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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
53/92

越冬 ⅩⅩⅡ





 厚い雲に隠れて見えないが、大気を切り裂く高い音が、何度も上空を通り過ぎていくのを聞き付けたモレヤは青ざめた。

      

「飛竜が数頭、森の上をよぎった!」


 キコナインの町を脱出し、燃え落ちた村を目の当たりにしたモレヤは、絶望に打ちひしがれ膝を付いたが、気を取り直し気配を消して森に分け入り森の各所に分散している狩猟小屋を回った。

 

 村の周囲で異様な気配を察知したが、先を急ぐ彼女は狩の時に用いる隠形おんぎょう術を駆使しやり過ごした。


 狩猟小屋は森の中に点在し、大樹の幹の陰や、洞窟、土山を掘ったものなど様々ある。

 特に洞窟は入り口が巧妙に隠されているが、中はとても大きく、非常時の避難所と食糧の貯蔵庫を兼ねている。

 

 恐らく太古の、アルノオル勃興以前のエルダールは、このような洞窟を主な棲みかにしていたのであろう。

 洞窟の中の地面を掘ると、無骨ななり瓦笥かわらけの欠片や、火を使った跡、無造作に打ち捨てられた骨や木の実の殻などが出てくる。

 上古が過ぎ時代が下っても、飛竜や地竜が跋扈ばっこした年や、南のエダインと諍いがあったり、ワラグリアの海賊が上陸したりした時に、キコナインのエルダールは、洞窟に一時的に拠って防戦したという伝承が残っていた。


 キコナイン村の女子供のほとんどはこの洞窟に避難し、複数ある巧妙に隠された洞窟の出入り口は、武装した戦士が数人づつ隠れ潜みながら守っている。


 そして今、自分の父親であるキコナインの長老が運び込まれた洞穴の入り口の脇に設えられた幕舎で、報告と今後の相談をしている最中に、モレヤは飛竜が過ぎる音をきいたのだ。 

 

「父上!」


 猟の際、腰に野獣の一撃を受け、歩けなくなったモレヤの父は、担架のような持ち手の付いた寝台に、上半身を起こした状態で足を伸ばしている。

 

「飛竜だ。 少なくとも十は通ったな」


「飛竜が群れている時は、天龍の使いをしている時だ。しかし、アルティン・ティータ様の使いではあるまい。ヤイチャロイキが飛竜から聞いた噂にある、新しい天龍というのが関わっているのではないか?」


「どうも、その天龍の噂を聞き始めてからだな。飛竜が人を襲うようになったのは」


 モレヤの父の他にも、からだの自由の効かなくなった年寄り達が数人幕舎にいて、彼らは口々に不吉な噂話をしていた。 


「アムルイは凶行にはしり、村は焼かれました。上エルダール達は、まるで熱病にでも罹ったかのように取り乱し町を彷徨っていました。そして飛竜が群れて押し寄せてくるなんて……。一体何が起こっているのでしょうか?」


 モレヤは矢を補充し、護身用の山刀を鞘に納め、手早く準備を整えている。


 挿絵(By みてみん)


「ヤイチャロイキは、ワラグリアの兵を追い、廃城に向かった。今の飛竜も東へ飛んでいった。廃城、いや、その東の灯台塔を目指しているのだろう」


「私もあとを追います。もし、アムルイを見付けたら捕縛するよう、戦士たちには伝えておきます」


 モレヤは幕舎を出る。


「よいかモレヤ! 四足で腹這う者の凡てが獣ではなく、二足で高頭する者凡てが人ではない。我らは狩人、過たず獣を射つのだ!」


 父の声を背にモレヤは東に向かって駆け出した。







「……なんか、解ってきたよ。この棒の先の筒をひねると、浮く力が増して、その時に傾けた方に進むんだ」


 『シンタ』と呼ばれる、頭も四肢も無い馬の胴体のような物に跨がったヤシンとククーシカは、フラフラと灯台塔の上空を彷徨っている。


──なかなか飲み込みが早いな。次は、その制御盤の隅の魔力球に親指を添えて。


 ヤシンが頭の中の声に従い、操縦ハンドルの横にある小さな魔力球が沢山埋め込まれたコンソールに指を添えると眼前に地図が現れ、光点がいくつか現れる。


──北の灯台塔の、灯台は今崩れ落ちたので、基部中央の玄室に据え付けられた、元は南の灯台塔のシル・パラン。ゾルティアの角にある北のシル・パラン。各々の観測、測位した情報を元に、この辺り一帯の地図にエダイン、エルダールの位置を表示している。

──この、森に点在する青緑の光点は、キコナインの下エルダールだろう。あれ? キコナイン旧市街にいるはずの上エルダールが観測できないな。

──こっちの森の中にある山の麓の禿げている部分は廃城。ん? 廃城の兵は二つに分かれたな。一つはこちら、北の灯台塔に向かってくる。 もう一方は廃城に籠るつもりか。

──灯台塔の北、ここで沢山集まっているのは、糾合されたシラトリ郷以北のエルダール達……!!


『ビーッ、ビーッ、』


 警告音と共に、北の端から大きな光点の群れが、雁行のような一辺を欠いた三角形で南下してくる。


──この早さ。飛竜か! おのれ! すべてを滅するつもりか!


