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開拓騎士団  作者: 山内海
第一話
11/92

海峡 Ⅹ

 

 

 

 森林の果て。

 東西を切り立った崖に挟まれた、なだらかな下り坂の先に、オーマの古びた町がある。

 

 町の創建は、エルダールが打ち建てた初めの国、『アルノオル』の全盛期まで遡る。

 

 あらゆる海を航海したエルダール達が、各地の沿岸に作った植民都市の一つがオーマだった。

 


「当時はまだ、エルダールの魔法文明が隆盛を誇り、エダインは原始の国家『ワラグリア』が、産声を上げたばかりでした」


 ヤシンとミール。

 ゾファーとオーマの長老。

 

 長老の館に招かれたヤシンとゾファー王子は、暖炉にはぜる焔だけが光源の暗い部屋で、思い思いの姿で寛いでいる。

 

 ヤシンは大きな長椅子に、クッションをたくさん敷いてもらい、体を伸ばしている。

 傍らに立っていたミールは、ヤシンに勧められ長椅子に腰掛けている。


 ゾファー王子は水の張った大きな桶の中で胡座をかき、長老は、古く大きなゆり椅子に腰掛けて、ひざ掛けをかけている。

 

 ククーシカは寝室で眠りについた。

 

 長老の住まう屋敷は、オーマの外れ、灯台塔の建つ西側の崖の上へと通じる、半ば自然に造られた階段道の途中にある。

 崖をくり抜いて造られた、家というよりは砦のような建物だった。

 

 屋敷の窓から見下ろすオーマの町並みは古く、普段なら、ほとんどの家は明かりが灯らず、人の住まう気配は無いはずであるが、今夜は往時の様に点々と明かりが灯っていた。

  

 ヤシン王兄北行の一行達。

 ガルボ家の本拠地、北公領出身ではなく、王都で生まれ王都で暮らすグレタに奉公するため、現地で雇った屋敷の使用人やその家族で、帰るあての無い者達。

 旅の途上、どうしてもついて行くと名乗りを上げ、地位も禄もかなぐり捨てた王家の家臣達。


 彼らには、オーマの無人の家がそれぞれ充てがわれている。

 今頃今後について三々五々寄り合い、話し合っているだろう。

 

 現在のオーマには、灯台の維持と、渡し船の整備ができる最低限の人数しか残っていなかった。

 

 ゴンドオルの政変の報を受け、ほとんどの住民は旧北領の残党たちと一緒に、北之島に渡ったからである。

 

「オーマのエルダールにとっては、辛い決断でした。同じような外見から『エルダール』とまとめて呼ばれてはいますが、我らアルノオルから渡った魔法帝国の残党と、北之島、エリアドオルにて生まれ育ったエルダールには決定的な差があります」


 仄暗い部屋の中、焔に照らされた長老の顔が赤く見える。


「常福の国から遠く離れ、その恩寵に浴すことなく生まれた者達は、エダインに与えられた、『老化』は免れたものの、いつか命運が尽きた時、エダインと同じく死する運命さだめを負うようになりました。傷、病、憂い。時代を経るごとに魔法の力も生きる力も弱まっております」


 彼の視線は、暗い部屋の壁にかかる地図へと向かう。

 その古地図には、失われたアルノオルの場所が記されていた。


「我らも北へ渡れば……。古にアルノオルの神殿で下された、神託の定めに従い創建された、この場所を離れた時には、不死の恩寵が失われ、死の運命が下されるものと思っております……。さりとて還るべき常福の国『アルノオル』は既に、綿津見のかいなの中……」

 

 長老はそう言った後、自分の物思いの中に沈んで行き、口を閉ざしてしまった。

  

「先行して魔法帝国アルノオルを樹立したエルダールこそ、『この世の覇者』になるものと、エルダール自身は考えていたようだが、彼らは我ら海竜の領域を犯し、両者の間では争いが起こった」

 

 長老に代わりゾファーが口を開く。


「『この世の中心に「アヴアロン」という大きな大陸があり、その大陸の中心にこの世の屋根へと続く高い山地がある。その山々の頂に神殿を打ち建て、聖寵の祝詞を奉じた種族が、この世の栄華を総取りし、遅れを取った種族はこの世より駆逐される』次第を見定める役目を賜ったのは我ら竜だ」


 今まで黙っていたヤシンが口を挟む。


「北、南、西、東。この世は四面の盤面で競われる将棋であり、世の事象は全て、世界の原始のその前に、神々によって執り行われた、ゲームの棋譜によって既に定められている……」

 

 ゴンドオルの教会は、この世のあらましを、このように説明した。

 ゾファー王子はヤシンの言葉を、肯定も否定もせずに話を続ける。

 

