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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
33/92

越冬 Ⅱ



 自然と共に生活している下エルダール達にとって、旧市街の石造りの家の連なりは、寒々しい光景だった。

 家はもちろん墓さえ木で作り、朽ちるがままにさせるモレヤ達にとって、土に還らない物は、手に余る物。

 土地は神の借り物、家を作る建材も神の借り物。

 そんな彼らには返しきれぬ負債のように石の家が見えるのだ。


「息が詰まる……」


 モレヤは石の家の窓から彼女らを見ていた上エルダールが、そっと手元で魔除けの印を組み、カーテンを閉めるのを見て苦々しげに呟いた。


「見ろ。村の守神だ……」


 年嵩のエルダールが指を差す先にある広場の中央に立つ、案山子に鎧を着せたような魔道人形の肩に、大きなふくろうが、とまっていた。


「……なんでこんな石の町に、守神がおわす……」


 若い狩人が驚きの声をあげる。

 魔道人形は、もう何百年も昔に活動を停止し、ただの立像のようになっている。

 その立像の肩にとまる梟は、首を傾げ真円の瞳で、石の町を歩くモレヤ達を見詰めていた。


カミィにとって、エルダールに上も下もない。守神は我らの営みを見、子細をカミィ(モシリ)へ伝えるだけだ」


 三人が広場の隅をそっと通り抜けた時も、守神は首を回して見送るだけだった。



 日が没し、闇が濃さを増してゆく。

 降りしきる雪と、濡れた地面との戦いは、結局雪の勝利に終わり、濡れた地面は白く覆われていった。


 風は強く、海は不気味な音をたててうねり、波は岸壁に打ちつけられていた。

 遥か対岸の南の灯台に灯が点り、海を照らすのがぼんやりと見えた。

 こちら側の北之島、キコナインの東にも灯台はあるが、ここからではその光は確認できなかった。


「やれやれ、とうとう雪が降りだしたな。……また冬が来たという事か。果たして春を拝むことは出来るのだろうか?」


 上エルダールの家々の中でもぬきんでて大きい一軒に、ワラグリア敗残兵の指揮官『クリム・ドウラン』は招かれていた。


 彼は二年前のゴンドオル政変の折、王兄派としてシムイ王に反旗を翻したガルボ家のウィストリア公に従い、王都へ進軍した騎士の一人である。

 一応爵位を持つが、オーマに残ったチジヤーチの小領主や隻腕の老将軍と比し、位は低い。

 将軍達が海竜を恐れ渡海を諦めたので、結果的に北之島の敗残兵をまとめる立場に推されたのだ。


 もう一つ彼が推された理由は、彼が旧ワラグリアの首府があったグルビナの北部にある『ドライツェン』という港町の出身であったためだった。

 ドライツェンの町は、ゴンドオルとエリアドオルが疎遠となった近年でも、エルダールの船が希に寄港する数少ない港だった。

 ドウランが子供の頃にも何度かエルダールの風雅な船が入港した事があり、港町を往き来する銀髪のエルダールを見たり、彼らの船に蒲萄や麦を運び入れる仕事を手伝った記憶があった。


 ドウランが敗残兵とともにキコナインの町にたどり着いたとき、エルダールの一人がドライツェンの港を駆け回っていた元気の良い少年の事を覚えていた。

 そのエルダールは船乗りとしてドライツェンの港に赴いた事があったのだ。

 彼は現在キコナインの町長を勤めている。

 偶然の再会に彼らは懇意になった。


 前回の冬越しは、上エルダールの石の家、下エルダールの茅葺きの家に敗残兵が分散して宿営し、なんとか乗り切ることが出来た。 

 

 しかし、今回は敗残兵が起こした誘拐事件がきっかけで下エルダールとの関係が悪化、キコナインから退去を強いられた敗残兵達は、ここから徒歩で半日ほどかかる廃城に拠っている。


