海峡 ⅩⅣ
「ルーク!!!」
ルークがミールとディロンの前に立ち、爆風を防いだ。
「ゴブジデスカ?」
「ありがとう。……」
爆心地にいた灯台守が二人、地面に倒れていた。
「ああ! ビショップが!」
灯台守の一体、『ナイト』は、手首にある小さな盾で火球を弾き、尻餅をついただけだったが、もう一体は胸の辺りに直撃し、四肢が爆散してしまった。
「ミール様……。ここはヤバイ。吹きっさらしだ。海から火の玉がバンバン飛んでくるぜ!」
ディロンがミールの手を引く。
「いいえ。ここを離れる事はできません。洞穴は強固ですが、出入り口が海側に開いております。それに、沖でゾファー王子が戦っておられます。出来うる限りの援護を行います。ルーク! ビショップの右腕と両足の膝から下を私の元に運んでください。ディロン様。下の洞穴に降りて避難の指示を! それから私が良いと言うまで絶対に海に入らないように、水に触れないように皆に伝えてください!」
「しかし……」
ディロンは躊躇する。
この場にミールを残して去ることを。
「早く!!」
ルークが運んできた、破壊された灯台守『ビショップ』の足を、ミールは自分の失われた膝下の空虚な穴に近付けると、足は吸い付くように繋がり、途端に動き出す。
もう片足を繋ぐとミールは立ち上がり、左手を右手の付け根辺りに持っていくと、「うん!」と力を込めて、自分の腕を肩口から引き抜いた。
「これから先、ここは人の居れぬ修羅場となりましょう。ディロン様、お願いです。早く離れてください」
ルークは、ビショップの腕を恭しく掲げ持つ。
シャツの腕も引きちぎり、肩口を露にしたミールに、ルークは白銀に輝く腕を寄せると、それを付け根に差し込んだ。
腕に魔力は巡り、『ガキン、ガキン』と物騒な音をたてて動き出す。
「う、女を残して逃げるのは、ガラじゃあないんだけど……」
「安心なさい。私は女でも人でもありません」
ミールの瞳が赤く燃え、新たに取り付けた右腕は蒸気を吹き上げる。
沖の竜が放った火球が一つ飛んでくるが、ミールはそちらを見ようともせず、手だけを翳すと、指の先から光弾が発射され、火の球は撃ち落とされた。
「うへぇ!!」
ディロンは登ってきた階段を駆け足で降りていった。
「『ナイト』、『ルーク』、火球の迎撃を。『ポーン』は洞穴の入口を警戒して」
ディロンが階段を降りたことを確認したミールは、灯台守に指令を出す。
「「ハッ!」」
それぞれの灯台守が持ち場について戦闘を開始する。
「みーるサマ! アシノハヤイリュウハ、スデニワンナイニ!」
ナイトが、声を掛けるが、ミールは塔を仰ぎ見たまま振り返らない。
「「竜に告げる!!」」
灯台の上部、灯楼の辺りから、海の方へミールの声が響く。
ミールの声を転送し、灯楼に設置されている共振板から、ラッパ状の筒を通し増幅して大音量で流しているのだ。
「「竜衛士ゾンダークとゾルティアの反乱に加担し、西王母の一子、ゾファー王子に牙を向け、西王母の名に於いて盟を結びしオーマの町に火球を放つ竜は、すべてこの場で死を与える!! ゾファー王子の王権を認め、その庇護に復帰したい者は、海を向いて尾から崖下に入れ!! シル・パランの光の元では、あらゆる詐術も謀りも無意味だ!!」」
ミールの言葉を聞き入れ、一部の海竜が沖に留まるか、沖に頭を向けたが、途端に他の竜の餌食となり海底に沈んでいった。
「シル・パランの瞳よ。湾の中の敵意のある竜を照らして……」
ミールの呼び掛けに答えるように、灯台が発していた一筋の光は、細かく分裂してバラバラに海面へ差し込む。
光の帯の一本一本は、各々海の中の竜を照らしているらしく、照らされた先の竜は、まるで自身が発光しているように、輝いて見えた。一直線にオーマの岬を目指す者、くるくると沖を回る者、海底すれすれを進む者、様々であるが、岬の突端から眺めると、光に捉えられた竜達の位置や動きは筒抜けで、光に目が眩んだのか、竜は狼狽え右往左往している。
『ダルルルルルルルルルル!』
ミールの右手の指の先から、光弾が連続して発射され、シル・パランの射す光の先、竜の居所に吸い込まれてゆく。
