魔眼と魔鍵:2話
ダンプラーの中では本当に珍しい。
一応、建物と呼べる小屋にファウストはジルに案内された。
とは言っても、ファウストの行きつけであるシルビアの酒場と比べるても更にみすぼらしい廃墟と化した小屋だった。
外見だけではなく、中も荒れ放題となっている。
今にも崩壊するのではないかと心配になる程、柱と壁も傷んでいた。
ボロボロのソファーだけがそこにある。
そしてファウストとジルはそれにゆっくりと腰掛けていた。
「さて、と……君が今回欲しい情報とやらはあれだろ? 魔鍵にまつわる情報、だろ?」
まるで全てこちらの行動、目的を予め掴んでいたかのような、そんな口ぶりだった。
流石は世界一の情報屋と言われるだけの事はある。
それに対して、ファウストは好都合とばかりに本題を口にした。
「流石ですね情報が早いこと。……えぇ、そうなんですよ今回は魔鍵の盗みというイカレタ仕事なのでその対象である魔鍵とそれに関する情報が欲しいんですよ」
ジルが全てを察しているのを前提で気兼ねなく話を進めていく。
今回の依頼に対する途方も無い不安が脳裏を過ぎり、所々でファウストは困った表情を浮かべてしまう。
そんなファウストの様子に、ジルは自分の白髪交じりのその黒いオールバックの髪を掻き上げながら笑みを浮かべて言う。
「はは、君も毎度毎度と大変だね。闇の仲介屋、シルビアも相変わらずみたいで安心したよ……心中お察しするよ」
肩をすくめてファウストに対して同情の言葉をかけ、労う。
この様にファウストに対して親しげにするジルはファウストとは旧知の仲だった。
その絆はもはや親友と言っても差し支えない。
裏切りが常の裏の世界では非常に珍しい関係性だ。
こうした関係の始まりはファウストがまだ泥棒王ファウストと呼ばれる前の話だ。
初めて裏の世界に足を踏み入れたファウストが最初に出会ったのがこのジルだった。
昔は敵対する事もあったが、今のこの二人は親友という間柄となってた。
魔眼を持つ、世界の嫌われ者であるファウスト。
しかしそれでもこうして親友として接してくれるジルの存在はファウストの中でとても大きな存在となっていた。
ちなみに、シルビアもこのジルとは親交の深い仲だ。
こうして世界一の情報屋としての顔を持つジルから、今までもファウストはよく情報を買っていた。
「……シルビアの横暴にも、もう慣れましたけどねぇ」
「だが今回は相当厄介だぞ。なにせあの魔鍵がターゲットだからね。盗めたとしてもその後が、ね……」
魔鍵。
この世界とは別の世界。
失われた神々の都市、楽園への扉を開く為に必要とされる伝説の鍵。
楽園に辿りついた者は神々の英知を得ると同時に世界を改変する力を手にすると語り継がれている。
すなわち、あらゆる望みが叶う。
その為、世界中が魔鍵を求め血眼になって捜索に乗り出していた。
もはや伝説の代物だった。
しかし、今は伝説の存在ではなく、実在の存在となっている。
「それで現在その魔鍵なんですが、ギルバルド伯爵という貴族が所持している、それで間違いないんですか?」
ファウストは背を伸ばし、今回の依頼品である魔鍵の在り処をジルに確認する。
「あぁ、間違いないね。こちらでもそれは確認できてる」
「そうですか……」
世界各地、至る所に情報網を張り巡らせているジル。
勿論、今回の魔鍵の情報も彼の元には届いていた。
ファウストは真剣な表情を浮かべ、両手を握る。
これで魔鍵の確かな在り処は確認できた。
すかさず次の質問を投げかける。
「ちなみに、……魔鍵の所持者を知る者は他に誰が?」
「現在、僕が知る限りではギルバルドと、その取り巻き二人、僕と君、シルビアに……あとはシルビアに依頼してきた依頼主ぐらいだね」
何せあの魔鍵を盗むのだ。
同じく魔鍵を狙う者がいてもおかしくない。
それこそ盗むまでの過程で鉢合わせする恐れだってある。
一応、ファウストも今回盗み出す魔鍵が世界に及ぼす影響を把握しているつもりだ。
慎重にならねばいけなかった。
「そういえば、シルビアが言っていたんですけど、依頼主のバックに相当ヤバそうな組織が絡んでるらしいんですよ。その組織はどちらさんかわかりますか?」
そのファウストの問い。
ジルの口が一瞬止まる。
