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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
23/92

海峡 ⅩⅩⅡ





「ミールを置いて行くって……、ヤシン様本気で言ってんの?」


 グレタの表情に険が混じる。


「……」


 ヤシンは方舟の方を向く。


「あの、グレタ様。……方舟の中にさっき一度入って、俺ぁ、ブッ魂消たのですが……」


 ディロンが、怒り心頭のグレタに後ろから声をかける。


「なによディロン!」


 グレタは振り向き、ディロンを睨み付けるグレタ。

 ヤシンは方舟に向かって呼び掛ける。


「おーい。誰が残る?」


 方舟の窓から、メイド姿のミールが、6人くらい顔を出す。


「嫌ですわ。600年ぶりにお仕えする事が出来ますのに、戯けたこと言わないでください!」


 ミール達は冷ややかな表情で、声を揃えてヤシンにそう言い放つと、同時にピシャリと窓を閉めてしまった。


「おっふ。儘ならない……」


 ヤシンはガックリと肩を落とす。

 程なく方舟の中からミールと全く同じ姿のメイドがゾロゾロと降りてきた。


「ヤシン様。私達『方舟の姉妹』からは選ばないでください。南に残すなら、ゴンドオルまでお供した『大姉様』か、あらたに一体、起動させてください。では、私達持ち場に戻りますから。朝食をご用意しますので、ヤシン様もお早めに乗船ください」


 メイド達は礼をすると船に戻っていった。


「ミ、ミ、ミールが沢山いる!!」


 メイド達の後ろ姿を呆然と眺めるグレタ。


「人ではないのは、重々承知していたつもりでしたが、ミールの姐さん、ここまで人間場馴れしているとは……」


 崩れ落ちそうになるグレタを、支えながらディロンは呟く。

 ヤシンは二人に向き直り話し始める。 


「ここから遥か北に『アングマアル』と云う国があるんだけと、極寒の土地で、人もほとんど住んでいない。人は少ないけど高度な魔法文明が栄えていてね、魔法や蒸気で動く『魔道人形』の技術が発達しているんだ。『灯台守』や『ミール』は、それらの魔道人形を私が改造して作ったのさ」


 ヤシンの説明を、胡散臭げに聞くグレタ。


「……一体どうしちゃったのヤシン様……」


 グレタの問いには答えず、ヤシンは聖堂を見渡し、灯台守ポーンを探した。 


「ポーン。私のチェストは灯台から運んで来てくれたか?」


 ポーンを見つけたヤシンは呼び掛ける。


「ハイ。オモチシマスカ?」


「ああ、『私のミール』の元まで」


 そう言うと、ヤシンは聖堂で眠る、眼帯をしたミールの方に向かった。

  

「魔道王ヤシン」


 ゾファーは、思わずヤシンを呼び止める。


「なにか?」


 寝巻き姿の少年ヤシンと、ゾルティアと同じくベッドのシーツを体に巻いた、竜の少年ゾファーは対峙する。


「魔道王。貴方は牧神となるか? か弱き子羊の群れを率い、ワラグリア、ゴンドオル、次々とエダインの国を作り、今度は北之島にも国を打ち建てようとしている」


 ゾファーは腕を組み、強談判の構えをとる。


「偉大なる者に率いられた集団は脆い。アルノオルを治めたエルダールの強大な王『フェアノオル』然り。ウンバアルの更に南、暗黒人の部族を束ねた『マニシッサ』然り。……極北の機械帝国アングマアルの不死王『アングバンド』然り……。ただ王に従い、何も決めず何も考えず、日々を過ごせばそれで良いとなれば、程なく民は、何も自ら行わない羊の群れとなる。貴方は、大地をエダインの国で満ちさせ、何をさせるつもりだ? 貴方こそ盤面で人、物、国々を争わせる、棋神そのものなのか?」


 怒気を抑え込むように、ゆっくりと吐き出されるゾファーの言葉を、魔道王ヤシンは静かに聞いていた。

 やがて、口を開いたヤシンは、様子が改まり、そこに少年の面影は無かった。


「西王母が子ゾファーよ。死なない王の元で、永遠に治世が続く。それはある意味悪夢なのだ。如何に偉大な者とて、愚に陥り、狂に奔る時が必ずある。統治者が国を完全に掌握しているとしたら、統治者の狂気は、国の狂気と直結する。フェアノオルは、海竜との戦いに固執し国を傾けた。マニシッサは飢餓感に苛まれ、臣民を文字通り喰らい尽した。……アングバンドは禁忌の魔術の研究に没頭し、ついには国を追放され、一人荒れ野をさまよう定めを負わされた。然して西の海竜を束ねる西王母は……、」 


「魔道王……」


 ゾファーの眼には殺気が宿る。 


「国政を擲ち己のすべてを息子に譲り、……天龍アルティン・ティータに習い……、自死を渇望した。」


 冷酷にヤシンは言い放つ。

 その言葉に痛手を負ったかのようにゾファーはよろめき後退る。


「私の生まれる前、エダインやエルダールとの融和に心を砕き、共栄の世界を夢見た母上。エルダールとの停戦は実現したが、それでも、海竜同士ですら相食み止まぬ己が統治に絶望した母上。魔道王亡き後、力の源の全てを失い、小さくなって死に逝こうとする天龍アルティン・ティータを目の当たりにし、母上の心は、耐え難い彼岸への憧れに囚われたのだ」


