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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
20/92

海峡 ⅩⅨ




 気を失ったままのミールを抱えたポーンと、ククーシカの手を引いた長老エルダランが、石階段を降りきった時には、火の海の家屋の合間から進み出でた深淵人が数人、既に西の崖の大扉まで到達していた。

 

「ああ! 既にこんなところにまで深淵人が!」


 エルダランは驚きの声を上げる。


「ハヤク、トビラノ、ナカヘ! みいるサマヲ、オネガイシマス」


 ポーンはエルダランにミールを託すと、深淵人の迎撃のため、大扉を背に両腕を深淵人に向けた。


「ウミニカエレ! フカキモノドモヨ!!」


 ポーンの両手の指から指弾が発射される。

 深淵人は、ポーンの指弾が着弾した地面から、悲鳴を上げて飛び退いたが、砲火が途切れると、ジリジリと前進を再開した。

 

 深淵人の中には、水を操る魔術を使う者もいて、水弾や氷をポーンめがけて撃ち出し始めた。

 鋼仕立ての大扉に、水塊氷塊があたり『ガツンガツン』と大きな音をたてる。


「さあオーマの長老! 早くお入りくだせい」


 扉を少し開けて、中から護衛兵がエルダランを呼ぶ。


「まっ、待ってください! ククーシカ? ククーシカは中に入りましたか?!」

 

 ミールを引き摺るようにして、必死に扉までやって来たエルダランが、護衛兵に尋ねる。


「小さい竜のお嬢ちゃん? こっちには来ていないし、この近くにもいなそうですぜ。この有り様じゃ、今、外を探し回ることは出来やせんぜ」


「し、しかし……」


 エルダランと北行の一団の護衛兵が、押し問答を始めると、洞穴の奥から灯台守ルークが大扉までやって来た。


「ルーク! 竜の眷属、深淵人が扉のすぐ外まで来ています! ですが、一緒に避難していた竜王子の妹君とはぐれていまい……」


 エルダランは言葉を続けようとしたが、扉のすぐ近くで炸裂した氷塊が、扉にあたり大きな音を立てた。


「ワタシが、サガシテ、マイリマス。チョウロウは、ハヤク、ナカへ」


 エルダランとミールは洞穴に入り、入れ替わりにルークが外に出た。


「ポーン! マドウオウヘイカは、イズコ?」


 援護射撃をしながら、ルークはポーンの背中に声をかけた。


「ヘイカは、ワレラに、ハコブネへのヒナンをメイジラレ、ないとト、リュウのモトへ、ユカレタ」 


「リュウオウジの、イモウトギミは?」


「ミテイナイ」


「テキタイセイリョクを、ハイジョし、シカルノチ、タイショウの、ソウサクを、カイシスル」


「リョウカイ」


 竜達がそうであったように、まるで死に急ぐかのように、先を争って射線に入ってくる深淵人と対峙し、ルークとポーンは、防衛戦を再開する。

  

 





「ゾルティア、何をしてるの?」


 辺りには焔が迫っている。

 十字路の中央で一人泣いていたゾルティアに、声をかける者があった。


「……?」


 ゾルティアは顔を上げる。

 目の前にはククーシカが立っていた。


 紅の世界にあってもなお、ゾルティアの目に写るククーシカは、海の青、深海の蒼だった。

 表情から、その心の中を読み取るのは難しい。

 あえて言い当てようとするならば、『不思議がっている』といったところであろう。

 

「ククー……シカ……」


 ゾルティアは自分が殺そうとしていた対象が、急に目の前に現れたことに戸惑いを覚え、涙の跡もそのままに呆けた顔でククーシカを見上げる。 


「ゾルティア……泣いてるの?」


「あ、う……、」


 ククーシカの問いかけに、ゾルティアは言葉が継げず、救いを求めるような視線を返すのがやっとだった。


「町を燃やしたのはゾルティア? オーマの人はもう、ここには居ないけど、こんなことをしてはダメ。ゾルティア、深淵人を海に戻して。そして、お兄様に謝りに行こ?」

  

「ア、アア、ア」


 ゾルティアの両手が竜のそれのように変化を始める。

 鱗が生え、人の姿には不釣り合いなほど大きく膨らむ。

 しかし、ククーシカは驚きもせず、無表情でゾルティアの竜化を見つめる。

  

「……ゾルティア。私を殺したいの?」


「……ああ、……殺したいねぇ」 


 やっとのことでそれだけ言うと、ゾルティアはククーシカから顔をそらし腕で涙をぬぐった。


「それは嘘。ゾルティアは私のことをいつも心配してくれていたもの」


 そんなククーシカの言葉に呼応するように、ゾルティアの背中から生えている二本の呪腕が胸の前で交差し、それぞれが自分の腕をそっと掴むと、膨らんだ竜腕はみるみる萎み、人の大きさに戻った。


「今のゾルティアは、アルティン・ティータと同じ匂いがする。アルティン・ティータは龍の神様。……アルティン・ティータがまだ、お話しできた頃に言ってた。海竜もいつの日か慈愛の心を学び、海を守る小さな神様になるって……。だからダメ。見境をなくして小さいもの、弱いもの、短命のものを虐げてはダメ。だってゾルティアが呑み込んだのは、アルティン・ティータの一部だもの。小さいもの、弱いもの、短命のものを一生懸命に守ろうとした神様の一部だもの!」


 ククーシカは膝立ちのゾルティアの頭を抱き締める。


「う、うううう……」  

 

