魔眼と魔眼:7話
怒り顕となったファウスト。
まるでその姿は、殺意に満ちた獣のようだ。
そんなファウストを、心臓を剣で貫かれ、膝をつきながら恍惚の笑みを浮かべ、嬉しそうに見つめているアイズ。
「ぐ、ククク、まさか、……私の、見た未来とは、違う景色を、見せてくるとは……本当に素晴らしい、眼ですね……」
再び支配眼が赤黒い火花の光を散らすとファウストは姿を消す。
そしてアイズの心臓を貫いた剣も同時に姿を消した。
すると目にも止まらぬ凄まじい斬撃が、アイズの一切の抵抗を許さず襲う。
大量の血を吹き、流石のアイズも意識を失いその場に倒れこむ。
「……」
そんなアイズを無言で見つめ、再び姿を現すファウスト。
だが、無数の致命傷を負ったその身体に眼をやると、既に傷が徐々に塞がっている。
その異常な光景を、ただ冷たく見つめる。
「……奇妙な身体をしてらっしゃる」
不死の身体が再生されていくと、何も無かったかのようにその場から立ち上がるアイズ。
無数の眼を凝縮した塊の両眼を細め、ファウストに笑顔を向ける。
「ククク、私の体内には特別な呪われた血が流れていましてね。魔眼だけでなく、生まれ持って不死身の身体も授かっているんですよ。ご理解頂けましたか?」
ただでさえ厄介な魔眼を持つこの男。
更に絶望に拍車をかけるように不死身の身体を持つと言う。
「……」
今まで数え切れない者と対峙してきたファウストだが、不死身の人間には出会った事がなかった。
ましてやこの世に不死身というものが存在するといった話も聞いた事がなかった。
このアイズが言う言葉も、相手の嘘を見抜く技術を持つファウストでも本当かどうかわからない。
だが今のファウストにはそれも関係のない事だった。
「……魔眼を持っていようが、不死身だろうが関係ありません。……ただ、その身体に私の怒りを永遠と刻み続けるそれだけですッ!! 不死である事を呪いながら死んでもらいますよッ!!!!!」
支配眼と千里眼の二つの魔眼が凄まじい光を放ち激突する。
「あんなにキレてる兄貴……久しぶりッス」
人知を超えた速さ、それを予知しアイズも対処していく。
そんな攻防が繰り広げられる中、リアはそんなファウストに不安を覚える。
「あんなに速い動きをするファウストはワタシも初めて見たよ」
バッドエンドですら追いきれない。
それを見事、対応しているアイズの動きも先程までとは遥かに次元が違う。
ようやく本気を出した、そう感じる。
全力で挑んでいた自分達との戦いの中、それでもまだ実力を出し切っていなかったアイズに改めて驚愕する。
「兄貴……このまま魔眼が暴走、しなけりゃ良いッスけど……」
ふと、リアの口から放たれた暴走という最悪の単語。
世界を破壊してしまう程の直接影響を及ぼす魔眼の暴走。
「暴走……?」
魔眼に関して知識が殆ど無いバッドエンドが聞きなれないその単語に疑問を抱く。
リアは徐々にヒートアップしていく今の戦いに、ファウストの怒りに、どうしても不安が拭い去れなかった。
「魔眼は……魔眼を持つ者はその成長と共に感情の異常な昂ぶりが引き金で暴走を始めるんス……。その暴走の仕方や世界に対する影響の大きさは魔眼の種類によって違うんスけど……兄貴の場合は既に過去、一度、暴走して世界の時空を破壊しかけてるんスよ」
時空を歪め、支配する支配眼の暴走。
リアの口ぶりからして相当危険なものだと察するバッドエンド。
「一度、暴走しちまったら意識を完全に失って兄貴は兄貴じゃなくなる……ッ!! 当時は姉御によって抑えられたんスけど……暴走は一度目より二度目と回を重ねる毎に徐々に抑え込むのが難しくなっていくんス」
もしファウストが怒り狂い、支配眼をこの場で暴走させようものなら誰にもそれは止められず、世界の改変が行われてしまう。
考えただけで背筋がゾッとする。
「ファウスト……」
ファウストがファウストでなくなってしまう。
自分を救ってくれた大好きなファウストの消失。
バッドエンドが不安と心配で見つめる中。
残りの支配眼の使用時間と自身の体力を考え、発動を一旦止めて姿を再び現すファウスト。
「ゼェ、ゼェ、クッ、厄介な眼ですね……ッ!!」
いつもの余裕な表情はそこから完全に消え、身体から汗を噴出し、息を荒げている。
そんなファウストとは対照的で、まだまだ余裕の表情を浮かべているアイズ。
しかし、流石に疲れているらしくその息は少し荒い。