「我らの祖は、世界の原初に立ち会い、その力と魔法により、世界を形作ったと、我ら竜の歴史は伝える。我らの父祖は、山を積み、谷を穿ち、海を吐き出し、宝石やはがねや数々の宝を大地に隠した。木々を植え、生き物の種を運び、その萌芽を見届けた。創造の始まりの朝の後も、我らは世界の運営に携わり続けた。ある時は何処かの種族に与力し、ある時は敵対した。天に住まう至高の竜達は、『聖戦の棋譜』をこの世に再現し、事象として現出させる為、海に、陸に、空にと、世界の隅々に竜の眷属を送り込んでいった。人間の文明を探るため人に化ける術を発達させ、完全に人と変わらぬ生活を送る竜すら現れた。………我らの神話はそのように、竜達の上古の歴史を伝えている。今は遠い昔の事……」


 エダインの少年の姿を取っているが、ゾファー王子は、まるで年老い、疲れ切った人のように、力無く目を伏せている。 

 

「我ら海竜は、言ってみれば、失敗した種族なのだ。我らは世界を造るために生まれたが、神々の将棋の駒とは成れなかった。なまじいに強固なからだを与えられしが、そこに注がれた魂は、器ほど強くはなかったのだ。海の水は冷たく、炉は湿りがちだった。我らは他の土地に住まう竜達より、体内の炉を早く冷やしてしまったのだ。肉体が滅ぶ前に、時の流れに魂が耐えられず、知恵も分別も失って、生ける災厄と化し、人に狩られるのだ。……太古に生まれた竜。この世の創生に関わった原初の竜は知らず、後々生まれた魂弱き竜達は次々と人に討たれていった。アルノオルとの戦いで、怒りに我を忘れた海竜達は、海から立ち上がるアルノオル本島の土台の下を、狂ったように掘り進み、島の根本に走る深淵まで続く裂け目に、己の炉の残り少ない火種を、次々と投げ込んでしまった。……アルノオルの国土は崩れ、海に沈んでいった……」


 かつては殲滅戦を繰り広げたエルダールと海竜。 

 それも遠い昔の事。

 今や太古に争った二つの種族は、仲良く同時に、滅びようとしているのだ。


「竜にとって戦いによる死は救済なのだ。アルノオルを滅ぼした後、世界運営の任を解かれ、獣と同じ境遇に落とされた後も、海竜は破滅を求め、己の堅固なる器を砕き得る者を、心待ちにしながら、海底や海岸の巣の中にある、宝物山ほうもつさんの上で眠り、戦士の到来を待つのだ……」


 ヤシンはゾファーの顔を見、長老の顔を見た。

 

『死、死、死……』 


 死を想い、死を恐れ、死に焦がれる。

 世界より用済みと宣告され、駆逐されてゆく種族達。

 

「何か手立ては? 死を待つばかりではなくて、愛し、生きる道は!」


 ヤシンは思わず立ち上がり、声を上げる。

  

「…………」


 長老は目を丸くし、ヤシンを見詰める。

 

「ふふ、ヤシン様。過ぎし日、まさにこの部屋で、我らは同じような話をしましたな。貴方はお忘れのことと思いますが……。あの時はゾファー王子はまだ西王母様の胎内で、その桶に座していたのは西王母様御自身でした。この場にてエルダールと海竜は矛を収め、黄昏を共に生きることを誓いましたな」


 窓の外、オーマ町を視線は越して、ゾファーは頭上の灯台が照らす光の帯の行く先を見ていた。


「その盟約からも時は経ち、灯台の灯は衰え、そして今再び灯された。この灯台の創建の時に生まれた私には、盟約が改まる象徴のように感じられる出来事だ」

  

 ここで長老が目を開き、ヤシンを見据えて言った。

 

「この館に、一人、『天龍』が住まっております。私がオーマに残っているのは、灯台と彼女の事を思っての事です。……明日、ご紹介いたします。今はお忘れかもしれませんが、ヤシン様とは、浅からぬ因縁のあるお方で、年老い、命が尽きかけております。……彼女は……」

 

 ここでゾファーが長老の言葉を継いだ。

 

「彼女は龍の器をこぼち、人として死ぬ術を発明したのだ、我ら地上の竜から見れば崇めるべき者であり裏切り者でもあるが……。天の龍にまでは、私の統治は及ばない。せめて、短いえにしの締め括りとして、死に水を取ろうと思う……」

 

「長老。申し訳ございません。明日の事もありますので、そろそろヤシン様には、お休みいただきたいのですが……」


 口を閉ざしていたミールが、おずおずと声を掛ける。

 

「ああ、これは、したり! 懐かしさのあまりつい長話を。長旅でお疲れのところ申し訳ございませんでした。この館は、今は私が使っておりますが、元々はヤシン様がお建てになったもの。どうぞお寛ぎください」


 長老はそう言うと立ち上がり、使用人を呼んだ。

 

「ヤシン殿、すまぬ。もう一時、時間をくれ。我が妹の事について聞き届けていただきたい願いがある」


 ミールを抱いた長老に案内され、部屋を出ようといているヤシンに、立ち上がり、使用人に体を拭かれているゾファーが声をかけた。  


  

 


 

 

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