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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
24/92

海峡 ⅩⅩⅢ



「ちぇすとヲ オモチシマシタ アト オイイツケの トオリ びしょっぷノ マドウカクも ココニ」


 ポーンが、大きな棺のような箱を担いでヤシンの元にやって来た。

 ヤシンはゾファー王子との会話を中断し、棺をヤシンの傍らに置いたポーンの手から、光る宝玉を受け取った。



挿絵(By みてみん)



「ああ、眠い。……心配ではあるが、私はもう限界だ。だが、眠る前にミールを……」

 

 床にしゃがみ込んだヤシンは、ポーンが置いたチェストに這いずって近寄ると、何やらまじないの言葉を唱えながら、留め金を外し蓋を開けた。


 チェストの中には女性が一人、全裸で横たわっていた。

 黄金色の豊富な髪が、柔らかな肢体を縁取り、棺の四角い枠の中に、まるでリリーフのように収まっていた。

 棺の蓋の裏側には腕や足、眼球など、人の体の一部が、ガラスの瓶のようなものに入って、所狭しと並んで納められていた。

 

「あ! アルティン・ティータ……?」


挿絵(By みてみん)


 好奇心に負けたククーシカが覗き込み、驚きの声を上げる。


「そうだよ、竜のお嬢さん。これはね、炉と角と眼球を失った、ティータのために私が作った、魔道人形の極致、生きているエダインと変わらない仮初かりそめの体だよ。だけど、彼女は結局この体を使わずに、この世から去ってしまった……」


 ヤシンはひどく憔悴したようすで、今度は傍らに眠るミールの方を向いた。

 ヤシンは、ミールの上着を脱がし胸元を露にした。

 人形の胴体は無数の傷があり、長い年月を経過した神像のようだった。


「ミール。本当に良く働いてくれた。私の息子には、まだお前が必要なようだ。今暫く力を貸してくれ」


 ヤシンがミールの両肩に手をかけて、ぐいと力を入れると、ミール胴体は果実を割ったように正中の線から開き、人間の心臓のある辺りにある、光る宝玉が露になった。


「!!!」


 周りの者が、唖然として見守るなか、ヤシンは、ミールの胸から宝玉を取り出して、棺で眠る女性の胸元にその玉を置いた。


 玉は、手に取った朝露が肌に染み入るように、裸の胸に溶け入ってしまった。

 すると、棺の女性の胸が上下し始め、命の焔が宿った肌には血が通い、朱がさしてきた。

 その後、輝くばかりの黄金色の髪は見る間に黒くなり、顔はミールと瓜二つで、ミールをそのまま大人にしたような女の寝姿になった。


 今度は腹を割ったミールの空虚な胸の中に、先程の灯台上の戦闘で、火球の直撃を受けて胴体が爆散した、灯台守『ビショップ』の魔法核を収め、開いた胸を閉じた。


「……さて、これでミールの精神は、こちらに移り、元のミールの体には、ビショップの精神が入った。どちらもそのうち目を覚ますだろう。……エルダラン。私はそろそろ眠らせてもらうよ。ゾファー王子。傷が癒えるまで、暫し方舟で過ごし給え。湾で凍った海竜は、ミールが上手に凍らせたみたいで、程無く目を覚ますだろう。ゾルティアさん。竜達が目覚めたら、彼らに騒動が終わったことを伝えてほしい」


「ああ、わかったわ」


 ゾルティアは静かな声で返事をした。


「竜の姫ククーシカ殿。……ゾファー王子が言う、貴女が死の病に犯されているという言を真に受けてはいけない。……それは、竜の尺度で言っているだけだ。彼から見れば全てのエダインか死の病にかかっている事になる。エダインの貴女は、今、少女から大人の女性になったばかり……。この世から去るのは、貴女にすればずっとずっと先なのだから、……そのようにけだるい顔をしないで、まだまだ人生は続く。……貴女はもっと明るいはずだから……」


 酷く大儀そうに、ヤシンはククーシカに語りかける。


「ん」


 ククーシカは素直に頷いた。


「ワラグリアの姫。貴方はいかがなさる? 旧領に戻られるか? 貴方ならワラグリアの民に受け入れられらるかもしれない」


 ヤシンの問い掛けにグレタは首を振った。


「ヤシン様と北にいくわ。あたしの子分達は、ゴンドオルでは揃いも揃って兇状持ちになってしまったようだから」


 グレタがディロンの顔を見ながらそう言うと、ヤシンは少し笑い、棺の方に向き直った。

 眠る棺の女の、脈を計り、額や頬をいとおしげに撫でた。


「後の事はカルンドゥームに伝えてある。私の息子がその言に従うかどうかは、彼次第だが……。とりあえず北之島に渡ったら北の灯台の跡地を訪れることをお薦めする。其処にあるものは好きに使っていい。……そして、……春になったら、『オヤルル』の地を探すのだ……」