「はぁ、はぁ。ククク……どうしたんですか、泥棒王と呼ばれる方の実力もこの程度なのですか?……だとすると少々ガッカリです、さぁ、もっと、先程ここに来た時のように支配眼の力を引き出してください!!」
微笑みながら。黒い修道服の後ろで両手を組み挑発してくる。
そんな余裕の態度で、不気味な眼でファウストを見つめるアイズ。
「貴方も、その支配眼もまだまだ本気ではないハズです。さぁ、こうして貴方が戦いやすいように大切な魔鍵のお嬢さんの身体に風穴を開けておいたのです。ここに到着した時のように……。全力でこの私にぶつかって愉しませてください、ククク」
魔眼の暴走を気にし、心配する二人を他所にファウストの感情をどんどん煽っていくアイズ。
いつものファウストならこのような挑発に乗らないのだが今回は違う。
大切な者が傷つけられた。
ただそれだけの事でこれ程、感情のコントロールが難しくなるのか。
忘れかけていたこの感情はもはやファウスト自身で制御が利かなくなっていく。
支配眼の暴走が近づく。
それをファウストも確かに感じていた。
しかし、それでも、この感情は抑えられない。
バッドエンドを傷つけた、このアイズを許せないでいた。
世界で最も嫌われていようが、魔眼を持っていようが、そんな自分に対して健気に尽くしてくれる、そんな少女を自分のせいで傷つけられた。
気が狂いそうになる。
「まだ怒りが足りないですね……。まだ魔鍵のお嬢さんを傷つけねばなりませんか……」
怪しく光る千里眼がバッドエンドに狙いを定める。
また、バッドエンドが傷つけられる。
アイズはまだバッドエンドを、じぶんののたいせつなものを、
「き、さまぁぁぁあああああああああああああああッ!!!」
バッドエンドをこれ以上傷つけようとするアイズに、ファウストの怒りは遂に、最高潮に達した。
「駄目ッス!!!!! 兄貴、落ち着いてッ!!!!!!」
「ファウストッ!!?」
時計盤のような神秘的な紋章が浮かぶ支配眼に、赤黒い激しい火花のような光が発せられる。
辺りの雲行きは次第に怪しくなっていく。
そしてその周囲に、風が吹き渡り、嵐の前兆を思わせる。
遂に、支配眼が暴走の兆しを見せ始める。
ファウストの身は、焦がれそうな程、どんどん熱くなっていく。
怒りに震え、我を忘れるファウストを、支配眼がここぞとばかりに意識を飲み込もうとする。
膨張する怒りという感情だけを残し、その主の身体を支配眼が支配しようとしている。
そして、ファウストを取り囲むように。赤黒い雷が激しくその周囲に落ちていく。
「ククク、そう、その調子です……」
魔眼の暴走を間近に控え、その様子に満足するアイズ。
「あ、兄貴ッ!? まずいッ!!!!! このままじゃ……このままじゃ本当に暴走しちまうッ!!!!!!」
支配眼の暴走の兆し。
リアはそれを止めようと、必死の想いで神殺眼を発動させようとする。
だが、何度やっても同じ。
神殺眼は既に使用回数を使い果たしている。
リアの想いは虚しく届かない。
「くそぉッ……くそぉッ!!!!! 何が魔眼殺しだッ!!!!!!」
ただ暴走が始まるのを眺める事しかできない。
地面に拳を、何度も何度も何度も何度も、激しく打ちつけるリア。
「クソォッ!!!!!!」
支配眼の暴走の兆し、それはまるで悪魔が降臨するかのような光景だった。
ファウストを中心に、風が吹き荒れ、赤黒い稲妻が降り注ぐ中。
それを嬉々と見守るアイズ。
己の無力さにただ歯軋りをたてる事しかできないリア。
徐々に、支配眼に刻まれた神秘的な時計盤のような紋章が具現化し、いくつもファウストを取り囲み、ファウストのその姿を覆い隠していく。
「……ッ」
リアは支配眼の暴走を確信する。
神殺眼はもう使えない。
支配眼の暴走は止められない。
この周囲に、尋常ではない、とんでもないエネルギーが満ちていく。
「なるほど……これが貴方の支配眼、素晴らしい……!!」
ここまで来てしまうと、もう正気に戻す事は難しく、あとは暴走を始め、その命が尽きるまで世界を破壊するまで止まらない。
生きた災い、バケモノ、これが魔眼を持つ者が世界から忌み嫌われる理由。
風や雷、いくつもの支配眼の紋章によって姿を隠すファウスト。
その中で、まもなくファストはファウストでなくなる。
そんな時。
リアはその人物の姿に大きく眼を開けた。
「ファウストッ!!!!!!」
