越冬 ⅩⅠ
キコナインの村は、依然燻っていた。
敗残兵、ワラグリア蜂起軍は、燃える村で暖を取りつつ夜を明かした。
その後も首謀者のペレグレンは、森に逃げたであろう下エルダールの追補も、階段を登ってくるであろう上エルダールへの対策も、シラトリ村や灯台塔への対応方針も示さぬまま、ただ周囲を警戒し待機せよ命じたまま、まるで魂が抜け出てしまったかのように、呆然と立ち尽していた。
「ペレグレン卿。半日ここにいた。もうじき日が暮れる。これからどうすれば……?」
自然と参謀のような立場になったグルビナの斧兵は、ペレグレンに尋ねる。
しかし問われたペレグレンは、呆けたように南の海を眺めるばかりであった。
「……!!」
呆れ、その場を離れようとした参謀は、村の北、森との境界線に視線をやり息を呑む。
そこには、狩人が一人立っていた。
報復を恐れた蜂起軍は周囲を警戒し、歩哨を多数配置していた。
その誰もがこの狩人、ヤイチャロイキの存在に気が付かなかったのだ。
彼の佇む足元には十本ばかりの矢が立ててある。
鏃も矢柄も鉄製の大長矢で、鏃の先は分銅の様に膨らんだ短い円柱になっていた。
それを引く弓も、エダインでは到底構えることすらできないような、剛弓だった。
「敵シュ!」
参謀の反応は早かった、彼は振り向いて村の中央でたき火にあたっている兵に向けて警戒を発した。
しかし、振り向いたその後ろ頭めがけ、一瞬のうちに剛弓を引き、ヤイチャロイキの矢が放たれた。
『ガイン!!』
大長矢は、参謀の斧兵がかぶる鉄兜に当たり、破鐘のような音を立てた。
衝撃で斧兵は卒倒した。
『おのれぇい!』
矢を恐れない、重装歩兵が数人、ヤイチャロイキに向かって駆けていったが、鉢金や兜の者は頭に、頭を防護していない者は、脛や肩に矢を受けて、次々と倒れた。
蜂起軍にわずかに残った弓兵が、戦きながら、矢を放ったが、ヤイチャロイキは避けるそぶりすら見せなかった。
矢は一本を残しどれも大きく外し、命中しそうだった一本もヤイチャロイキが、つがえる途中だった大長矢で、事も無げにその矢を叩き落としてしまった。
「……反ったか」
ヤイチャロイキはそう言うと手に持った矢を捨て、別の矢をつがえたが、もう、彼に向かってくる者はいなかった。
「ワラグリアのエダイン。忘恩の徒に告ぐ。お前達の今の首領は、カンナ・カミィの再来を自称する魔道士に操られている。お前たちが蜂起し、まだ下エルダールに死者が出ていない今のうちなら、この村を焼き払った罪だけを問おう。廃城に戻れ! 然も無くば……この矢の次に放つは毒矢ぞ」
『ガイン!!』
最後の一矢は、この騒ぎでも呆然と立ち尽くすペレグレンの兜に当たり、彼は仰向けに倒れた。
キコナインの十字路に異形の怪物が立つ。
牛を数倍する巨体から八本の脚を伸ばし、口に笑顔のメイドを咥えた、蛸の怪物、九頭竜のダリオスである。
頭でぶら下がって風でスカートがめくれ上がらないように、太ももの間に挟もうとして、既に停止したことに気付いていないのは、方舟の姉妹25号、アダ名はニコちゃんである。
「ダリちゃん。村から煙上がってるねぇ」
「ああ、急がな……ん? あれ、なんぞ?」
ダリオスが十字路の南、キコナインの町へと下る石階段の始まりにある石畳の広場の方を向く。
階段の降り口には石の山があり、半ば埋るように魔道兵が一体立ち往生し、広場の端には斧の突き立った魔道兵が一体伏していた。
「旧ナイト型や。昔、石階段の警護に魔道王はんが置いたやつや。あかん。完全に壊れとる」
そう言いながら、ダリオスは石階段の下の旧市街地を見下ろした。
「ダリちゃん。降りるの?」
「んー、どないしょ」
ダリオスがキコナインの村に向かうか、旧市街に向かうか悩んでいるうちに、元オーマの灯台守『カルンドゥーム』と海竜王子『ゾファー』、一角竜女『ゾルティア』が追いついた。
「ここは二手に分かれましょう。村へは私が参ります。海の近くへはやはり海の仲間の方たちで」
今までの経緯を説明し、カルンドゥームが立ち寄った廃城の様子など、情報をやり取りした後、機械兵カルンドゥームがそう言うと、ゾルティアが面白くなさそうな顔をした。
「あんた、つくづく単機突入が好きねぇ。大見得切ってそこのお友達みたいになっちまうよ」
足元に転がる魔道兵を見ながらゾルティアはそう言った。
「貴女もゾファー王子も、火力が強すぎます。ここは可燃物が多いので、森が焼けてしまえば、人々は生活手段を失います」
「あんた! 人を放火魔みたいに云うんじゃないよ!!」
「まあ、まあ、ゾルティア。……カルンドゥーム。我ら海竜は確かに火の息を吐くが、お前の言うように水域に属している。火消しも得意だ。……それにな、」
二人をとりなしていたゾファー王子は、ここでカルンドゥームに寄り、どこにあるかはわからない耳に向かって、小声で耳打ちした。
「彼女はシル・パランを保持している。どうか守ってやってほしい。一緒に同行させてやってはくれぬか? 淑女を守るのは騎士の勤めであろう?」
「確かに私は『ナイト』ですが、レディ……、ですか……?」
カルンドゥームはゾルティア方を向いて呟く。
「な、なによ!」
「ゾルティア。今、カルンドゥーム卿が海竜を侮蔑するような発言をした。お前は卿と同行し、彼の心得違いを正すのだ」
「はあ?! お、王子は?」
「私は正に卿の言う通りの放火魔だ。オーマの森を焼いてしまった。言い返すことはできない。だからゾルティア、お前なのだ。卿。宜しいか?」
「はは、オーダー、承りました。必ずやゾルティア姫をご無事にエスコートさせていただきます!」
ガシャリと音をたてて、カルンドゥームは騎士の礼をする。
「では、私とダリオス公、そして侍女の……」
「ニコちゃんですぅ」
「……ニコちゃんとで下に参ろうか」
ゾファー王子は、偵察隊を二つに分け、自身は旧市街に向かった。