方に投げ出され、地面をコロコロ転がった末、不運にも地面から顔を出していた岩に頭を打ち『あう!』と言って倒れた。
「ヤシン。大丈夫? かなり滑稽な転がり落ち方をしたけど……」
ククーシカが駆け寄りヤシンを抱き起こすと、彼は白目をむいて失神していた。