「ルーク。魔道砲の出力を下げ、速射を。殺す必要はありません。 痛い思いをさせて遠ざけます。注意するのは後方の竜衛士ゾンダークとゾルティア! どちらかが北のシル・パランを呑んでいます。ゾファー王子の位置を常に把握して。恭順の意を示す竜を誤射しないように!」
ミールの鋼鉄の右手の掌から光弾が発射され、火焔を放つため海面から頭を出していた海竜の角に当たる。
竜の角はボキリと折れてしまった。
海竜は『ギィィィ!』と吠えると、海に潜り、海底を這うように沖へ逃走した。
「ああ、ごめんなさい。まだ威力が強すぎたかしら?」
竜に謝るミール。
「ゼンポウ、カイリュウ、タスウ、シンニュウ!」
次々と湾内に海竜は入り込み、口から吐く火球の他にも、彼らが好んで使う、氷の礫を打ち出す魔法が使われ、灯台めがけて飛んでくる。
「氷礫は灯台を壊すほど威力はありません。あれは、私達を標的にしております! 魔弾を当てると飛散して躱すのが難しくなります。燈楼に当たりそうなもの以外は、無視し、回避なさい!」
火球と魔法が入り乱れ、南の灯台を巡る争いは激しさを増していく。
「シル・パランよ、我らの魔弾を導きたまえ!」
ミールとポーンの放つ光弾はシル・パランの光に照らされた龍に次々と当たり、海竜を追い払ってゆく。
しかし、別の脅威が東の崖の影からオーマの町に近付きつつあることに、ミールまだ気付いてはいなかった。
「はぁー、いい気分だ!! ククッ、クカカカカカカカ! なぜ今まで、こうせずにおったのか? あの日、ここでこうしておれば、幾つの竜の魂が救われたことか! あのぺてん師め! 謀りよって!」
オーマの沖合い、海峡の浪は荒れていた。
北之島の灯台は、灯火が消えて暗黒に沈んだ。
竜達の強襲で北の灯台は破壊され、塔の部分は、崖の上から海に崩れ落ちてしまっていた。
暗黒の竜が、波高き海から胸鰭で海面を叩きながら頭を上げて、ゲラゲラゲラと笑っている。
「ゾンダーク! どうするのさ?! こんなに派手にブチかまして! 王子達は気付くよ!」
暗黒の竜の隣、赤い一本角をもつ竜が海中から顔を出す。
「ゾルティア。仕方あるまい。では、王子は殺そう。グゲ! ガガガカカカカカカカ!」
ゾンダークと呼ばれた暗黒竜は、また、笑い出す。
「ゾンダーク!」
赤角竜ゾルティアは、ゾンダークへ一本角を向ける。
「おお! 冗談だゾルティア! お前の若き想い人を殺したりはしないとも。……お前が私の言う通り事を運んでくれればなぁ。……しかし、ゾルティアよ。誘っておいて、こんなことを言うのも何だが、待てなかったのか? どうせエダインなぞ、一世紀を待たずに死ぬぞ」
ゾンダークは深淵人に小声で何事かを指示しながら、ゾルティアと会話を続ける。
「待てないね! 知ってるだろ、私の人間嫌いは!」
「初耳だよゾルティア。……ん? いやいや! 思い返せば何度も聞いたな! 初耳ではなくて耳に蛸だったか! 蛸が多すぎて耳が聞こえなくなっておった!! グガガ!!」
「我慢ならないんだよ! たった一世紀でも、あのような陸の海驢みたいなのに言葉をかけている王子を見るのは」
「……ああ! 気持ちはわかるぞ、ゾルティア! …………いや。勢い言ったが、さっぱりわからん。そんなことより、……その、……言い難いのだが、……王子が知ったら、なんと思うかとかは考えているのか?」
「知らないよそんなもの! そんな事どうでもいい!」
「ああ! 迷惑な女だ! 王子もお可哀そうに! こんなのに惚れられるとはな、お主も王子も、破滅の道を一直線か! クククククククゲラゲラゲラ!」
肩から伸びる呪腕を頭に持っていき、『やれやれ』と言いたげな仕草をするゾンダーク。
そんなゾンダークの傍らに、海底から浮き上がってきた深淵人が頭を出す。
深淵人は一抱えもある大きな光る宝玉をゾンダークに差し出す。
「おお! 見付けたか!!」
呪腕で宝玉をつまみ上げると、ゾンダークばくるくるとゾルティアの回りを巡り始める。
「見ろ! 天龍の眼球だ!! かの昔、魔道王が天龍アルティン・ティータ様から騙し盗った物よ!!
