魔眼と魔鍵:5話
ノイタールの中央街。
この先にある装飾された華やかな坂道を進んでいけば貴族街へと辿り着く。
ギルバルド伯爵の邸はその中にある。
「いよいよですねぇ」
ファウストは既に貴族街に侵入していた。
今日は昨日とは違い、漆黒のスーツを着込み、四本の剣が入った袋を肩に担いでいるファウスト。
一歩また一歩と魔鍵の元へと進んでいる。
現在の時刻は夕方。
考古学者がギルバルドの邸に訪れるタイムミリットまでそろそろだ。
ギルバルドの邸に辿り着くまでの間、ファウストはふと考える。
今回の依頼主、もしくは組織とやらは間違いなくジルだ。
これには確信があった。
国家存亡の情報すら入手する事が可能な優れた情報屋である彼に掴めない組織の情報どまず無い。
最初は国が依頼主という線も少し考えたが、ジルという男と長年付き合ってきたファウストはすぐその考えを否定した。
彼はこの不条理な世界を、国を誰よりも嫌っていた。
それこそ過酷な運命を生まれつき定められている魔眼を持つ者と同じように。
そんな彼がもし今回の仕事が国からの依頼だっとするなら、その依頼主の正体や組織の存在を隠すとは到底考えられない。
もし過去の自分が見てきたジルという男が、その抱いていた世界や国に対する怒りや憎しみ、行動が全てが本物ではなく偽りだというならば大したものだ。
見事に騙し続けられていた。
しかし、どうしてもファウストは今まで見てきたそんなジルの全てが偽りだとは思えなかった。
そして決め手となったのは前日、ダンプラーの廃墟の中で姿を隠していた人物の存在。
驚異のレベルで気配を殺していたようだがファウストはその人物の存在に気づいていた。
そして、それが一体誰なのかも見当がついている。
以上の理由から依頼主、もしくは組織とやらをジルだと判断したのだ。
その上で今後の粗方の流れも推測していた。
この後すぐ、自分が魔鍵を無事盗み出し、脱出を試みようとした瞬間、前日の気配を殺していた人物が現れ、ファウストの命と魔鍵を奪うという展開だ。
今回の仕事が何故、自分に依頼されたのか推理してみた。
ジルが依頼主としてシルビアから依頼の品である魔鍵を受け取っても、いずれ世界に魔鍵の存在が公になり、楽園に辿りつく前に命が危険に犯されるリスクを考えたのだろう。
そこで魔鍵を盗む過程で、脅威である支配眼の使用制限ギリギリまで使うか。制限をかけれてしまったファウストを殺害して魔鍵を奪い去り、その魔鍵の行方を闇に葬り去り、自分は安全に楽園への道を探すという算段。
あくまでファウストはギルバルドを殺害し、魔鍵を盗むだけ。
その為だけに利用される駒として抜擢されたのだ。
「ンフフ……困った人だまったく」
しかし、これだけジルの行動を予想できたファウストだ。
ならば逆も考えられる。
ジルもファウストにその計画が気づかれる事を予想できるはずだ。
「本当の目的は何なんですかねぇ……」
ファウストは今回の依頼にホトホト悩まされる。
それに、魔鍵の少女の事も気がかりだった。
ジルは言った。人間の姿をし、人間のフリをしているだけの物だと。
しかし、ファウストは昨日から魔鍵の少女が一瞬見せたあの儚げな表情が頭から離れなかった。
本当に心が無いただの物に、あんな顔ができるであろうか。
かつての懐かしい嫌な記憶が蘇り、自分と少女が被って見えてしまうの。
「ふぅ……、ホント今回の依頼は面倒くさいですねぇ」
足を止め、ニヤリと見上げた先にはギルバルドの邸。
周囲は前日とは比べ物にならない程の警備が敷かれていた。
全員、まるで兵士のように鎧を着込み、槍や剣を装備して周囲を警戒している。
いくら貴族であってもこれ程、邸の警備体制を厳重にしている者は一人を除いていない。
その様子に呆れ果てるファウスト、そこに一人の警備兵が不振に思い近づいてきた。
「こちらはギルバルド伯爵の邸だぞ、何か用か……?」
ここで騒ぎを起こして盗みが失敗すればジルは一体どういうリアクションをするのか気になりつつもここは穏便に済ませる事にした。
「いやぁ、実はですね私こちらの国に来て短いんですが中央街はどちらでしたっけ?」
何者かが昨日、この邸に侵入してきたおかげでギルバルドは大変激怒し、警備兵達へと当り散らし、今この邸内でピリピリとしたムードが漂っている。
こうして陽気に道を尋ねてくるファウストにイライラしながら中央街への道を仕方なく教える警備兵。
「中央街ならもっと下がった場所だ! こちらの貴族街とは真逆だ!」
シッシッと手で追われるも、丁寧に礼を言いながら元来た道を戻っていく、フリをする。
すぐさまに裏に回り込み、警備が極力薄い場所を探す。
しかし、前日の事件によっぽど腹を立てたのかこれでもかという具合にどの位置にもびっしりと警備の人間が敷き詰められている。
「しゃーないですねぇ。……ま、私のミスが招いた結果なんですがねンフフ」
そして最も警備が薄い場所をようやくの思いで見つけ、そこの死角から覗き、確認するがそれでも六人という数。
流石にここまで厳重に警備されていると周辺の貴族だけでなく、すぐ上に位置する王城も不振に思うハズ。
魔鍵を守る為とはいえ、焦るあまりそこまで頭が回らないその様子。
