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邂逅

お久しぶりです。約半年ぶりですね


新企画ですが、こちらは超不定期企画とさせて頂きます(前回早々に中断してしまいましたが……)

 とある区域のとある町。小さな酒場の隅で一人、昼間から酒を煽っている老人がいた。誰も近寄らない、見向きもしない。そこにいることに気付きもしない。

 そんな老人に近づいていく小さな影があった。


「どうしておじいさんはそんなに窮屈そうなの?」

 少年が言った。

「そんな事ないから大丈夫じゃよ。こんな老害の心配なんかしとらんで遊んでおいで」

 老人は優しく返す。


 ――が、少年は、

「だって……そんなに力を抑えて(・ ・ ・ ・ ・)て……やっぱり窮屈そうだよ」と。

 その言葉に老人は目を見開いた。口からは嗚咽に似た息が漏れるだけで、返す言葉が出てこなかった。


「おじいさん、大丈夫?」

 少年はただ狼狽えるだけだった。少年はこの時どうすれば良いのか分からなかった。故に少年は脇に抱えていた一冊の本を差し出した。


「これあげます。元気出してください」

 少年の差し出した本。その表紙には題名は書いておらず空を舞う一匹の竜が描いてあった。

「……この本貰ってもいいのかい?」

 少年は頷く。

「僕の一番好きな本だけど、おじいさんが元気になるなら……」

 少年の言葉を聞いて老人は無言で少年の頭を撫でるだけだった。乾ききった鱗の痕(・ ・ ・)の残った手で。



「へぇ~、おじいさん世界中を旅しているんだ。羨ましいなぁ~」

 少年は老人の向かいに腰を下ろし目を輝かせていた。

「ははは、そうそう良い事ばかりではないがの。君はこの村から出た事は無いのかい?」

 老人も既に元の調子に戻っていた。少々先程よりも気分が良さそうだ。

「出た事は無いよ。外の事は本やお客さんに聞いてるんだ」

「そうかそうか、君は外の世界が好きなんだね」

 少年は頷く。

 老人と少年はそのまま話していた。内容はお互いの日常について。少年はここ(酒場)に住み込みで働いている。老人は余生を旅で過ごしていた。


「おじいさんの旅の話、聞かせてくれる?」

 少年は好奇心に身を委ね願って来たのだ。老人にとっても、今まで一人で旅をしてきたので話のネタには尽きなかった。

 結局、老人は日が顔を隠すまで話し続け、少年は休むことなく質問を繰り返していた。


「おじいさんは、ずっと旅をしていたんだね」

 その間に老人が話したのは数十年分にも及ぶ内容で、少年は宝箱を見つけた様な子供特有の輝きを瞳に宿らせ続けいていた。老人も満足した様だ――否、満足はしていないだろう。