ファウストの手によって応急処置された肩をかばうように、ファウストのいる中心にいつの間にか辿りついていたバッドエンド。
ようやく辿りついたそこには、完全に意識を支配されようとしているファウストの姿があった。
怒りという感情のみを残し、微かに残る意識の中、そんなバッドエンドの姿にファウストが鈍く反応を示した。
「……ば、っ、ど、……え、ん、ど……」
獣染みた声で確かにそう言った。
意識を乗っ取られようとしているそんなファストの姿に、バッドエンドは涙が溢れる。
そして肩の痛みを無視して、ファウストに抱きつくバッドエンド。
「勝手に、……勝手に消えようとしないでよッ!!!!!!」
自分に自由をくれたファウスト。
自分を優しく側に置いてくれるファウスト。
自分に無かった感情を抱かせてくれたファウスト。
「ワタシは、ワタシは、……そんなファウストが大好きだッ、だか、ら、お願い、だから、元に、……元に戻ってよッ!!!!!!」
しかし、一向に正気に戻らないファウスト。
もはやバッドエンドの悲痛な叫びはその心に届かない。
それでも叫び続ける。
魔鍵としての自分を、一人の少女として認め、救ってくれた彼を今度は自分が救いたい。
どれだけ無駄だろうが、決して諦めない。
諦められない。
「ワタシはファウスト、君を絶対に諦めてなんてやらないッ!!!!!! まだ、まだファウストとしたい事や、見たい事や、行きたい所があるんだッ!!!!!! だから……早戻ってこいバカヤロウッ!!!!!!!!」
ファウストとしての自我を失いかける中、バッドエンドは涙を流し続け、叫び続け、
そして、くちづけをした。
美しく流れるその綺麗な涙が、ファウストの顔を伝い、そして地面へと零れ落ちた。
殆ど消え行く意識、その中で、一つ、一人の少女の顔が浮かぶ。
こんな、世界に忌み嫌われる自分を。
魔眼を持つ、バケモノを。
少女は必要としてくれている。
支配眼が残しているのは、怒りという感情だけだ。
しかし、他の、何か大切な、そんな感情が湧いてくる。
そんな感情を与えてくれるのは、
「ば、っど、え……ンドッ!!!!!」
意識を呑み込もうとする支配眼から、ファウストは意識を奪い返した。
少女の想い、それがファウストを救い、取り戻させた。
すると、時計盤のような神秘的な紋章が徐々にその数を減らしていく。
完全に正気を取り戻すファウスト。
そんなファウストを確認すると、バッドエンドは、とても、とても美しい涙を流しながら願う。
「えへへ……愛してます、ずっとお側に置いてください主様……」
「バッドエンド……」
支配眼の紋章の中、抱きしめ合う二人の姿。
周囲に吹く風、降り注ぐ赤黒い雷がその姿を消していく。
そして辺りの雲行きは晴れ、二人を囲む支配眼の紋章も完全に消え去っていった。
魔鍵の、一人の少女の一途なひた向きな想い。
それによって魔眼の暴走が事前にこうして抑えられたのだ。
「……ずっと一緒にいるって言っただろ? ……勝手に消えたら許さない、ぜ……」
そう言い残して、バッドエンドは意識を失った。
「あぁ、……お前を置いて、俺はどこにも行かないさ」
ファウストの支配眼から、涙が零れ落ちた。
消え入りそうな、震えそうな声で、自分を救ってくれた眠る少女に優しく呟く。
そして、すぐに支配眼を発動させ、リアの元に意識を失ったバッドエンドを抱き運ぶ。
「兄貴ッ!! 馬鹿馬鹿ッ!! あんなクソみたいな安い挑発に……兄貴らしくないッスよ!! 危うくマジで暴走するとこだったじゃねぇッスか!!! つか俺はもう終わったかと……」
魔眼の暴走を、決死の覚悟で止めてくれたバッドエンドを、優しくその場に寝かす。
そして、涙を浮かべ、ファウストを批判するリアの頭をポンと叩く。
「……すみませんねぇ、もう大丈夫です。心配かけました。……さぁ。早く帰ってバッドエンドをちゃんと手当てせねば」
そう言って、静かにアイズに視線を送る。
残念、そう言いたげな表情を浮かべているアイズが眼に映る。
その元に、ファウストはゆっくりと向かう。
「……ンフフ、思い通りにいかず残念でしたねぇ」
そんな皮肉めいた発言に、アイズも言い返す。
「ククク、確かに暴走した貴方と戦えず残念ではあります。……ですがこれも私が千里眼で視た未来通りですので仕方ありません」
アイズはファウストの支配眼が暴走の予兆を見せ、それをバッドエンドが止める未来が見ていたと言う。