このままではノイタールの兵士すらも出動してきそうだ。
「とっとと終わらせますか……」
警備兵の視界に映らない位置で、ファウストは肩に担いでいた仕事用の細長い袋を地面に置いて準備を始める。
剣を両腰に二本ずつ携え、そして――――
古びたピエロの仮面をつける。
この漆黒のピエロ姿こそが泥棒王ファウスト。
ありとあらゆる不可能と言われたモノを盗み、世界を混乱させ、世界に嫌われたきた王の姿がそこにある。
そしてゆっくりとピエロの仮面越しの支配眼がチリチリと赤黒い火花のような光を放つ。
するとファウストの姿が瞬時に消え、一瞬で六人の警備兵が守る塀の遥か向こう側へ誰にも気づかれずに、人気の無い邸の中庭に侵入してみせる。
「ンフフ、余裕ですねぇ」
すぐさま、身体を丸め、身を潜める。
誰にも気づかれず完璧に侵入してみせた自分に酔いしれる。
ファウストが両眼に宿す魔眼、支配眼はその瞳に映る世界が全てコマ送りのようなスローモーションで見る事ができる。
そのロースピードの世界でファウストだけはいつもの様に通常通り動くことができ、他者からすればファウストが認識できないハイスピードで動き、まるで消えてるかのように錯覚して見える。
支配眼とは通常の時間で流れていく時空を歪め支配する魔眼。
だが、これ程の力を発揮できるにも関わらずファウストはまだその真価を発揮できないでいた。
それでも尚、これ程の力を誇るのだ。
世界が魔眼を脅威に感じる理由も納得できる。
しかしこの魔眼には一日の使用制限と副作用がある。
まず使用制限は個々の魔眼を持つ者によって違うが、ファウストの場合は一日の中でも30秒間のみ時空を歪める事ができる。
そして支配眼の使用による副作用は心臓や身体に多大な負担がかかる為、連続での使用や、長時間の使用は命を削るとされる。
「ん? おいちょっと待て何者だ……」
すると背後から、身体を丸めるファウストの姿に戸惑いながら一人の警備兵が剣を構え現れた。
ファウストが油断していると、どうやら見つかってしまったよ。
それでも焦る様子は見せない。
「あらら……」
ファウストは面倒臭そうに立ち上がると警備兵を見つめる。
そして警備兵がその漆黒のピエロの姿を確認すると瞬く間に目を大きく見開き口が開いてしまう。
それは世界中がよく知るあの泥棒。
「ま、ま、ま、まさか――――」
ゆっくりと腰に携えた剣を余裕の面持ちで一本抜き取り、不気味に笑うピエロの顔を警備兵に向ける。
「ンフフ、どうも。泥棒王ファウストが参りました」
「う、うおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
警備兵が両手で剣をしっかりと握り、がむしゃらに振り回しながら突撃してくる。
その慣れていない剣の動きに疑問を抱きながらも、それをいともたやすく避けていく。
一切反撃をする様子もなく右往左往飛び込んでくる剣を避け、警備兵の顔に圧倒的な実力差を見せつけるようにピエロの顔をにゅいっと近づける。
「うおッ!!?」
その不気味なピエロの仮面との距離があまりに近すぎて、驚きのあまり身体のバランスを崩し、警備兵は後ろに倒れ込み地面に尻餅を盛大についてしまう。
大きく足を開き倒れこむ警備兵の股の間スレスレの位置に、ファウストの剣が力強く地面に差し込まれる。
「ヒ、ヒィイイイイッッッッ!!!!」
死の恐怖に瞬く間に取り憑かれ、身体の自由を奪われた警備兵。
それにトドメと言わんばかりに、ファウストが素早くもう一本の剣を腰から取り出し、首をあくまで掠る程度に軽く斬る。
剣のその動きに合わせ、軽い痛みを感じとった警備兵の目に、自身の血が少量であるが飛ぶのが確認できた。
「あ、……あ、あ」
擦れた声しか出ず、叫び声が出せない。助けすら呼べない。
そんな警備兵を殺意に満ちたオーラを纏い見下ろすピエロ。
「正直に答えてください、良いですね?」
今度はゆっくり首に剣先をピッタリ押し当て、警備兵に尋ねる。
全身から汗を噴出し、身体を震わせ、無言のまま警備兵はただ首を縦に振る。
ここで下手な真似をすれば間違いなく首が飛ぶ。
そう直感したのだ。
「……魔鍵は今どこに?」
魔鍵。
警備兵はその聞き覚えの無い単語に顔を青ざめる事しかできない。
知らない事は答えられない。
殺される。
「わ、わわ、わ、わかりませんッ」
その言葉を聞くとファウストはジッと警備兵の眼をピエロの仮面越しに覗く。
「ひ、ヒィッ!!!!」
警備兵の瞳孔等、事細かに観察していたがどうやら嘘はついていない。
「……なるほど、どうも」
無駄な殺人を嫌うファウストはそう言うと警備兵の口と身体の自由を縄で縛り封じる。
そして邸の中へと向かっていく。
末端の者には魔鍵の存在を教えていないというジルの情報を思い出す。
タイムミリットに気を取られ、すっかり忘れていた。
ジルの新しい情報によると魔鍵はどこかに隠されているらしい。
今、魔鍵の在り処を知る者はギルバルドか取り巻きぐらいだろう。
腕を組み、なんとか魔鍵の在り処を知る術を考える。
先程のように末端の警備兵を何人脅した所で魔鍵には辿りつけそうにない。
「……ンフフ、ならこうしましょうか」
歩みを一旦止めてもう一度、あの戦意を失った警備兵の元に戻る。