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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
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海峡 Ⅲ

 夕闇の迫る街道を、騎馬の一団が北へと駆けてゆく。


 装備がバラバラの、一見山賊の集団に見えるが、それにしては隊列が乱れず、統制が取れている。

 60騎ほどが、かなりの速度で駆けている。

 

「注進! 注進!」 


 一団の後方、一騎駆けの早馬が王都方面から現れ、先行する集団に合流した。


「注進! 注進! 隊長は何処いずこ?」


「ここだ!」


 一騎駆けで合流した、軽装で紋章等は外しているが、明らかに軍隊の伝令兵と思われる男は、隊長を名乗る南方系の浅黒い大男と、軍隊式の敬礼を交わす。


「随分早駆けをされていたのですね。追い付くのに苦労しました。……宰相ニコラウス様より口頭で司令が!『本国元老院の許可が降りた。決行せよ』とのことです!!」


「…………」


 それは、隊長が待ち望んでいた知らせのはずだった。

 しかし、彼の表情は冴えず、視線はなにかを探すように、街道の左右に立ち並ぶ大木や、それより手前にある灌木の群れに注がれていた。


「……いかが、なさいました?」


 伝令兵は隊長に問いかける。


「……見えるか? 木々を縫って我らと並走する者達の姿が」


「?……!!」


 伝令兵は木々の合間に目を凝らし、絶句する。

 全く音をたてず、おびただしい数の大きな狼が、騎馬隊と速度を合わせて走っていた。

 その数は百や二百でははかった。

 殺意を秘めた双眸は赤く輝き、鬼火のように細く尾を引いて街道を疾走する彼らと並走していた。


「ひっ!!」


 伝令兵は悲鳴を上げ、助けを求めるように隊長や他の騎兵達を見る。

 その時伝令兵は、初めて彼らをまじまじと見つめたのだ。


「そ、そんな……」


 どの騎兵も無傷な者はいなかった。

 皆、どこかしらに傷を追い、治療も出来ずに、駈歩かけあしの風で傷口が乾き、とりあえず塞がっているだけだった。


「我らは散り散りに本国を発ち、街道沿いの自由開拓民の集落を襲撃し、そこで集結した後、ヤシン王兄の一行を追って出発したのが昨日のことだ。我ら偽装した騎兵団は400騎で王兄の一行を追ったが、人家の絶えた森林地帯に入った途端、北方狼の襲撃を受けた。奴等はまるで待ち構えていたように集まり、一斉に襲い掛かってきたのだ。たちまち敗走した我らは追撃を受けた。軍を止めようとすると奴等は襲いかかってくる。集団を離れ、逃げ出した者はたちまち殺された。奴等は我らを追い立てて、遊んでやがるんだ!!」


 彼らの強行軍は、伝令兵が思っていたような、士気の高さから来るものではなく、ただ、恐怖に駆られ、止まることが出来ない故だったのだ。


「貴殿が王都まで帰り着くことに一縷の期待を賭けて、言伝てをお願いする。ヤシン王兄を仕留めるには、千の槍騎兵が必要! 北の妖術王の末、ヤツは人非ざるものを使役する!! 我らは失敗し壊滅した! ただただ帝国の繁栄を祈り、英霊となりて南へ帰らんと!!」


「あひぃぃぃぃー!!!」


 悲鳴と共に伝令兵は手綱を引き、元来た南へ転じた。


 灌木の中から2匹の、馬に迫る大きさの、怪物のような狼が躍り出て、伝令兵の追跡を開始した。


 隊長は絶望的な表情で走り去る伝令兵と狼の群れを見送った。


「ここは魔の国か?! 野の獣にすら悪魔の意思が宿っている! せめて、……せめてこの狼の群れを、王兄の隊列まで引き連れて、道連れにしてやる!! 皇帝陛下! 御照覧あれぇ!!」