 ヤシンは、そう言うと、崩れ落ちるように眠りについた。


 

 





「魔道王ヤシン様の一子、ヤシン王子は、魔道王の死の直後に、天龍アルティン・ティータ様が、ゴンドオルのローヴェにある離宮で、まず卵として産み落とされました。しかしその卵は一向に孵る兆しを見せず、アルティン・ティータ様は孵化を諦め、オーマの館に帰ってしまわれました。建国から数年は、私もゴンドオルの摂政として王都に住まっていました」


 方舟の一室。

 棺から出された、ミールと、聖堂で倒れたヤシンは、部屋の片隅のベッドに寝かされている。

 上等の宿屋のように快適な船内は、王兄北行の一同、北領姫グレタとニコラウス派から造反した護衛兵などが、それぞれ充てがわれた部屋で休んでいる。

 ワラグリアの敗残兵は、結局渡海を諦めオーマの廃墟に残り、北之島に渡った本隊の帰りを待つことにした。

 ゾファー王子とククーシカとゾルティアは、王子の傷が癒えるまで人の姿をしていた方がいいとの、エルダランの忠告を受け、人の姿で留まっている。

 船は既に南の灯台下の洞穴を離れ、北を目指している。

 波が高いはずなのに、船内は揺れず大地にいるのと変わらなかった。

 方舟は全ての窓を閉め切り、半ば以上海に沈み大きな鯨のように海中を進む。

 その廻りには、沢山の海竜が並行したり先行したりしている。

 海竜の中には、鈍く光る縄を咥えている竜がいた。

 その縄は、方舟に結わえられている。

 方舟は、海竜に引かれて北之島を目指している。


「ゴンドオルの建国は、我が生まれた頃らしいのだろう? まあ、人化した姿の年頃は、我と変わらないようだが……。ヤシン殿は、一体どこで何をしていたのだ?」


「ミール様はご自身の腹を裂き、そこにヤシン様の卵を収めたまま、100年を過ごされた。その間、ゴンドオル王家は、魔道王ヤシン様と、ゴンドオルの王家からすれば正室にあたるワラグリアの姫との間に生まれた、エダインの子供。……ヤシン様の腹違いの兄弟にあたる方の子孫が、代々王笏を継いでいったのです。離宮のヤシン様の事は、旧ワラグリアの王家ガルボ家と、ゴンドオル王家の一部の人しか、知りませんでした」 


 グレタと、ゾファー王子やククーシカに、オーマの長老エルダランがヤシンの生い立ちを説明する。


「ゴンドオルの王家は、エルダールの私とミール様を段々と疎ましく思うようになり、国政から遠ざけました。離宮に籠り、たまに王都に来たときも、大きな腹を抱えよろばい歩くミール様を、ゴンドオルの民は嘲笑しました。私はアルティン・ティータ様を追い、オーマに戻りましたが、ミール様はそれでもゴンドオルから離れませんでした。産卵から100年で卵が孵った時、既に私は王都を離れていましたが、ローヴェの離宮の池に龍が住むという噂がたつようになったのはその頃からです」


「……ヤシン様は池の竜だったの?」


 グレタは目を丸くして聞き返す。


「その頃は体内に炉も無く、知恵も分別もなく、野の獣と同じように振る舞っていたそうです。ヤシン様はなにも覚えていらっしゃいません。どうか皆様、ヤシン様にはまだお伝えしないようにしてください。……兎に角ヤシン様は、孵化に100年、池に住まう龍として500年過ごされ、人化されたのがほんの数年前です。人化と共に、龍だった頃の記憶は失われ、今は龍になることも魔法を操ることも出来ないようです。炉は成長を続け無尽蔵の魔力が錬成されますが、捌け口が無く、体内で渦巻いてしまう。それが不調の原因でした」


「そもそも、彼には『呪腕』が無い。本当に彼は竜なのか?」


 エルダランの説明に、ゾファーは疑問の声を上げる。 


「竜ではありません。龍です。アルティン・ティータ様もそうでしたが、龍には呪腕がございません」


「ふむ……。エダインの事は良くわからんが、ヤシン殿は何やらややこしい生い立ちのようだな。……彼がエダインならば、ククーシカを嫁にやろうかと思ったのだが、龍であるならば難しいな」 


 ベッドに眠るヤシンの顔を眺め、ゾファーはため息をついた。


「いらない」


 ククーシカはボソリと一言言うと、ゾファーの後ろ髪をグイグイ引っ張った。


 


 


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