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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
22/92

海峡 ⅩⅩⅠ



「灯台の明かりは、北も南も消えた……。こんなに海が暗いなんて……」


 凍てつく湾内を走り抜け、夜の海に飛び込んだゾルティアは、竜の姿へと変化を始める。

 

 赤銅色の鱗を持つ一角海竜へとゾルティア体はみるみる膨張した。

 眉間から生える一角は、始め前方に伸び、中程で曲がり天を目指す。

 その角が輝き始め、暗い海を照らし出す。

 角が中折れしている部分には、若干の膨らみがあり、角質を透かし輝く、シル・パランがそこにあった。


「ゾファー様……」


 ゾルティアが祈りの言葉のように王子の名を呟くと、角の光は収束し、ひとつの筋となって水底に向かって突き刺さった。

 彼女の回りには、一緒に海に飛び込んだ何人かの深淵人が漂う。


「光の指す先を探して! ゾファー王子の失われた前鰭を」


 ゾルティアの懇願に、深淵人達は一斉に潜水を開始した。 


 





 


 

「灯台の明かりは消えた……。海竜とゴンドオルの盟約は潰えるか……。全ては我が不明故。この海峡の海竜と深淵人はほとんどゾンダークに従った。海竜王家の威光……、いや、この私の力量など、所詮その程度のものだったのだ」


 聖堂に竜の姿のまま乗り上げ、長々と横になっているゾファーは、歯軋りと共に熱風の溜め息を吐く。

 傍らにはククーシカと、人化したずぶ濡れのゾルティアが、ゾファーの頭を左右から抱えるようにして座り込んでいた。


「取れた前鰭が、冷たい海に浸かっていたのが幸いしたね、うまく繋がったよ。しかし、少し魚に噛じられていたから、肉が戻るまで、少しかかるね」


 魔道卿ヤシンと、オーマの長老エルダランは、ゾファーの胸元で、接いだばかりの前鰭に手をかざしながら言った。


「さて、続きは船の中でやろうか。王子、人の姿になってもらえるかな?」


「あ、ああ、ではまず、変化のために水に入ろうか……」


「繋げた前鰭を突かないように。ゾルティア、支えてあげて」


「……はい」


 ゾルティアは人の姿のまま、怪力で海竜ゾファーの上半身を半ば持ち上げるようにして、船泊の水底に、ゾファーをそっと下ろした。 

 そこは、以前彼女が海竜の死体を蹴り込んだのと、同じ場所だった。


 大きな波を立てて、底深い船泊に落ちて行くゾファーを、心配げに見守るゾルティア。水際で膝立ちをして、ゾファーの快癒を祈っている。

 

 ゾルティアは、つい先程、ゾファーの前鰭を抱えて肩で息をしながら洞穴にやって来た。

 前鰭をヤシンに託した後は、服を着ることも忘れ全裸で祈っていた。

 そんなゾルティアのために、ククーシカはベッドのシーツを借りて肩にかけてやった。


 シル・パランから魔力が供給され、魔力枯渇由来の険相も消え、ゾルティアは信仰篤き聖女のように一心に祈っている。

 そんな一角聖女を、旅人達は方舟の窓から目を丸くして見守っていた。


「ちょっと水の中の様子を見てこよう」


 ヤシンはそう言うと、シャツやズボンを脱ぎだした。

 エルダランやククーシカ、グレタやディロンが呆然と見守るなか、あっという間に全裸になったヤシンは、かなりヤンチャな姿勢でゾファーに続いて船泊に飛び込んだ。


「あーあ、素っ裸で飛び込んじゃったよ……、ほんとにどうしちゃったんでしょうかねえ王兄」


 呆れ顔でディロンは呟く。


「さっきも言ったけど、ヤシン王兄って、ずっと離宮暮らしで、王宮に来ることが無かったの。……数年前から父は離宮へ足繁あししげく通い出したらしいけど、その様子を一切私に教えてはくれなかった。……父は先王にヤシン様の即位を以前から強く勧めていたらしいのだけど、次期王をとうとう最後まで指名せずに先王が崩御してしまい、シムイ王を推すニコラウスと対立し、北部諸侯と共に蜂起した」 


 グレタは階段状の水際に腰かけて、海竜達が温め、湯になっている海水に足を浸しながら言った。


「だから、『シムイ王子に実は兄がいるらしい』って、私が知ったのも、先王崩御の時なの。ミールはちょくちょく王宮に来て、王様より偉そうにしてたから子供の頃から知ってるけどね」