先程までと打って変わって、やや反応に遅れを生じさせて返事が返ってくる。
「……それがまったくわからないんだ」
「……貴方の情報網にもかからないと?」
お互い、眼と目を合わせて暫し沈黙が続く。
情報屋ジルといえば世界の表側だろうが裏側だろうがどんな情報ですら仕入れるという事で名高い人物。
それこそ国家が転覆する程の情報をそれに見合う金さえ支払えば仕入れてくる。
そんな彼でさえ、今回の依頼主の背後にいる組織の正体がわからないという。
ファウストはその言葉に違和感を抱く。
「当然、シルビアに聞けば確実だろうが、彼女はプロ意識が高い。だからこそ今では裏の世界にその席を置いているんだけどね。……依頼主に関する情報は絶対に口を割らないだろうね」
「……そうですね。……んー、なーんか、今回の仕事、最初から私は乗り気がしなかったんですよねぇ。まぁ、魔鍵が絡んでるのもあるんですがねぇ」
しかし、まんまと現在に至る。
改めて自分の意志の弱さに嫌気がさしてくるファウスト。
だが、今はそんな事より気がかりな事があった。
「はは、相変わらず彼女には頭が上がらないみたいだね無理もない」
「まぁ、アレはアレでもうお決まりみたいなもんですしねぇ……」
一瞬、この場が和んだかと思いきや。
すぐに針つめた空気に戻る。
「とにかく……何時何処で誰が魔鍵を狙う者が襲ってくるかわからない。君なら大丈夫だろうが油断すると命は間違いなく無い。くれぐれも気をつけろよ」
親友の警告に自然と口元が緩む。
伝説の泥棒王である自分に対して、警告というものをしてくるのだ、笑いが止まらなくなりそうだった。
しかし、確かに今回は世界が欲する魔鍵の盗み。
その危険性は重々承知している。
だからこそ、口元が自然と緩んでしまう。
「ンフフ。しっかし、あの成金貴族様はどこで魔鍵なんて代物を手に入れたんでしょうねぇ。……今回の依頼、どうにもキナ臭くて仕方がないんですけど」
ファウストは今回の依頼にいくつかの疑問を抱いている。
それがどうも面白くなかった。
「はは、むしろこういう依頼の方がいつもの君らしいけどね」
「……どうも。しかし、誰かさんの手の平で今も踊らされている、そんな気がするんですよ」
その言葉にジルが、ゆっくりとファウストの眼を見つめる。
「そう思うのは利口な事だ。僕達みたいな裏の人間に本来、信用なんてものはタブーだからね。……常に周りを疑え、自分以外は信じるな―――この世界で僕達が最初に学ぶ絶対の教えだ。それこそ僕やシルビアですら君と他人である以上、いつ君を裏切るかわからないからね」
その言葉に思わずニヤつくファウスト。
そして先程から抱いていた疑問を、思った事を何ら悪びれる様子もなく告げた。
「……いやぁ、ぶっちゃけた話なんですが私は今回の依頼、彼女か貴方、いや、どちらとも糸を引いてる気がするんですよねぇ」
ジルはそんなファウストの言葉に特に動揺する様子も見せない。
親友の容赦ない疑惑。
だが、ジルもわかっている。
この世界で、裏の世界で生きている以上、絶対等と言った言葉はないのだ。
「はは、この流れでそれを否定しないさ。他人を信じるな――――ただそれを判断するのは結局の所、あくまで自分だ。その判断を失敗する者はこの世界じゃ生き残れない……だが君も僕もこうして今も生きている。何も気にしていないさ」
二人の間に妙な沈黙が流れる。
疑心暗鬼。
二人のように裏の世界に身を置く者達にとって、それは日常茶飯事であり、慣れ親しんだ友人のようなものだ。
その沈黙を破ったのはファウストだった。
「……ま、どんな形であろうと依頼を受けた以上、私も泥棒王と呼ばれる身。必ず魔鍵は盗んでみせましょう」
ですが、と付け加え続ける。
「それを邪魔しようものなら例え貴方だろうが彼女だろうと私は容赦しない。ンフフ、それをお忘れなく」
鋭い眼光。
魔眼、支配眼を怪しく光らせ、その瞳にジルの姿を映す。
「肝に銘じておくよ。僕だって君を、魔眼を有する者と合間見えたくはないからね。……さぁ、その依頼を成し遂げる為にもまだまだ僕が持つ情報が必要だろ? 例えば魔鍵がとてつもない美少女である事とか」
「なッ、何ですってッ!!? そ、その話、もっと詳しく聞きましょうか」