 今日ドウランは、敗残兵の越冬のための燃料と食料の相談に、キコナイン市街を訪れていた。

 

 腐敗を抑え鮮度を保つ刻印を全体に施した倉庫を持つキコナインには、町人数年分の 食料が蓄えられていたが、前回の冬越しで敗残兵500人を養うために、全て使い果たしてしまった。


 エルダールは春から食料調達に奔走していたが、倉庫の数々は半分も満たされぬうちに冬が訪れてしまった。

 町民だけなら十分に賄える量であるが、敗残兵の分を考えると、冬の間も漁や狩りを行う必要がある。


 暖房の燃料の薪についても深刻で、急きょ移り住むことになった廃城の周りの森は下エルダールの狩り場でもあり、そう何本も斬り倒すわけにもいかず、北の灯台まで続く古い街道沿いの木を運び込むことになっているが、作業が間に合わず、こちらも冬になっても続けなくてはならない。 


 冬に町を離れ、荒野に出る。

 それは、この北之島では、かなり危険な行為だ。

 

 飛竜が出没するからである。


 陽のあるうちの雪原は、飛竜の狩り場となるのだ。

 遮る物の無い平原、葉を落とした森や林、地上を這う生き物は、大小問わず飛竜の獲物となる。


 直接人を獲物にすることは稀であるが、飛竜の獲物を横取りしようものなら、狩人を村まで追跡して、その狩人の家の屋根をさらって行く位のイタズラは平気でする。


 また、戦い好きで、武装した者を見付けると、わざと挑発して戦いを挑ませる事もある。

 飛竜を敬う下エルダールは、女子供でも襲われることはまず無いが、新参者のワラグリアの敗残兵と、敗残兵と共に本土から北之島に渡った、オーマの上エルダール達は、からかわれたり、移送中の材木を奪われたりした者があった。


 海竜がそうであるように、飛竜もまた、戦いの高揚と、その高揚の中での死を狂おしく求めている。

 自分を失墜させる者の出現を心待にしているのだ。



「薪の運び入れに関しては、もう止めた方が良いだろう」


 この家の主であるドウランの古い友人、上エルダールの町長は、魔法の火の点る暖炉の前、揺り椅子に腰掛けながらそう言った。


「ですが、暖房にしろ船造にしろ、木材は不足しております。このまま雪に閉ざされれば、我らは春を待たずに凍死します」


 テーブルを挟んで対面の椅子に座るドウランは沈痛な面持ちでそう言った。

 その、訴えを聞いても、上エルダールの町長は顔色を変えなかった。

 

「オーマの町から伝書の報せがあった。近々、ゴンドオルのヤシン様がオーマに到着するらしい。君達の国に伝承が残っていないのは、何かしらの意図があっての事なのかも知れないので、私の口から言えることは少ないが、ヤシン様こそは、初代魔道王の遺産を引き継ぎし方である。ヤシン様ならば善きに計らっていただけるはず」


「王兄ヤシン……」


 その名を聞き、ドウランは表情を曇らせる。

 王兄ヤシン。

 ヤシン王子。

 ワラグリアの兵達にとって、彼の名は裏切り者の代名詞となりつつある。

 上エルダールの前でなければ、ドウランすら床に唾を吐いていたところだ。

 王兄ヤシンが、積極的に矢面にたたず、早々に恭順の意を示したがため、勝てるはずの戦に負けたとワラグリアの敗残兵は信じている。

 決戦の行方を左右した南方諸侯の理不尽な裏切りすら、ヤシン王兄のせいだと噂した。

 

 その裏切り者が、簒奪者に媚を売り、新たな領主として、ここに乗り込んでくるのだ。

 ガルボ家ウィストリア公のようなヤシン王兄の信奉者は、王都の決戦で皆討ち死にしている。


 ウィストリア公の領地、グルビナ出身のドウランすら、ヤシンの事を良くは思っていなかったし、ここに来てから知った、エルダール達の信仰に近い魔道王への傾倒を気味悪く感じていた。

