魔眼と魔眼:6話
リアが見守る中、バッドエンドはアイズに向かって怒涛の攻撃が始まる。
一撃一撃全てが、容赦なくその命を的確に狙っていく。
その動きは先程のものを遥かに凌ぐスピードだ。
「はぁあああッ!!!」
大きな咆哮が小さな小屋に響く。
両手両足を刃に変化させ、器用な動きで全力を出すバッドエンド。
その乱舞する斬撃を、アイズも負けじと千里眼の力を使い、何度も避けてみせる。
だがこの千里眼の力を持ってしても、バッドエンドの全力のスピードに次第に身体の方が追いつけなくなってくる。
バッドエンドがアイズを圧倒していく。
「おぉッ! すげぇッス! バッドエンドッ!」
最初の方は全て無傷で避けていたアイズだが、どんどんバッドエンの刃がその身体をかすり始め、身体から血を流す。
「これはこれは……」
ひたすら呆然一方のアイズを、一刀両断で断ち斬ろうとバッドエンドが大きく腕を上げる。
だがそんなバッドエンドのスキを突くように、アイズの拳から放たれる強い衝撃がバッドエンドの腹部を襲う。
「ッ、ぐぎぎ、あっぶね……」
「だ、大丈夫ッスか!?」
アイズの拳が腹部に達する前に何とかその部分を刃に変化させ、その攻撃を防いだのだ。
しかし、思っていた以上に重いその拳から繰り出される衝撃に、バッドエンドは顔をしかめてしまう。
リアも思わず身を乗り出し、そんなバッドエンドを心配してしまう。
「……ふむ、心臓を貫くつもりで打ったつもりなんですがね」
もしあそこで腹部を刃に変化させるのが遅ければ間違いなく貫通していた。
なんとかその事態を避ける事に成功したバッドエンドだが、強い衝撃に少し苦痛の表情を浮かべている。
バッドエンドが魔眼を持つ者とこうして対峙するのは三度目。
ファウストの支配眼とは違う魔眼、千里眼。
魔眼の強力な力は十分、理解できている。
更に先程からの攻防で、アイズ本人も相当な実力者である事を認識している。
もしかしたら勝てない、かもしれない。
そう脳裏によぎってしまう。
しかし、それでも自分が殺され、敗北する姿は浮かばない。
それは根拠のない理由。
だが、何故か自信があった。
「ククク……」
バッドエンドの心を見透かすアイズは不気味に笑う。
そして、再び殺気に塗れたその素手でバッドエンドを襲ってくる。
自身の首を狙って飛び込んでくるアイズを、冷静な視線で観察するバッドエンド。
バッドエンドはそれを避ける素振りを見せない。
むしろ最初から避ける気はないとばかりにその攻撃をあえて受けにいくようだった。
「ば、バッドエンド!! ……まさかッ!!」
アイズの攻撃に反応を示さないバッドエンドに声を荒げるリアだが、すぐに理解する。
そしてバッドエンドの首に、いとも簡単に達したアイズの手がそれを力強く締め上げてようとする。
抵抗する様子もないバッドエンド。
その様子にアイズは笑みを浮かべる。
同時にバッドエンドも笑みを浮かべる。
すると締め上げられた首部分が刃へと変わっており、それを強く握り締めたアイズの手の平から大量の血が流れ出ている。
バッドエンドはこのタイミングで逃すまいと、すかさずアイズが離れる前にその身体を強く抱きしめる。
「……捕まえたぜ?」
初めからこれが狙いだった。
どれだけ攻撃しても避けてしまうなら、避けきれない状態を作り出せば良いのだ。
どれだけ未来を見る事ができようとも、これでは流石に逃げられない。
「おやおや」
魔鍵であるバッドエンドは身体の全ての部分を刃に変える事ができる。
そんな彼女に対しての有効打は強い衝撃と、刃に変わる前にその肌を素早く攻撃する事。
アイズの素手の攻撃はバッドエンドに致命傷を与えるものにはならない。。
そう確信してこの行動に出たのだ。
刃に変化させた両腕で、不気味な笑みを零すアイズを、思い斬り抱き締める。
アイズの身体から大量の血飛沫が吹く。
「え、えげつな……」
だが、バッドエンドの刃の抱擁の中、鮮血を描くアイズはまだ余裕の表情を見せたまま。
神殺眼も待ち構えられ、逃げる術の無いはずのアイズ。
この余裕な態度にバッドエンドは違和感を抱く。
「ぐふっ、はぁ、私には全てが見えている……これも全ては予定通り、この千里眼がある限り……私に敗北はありません、ククク」
この状況で千里眼が禍々しい紫色の光を放とうとする。
一体、何故。
不審に思ったバッドエンドが叫ぶ。
「リア!! こいつの魔眼を止めろッ!!!」
アイズの姿はしっかりとリアの眼が捉えている。
バッドエンドの叫びと、アイズの不穏な動きをリアも察知し、神殺眼を発動させる。
神殺眼から神々しい光を放ち、千里眼の禍々しい紫色の光を押し殺していく。
「バッドエンド、今の内に留めを刺すスッ!!!」
その言葉に、バッドエンドは頷く。