 夕闇と、運命の瀬戸際が迫る中、彼らの死の疾走は続く。





 夜のとばりが降り、街道の脇にあった緩やかな丘のような場所を、今夜の夜営の場所とした王兄ヤシンの一行。


 幸運にも、先程、彼らの目の前を大猪の群が横切り、ダイモンとグレタが騎兵達を率いて追い立て、多数を仕留めた。


 舞い込んだ御馳走のお陰で、一行は宴のような賑やかな夜を迎えた。


「カロン! どうだい!? あたしの仕留めた猪は?! すごいだろう!」


 ワインの瓶を片手に、冗談のような大きさの、こんがり焼けた猪の足の肉を持って 、グレタは自慢がてら肉を振る舞って回っていた。


「バカスカ喰うな! 今燻蒸(くんじょう)する窯を作っておる! 内臓と血を抜いたら持ってこい!」


 カロンがまじないを唱えながら、石を積んだり泥を塗ったりして、窯を作っている。


「それにしても間抜けな猪だったねえ。あたしらの目の前に団体で現れて、逃げるかと思ったら右往左往するばかり」


「バカ者。さしずめ狼に追い立てられて街道に迷い込んだのであろう。狼が近くに居る証左しょうさじゃ!」


「だけど、ダイモンが見回りをしても何も見つけられなかったよ」


「恐らく少数の群れだったのじゃ」 


「まあ、気にしない気にしない! 今夜は収穫祭さ! カロンも早く仕上げておいで!」


 グレタは大きな焚き火を指差しカロンに言った。


 宴にはヤシンも誘われ、寝台を設えてもらい、焚き火の輪に加わっている。

 傍らにはダイモンに恭しく抱き抱えられ、ここまで運ばれてきたミールがヤシンの足元に座り、ヤシンに肉を切り分けている。


 ミールを下ろした後、ダイモンはヤシンの後ろで厳めしく立っていたが、笑顔のヤシンに促され車座に加わり、今は赤い顔をしてゲラゲラ笑っている。


 そこに、窯を作り終わったカロンが加わった。


「ヤシン様、少しはお口に運んでいただけましたか?」


 グレタが優しい笑顔で問うと、ヤシンは口の脂を拭って答えた。


「これ、仕留めたんだって?! すごいねグレタ! とっても美味しいよ!!」


 ヤシンはにっこり笑って答える。

 その時、ヤシンの後ろにある彼の馬車の方から『ドスンドスン』と地響きが聞こえ、『バルルルルルル!!』という物凄い馬のいななきが聞こえる。


「ダイモン。シャドウファクスを放してあげて」


「ヤシン様。この辺りは北方狼が多く出る地域です。幸いまだ一度も姿を見てはいませんが、用心に越したことはございません。そろそろ飛影のお散歩は止めにしたほうが良いのでは?」


 ダイモンは控えめにいさめた。


「うん、確かにそうなんだけどね。でも、彼は賢いよ。もしかしたら狼を説き伏せて、襲撃を思い止まらせてくれるかもよ」


「ご冗談を……。 まあ、判りました。彼の散歩を許可しましょう」


 ダイモンは呆れ顔でそう言うと、馬車の方へ向かった。


「それにしても、北の旅は厳しいって、お父様が常々(つねづね)おっしゃっていたのだけど、なんだか拍子抜けね。人家のあった場所の方があたしには厳しい旅だったわ」


「そんなこと言わないで。運命の神様が聞いていて、艱難かんなんをご用意されるよ」


 笑顔でヤシンが言うと、グレタは慌てて膝立ちをして手を合わせ祈りを捧げる仕草をした。


「おお! 神よ! 今のは聞かなかったことにして! 艱難辛苦はもうたくさん! 一杯一杯! お腹一杯です!」


 そんなことを言って笑い合っていると、ヤシンの背後から突然、シャドウファクスがぬっと顔を出し、鼻面をヤシンの頬に押し付け、彼の耳と、もみあげをモシャモシャと口に含み、『ブルンブルン』と耳元で嘶くと、プイと離れて行き、闇に消えていった。


「うふふ、ヤシン様。シャドウファクスに何て言われたの?」


 悪戯っぽい笑顔で、グレタがヤシンに問う。


「『放してくれてありがとう。今夜は冷えるから、毛布を二枚掛けなさい』って……? え? 何でみんな笑うの?」


 ヤシンが言い終わるのを待たずに、グレタが頬張っていた肉を吹き出した。


「あはははは!!」


「け、傑作!!」


「世話焼き女房かい!!」


「夜遊び好きなのが珠に傷だな」


 車座くるまざの一同は大爆笑した。  




 深刻、街道を南へ向けて、シャドウファクスは疾走する。

 馬車を引くハーネスも外し、裸馬になっている。

 ヤシン達一行から大分離れた街道の真ん中でシャドウファクスは足を止めた。


『ゲゲゲゲゲゲゲ!!』


 馬のものとは思えない、大蝦蟇おおがまのような鳴き声を上げる。

 すると、左右の灌木かんぼくを飛び越えて、北方狼の大群が現れる。 

 狼達はシャドウファクスの前で整列すると、一斉に伏せた。


 伏せた群れの中から、馬と変わらない大きさの北方狼の中でも一際大きい二頭が、シャドウファクスの足元まで姿勢を低くして進み出た。


 彼ら三頭の獣は、しばらくの間まるで目で会話をいているかのように、視線を交わしていた。


 そのうち一頭の狼が立ち上がり、口に含んでいた物を吐き出した。

 それは、騎兵が足をかけるあぶみだった。

 その一頭が再び伏せると、もう一頭が立ち上がり、猪の牙と思わしきものを吐き出した。


 それを合図に群の後ろでは、体躯の大きい狼達が引きずって運んできた無数の猪や鹿などの獲物が、他の狼達に振る舞われ、慌ただしい食事が行われていた。


 その様子を見、満足げに嘶いたシャドウファクスは、二頭の狼の頭を鼻先で撫でるような仕草をした。


 食事が終わると、狼の群れは二手に別れて一斉に散っていった。

 

 一方は遠巻きにヤシン一行を取り囲む。

 それは、襲撃をするための準備のようにも、護衛をするための布陣のようにも見えた。

 その数は300頭。


 もう一方は街道を見張るため、散って行く。

 狼達の、姿が消え、街道にはシャドウファクスだけが残された。


 シャドウファクスは再び北へ向けて、早足で帰っていった。


 





 次の日の朝、シャドウファクスがそっと帰ってきた頃、辺りには霜が降り、水溜まりには氷が張っていた。


 結局この日も、王兄の一行に狼の姿を見た者はいなかった。

 狼は王兄一行の前に姿を表すことはなかった。







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