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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と記憶
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魔眼と記憶:プロローグ

 ノイタール聖国から離れ、東に位置する国。

 信仰国家シアラ神国。

 海を隔てた島に建国されたこの国は沢山の海の幸に恵まれている。

 自然豊かなこの国は最も世界で美しい幻想的な場所だと褒められる。


「おぇえええ」


 そんな美しい自然に、旅客船の甲板から酷く汚い嘔吐が撒き散らされていく。

 何日も寝ていないかのような深いクマが特徴的な黒髪短髪の男。

 しわくちゃの白いカッターシャツの袖を捲り、黒のズボンに黒の革靴。

 間違いなくファウストの姿がそこにあった。

 しかし、いつもと微妙に違う。

 魔眼を秘めるその両眼からは涙を浮かべ、顔を青ざめ、酷い頭痛に襲われ、いつも以上に顔が優れないでいた。

 絶賛船酔い中だ。

 

「……ファウスト、大丈夫?」


 そんなファウストの背中を優しく擦るバッドエンド。

 暑さ対策に被ったピンクのリボンが付いた麦わら帽子、その下に、一つに結んだポニーテールの黒い長髪をなびかせている。

 パッチリとした二重の大きな瞳に、端整な顔立ち。

 程よく出た胸とヒップを白く純白のワンピースで包み、そのスカートの端からむっちりとした太ももがのぞく。

 その清楚な面立ちはファウストと対照的である。


「うぇ……ゲロの味が……うぇええええ」


 今日この旅客船に乗ってからというもの、既に何度吐いたのかもうわからないでいる。

 部屋に篭るより、こうして外の空気を吸った方が気分も良くなるハズと出てきたものの、何ら変わらない。


「んー、何か意外だねぇ」


 涙を浮かべ、嘔吐するファウストの様子にバッドエンドは背中を擦り、介抱しながら言う。

 ようやくファウストの胃に残され殆どのものが自然へと返されていった。

 えずきながらバッドエンドに手渡された水を口に入れ、口内を洗い流す。


「はぁ、はぁ、何が意外、なんですか」


 少し落ち着きを見せてきたファウスト。


「いやー、ファウストにも苦手なものがあるんだなぁ~って」


 ファウストは乗り物酔いが激しかった。

 ありとあらゆる乗り物が駄目なのだ。

 その乗り物酔いは凄まじく、もはや激しい所の騒ぎではなかった。

 過去を遡ると、足がつかない状態で人に担がれて動かれるだけで吐く程だ。

 そんな大好きなファウストの新しい一面を知る事ができてバッドエンドはとても嬉しかった。


「す、すみません……私、このまま部屋で、寝てます、バッドエンドは……どうします……」


 ここからシアラに到着するまでまだまだ航海の時間は長い。

 今にも死んでしまいそうな顔で、今回の依頼を激しく後悔するファウスト。

 今回はシアラ神国で毎年行われる一大イベント、アダム降臨祭に出展されるイヴの壁画がターゲットだった。

 ノイタールからシアラまでは船で渡るしか方法はなく、断固として拒否したファウストだったが、例の如く本気で嫌がるファウストの意見にシルビアは耳を貸さず認めなかった。

 シルビアが雇った数多くの美女達の罠によって、こうして無理やり船に乗せられたのだ。

 女好きの性格が祟った悲惨な事件だ。


「ん~、ワタシは風が気持ちいいし、もう少しここに居るよ」


 吐き気が増す中、自室で仮眠をとり少しでも気をまぎらわす為に無言のまま後ろ手を振り、ファウストは旅客船の中に戻っていった。

 バッドエンドはそんなファウストを見送り、船から見えるその美しい一面の景色をその目に焼きつける。


「フォッフォッフォ、とても綺麗じゃのう」


 バッドエンドがその景色に感動する中、すぐ横に一人の老人が現れる。

 老人は杖をつき、フォーマルな格好をしている。

 白髪に白い髭をたずさえ、バッドエンドに優しく微笑む。


「うん、こんな風に今まで海を見たことなかったからさ、こんなに綺麗だなんて知らなかったよ」


 世界でもこれ程までに美しい海はシアラ付近にしかない。

 太陽の光を反射し、綺麗に輝く澄み渡る青く透明な海。

 それはバッドエンドが今まで見たことのないものだった。


「こうして……これだけの雄大な自然を目の当たりにすると、些細な悩みも吹き飛ぶのう」


 老人は海の先をバッドエンドと共に見つめる。

 どこまでも続くかと思える永遠の水平線。

 心が洗い流されるようだ。


「おじいさんもシアラに行くのかい?」


 共にこの大自然を体感する老人にバッドエンドが尋ねる。

 すると老人は一瞬表情を険しくさせたが、すぐに表情を元に戻して答える。


「……わしは、先日まで少し用事でノイタールにおってのう。その仕事がなくなってしまったんでアラトに帰る途中なんじゃが。丁度、降臨祭がシアラでやっとるようじゃし観光でもして帰ろうかと思っとるんじゃよ」


「へ~、ならワタシ達と一緒だね。ワタシ達もお祭りを観光しに行くんだ~」


「フォッフォッフォッ、そうかいそうかい。降臨祭で展示されるイヴの壁画はそりゃぁとても綺麗じゃから存分に観ていくと良い」


 お互い満面の笑顔で会話をし、この素晴らしい景色の美しさを共感していく。


「勿体無いなぁ、せっかくこんなに綺麗な景色が目の前にあるのに見れないだなんて……」


 そしてある程度、時間が過ぎるとバッドエンドは自室で寝込んでいるファウストが気になりだす。

 すると老人はそんなバッドエンドに尋ねる。


「もしや連れの人間が船酔いでも起こしてるのかね?」


「……うん、そうなんだ。めちゃくちゃ乗り物に弱いみたいで可哀想だよ」


 この素晴らしい景色の感動をファウストと共感できず、苦しむファウストの顔を思い浮かべ、段々と悲しい顔を浮かべてしまう。


「……ふむ」


 そんなバッドエンドを見かねた老人が、スーツの懐から小袋を取り出しそれを渡す。

 その小袋を不思議そうに見つめるバッドエンド。


「これは……?」


 老人は優しく微笑み、バッドエンドの手の平にそれを乗せる。


「それは酔い止めの薬じゃ。アラトで開発されたもんでのう、効果は抜群じゃ」


 それを受け取ったバッドエンドも満面の笑顔になる。

 

「ありうがとう! でも良いの? ワタシ、お金とか持ってないけど……」


 バッドエンドが申し訳なさそうにそう言うが、老人は手を横に振る。

 そして海に目をやる。


「こんな年寄りに付き合ってくれた礼じゃよ。それに君みたいな綺麗なお嬢さんの悲しそうな顔は見たくないんじゃよ。気にせんで良いフォッフォッフォッ」


 その親切心にバッドエンドは手の平にある小袋を大事に握り締め、大きくお辞儀する。

 苦しむファウストをこれで元気にさせてあげられる。

 そう思うと感謝で一杯になる。


「おじいさん、ありがとう!」


 老人はそんな礼儀正しいバッドエンドの後姿を見送り、再び海へと視線を戻す。


「ふむ、ちと格好つけすぎたかのう」


 両手で杖をつき、静かに呟く。


「良い、契約者に巡り合えたようじゃのう。……元気そうで何よりじゃ、バッドエンド」 

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