その発言に、もう怒る事もなくファウストは質問する。
「貴方、何が目的なんです?」
「さぁ……ククク」
そう、リアもこれには引っかかっていた。
今までの言動からして魔鍵が狙いでもない。
ならばファウストとリアが持つ魔眼が狙いなのか。
未だこの男の真の目的がわからないままファウストは告げる。
「まぁ、私も疲れてきたのでそろそろ帰らせてもらいますよ。バッドエンドが心配で仕方ないのでねぇ」
「なるほど、そろそろデートも解散というわけですか、それは残念だククク」
支配眼が、今までに無い程、異常なまでに赤黒い火花のような光を凄まじく放つ。
しかしそれは怒りによるものではない。
「うへぇ……、めちゃくちゃ兄貴やる気満々じゃねぇッスか」
千里眼も禍々しい紫色の光を発し、未来を、ファウストの動きを予知する、が。
「……ッ!? ……ククク、面白い」
一瞬、千里眼によって見せられた未来にアイズが眼を見開き、笑みを浮かべる。
そして冷静さを取り戻したファウストの鋭い剣がアイズの身体を襲う。
その速度はアイズが対処しきれない程の速さに達している。
まず右腕を切断し、次に左腕。
この間、僅かコンマ数秒の世界。
一切、アイズの反応を許さずその不死身の身体を切断する。
そして再び心臓を突き刺す、が。
それをそのまま地面に力強く、全身全霊の力で突き刺す。
「ぐふっ……」
力強く放たれた一撃にアイズは剣によって地面に張りつけにされる。
このままでは身動きが取れない。
「ぜぇ、はぁ、はぁ、まだまだですよッ」
いつの間にか、笑顔のファウストの腰には大量の剣が携えられていた。
それは先程まで無かった物ばかり。
支配眼の使用時間をギリギリまで使い、このコンマ数秒の間に中央街から急いで盗んできたのだ。
その突如として腰に現れた剣の数々。
一般人から見ればそれはまるで手品、いや奇術である。
「ンフフ、ではでは泥棒王、道化師ファウストの殺戮ショーをお愉しみあれ」
不気味な笑い声と共にそう言うと、次々と剣を抜いて握っては、全力でアイズに突き刺す。
その不死身の身体を地面にどんどん張りつけにしていく。
この光景には流石のリアも顔を青ざめ、引きつった笑いを零す。
「ば、バッドエンドが気絶してて良かったッスね兄貴……」
あまりにも非情な、その姿と攻撃。
容赦なく突き刺さる剣、アイズもすっかり身体の動きが止まり、喋る気配がない。
「ゼェ、ゼェ、ンフフ、こ、これで当分は、このままでしょう」
連続での支配眼の使用に加え、地面に何本もの剣を人間の身体越しに貫き、張りつけするというこの作業に予想以上に体力が奪われ息を激しく荒げる。
そして今の所、復活する様子のないアイズにファウストは言う。
「ハァ、ハァ、……確かに貴方は不死身かもしれませんが、ハァ、何度、やっても、私には、勝てませんよ」
両膝に両手をつけ、息を荒げながら無残な姿に変えたアイズを見下ろす。
そしてすぐにバッドエンドとリアの元に戻る。
疲れた表情で勝ち誇るファウストにリアの言葉が。
「あの、兄貴、こんな事言うのもアレなんスけど……こいつ、また復活して襲ってくると思うんスけど……」
「その時はまたこうして張りつけにしてやるだけですよ。それに……さっき中央街にあれらの剣を盗みに行った時に後の対処もしておいたんで当分、大丈夫でしょう」
全国指名手配をされている泥棒王。
そんなファウストは剣を盗むと同時に、近くに居合わせたノイタール兵に自分の姿を何度も見せ、この場に戻ってきたのだ。
間もなくノイタール兵がこの場に押しかけてくる事だろう。
これだけの数の剣で張りつけにされていれば、例え不死身のアイズと言えども抜け出すのにだいぶ時間がかかり、後はこの国の兵達が見つけてその身柄を何とかしてくれるだろう。
「とにかくバッドエンドが心配です、早くズラかりましょう」
そう言って血まみれのバッドエンドを肩に担ぎ、リアの片足を引っ張りながらシルビアの居る酒場へと急いで帰っていく三人。
「い、痛ぇッ!! 痛ぇッスよ!!! 何で俺だけ引きずっていくんスかッ!!! 頭が摩り下ろされるううううううう」
「役立たずがウルサイですねぇ、置いていっても良いんですよ」
「い、いたッ、か、勘弁してくださいッス!!!!!」
リアの叫び声が遠のく中、剣で張りつけにされたアイズの口元が怪しく歪み微笑んでいた。




