海峡 ⅩⅩⅦ
「んなアホな! 大魔道が唱える弾除けの魔方陣も貫く海竜の熱線が曲げられた?!」
逆矛にしがみつき、蛸の足を巻き貝のように先細りに螺旋に丸め、水を操る魔法で作ったレンズを付けた即席の望遠鏡を、髑髏の眼窩に押し当ててダリオスは叫ぶ。
多数の海竜が放つ集中砲火は暗黒竜の竜鱗で弾き、ゾルティアのドラゴンブロアは、呪腕に立つ魔道士が強力な魔方陣であらぬ方向に逸らせてしまう。
首無しの暗黒竜は劫火の海峡を突き進み、方舟との距離を縮める。
「九頭竜のダリオス殿。お待たせした。得物を運ぶのに手間取りました」
方舟の姉妹『5号』に呼ばれた機械騎士『カルンドゥーム』が、甲板の天窓を開き顔を出す。
「なんや、5号! 灯台守呼んで来たって言うたけど、砲撃手の『ルーク』か『ポーン』連れて来な。剣撃手の『ナイト』連れて来たってどうしょうもないわ」
カルンドゥームは甲板に立つ。
彼が通った天窓から、尖った槍の先端が現れ、カルンドゥームは槍の先端を掴むとそれを引き上げた。
それは、カルンドゥームの身の丈の倍はあろうかという、長大な馬上槍だった。
「ダリオス殿。この度、魔道王陛下より新な名を賜りまして、今はアヴアロンの機械騎士カルンドゥームと名乗っております」
「カルン……どぅーむかて、アンさん何するつもりや? ……まさか、」
「今宵方舟には、多数の尊いお方がお乗りです。これ以上近付かないうちに要撃いたします。ダリオス殿は私が出撃したら、方舟を一時潜航させてください」
「せやかてその体、普通沈むやろ!軽そうなんは、名前だけやん!」
カルンドゥーム馬上槍を斜めに構え身を屈める。
「『螺旋つらぬき丸』起動!!」
『ギュゥゥゥゥゥーーーー』
カルンドゥームの構える馬上槍の先端が高速回転をはじめる。
彼の体から猛烈な風が吹き出した。
背嚢の上部の突起から空気を吸い込み、背嚢下部や脚先から吐き出している。
「離れてください。爆風に飛ばされますよ」
「飛ぶんか?! 滅茶苦茶や!! 海ポチャや!」
「……これから、暴竜を退治する騎士を送り出すに、何か気の利いた口上はないのですか?」
「……わーった! そない言うなら一丁吼えたらぁ!」
骸骨魔人ダリオスは、矛を振りかざし演舞を始める。
「見いよや見よや!
人に仇なす悪鬼羅刹!
道を外れた暴竜邪竜!
撃ちてし止まむと飛び立つは、
螺旋に穿つ退魔の槍!
振るうは金剛、人の守護!
人間世界の桃源郷、
未だ見果てぬ理想郷、
アヴアロンへの道を開く
人類の守り手!
エダインの先行者!
天裂け、地割れ、
人の世の移り変ろうとも!
鋼鉄忠臣!
破邪封滅!
機械の心は穢れを・知らぬ!!
その名を呼ばん!
今叫ばん!!