「???」


 ヤシンは事態が飲み込めず、頭の中に響く言葉を聞きながら地図を見つめていた。


「ヤシン。どうしたの? お兄様はどこ?」


 後ろからヤシンにしがみついているククーシカがヤシンに聞く。


「ククーシカ、なんか、大変なんだ。戦争が起こりそうなんだ」


──いや、戦争は起こらない。先程まで起こりそうであったが、その、可能性はなくなった。


「え、そうなんだ。良かった……」


──いや、安心できる事ではない。むしろ事態は最悪なのだ! これから起ころうとしているのは飛竜の人狩りだ。草木凡て灰塵と化し、燻り出された者から竜の顎門あぎとの餌食となる。そんな一方的な殺戮だ。

 

「飛竜の人狩り……」


「ヤシン。お兄様を呼んで! 竜が人を襲うなんておかしい! 竜はそれを正さなくてはならない!」


 ヤシンの絶望の呟きを聞き付け、袖を引きククーシカが訴える。


──地図の光点。ここと、ここと、ここ。各々に指を添えてこう言うのだ。『灯台塔に戻ってきて』と。カルンドゥーム、25号、ダリオスへ通じる。ゾルティアはシル・パランで察知して既に動き出している。ゾファー王子が一緒なら既にこちらに向かっているだろう。


 ヤシンは言われるままに地図に手を置いて呟く。


「灯台塔に戻ってきて! 飛竜が来るの」


 その後、ヤシンは北の方に体を傾ける。シンタは姿勢を正そうとするが、ヤシンは更に体重をかけ、スロットルを捻った。


 シンタは北に向かって飛ぶ鳥を追い抜くような早さで進んだ。







「? どうしたのです海底公?」


 階段を一気に駆け登ったタコの怪物。メイド少女を咥え、一本の足で上エルダールのオカマを、もう一本の足で半裸の髭男爵を掴み上げ、残り六本の足で駆けていたダリオスは、急に立ち止まり、警戒するように辺りを見回した。


25(にこ)ちゃん。聞こえたか?」


「ええ、ダリちゃん。ヤシンお坊っちゃまの声だったわ」


 咥えられた25号が即時に答える。


「飛竜が来るよって灯台塔に戻れ言うとった。急いで行かなあかん!」


「ちょっと待ってください! ワラグリアの兵は?」


 クリム・ドウランはタコの足に吊るされたまま訴える。


「通り道や。どのみち飛竜が襲ってきたんなら、戦争している場合やない! みんな食われてまうで!!」


「……待ってください」 


「うんにゃ。持ったなしや!」


「いいえ、そうではなくて。誰がか一人で西から駆けて来るのよ」


「カラリオン。認識阻害の魔法を」


「わかりましたわ海底公」


 カラリオンは手で印を組み何事かを唱える。

 自分達では判らないが、見る者の注意を逸らし、目にしても認識できないようにさせる幻術の一種だ。


 森の中とはいえ、樹木と変わらない高さの大ダコが、目に入らないわけがない至近を、西から東へとモレヤが駆けて行く。

 彼女は気付かない。


「あれは、キコナイン村の村長の娘。モレヤ殿です! あの方に私は何度か命を助けてもらいました」


 ドウランがそう言うと、ダリオスは足を一本振り回すとモレヤ目掛けて投げるように伸ばした。


「きゃあ!!」


 誰も居ないと思っていた木立の合間の至近から、投げ縄のように飛んできたダリオスの足に絡め取られ、モレヤはあっさりと捕獲された。


 ダリオスは足を引き寄せ、モレヤを自分の顔の前まで持っていった。


「なんだ? 怪物か! えい! えい!」


 モレヤは腰に下げていた山刀を引き抜くとダリオス足に斬りつけたが、刃は通らなかった。


「モレヤ殿! 私です、ワラグリアのクリム・ドウランです!」


 同じく吊られているドウランが、モレヤに声を掛ける。


「ドドド、ドウラン?」


「怖がらないで。ダリちゃんは良いタコさんよ」


 咥えられたままの25号も訴える。

 しかしその様は、どう贔屓目に見ても、大ダコに捕食される寸前のメイドである。

  

「は、方舟の姉妹……。オーマの上エルダールの使い魔か?!」


 25号の姿を認めモレヤの手が止まる。


「ワイらは魔道王の食客や。そして魔道王は、今この地で騒ぎを起こしているワラグリアの兵達の親分や。事を収めるために、走り回っとる。この騒ぎの中、北から飛竜の群れが攻めて来よった! ワシらはそれを防ぐさかいあんさんは西に戻りなはれや!」


 ダリオスはそう言うとモレヤをそっと西向きに下ろして、彼女のお尻をツンツンした。


「ワシら急ぐさかい、話し合いは事が収まってからや、村長にはそう言っといてえや」


 ダリオスは、25号、カラリオン、ドウランを抱えたまま東を向き走り出そうとした。


「ま、待て! 私も行く! 事の次第を見聞し、裁断するのはわたしの勤め。人と獣とを見極め、人を助け獣を狩るはわたしの勤めなのだ!!」


 そう言うとモレヤはダリオスに駆け寄り飛び付いた。


「……怪我しても知らんで!」


「覚悟の上!!」


「上等!!」


 ダリオスは東に駆け出した。

  

 






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