 

「ヤシン王兄が、正にゴンドオル王のみことのりを受け、ここに来るのならば、我々ワラグリア軍の存在は疎ましいのではないでしょうか?」


 心のうちでは、ヤシンへの罵詈雑言が渦巻いてはいたが、ドウランは場をわきまえ、言葉を選んだ。


 町長が何かを語るべく口を開きかけた時、ノックの音が言葉を遮った。


「……来たようだな」

 

 町長は席を立ち、ドアの前に向かった。

 ホールのドアを開き、町長が廊下をうかがうと、上エルダールの麗人がそこに立っていた。


「お父様、モレヤ様が見えられました」


「イトゥラリエン……」


 エダインの国々では王侯が身に付けるような、ゆったりとしたドレスをまとった女性である。

 町長は自分の娘の名を呼んだが、娘、イトゥラリエンのすぐ後ろに立つワラグリアの戦士を認め、わずかに眉を動かした。


 戦士はおもてを伏せ、後ずさろうとしたが、イトゥラリエンはとっさにその手を取り、戦士の後退をとどめた。


「モレヤをこちらへ、ドウラン君は悪いが……」


「わかっております。折を見て砦に帰ります」


「いや、この雪だ。帰るのは明日にした方が良いだろう。奥の部屋で休みたまえ、後で夕食を届けさせよう」


 そう言うと町長は、今立っているドアの反対側にあるドアを指し示した。


「ガイウス、」


「はっ!」


 ドウランにガイウスと呼ばれた、ドアの向こうの戦士は、イトゥラリエンの脇をすり抜けホールに入った。

 一瞬ガイウスとイトゥラリエンの視線が合ったが、途端にガイウスは目を伏せた。


「では、お言葉に甘えて今日は泊めていただきましょう」


 ドウランは町長に騎士風の礼をすると、奥のドアに向かった。


「どうらんサマ。コチラDEATH」


 メイド服姿の古びた魔道人形がドウランを案内する。

 彼女は首が壊れて、真っ直ぐにならないらしく、常に首を傾げている。


「未だに信じられませんぜ、こんな人形が勝手に動いて、家の案内をするなんて……」


 町長の部屋を離れた途端ガイウスは「ふう」と一つ息を吐いて背伸びをした。


「オーマからこっちに渡る時に乗った大きな船で、沢山働いているのを見た時は、俺も肝を潰した。だが、ゴンドオルの王都には、『ミール』という王国の建国から離宮に住まう有名な魔道人形がいてな、王宮典範を取り仕切っている」


「見たことがおありで?」


「ああ。ウィストリア公のお供でヤシン王兄を訪ねた時にな」


「……ヤシンか、……クソが、」


 ヤシンの名が出ると、ガイウスは小声で罵声を吐いた。 

 ドウランは話題を変えようと別の話を切り出した。


「……知っているかガイウス? ここ町の広場や石階段の登り口の左右に、騎士人形みたいなのが立っているだろう。あれらも昔は動いたらしいぞ」


「ああ、聞きやした。なんでも魔道王とかいう魔術師の作ったものらしいですぜ。砦の東にある灯台にはまだ動く奴があるらしいって聞きやしたぜ」


「イトゥラリエン様にか……。ガイウス。お前、どうすんだ?」


 ドウランがその名を出すと、ガイウスは拳でこめかみの辺りをガシガシと叩いた。


「か、勘弁してくださいドウラン様! 俺ぁそんなつもりは」


 そのようなことをしているうちに、ドウラン達は二階にある客室に到着した。


「コチラDEATH。アトデクイモンモッテクルDEATH。クツロギヤガレ♥ 」


 少女人形は口だけ笑顔でペコリと礼をした。


挿絵(By みてみん)


「……」 


 何度かの訪問で二人は慣れたが、このメイド、悪気はないらしいが、言葉が少しおかしい。





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