………………。
カルゥゥゥーン……」
『ボコ! ボコン!』
ダリオスの振るう矛の先から、色とりどりの花火が発射される。
カルンドゥームから吹き出す風はさらに強まり、彼の体は宙に浮いた。
ダリオスは矛に跨がり、後ろ頭が甲板に付くほど仰け反り絶叫した。
「ドウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーム!!!!」
『ドン!!』
馬上槍の先端を方舟の後方、南の暗黒竜に向け、背中で起こった爆発に吹き飛ばされるように、カルンドゥームは出撃した。
「ジャァースティィイス!!!」
最後に、誰も見ていない甲板に取り残されたダリオスの、頭蓋骨が転がり落ちた。
「召雷! 召来!」
首無しの暗黒竜に乗る魔道士が叫ぶ。
「矢鱈と雷震術を使うねぇ! ……南方系、ウンバアルの魔道士か。何でこんな処まで出張ってきたのかね?」
ゾルティアは、炉を全開で稼働させ、時折隙をうかがって熱線を暗黒竜に向かって放つが、道士の魔方陣に逸らされてしまう。
まともに当たれば、貫くことは容易なはずだが、道士はほんの少し軌道を変えるだけの、ほぼ平行の角度で魔方陣を展開し、被害を防いでいる。
「きぃぃ! 面倒だね! こうなったら焔で……」
「雷!来来!」
首に取り付く鉄塊に、雷が落ち、暗黒竜の胸の辺り、竜の炉に焔が燃え盛る。
炉から喉元に火焔が上がり、頭の代わりの鉄球に達すると、鉄球の一部が高速回転を始め、所々にある突起の先の孔から細い火焔を噴出させる。
ドラゴンブロア程の威力は無いが、高圧の熱線が四方八方に撒き散らされる。
「我、魔道物見。我、追跡、言道流北領残党。我、北之島、擾乱、策謀。上首尾! 我、発見。暗愚魔在追放王。功績多大! 我、戮殺、言道流王兄。我、功績、弐狐羅臼凌駕!! 世代交代必至!!」
「……?? 判らないよ! ウンバアルの言葉かい?」
熱線の乱舞に、他の海竜が近付く機会を逸し二の足を踏む中、暗黒竜の魔道士を真似て、弾弾きの魔方陣を二つ展開したゾルティアが距離を詰める。
「我が名は『トルバヌス・アルバヌウス』ウンバアルの魔道戦士! アングマアル国から鹵獲した、この寄生虫型魔道人形で竜を操り、方舟を沈めん。王兄ヤシンを弑すれば、偉大なる我が帝国、ウンバアルによるゴンドオル支配は容易いものよ!」
「……普通に喋れんじゃないのさ、勿体付けて! そして喋りすぎさ!! 今の私ゃ、無限の魔力と繋がっている。喰らいな!! マギサ・スラッシュ!!」
ゾルティアの呪腕が彼女の頭の上で合掌する。
一角のシル・パランが光輝く。
呪腕も輝き出し、白光した手首の先には竜の身の丈を越える特大の魔力刀が現出する。
「!!?」
突然起こった眼前での魔力奔流に、トルバヌスは困惑する。
ゾルティアが手首を曲げると、魔力刀は海面と水平になる。
その状態で、ゾルティアは前鰭と体をくねらせ、高速で一回転した。
当然連動して魔力刀も回転する。
『ズバッ!!』
大抵の魔力刀如きは容易くはね返す、生前のゾンダークの竜鱗であるが、ゾルティアの強烈な魔力と、死後時間が経過し竜鱗が抜け落ち始め剛性が失われつつあるせいで、太刀を受けたゾンダーク首と二本の呪腕は切断された。
傷口からは、黒く淀んで死んだ血が、わずかにドロリと漏れ出した。
「ヒィ!!」
首毎宙に放り出された鉄球は、一瞬丸まりを緩めダンゴムシのような形に戻り、空中でシャカシャカと小さく無数に在る足を蠢かせた。
同じく呪腕毎切り離されたトルバヌスは、慌ててその鉄のダンゴムシに飛び移る。
ダンゴムシはどういう原理か中空をシャカシャカ歩き、切れて短くなった首に再び張り付いた。
「哎呀!! よりによって西方竜衞士ゾンダークが魔力枯渇を起こしていたとは!! 我、目算、誤算!! 死体選択失敗!!」
金属虫は再び鉄球の形に戻り、トルバヌスは暗黒竜の背中に移った。
「雷! 来来! 轟来! 電来! 来来来!!!」
トルバヌスの金切り声に合わせ、立て続けに雷が落ち、短くなった暗黒竜の頭に命中する。
その度に、胸の竜炉の焔は燃え盛り、熱気は辺りの海を沸騰させる。
「死んだ竜にしか出来ない技をお見せしよう!! ドラゴン・ファーネス・オーバードライブ!!!」
暗黒竜は胸を方舟に向け竜炉を全力運転する。
「射程距離こそ短いが、威力はドラゴンブロアの比ではない! 海に潜ろうが、空を飛ぼうが、この距離ならは逃れる術はない!! 我勝利! 我完全勝利!!!」
暗黒竜の胸で竜炉は過加熱融解を始め、胸部の肉は弾け飛び胸から火柱が立つ。
「炉を暴走させ、胸からブロアをぶっ放すつもりかい!! 辺り一帯吹き飛ぶよ!!」
ゾルティアは慌てて結界の印呪を組む。
「遅いわ!!」
トルバヌスは飛行の魔法を使い上空へ退避する。
「発射!!」
「!!!」
その時である。
加速したカルンドゥームの手に持つ馬上槍が、矢のように暗黒竜の胸に突き立ったのだ。