千里眼を封じられたアイズの心臓を、バッドエンドの刃と変化した腕が見事に貫く。
「がはッ!!!」
アイズの口から、大量の血液が吐き出され、バッドエンドを頭上から赤く染め上げていく。
心臓を貫く腕に伝う、赤黒い血。
完全に心臓を突き捕らえた。
だがバッドエンドはその貫いた腕を決して引き抜かない。
不死身とさえ思えるこの男。
心臓から腕を引き抜いた瞬間、再び蘇るに違いない。
そう思ったからだ。
そしてその予想は当たる。
「……ッチ、こいつまだ生きてんの!?」
心臓を完全に貫かれたにも関わらず、まだバッドエンドの刃と変化した腕を、アイズは無言のまま自らの手で引き抜こうとしている。
その、おぞましい姿にリアが叫ぶ。
「バッドエンド!! 逃がしちゃ駄目ッス!! もう神殺眼が使えない以上、ここで留めを刺さないと駄目ッス!!!」
相手は不死身に近い、どうすれば殺せるのか。
必死に考える。
そこで心臓で駄目ならと、バッドエンドは頭を狙う。
「いつまでも君みたいな気持ち悪いのに抱きついていたくないんだよ!! これで終わらせてもらうよッ!!」
一閃。
アイズの首と頭が離れる。
無残に地面に転がるアイズの頭。
アイズの首元が、勢いのある血の噴水となる。
部屋中をその赤黒い血飛沫で染め上げていった。
すると心臓を貫くバッドエンドの腕を掴んでいたアイズの手からも力が抜けていく。
バッドエンドはそれを確認すると、アイズの身体から刃と変化した腕を、アイズの返り血と共に引き抜く。
その場に哀れに倒れこむアイズの姿。
「や、やったあああああああ、やったんスよ、やったッス!!」
同じく地面に倒れこんだ状態で大喜びするアイズ。
壁にもたれ、すっかり血まみれになったバッドエンドも一息つく。
「ふぅー……流石のバッドエンドちゃんもちょっち疲れちゃったぜ。……うぇ~、お風呂に入りたい」
「そうッスね……兄貴が見たら卒倒しちまいそうッスね」
そして改めてアイズの死体と気配を確認する。
完全に死んでいる。
二人から安堵の溜息が出てくる。
「あとは帰って姉御に報告するだけなんスが……あのバッドエンド、非常に言いにくいんスけど……肩貸してもらっていいッスか?」
申し訳なさそうに、神殺眼による体力消耗で動けなくなった身体でバッドエンドを見上げる。
そんなリアに、まったく悪意なくバッドエンドはさらりと言う。
「あはは~、君ってダメダメだねぇ」
自分に対し、純粋にそう感想を述べるバッドエンドに、リアは僅かに涙を浮かべる。
そして、血まみれのバッドエンドの肩に担がれた。
確かに自分が守ると言っておきながら、結局こうして自分が守られたのだ。
「いや、はは、……はぁ、面目無いッス」
嫌な血の匂いに気分も害され、魔鍵であろうと、こうして女の子に守られたという事実が、リアの男としてのプライドを崩そうとしてくる。
しかし、これでようやくノイタールを騒がしていた連続通り魔事件の犯人であるアイズは退治された。
あとはこれを酒場にいるシルビアに報告してから、依頼主に報告すればこの依頼は終了となる。
二人はシルビアの元へ、仕事終わりの解放感を味わいながら廃墟と化した小屋から出ようとする。
するとリアを担いでいるバッドエンドが、その背後の存在に、気配に気づく。
「まさ―――――」
しかし、それはもう遅かった。
ニヤリと笑うその人物の手刃がバッドエンドの肩を貫いた。
「…………ッツ!!!!!」
小屋の外に、転がるように倒れるバッドエンドとリア。
「ッ、お、おい!! バッドエンドしっかりするッス!!!」
肩を貫かれ、大量の血を流すバッドエンド。
それを気遣いながら、リアは背後の存在に振り向く。
そして、大きく眼を見開く。
「ふむ……気配を消して心臓を狙ったつもりでしたが、それでも避けますか。ククク、お見事です。しかし、まぁ、ようやく油断してくれましたね。おかげでこうしてお嬢さんに傷をつけられました」
そこには頭と首が繋がったアイズの姿があった。
まさに不死身。
驚異的な回復力とその不気味さで二人を圧倒する。
「……っ、あんた、何者ッスか!!」
しかし、アイズはそんなリアの言葉を無視する。
肩を貫かれ、深い外傷を負い、言葉にならない叫びを上げながら、表情を苦痛で歪めるバッドエンドの姿を見て恍惚としている。。
そしてアイズは、そんなバッドエンドを貫いた自身の手に残された魔鍵の血を啜る。
「ククク、魔鍵の血、これはこれは珍しい味だ……もっと味わいたくなりますね」
魔鍵であるバッドエンドの肩から大量の血が流れる。
身体の構造が人間と同じか、それに似た構造なら非常に危険な状態。
もうリアは神殺眼が使えず、自身も動けぬ状況。
頼りだったバッドエンドはこの有様。