 ここでゾファーはククーシカを目で探す。

 彼女を目止めると、ゾファーは沈痛な面持ちで言葉を続けた。 


「我を生み、我に力を譲った後、母上は死を求めたが果たせず、『炉』の焔の乏しくなるうちに、徐々に知恵と分別を失ってゆき……、やがて人肉を求めるようになった。竜宮をフラリと抜け出し、海岸線のエルダールやエダインの村を襲っては、己の渇望を満たす。……そして、つい数年前の事だ。不在の母上を探し、北海を彷徨った我が、カラキリアと呼ばれる島国で母上を見いだした時、……母上はそのエダインの国を滅ぼした後だった。焔を吹くことも忘れ、母上は腹這いで島中をのたうち回り、手当たり次第に哀れな島民を口に放り込んでいた。……母上から逃れる事ができたのは、王の館の井戸に投げ込まれていた赤子のククーシカだけだ」


 ククーシカは目を伏せる。


「母上の不幸は、その時点で正気を取り戻したことだ。母上の喰らったカラキリア王侯の中に、力を持つ宝石を身に付けていた者がいたのだろう。母上の炉に宝玉が焚べられ、理性の焔を取り戻した時、母上の手や口はエダインの血肉にまみれ、白夜の島国は雪と血で桃色に染まっていた。ああ! ……我の目の前で、母上はこの世のものとは思えない悲鳴を上げ、後は、『我を竜宮の水牢に入れ、鎖で戒めよ!』と繰り返すばかり……。そしてその命は、今も継続し続けている……」


 ゾファーはククーシカに許しを請うように、彼女の前に跪いた。


「我はククーシカの兄となり、妹の命の限り寄り添うことにした。それはきっと、母上の願いでもあり、もう取り返しのつかぬ母上の過ちへの、せめてもの贖罪でもあろう。我はこの小さき妹に、竜の魂を捧げたのだ。……これは、我とククーシカの取り決めである。我らは此等について既に互いに了承している。……死の病を患うククーシカが果てる時、我はククーシカを喰らうと」


 跪く騎士に佩刀を授ける女王のように、ククーシカはゾファーの肩に手を置く。


「私はもうすぐ死ぬの。だから私は、私が死んだ後も、お兄様が寂しくないように、お兄様の炉に焚べられるの……。それは私の望み」

 

 竜の魂を宿す長命の竜。

 竜の魂を宿す短命の人。

 歪な竜の番いは、揃って魔道王に対峙する。


挿絵(By みてみん)


「魔道王との盟約が途絶えたとしても、我が海竜の一族の賛同を何一つ得られなかったとしても、我は一匹の竜として、ククーシカの種族エダインを守護する。魔道王。貴方は北に属していた者。カラクリと魔道の国に属していた者。五民の調和を望み、貴方にその希望を託した、天龍アルティン・ティータを謀り、エダインを北神の供物にするつもりなら。我は貴方を今此処で焼き滅ぼさねばならない」 

 

 火焔をまとったゾファーの言上にも、ヤシンは怯みはしなかった。


「竜王子ゾファー。私は予言しよう。これから先、「日」の力が増し、世界は暖かくなってゆくだろう。冬に雪の降らぬ地方が増え、夏の暑さは年々酷くなる。山々は氷冠を戴かなくなり、極北の凍てついた大地は溶け、次々と海になだれ込む……。水界が拡大し、氷に閉ざされていた北の海路が開かれよう。一方、陸地は削られ、カラキリアのような島嶼は海に没し、今は耕作地が広がる平野も、消えて行く。陸では寸土を奪い合う争いが絶えなくなり、それらの戦いは種族の存亡を賭けたものとなるだろう」


 魔道王ヤシンは、年老いた賢者が、教え子の少年を諭すように、静かにゾファーに語りかける。

 

「将棋と云う遊戯をご存じか? 行軍、討ち取り、転進……。その一手一手は全て、盤面を挟み対峙する敵を滅ぼすためのもの。これから始まる世界の温暖化こそ。盤に駒が揃い、陣立てが整い、いよいよ戦いが始まる合図であろう。滅ぼし合う事しか出来ない遊戯を模していると云うこの世界で、ティータは友愛を成そうとした。竜の王子よ。そなたはエダインに与力すると云う。短命で脆弱なエダインの行く末に、ティータが心を砕いていたのは事実だが、彼女が望んだのは、何処を勝たすとか、何処を滅ぼすとか、そういったものではない。東の民に与える神は、西の民から奪いはしまい。南の民を生かす神は、北の民を間引きはしまい。……私はこの至難事を、ティータに託されたのだ」     


 まるで神にでもなったかのような口振りであるが、ヤシン自身は沈痛な面持ちであった。 


「私はエダインを脆弱と云ったが、この戦いの果てに最終的な勝利を勝ち取るのはエダインであろうとティータは予見した。理由は先程王子が述べた言葉にある。偉大なる者に率いられた集団は脆い。力有る者に始めは虐げられたとしても、世代は移り変わり、常に変化を続けるエダインに、長命の者達は対応できず、やがて存続を諦めてしまうだろう。その虐げられる時間が長ければ長いほど、勝利者の報復は苛烈になる。エダインの脆弱さとは、つまりは其処にある。許しの心の弱さ故、敗者が抹殺されれば、この世界と云う遊戯は完結し、盤は畳まれ、駒石は碁笥ごけに戻されるだろう。私はそれを妨げねばならない。私はそのための力をティータより授かったのだから」


 超常の魔人。

 魔道卿ヤシンの、まるで祈りのような独白に、竜王子ゾファーは言葉を失った。 







 

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