怖いよな苦しいよな泣きたいよな!
ついにやったな! エントランスの死闘を制した! 君は実に上手くやったよ。君を愛してやまないトトの猛アタックをかわし、むらがる信者たちをかわし、エントランスと泉を何度も往復した。
マンチキンどもを巧みに誘導して、トトの足止めをする、計算し尽くされた一連の動作の見事さには、感動したよ! 最後は、転移のセカンダリで吹き飛ばしたトトをマンチキンたちの真上に落とすなんて、離れ業までやってのけた。ドロシーの体を百余りも消費しただけの価値はあったな!
押しつぶされて、怒ったマンチキンたちがトトとやりあっている間に、悠然とエントランスを後にする君は、神がかり的に美しかったよ。これはあてこすりでも、お世辞でもない。本心から言っているんだ。
正直な話……私は、君がここまでやれるとは思わなかった。いや、進行具合なら、もっと先に進んだドロシーがいたよ。だが、これだけ死んだのは、君がはじめてだ。
待ってくれ、バカにしているんじゃない。確かに、君は歴代のドロシーのなかでも、一二を争うほどに頭が悪い。それは否定しないよ。トトの対策に、転移のセカンダリを使うことを思いつくまで、あんなに時間を要するなんて、私はてっきり、君は少々頭がおかしいのかと……あれ? 私はやっぱり、君のことをバカにしていたのかな?
まぁ、良い。なにはともあれ、これで先に進めるぞ。気張って行こう! えいえいおー!
順調だね。とても順調だ。エントランスを出てから、まだ、一度も死んでいない。マンチキンがわいて出ようが、トトが壁をぶち破って襲いかかって来ようが、君は落ちついて的確な対処が出来る。トトとマンチキンたちとの死闘で、君はとんでもない経験値を得たようだ。見違えたよ。今の君は、恐れるものは何もないって顔をしている。その顔が、中庭に出たとたんにどうなってしまうのか、今から楽しみだ。
さぁ、その赤の扉を開いて。その先が中庭だよ。
どうして躊躇うの? さっきまで、ぶつくさ文句を言っていたじゃないか。ずっとこの陰気な緑色の城に閉じ込められて、窒息しそうだって。一時的にとはいえ、念願かなって、やっと表に出られるんだ。楽しみだろう? 楽しみだよな? そうだよな?
エメラルド城の中庭は、ちょっとしたものだよ。庭師が面白い奴でね。君も、きっと驚くだろうな。
え? 心の準備? そんなもの、要らないだろう。君は十二分に肝がすわっているよ。それでは、オープン!
じゃじゃーん! ここが我がエメラルド城の名所のひとつ『案山子の庭園』だ!
何度見ても、壮観だな。土に埋められたり、杭に刺されたりした人間たちの、穴という穴から芽吹いた花花は。エメラルド色の燐光を帯びて神々しいほどに美しい。
ああ、ドロシー。思わず見惚れてしまうのは無理もないが、ぼうっとしていると、素晴らしい眺めを楽しんでいられなくなるぞ。
あそこにいるのが、この独創的な庭園の造り手であり守り手でもある、カカシだ。白痴なる探究者。おっと、本人には言うなよ。彼は白痴の徒で、少しも話が通じないが、頭のなかに藁が詰まっていることをバカにされると、腹をたてる。彼は頭のことでからかわれるのが、大嫌いなんだ。
そうだ、ドロシー。あちらを見てご覧。ほら、あそこにある、たくさんの案山子。あれはね、今までカカシに敗れ去ったドロシーたちだ。ドロシーカカシの作り方は、いたって簡単。まずは、上半身と下半身を、腰のあたりで切り離します。次に、上半身の断面に棒きれを突っ込みます。はい。出来上がり。下半身は土に埋めて、苗床にしているようだ。