そして目の前には心臓を貫こうが、頭を斬り離そうと生きている不死身の千里眼の男。
絶体絶命。
千里眼が禍々しい紫色の光を放つ。
そしてその力で未来をゆっくり見る。
「……ふむ、まだまだ時間がありますね。ではその前に魔鍵のお嬢さんにはもっと苦しんでもらうとしますかね」
ゆっくりとバッドエンドの前に立つアイズ。
「さ、さっきから俺を無視してんじゃねぇッスよ!!!」
残された最後の武器である仕込みナイフで、アイズの足元を斬りつける。
だが、それに対してアイズは何の反応も示さなかった。
挙句の果てに溜息を吐く始末。
「貴方程度の神殺眼では私はもう満足しない。その神殺眼の回収は後です。大人しくしていてください……」
「かはッ」
リアの腹部に鋭い蹴りが放たれ、その衝撃でリアは遠くまで吹き飛ばされバッドエンドから離されてしまう。
そしてアイズは腰を落とし、苦しむバッドエンドの姿を千里眼で見つめ、微笑む。
「お嬢さんには彼の為にもっと苦しんで頂きましょうね」
意味のわからないその言葉にただひたすら嫌悪感を顕にする。
そして睨み続けながらバッドエンドは気丈に振舞う。
「クッ、こんなか弱い女の子をいたぶるのが趣味とか引くぜ……ホント……」
「ククク、どうやら口も達者なようで」
そう言ってアイズの手刃がバッドエンドの目を襲おうとする。
バッドエンドは勿論避けようとする。
しかし、急激な肩の痛みによ、りバッドエンドのが反応が大幅に遅れてしまっている。
アイズに目を抉られる事を避ける事も、刃に変化させて防ぐ事もできない。
「……げほッ、げほッ、バッドエンドッ!!!」
リアはただ叫ぶ事しかできない。
自分を守ってくれた少女を守れない自分の未熟さを呪う。
だが、バッドエンドは諦めていなかった。
アイズの手がバッドエンドの手にもう達そうとしていた、その瞬間。
「……ッ」
初めて見せたアイズの凍りついたような、余裕の無い表情。
確かにそこにいたはずのバッドエンドが一瞬で姿を消したのだ。
すぐに理由はわかった。
そして背後の存在にゆっくりと、口から血を吐きながら挨拶をする。
「ごふっ、まさか、……かなり、お早いご到着で……」
血まみれのバッドエンドを抱きかかえ、アイズの心臓を背後から剣で突き刺す、そんなファウストの姿がそこにあった。
怒りに満ちた、赤黒い火花のような光が揺れる支配眼。
その眼でアイズを睨み殺す程。
支配眼からゆっくり赤黒い火花のような光が消えると、バッドエンドの顔を覗き込みながら謝罪する。
「いやぁ、どこの美少女かと思えばバッドエンドじゃないですか。いやぁ、イメチェンってやつですか? そのツインテール、凄く似合ってますよ。さぁ……早く帰ってその汚れを落としましょう。……遅くなってすみません……まさかこんな事態になってるとは……」
まるでお姫様を救いに来た王子様。
バッドエンドはそう感じた。
ずっと信じていた。
もし、自分があのアイズに勝てなくても、自分が倒れる姿が想像できなかったのは、ファウストが、必ず助けに来てくれると信じていたからだ。
そして、こうしてやはり自分を助けてくれた。
バッドエンドは、そんなファウストに頬を染め、潤んだ瞳で見つめる。
「何となくだけど……助けに来てくれると思ってたぜ、へへ」
ファウストはここに来るまでの間、妙な胸騒ぎがしてならなかった。
その直感がこのような形で当たるとは思っていなかったが、間に合って良かったと心の底から思った。
支配眼にローモーションで映る世界の中、ここに到達し、バッドエンドの危機を目前とした時。
心の中で忘れかけていた感情が込み上げてきた。
そしていつも以上の支配眼の力を、一瞬だけ引き出す事に成功し、何とかバッドエンドを救出する事ができたのだ。
ファウストは申し訳なさそうな笑顔で、そのままリアの側までバッドエンドを優しく運ぶ。
「ふぁ、ファウストの兄貴ッ!? す、すいませんッ!!!!! 俺のせいでバッドエンドが……ッ!!!!!」
リアがどうしようもない罪悪感に囚われる中、ファウストが優しくバッドエンドを置くと、傷口を布で塞ぎ、応急処置をする。
「……今はそれよりあそこの変態が先です」
アイズは確かに剣で心臓を貫かれているにも関わらず、恍惚の表情を浮かべながらファウストを見つめている。
「ッ、き、気をつけなよ……あいつ、殺しても殺しても蘇ってくる不死身だぜ? 首だって斬り落としたのに綺麗にくっついてやがる……」
バッドエンドの応急処置を終えたファウストが、その場から立ち上がる。
その姿からは凄まじい殺気が放たれていた。
思わず息を呑むリア。
支配眼に時計盤のような神秘的な紋章が浮かび上がっていた。
「……私を怒らせた事を後悔させてあげますよ」




