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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と魔鍵
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魔眼と魔鍵:1話

 ノイタール聖国。

 またの名を軍事国家ノイタール聖国。

 その名の通り、軍事力においては四大国家随一とされる。

 他国を寄せ付けないその強大な軍事力、そして人格者である公平王ノア=エーデンによってこの国の秩序は守られている。

 世界一治安の良い国という評価は歴史を遡り、遥か以前からそれは受け継がれてきた。

 そのおかげで、一部を除いたこの国の民達は皆が非常に活気ある。

 いつも中央街は人々の活気により明るい雰囲気でいっぱい。

 そんな中、この場の誰よりも活気の無い青年が一人そこに訪れていた。

 

「ふぁああ、いやぁ、いつ見ても此処は不愉快だ……というか、結局こうなるんですよね」


 シルビアに対する不満を抱きながら、世界を騒がす泥棒王ファウストが気だるく参上していた。

 しかし、全国指名手配されているはずのファウストに周囲の反応は皆無だった。

 なにせいつも彼は仕事しごとに挑む時は彼なりの奇抜な正装をして挑んでいるからだ。

 なので今の普段通りの格好をしたファウストを、泥棒王ファウストだとは誰も気づかない。

 ある場所に向かって歩き続けるファウスト。

 相変わらず昼間から市場は大盛り上がりを見せていた。


「らっしゃーい! 新鮮な魚だよ! シアラ産だよーー!」


「おぉっと、そこの麗しいご婦人! こちらアラトで手に入れた宝石を加工した指輪でございます! 加工した職人は我が国ノイタールの者がですが、どうです? この輝き! ご婦人の美しさを更に磨きあがると思われますが!」


 中央街の市場には、国民だけでなく各国の業者も集まり、大変賑やかだ。

 このノイタールは商業地としても有名で、各国から行商人が次々と押し寄せてくる。

 公平王、ノア=エーデンのおかげで安全に取引きができ、尚且つこの国は富裕層が多い。

 それが各国から行商人達が集まる理由となっている。

 自店への客引きや取引の声が入り混じるこの市場。

 そんな活気溢れる賑やかな市場で、ファウストの眼はある存在を発見した。

 そして足を止める。


「金は天下の回りものと言いますし、この国の王様も普段から公平公平とほざいているはずなんですがねぇ……」


 賑やかな市場から少し離れた壁。

 お世辞にも綺麗とはいえない老人の姿が横たわっている。

 ファウストは不気味な笑みを浮かべながら、そこに置いている空き缶に小銭を投げ捨て、中央街の市場を後にした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ノイタール聖国はまるでピラミッド状の形に建国されている。