魔道王~、
魔道王~。
道を外すな魔道王~。
外せば魔王の仲間入りぃー!
ギャハハハハハハハハーー!
ガーカカカカカカカカーー!」
調子外れの歌を歌い、ゾンダークは爆笑する。
「イカレが……ガッ! ガガッ!」
続きを言いかけて、ゾルティアは硬直する。
ゾンダークは、片方の呪腕でシル・パランを持ち、もう片方の手で拘束の魔法をかけている。
「ゾルティアよ……。お主は破滅だ。……イカれた私から見ても、お前はどうしようもなく、どうしようもない。お主がククーシカを殺しても、殺さなくても。私がゾファー王子を殺しても、殺さなくても。私達が魔道王を殺しても、殺さなくても。……どれを選んでも、凡て破滅だ!! お前はもっと以前に私を殺すべきだった。須く、速やかにそうするべきだったのだ。……だが、その機会も今失われた。北の灯台の灯りが消えたのだ。王子は今すぐにでも飛んで来よう。ゾルティアよ。この目玉を飲め! 私がそうしようかと思っていたのだが、その権利、お主に譲ろう」
身動きの出来ないゾルティアの背後から、ゾンダークは手に持った鈍く光る北のシル・パランを、空に向かって開かれているゾルティアの口の中に放り込んだ。
「ググッ! ガッ!!」
シル・パランの魔力を使い、ゾルティアにかけられていた拘束の魔法は解け、途端にゾルティアは前鰭の爪で攻撃しようと素早く反転したが、ゾンダークは既に距離をとっていた。
ゾルティアの呪腕が夥しい数の氷の槍を作り出し、次々とゾンダークめがけて投げ付けられる。
「おお! 馬鹿者! 魔力を無駄遣いするな!! そろそろ王子が来るぞ。南の灯台守は私が数を減らしておいたが、もしかしたら数体生き残りがいるかもしれない。沖合いから竜共が灯台守を襲う。魔道人形共を引き付けよう。それから、東の崖の陰に深淵人を100人ばかり集めている。お主は人に化け、深淵人と共に東から上陸し、オーマの町を荒らしながら横切り、西の崖下、階段途中の館を襲え! 魔道王とククーシカを殺し、ククーシカは魔道王が殺したことにするのだ!! 魔道王は今、記憶を失っている。恐らく魔法は使えまい。護衛のミールとオーマの長老から引き離せば容易く殺せるはずだ。その間私はここで王子の足止めをする。良いな!!」
氷の槍を楽々と避けながら、ゾンダークは話続ける。
「ゾンダーク!!……オマエ、コロス!!」
「ああ! 殺されてやるとも。しかしその前に、お主はククーシカを殺すのだろう? 誰にも見られぬようにやれ! 深淵人も皆殺しにしろ! オーマの長老もだ。しかし、アルティン・ティータ様には手を出すな! 行け! ゾルティア!!」
「ギイィィィーーー!!」
理性を失ったゾルティアは、それでも己が心に暖め、頭の中で何度も繰り返し計画した、妄執を現実とするために、オーマの町をめがけて泳ぎだした。
呪腕を尾の方に向け、掌から水流を噴出させる魔法を使うと、ツバメが飛ぶような速さで、海中を南へ進んだ。