 そんなことを話しているうちに、ヤシンと人の姿になったゾファーが、水から上がってきた。

 ゾファー王子は片腕を押さえている。

 その片腕からは血が流れている。

 ゾファーの顔面は蒼白で、かなりの血を失っているようだ。


「エルダラン! 腕の繋ぎ目から出血した。もう一度施術を」


 ゾファーの肩を抱えて岸から上がったヤシンが、エルダランに呼び掛ける。


「はい、」


 エルダランはゾファーに駆け寄り、治癒の魔法をかける。


「ねーグレター。この服、着方がわからないよー」


 治癒はエルダランに任せ、ヤシンは素っ裸でグレタに詰め寄る。


「きっ、着方って、手足通してボタン閉めればいいでしょ? ミールの服、着せてあげてるんでしたよね?」


 赤面しながらグレタは答える。


「ええ? そんなプレイを?! ミールの奴……」


 そう言いながらヤシンが唸っている時、機械騎士カルンドゥームが炎のオーマ市街から帰還した。

 彼の傍らには深淵人が一人、背を丸めながらも立っている。


「至高の御君、深淵人の頭目がお目通りを願っております」


 カルンドゥームは騎士の礼と共に言上ごんじょうした。


「ああ、構わないよ。君。名は?」


「キナポ、言います。……この度、不忠を働き、誠、申し訳なく……。わしらながの時、オーマの陸人と、仲良くしていました。オーマに背けの命、わしらとても悲しかった辛かった。わしら、もう逆らわない。わしと戦士達の首差し出す。だから、女子供お助けください」 

 

 魚と人の合いの子のような深淵人は、肩を震わせてそう言うと平伏した。

 

「扇動したゾンダークは、ゾファー王子によって手討ちとなった。ゾルティアも不問とする。ゾルティアの命令に従った君達、深淵人も同様に罪は問わないよ。さあ、立ち上がって。海にお帰りなさい」


 結局グレタにボタンをしてもらいながら、ヤシンがそう告げると、深淵人の頭目キナポは目に見えて安堵し、「忝ない、忝ない」と繰り返した。


「あ、だけど、ちょっと頼まれてくれないか? 今後この海峡を南から北之島に渡るものがあったら、知らせを遣わせてほしいんだ。北之島の南端『キコナイン』の町まで」


 ヤシンの申し出を快諾し、キナポは海に帰っていった。


「さて、残る者は船から降りたかな? そろそろ船を出そうか。エルダランの住んでいた『膝蓋館しつがいかん』は残しておく。地下室には蓄えもあるから、残る者はここで冬越しをして、春に南に帰るといい。ミールを一人残して行くので彼女に従うといい」


 ヤシンはそう言うと、海まで続く間道へ向かおうとした。


「ちょっと待ってヤシン様! ミールを一人置いて行くって?!」


 グレタは驚きの声をあげる。


「そのつもりだけど? 本土との連絡に誰か残して置かなくては。ゴンドオル王室に出入りするならば、ミールが適任だろう?」


 ヤシンは平然と答えるが、グレタとディロンは顔を見合わせる。

 聖堂の一角には、いまだ目を覚まさないミールが、馬丁の老人が使っていたベッドで眠っている。

 馬丁は既に船に移されていた。


「でも、ヤシン様。ミールと離れて良いの? 今までずっと一緒だったんでしょ? ミールがいなけりゃ身の回りのことなんて何にも出来ないし、……それに、ミールが可哀想……。ほんとに良いの? ヤシン様」



 そのようなやり取りを治療を受けながらゾファーは眺めていた。


「長老。魔道王は記憶を取り戻したのか?」


 ゾファーはエルダランに問い掛ける。


「記憶を取り戻す、とは少し違うようで。天龍アルティン・ティータ様の体内に匿われていた、魔道王ヤシン様の魂魄が、ティータ様の死と共に解放され、王兄ヤシン様に憑依したと云うのか。王兄ヤシン様の体内にある魔術炉が始動し、その炉に魔道王の魂の器が出来たと云うか……。私にも詳しいことは」


 エルダランは困惑しながら答える。


「本来『炉』とは竜に属するものだ。返して云えば、『炉』にて焔や魔術を練る者は、姿形はどうであれ『竜』だ。魔道王は竜なのか?」


 エルダランに包帯を巻いてもらいながら、ゾファーは不思議そうにヤシンを眺める。


「お兄様……、あのヤシンは嫌な感じがする。人々を駒にして遊んでいるみたいな……。あのヤシンを眠らせて、元のヤシンを起こすことは出来ないの?」


 ククーシカの言に、ゾファーは目をみはる。


「……、まあ、もう少し成り行きを見ていよう」


 ゾファーはそう言うと痛み止めの火酒を呷った。





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