 最上部には王城、その下に貴族街、中央街、その他と続いている。

 上に向かえば向かう程、華やかに、富を持つ者達が集まる。

 しかし中央街から下部に進むにつれ、世界一治安の良い国とされるその姿はメッキを剥がされるように変貌を遂げていく。


「いやぁ、相変わらず、よくもまぁ凄まじい荒れ具合いですねぇ」


 中央街からそこそこ離れた場所へと進んでいくと廃墟と化した街に出る。

 そこはかつて外国人客達が集まる宿泊街として賑やかだった場所。

 しかし今ではその姿は跡形もなく消え去っている。

 更にその先にある獣道をずっと下がっていくと、ある場所に辿りつく。

 そこは瓦礫、ゴミが散乱するこの国内における、最底辺の場所。

 通称、ダンプラーと呼ばれる場所。

 ファウストは今まで何度もこの場所に訪れた事がある。

 最底辺に位置するこの場所に一般市民や外国人客が迷い込まないように、まともなルートで辿り着くことができなくなっている。

 かつての宿泊街はダンプラーに続くルートの入り口であった為、国によって取り壊されてしまいゴーストタウンとなったのだ。

 ダンプラーと呼ばれるこの場所は、世界にノイタール聖国の印象を悪くさせないようにと意図的に作られた、隠蔽された区間。

 ここの住民の殆どは社会に切り捨てられた者や何らかの理由でここに追い込まれた者達で形成されている。

 それらはノイタールにとって不都合な人種とも言える。

 世界一治安の良い国という表の顔とは違い、ここは治安の良さで言えば世界基準でワーストに入るような場所だった。

 この場所はノイタールの中にありながら、ノイタールではない切り捨てられた土地。

 なのでこのダンプラーには法というものがなく、完全な無法地帯と化している。


「……よう、兄ちゃん、身につけてるもん全部よこしな」


 早速、ダンプラー名物である追い剥ぎ達がファウストの前に現れた。

 この手の者達は、よそ者が訪れると決まってこうしてどこからともなく群がってくる。

 衣類さえまともな物を身につけていない三人の男達が今回は現れた。

 久々に餌にありつけられた、そんなハイエナの様に目を血走らせ、ファウストを取り囲んでいた。


「ふむふむ、三人ですか……。一つ聞きたい事があるんですが、そちらさんの中にジルという情報屋の居場所を知っている方はいませんか?」


 刃物を得意気にギラつかせる男達。

 ファウストはそんな男達に一切物怖じせず、ジルと呼ばれる情報屋の居場所を得ようと丁寧な口調で試みてみる、が。

 それも虚しい結果に終わる。


「へっへへ、なぁ、おい? ここがどこか知らねぇのかお前さん?」

 

  一人の小太りな男がファウストに対してフランクな感じで肩を回してきた。

 そのあまりの体臭にファウストは思わず顔をしかめてしまうが、男はそんなファウストの態度を特に気にする素振りも見せず話し続ける。


「ここはよぉ、アンタみたいなよそ者がウロチョロしてっと危険な場所なんだぜぇ?」


「ヒッヒッヒ、そうとも。……ここはとーっても怖い場所なんだ」


「兄ちゃんみたいな人間が一人殺された所でよぉ、誰も気にしねぇし、誰かが国に通報して兵共がここに来る事だってねぇんだ」


 三人の男達はそれぞれ脅し文句を言いながらファウストとの距離を縮める。

 すると小太りな男が大人しいファウストの肩に手を回したまま、喉元に刃物を当ててきた。

 そのせいでファウストの首元から血が少し流れ、鎖骨を伝う。


「……」


 男達は大人しく沈黙したままのファウストに対してヤニヤと不気味な表情で告げる。


「このまま大人しく全裸になりゃ命だけは助けてやるかもしんねぇぜ?」


「ケッケッケ」


 こうやって男達は、何も知らずこの場所に迷い込み、訪れてしまった一般人を狙っていたのだ。

 社会の最底辺である自分達が、その鬱憤を晴らせ、この優越感に浸れる瞬間をこうして楽しみにしていた。

 だが、ファウストはただの一般人ではない。

 残り二人の男もそんなファウストに刃物を向けてきた。


「……」


 男達の態度に、情報屋であるジルの居場所を知らないであろう、ただの金目的の追い剥ぎだとファウストは判断する。

 あまり最初から期待をしていなかった。

 ファウストが面倒くさそうに溜め息を吐く。


「はぁ……仕方ありませんねぇ。そうだ、一ついいですか?」


「あぁん?」


 首元に一人の男によって刃をほんの僅かに刺された状態。

 更に、刃物を持った男達に囲まれながらも冷静に言葉を口にするファウスト。

 だが、この程度どうって事はない。

 泥棒王ファウストにとって心を乱す程の事態ではない。

 口元を緩め、余裕の態度で質問を続ける。

 

「毎度毎度、集団でそうやって刃物片手に金を出せーって、そのワンパターンは一体何なんですか? 流行ってるんですかねぇ」


 その余裕を見せつける発言と態度は勿論、この男達が求めるリアクションではない。

 男達は自分達に必死に命乞いし、その命を圧倒的有利な立場で奪う、それを求めているのだ。

 求めているリアクションが得られないとなるや男達の表情は青筋をたてていき、激昂する。

 まるで子供だ。

 首元に当てられていた刃物の力が強まるのをファウストは感じた。


「ば……馬鹿に……しやがってぇええええッ!! やっちまええええッ!!!!!!」


 一人がそう叫んだ。

 すると三人が一気にファウストの命を奪おう刃物を振りかざした。

 それと同時にファウストの両眼から赤黒い火花のような光が散る。

 そしてファウストの喉を刃が貫こうと、男達の刃がその身体を刻もうとした。

 だが。

 