頭がぱっかり割れているのは、カカシが中身を藁ととり換えているからだよ。抜きだした中身は、彼自身の頭に入れるらしいけど、彼の知性が高まる気配は、今のところはないね。酷い悪臭がするだけだ。
よせばいいのに、カカシはやめられない。頭の中身を交換すれば、ドロシーのように知恵が得られると信じているんだ。助言を解するだけの知性がないから、無駄だとわからずに、同じ仇ごとを延々と続けている。
哀れだろう? だが、カカシが丹精をこめて育てた花たちは、哀れで愛すべきバカを敬愛しているのさ。君を捕らえて、彼にプレゼントしようとするだろう。カカシにとって、君こそが最も素敵な贈り物だからな。カカシだけじゃない。エメラルド城にとって、ドロシーは最高の贈り物だ。例え君の頭の中身が、カカシのそれと大差ない出来であろうと。
とかなんとか言っている間に、大ピンチじゃないか。鋭い蔦が君の足を貫き、地面に縫いとめている。これでは、もう逃げられないぞ。ほら、カカシがぴょんぴょんはねて此方に向かって来る。うっわ、頭から腐れた脳みそが漏れているぜ! 気持ちが悪いな。おえっ。
……ああ、ああ、ドロシー? 慰めになるかどうか、わからないが……君の案山子姿は、とてもさまになっているよ。胸から下を絶ち切られ、棒きれを捻じ込まれ、カラスに頬肉を啄ばまれながら泣き喚く姿が、それほどさまになるドロシーも珍しい。君は誇るべきだ。うん……うん?
おっ……そろそろ、頭の切開ショウが始まりそうだな。すまないが、中座させて貰おうかな。私は灰色のぐちゃぐちゃした脳みそというものが、どうにもこうにも苦手でねぇ。いくら愛すべきドロシーのものであっても……無理だよ。
本当にすまない。お叱りは甘んじて受けるし、この埋め合わせは必ずする。
幸運を祈っているよ。出来るだけ、君の苦しみが短時間で済みますように。それじゃ、バイバイ! またあとで。
やぁやぁドロシー、よくぞ戻った! 勇敢なる我らがドロシーをファンファーレでお迎えしよう! ぱんぱかぱーん!
さて、カカシの攻略法だが……おや? どうしたんだい、ドロシー。どうして、膝を抱えているんだい?
おお、ドロシー。可哀そうに。流石の君でも、やはり、カカシはきつかったか……。いやぁ、あれはきついよな。実のところ多くのドロシーが、カカシのもたらす恐怖に屈し、心を折られてしまったんだ。
君には、そうなって欲しくない。君はきっと、特別だから……だから、ルールを多少捻じ曲げてでも、私は君に協力を惜しまないことにした。
いいかい、ドロシー。カカシの怖いところは、どこだ? あのおどろおどろしいビジュアルと、白痴故の狂気。せいぜい、そんなところだろう。トトのようなスピードも、バカ力も、旺盛な食欲もない。
厄介なのは、カカシじゃあない。案山子の庭園というフィールドが、完全に彼の領地であるという、その一点に尽きる。
カカシを攻略するということは、即ち、案山子の庭園を攻略するということを意味すると考えるべきだ。
案山子の庭園は、案山子の花花が作り出した迷宮だ。君は花花の魔の手をかいくぐり、可及的速やかに血ぬられた迷路を攻略せねばならない。
君、迷路は得意? 得意でも不得意でも、好きでも嫌いでもいい。この迷路をクリアしないことには、にっちもさっちもいかないんだ。やるしかないよな。
極めて重要かつ有益な情報をリークしてあげよう。案山子の迷宮の形状は、変化しない。花は地に根を張るものだから、そう安々と動き回れないからな。
君がやるべきことは、何度も繰り返し迷宮に挑むこと。魔法を駆使して花花に対抗し、迷路の形状と順路を頭に叩き込むんだ。魔法の泉の場所をマークすることも忘れるな。
経験と知識を蓄える他ないのさ。マンチキンやトトのときと、同じ要領でやればいい。