「……全て、ここ最近(・ ・)のことじゃがの……」

 天井を仰ぎボソッと小声で呟くとほぼ同時に少年が机に乗り出してから、老人は後悔した。少年の耳がその言葉を捕らえ、瞳に今まで以上の炎が灯っていたからだ。


「それって本当なの!? ならもっと聞かせてよ!! お願い!!」


 少年は老人に詰め寄り約束までこぎつけた。老人はなぜ約束をしてしまったのか自分でも解らなかった。

 結局のところ根負けしてしまったのだ。少年が心底楽しそうに話を聞いてくれるのが、死に場所を探していた老人にとっても嬉しかったのだ。


 だが、既に夜も更けていたので続きは明日に、ということとなった。老人は少年にすぐ寝るように言ったが、どうやらここで働いていく様だ。

「無理はするんじゃないぞ」


 老人は最後に一声かけて少年と分かれた。

 その夜、老人は二階の宿に泊まり、少年は賑やかになった一階の酒場でウェイターとして冒険者達で埋め尽くされた机の間を駆け回っていた。

 その顔は笑顔で、頭の中は明日のことで一杯になっていた。



 次の日の早朝、高齢者らしく目を覚ました老人は外の空気を吸おうと一階に降りていった。既に月は顔を隠し、空は西の紺と東の白の二色に分かれ明るくなっていた。


 ――故に一階の床に突っ伏している少年を見過ごしたり、見間違えるはずがなかった。

「これッ! どうしたのじゃ!? しっかりせんかッ」

 近寄ると少年の状態がより酷いものだと分かった。整っていたはずの顔は数ヶ所が腫れていて、服の下にもアザが大量に出来ていた。その中に異常なそれを見つけた。

 それは老人の知識があったからこそ分かるものだった。それは継続して与えられた打撃にのみ生まれてくるのだ。


 老人はすぐに少年を部屋へ持って帰り、治癒の魔法をかけた。自己回復力が上がり、腫れやアザはすぐに消えた。意識はすぐには戻らなかったが昼前には戻った。

 少年が老人の顔を見てまず口にしたのは「昨日の続き、聞かせてよ」だった。まるで昨夜何事もなかったかの様に。


 そして老人は自戒した。疑うはずだったのだ。こんな少年が夜の酒場、しかも多くの男達が騒ぎ散らしている場所で働いていることに。真っ昼間から酒場の隅っこで一人、本を読んでいることに。

 老人確認の為、自分の予想の否定の為昨夜何があったのか聞いた。少年は「特に何も(・ ・ ・ ・)」と言った。

 老人は「別れた後から今朝までのことを全て話せ」と――言わなければ「昨日の続きの話は無しだ」と言う脅しをかけて――聞いた。


 そして、少年曰く、

「話の続きを楽しみにして笑っていたら、酔っぱらいに殴られた。そこまではいつもの事(・ ・ ・ ・ ・)だったが、昨夜は運悪く(・ ・ ・)気絶した」と。予想は肯定された。

 その日、少年は老人の部屋で話の続きを聞いて、「今日は休んでなさい」と――今朝と同じ脅しを同時に――言われたので大人しく寝た。



 老人は夜の酒場にいた。少年と初めて出会ったそこに。ある単語を盗み聞きするように。

『そう言えば、あのガキ(・ ・ ・ ・)はどうしたッ? 死んじまったのかぁ!?』

 直後に笑い声が囃し立てる様な口笛と拡がる。その後酒場は氷ついた。


 ――ただ一人。店の隅っこにいた一人の竜(・ ・ ・ ・)を除いて。

「すまんが、昨夜のこと、詳しくお聞かせ願えますかね?」

 見た目はただの老人。シワだらけの皮膚に大きく曲線を描く背中。薄くなった髪と反比例して立派な髭。

 それなのに誰も動けなかった。蛇に睨まれた蛙、竜に睨まれた人。


「……お前らよぉ、もう一度だけ聞くが――」


 その場にいた全員が己の行いに悔恨した。



 次の日、老人は一日中少年に語りかけた。そして、寝る前に三つの事を少年に誓わせた。

 「夜は働かずに寝ること」「信用出来る大人に頼んで勉学に励むこと」

 そして「本以外でも外の世界について知ること」

 ただ、少年は一つの誓いは既に実行していたが老人はそれを知らない。


 翌朝、老人は村を出る、旅を続ける為に。

 村の入り口に四日間共にいたあの少年が立っていた。

「別に挨拶ならいらんと行ったであろうに、昨夜は眠れたのか?」

「………………」

「まぁよい、元気でな」

 出ようとした老人の裾が引き留められた。老人は振り返る。

「実は昨日のおじさんが何をしてくれたか知ってるよ。こう言うのを『貸しが出来た』って言うんだよね?」

 悟り、老人は苦笑いした。

「昨日言えなくてゴメンなさい…………えっと、ああ、ありがとう」

 老人は少年の頭を優しく撫でた。そして口を開く。

「問題じゃ。おそらく儂はこの村にはもう来んじゃろう。貴様と出会う事も二度と無いだろ

 ――さてどうする?」



 ――少年は世界に駆け出した。

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