 ――――既にそこにファウストの姿はない。


 消えていた。


「は?」「な?」「え?」


 男達は目を見開き、動揺が隠せないでいた。

 先程まで目の前にいた人間が、一瞬で消えたのだ。

 理解が追いつかない。

 小太りな男に関しては、直前まで刃物を首元に押しつけていたのだ。

 にも関わらず、その存在を見失った。

 男達は驚きを隠せない。

 全身からどんどん汗が噴き出していく。

 すると、一つの声が響く。


「無駄に体力使わせないでくださいよまったく」


 男達の死角から聞こえるその声の主。

 男達が、一斉にその声の方向に振り向く。

 すると。

 そこには、ファウストの姿があった。


「い、いつの間に……!?」


 一瞬、いや一瞬どころの騒ぎではない。

 その動きは、その現象は、常軌を逸脱していた。

 こういった場合、どう何と叫べばいいのか。

 必死に考え、その言葉を口にしようとする、が。

 中々その言葉が出ない。

 ようやく、一人の男が擦れた声でそれを叫んだ。


「バ、バ、バケモノッ!!」


 残りの二人の男は目の前で起きた異常な現象が理解できず混乱している。

 その代わりに、何とかファウストに一人の男が立ち向かう。


「く、くっそおおおおおおおおおお」


 なんとか精一杯の力を振り絞り、ファウストに刃物を勢いよく投げつけた。

 しかし。

 刃物はファウストに届く前に、消えてしまった。


「……ッ、おいおいおい……冗談じゃ、ねぇぞッ!!?」


「人をバケモノ扱いするうえに刃物まで投げつけてくるなんて非常識にも程がありますねぇ、ンフフ」


 投げつけられた刃物、男達が所持していた凶器全てが、いつの間にかファウストの手中に収められていた。

 そしてその凶器全てを雑にその場に投げ捨て、ファウストがニヤリと笑ってみせる。

 凶器が地面と接触し、いくつもの音を鳴らしていく。


『ぎ、ぎゃ嗚呼あああああああああああああああああああああああああ』


 その常軌を逸脱した現象に、我先にと死に物狂いの思いでその場から立ち去る男達。

 まさにバケモノに遭遇したかのようだった。

 自分達の常識が通用しない、そんなバケモノを相手に、ただただ逃げるしかできなかった。

 全力で遠くに、全力で速く。

 あのバケモノから身を隠さねば、逃げねば。

 男達は必死に逃げていった。

 そうした男達の悲鳴がダンプラーに響き渡っていく。


「やれやれ……」


 バケモノ。

 そう称される、恐れられる事はファウストにとって今更だった。

 しかし、それでも。

 やはり心が少し、ほんの少しだが痛む。

 それも今に始まった事ではないがどうしても慣れない。


「ん……?」


 そんなファウストは、背後に近づくその存在に気づいた。

 この騒動に、一人のある人物が急いで駆けつけてきたのだ。

 時刻は既に夕方になっている。

 夕闇により、瓦礫の柱からは影が伸びている。

 その先からある人物が姿を現した。


「やっぱり君か……。やぁ、久しぶりだねファウスト。待ってたよ。相変わらず、面白い眼をしているね」


 その人物はファウストの元へとゆっくり足を進める。

 その風貌はこのダンプラーにはとても似つかわしくなく、よく手入れされたスーツを着た、小綺麗な紳士的な雰囲気を醸しだす中年男性。


「魔眼、いや君の場合は支配眼(クロノス)と呼ぶべきだな。時空を支配し、自分のみ思うがままに動く事ができる。……凄いなぁ、ホント」


 親しみのある陽気な口調で、敵意を示さないこの男性にファウストは眼を細める。


「……ふぅ、割と早く会えて良かった。どうやら魔眼を使って軽く騒ぎを起こして正解だったみたいですね。早速ですがとある情報が欲しいんですよ――――ジル」

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