 暫し、内部で葛藤があった。然し、すぐにひとつの感情が心を支配し、一角の竜女ゾルティアは貪るようにククーシカにしがみつき、声を上げて泣き出した。




「いやはや……。魔力や武威をもって事を納めようとする私を、嘲笑うかのような結末だ。さかしき者、長生ちょうじょうの者、強健の者だけが、正しい答えを導き出すとは限らないものだね」


 魔道卿ヤシンと機械騎士カルンドゥームが、十字路にやって来たとき、ククーシカとゾルティアは、まるで親子のように抱き合っていた。


「魔道王……」


 幼子にするように、ゾルティアの頭を撫でていたククーシカは、ヤシンの到来に態度を硬化し、ゾルティアを庇うように、自分の胸と腕でヤシンから隠すような仕草をした。


「いやいや、竜の姫君。そう身構えないでいただきたい」


 魔道王ヤシンはニコニコしながら両の手のひらを振った。


「ただね。彼女に、ゾルティアに聞きたいんだ。……ねえ、ゾルティア。君はティータの目、『輝見石シル・パラン』を、奇妙な成り行きで手に入れるに至った」


 怯える子供をなだめるような優しい声で、ヤシンはゾルティアに尋ねる。


「その石は、言ってみればティータの願いの結晶なんだ。彼女の願い、遠い昔、私が彼女と共に長い間世界を巡り至った願い。……その石を体内に宿すと云うことは、つまりはティータの衣鉢を継ぐ、遺志を継ぐと云うことになる。石とは遺志なんだ。その石は君に魔力を与える。しかし、石に宿るティータの遺志に沿わないならば、君を破滅に導くかもしれない。あるいは、遺志に沿うように君を変質させるかもしれない。……どうする? その石を私に返すか、所有を続けるか? 君の意思に答えを委ねよう。……つまり、遺志いしいしを継ぐ意思いしが有るかどうか……、プー! くすくす」


 自分の言葉で吹き出す魔道王。


「あ、……あたしゃ、」


 ヤシンの早口を聴き逃したのか、ゾルティアは目を白黒させている。

 要領を得ないゾルティアの返事を、ヤシンは暫し待っていたが、やがてなにかを思い付いたのか、パチンと手を合わせてこう言った。


「あ、ひとつ言い忘れた。沖合いでの戦い。ゾンダークが竜衞士の意地を見せ善戦し、ゾファー王子は片腕を失った」


「「!!!」」


 ククーシカとゾルティアは揃って驚愕の表情を浮かべる。


「ゾファー王子は今、片腕でこちらに向かっている。悲壮な姿でね。……私ならば繋ぎ直す事が出来るよ。海で失われた彼の腕を見付ける事が出来るのならば。ゾルティア、探してきてくれないか? 早くしないと鮫に食べられてしまうよ」


「いやあ!!」


 ゾルティアは叫び声を上げると海に向かって駆け出した。


「ゾルティア!!」


 ヤシンは大声でゾルティアを呼び止める。


「……海での探し物が得意なお仲間がいるでしょ?」


「ああ、あああ……。ギャァァァーーーー!!」


 ゾルティアはヤシンの言葉で深淵人の存在を思い出し、彼らを呼び出すために大きな竜の咆哮を放った。


 声を聞き付け、小道の辻々からヨタヨタと深淵人が現れた。


「門番、手強い、我ら、近付けない」


 ゾルティアの元に、最初に到達した深淵人が報告する。


「それはもういい。海峡に沈んだゾファー王子の前鰭を探して!!」


「へ? 襲撃は?」


「もういいの!!」


 ゾルティアの剣幕に気圧され、深淵人は慌てて海に向かって走り出した。


「もうひとつ。ゾルティア。輝見石は『見る石』だよ。心を込めてゾファー王子を想ってごらん。きっと望むものを見せてくれるよ」


 ヤシンの言葉にゾルティアは素直に頷き海に向かった。


「ククーシカ。あんたは王子が来たら、魔道卿と手当てをして! 私は王子の前鰭を探してくる!」

  

「急ぐんだよ~」


 ヤシンは手を振ってゾルティアを見送る。


「カルンドゥーム。町に残っている深淵人がいないか探し、見つけたら顛末を説明して海へ帰るように伝えて」


「ははっ。……して、この火はどうします?」


 カルンドゥームの問いにヤシンは町を見渡し、「燃えるがまま、崩れるがままに」と言った。


「やれやれ、ティータの瞳の一つは海竜の物となるか……」


 走り去るゾルティアの、背中と云うか、その少し下の臀部を眺めながらヤシンは呟いた。




「魔道王……。ヤシンを返して。ヤシンを操らないで。貴方は大昔に死んだ人。貴方の望みは貴方では叶えられないから、大昔に貴方は自分の持つ物を譲り、次に生まれる無垢な者に、託したんでしょう?」


 ククーシカはそう告げると、後を追って海に歩き出したヤシンの前に立ちはだかり、両手を広げた。


「……、痛いところを突いてくる。……ティータめ、意外な娘を弟子に持ったな。……良いのかい? ククーシカさん。……私でなければ、君のお兄さんの腕を繋ぐことは出来ないのだよ?」

 

 意地悪そうな笑顔で、ヤシンはククーシカを見詰めた。


「ふ、ぐううう、」


 ククーシカは苦虫を噛み潰したような顔をして、ヤシンを睨み付けた。


「あははは! 安心しなさい。君のお兄さんを治療したら引っ込むよ。約束しよう。……ついてはククーシカ、私の息子、『ヤシン』に、一つ言伝てを頼まれてくれないか?」


 魔道王ヤシンはそう言うと、ククーシカにそっと耳打ちをした。


  



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