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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と魔眼
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魔眼と魔眼:3話

 そこは貴族街。

 ハウルージュ公爵の邸に到着したファウスト。

 辺りを見渡し、人気が無い事を確認する。

 そして肩に担いでいた大きな細長い袋から、古びたピエロの仮面と一本の剣を取り出す。

 不気味な笑みを浮かべる仮面で顔を隠し、一本の剣を腰に携える。

 泥棒王ファウストの姿がそこに現れる。

 改めて気を引き締め、高い壁で囲まれた邸の入り口である門の中に進むが。


「……ンフフ、やってくれますねぇ」


 かつて未だ、誰一人として無事、邸に侵入した者で帰ってきた者がいない難攻不落のハウルージュの邸。 

 その門の前に警備達がいなかった時点でファウストは異変に気づいていた。

 すぐにその異変はファウストの眼に飛び込んでくる事に。

 門をくぐり抜けると、そこには大量の警備達が無残に横たわっている。

 一応、安否を確認してみるが誰一人として息をしていない。


「……」


 死体はどれも心臓を的確な一撃で貫かれている。

 だがその中でも女の警備の姿を確認すると、両目が全て抉られていた。

 それは鮮やかな、職人芸の様だった。


「ッフ、ンフフ」


 すぐにある人物の顔が浮かぶ。

 先程、坂道で出会った千里眼アリスフィアの男。

 最近この国を騒がす連続通り魔事件の犯人、通称アイズ。

 その奇行はファウストの耳にも当然入っている。

 女ばかりを狙う連続通り魔。

 被害者の女は皆、両目を抉られ、心臓を何かで一突きで殺害されていた。

 この今の惨状と一致している。


「とんだサプライズを用意してくれましたねぇあの変態王め」


 千里眼アリスフィアの力でファウストの目的を既に知っていたアイズは、ファウストと接触するより先にこの邸に訪れていたのだ。

 まるでファウストを挑発するかのようにその力をこうして誇示する為に。


「……せっかくのデートのお誘いです。待たせるのも悪いですし早く盗むモノを盗んで向かうとしますかねぇ」


 大量の死体が敷き詰められる中、ゆっくりと邸の中へと歩みを進める。

 しかし、邸の中も悲惨な光景を描いていた。

 生存者は存在せず、ファウストの歩みを止める者は誰一人現れない。

 この退屈な盗みに、ファウストは不満を感じ、その楽しみを奪った自分と同じく魔眼を持つ者に徐々に怒りが募る。

 魔眼を持つ者によって引き起こされたこの悲惨な事件。

 目的の代物を発見するまでの間、過去の記憶がファウストの脳裏をよぎる。


 それはまだ、ファウストがファウストでは無かった幼き時代の記憶。

 忌まわしき魔眼の実験施設に居た頃の記憶。


 そこには数人の魔眼を持つ子供達が居た。

 ファウストもその中の一人だった。

 どこからともなく施設に連れてこられる子供達の大半は、自分の名前がまだわからない年頃の者が多かった。

 呪われた瞳を持って生まれた我が子を不気味に思い、この施設に自ら手放しにくる親もいた。

 その施設には一人を除き、成人した魔眼を持つ者はいなかった。

 何故なら魔眼を持つ者の大半は成人する前に、その強大すぎる力を秘めた瞳によって命を、自我を蝕まれていくからだ。


 魔眼の暴走。

 世界が魔眼を恐れる要因の一つだ。


 個体差はあるものの、大半の魔眼は所有者が成人に達する頃に暴走の兆しを見せ始める。

 最終的にはその命尽き果てるまで世界を蝕み続ける。

 そうなる前にその魔眼の実験施設では、成人に達する前に暴走の兆しを見せ始めた子供達を次々と殺していった。

 そんな施設でファウストが眼の当たりした現実は、地獄そのももだった。

 魔眼を持つ子供達は人権が与えられず、人としての尊厳を奪われ、実験対象であるただの道具として扱われる地獄の日々。

 そんな日々に耐え切れず、精神を崩壊させる者も珍しくなかった。

 ある者は幼いながら魔眼の力で謀反を起こしたが、一人の監視者によってその計画と命を奪われた。

 子供達はただ魔眼が暴走し、その命尽きるまで大人達にただ従うのみ。

 ある程度、成長した者は監視者の元で施設から出て各国の依頼を受けるようになる。

 その依頼は全て、非人道的なものばかり。

 依頼の為、施設から出られたとしても監視者が居る限り脱走は成功しなかった。

 子供達の心は絶望の中、どんどん狂っていった。

 しかし、ある時に、ある人物が現れた。

 その者は実験施設の破壊、そして実験対象である魔眼を持つ子供達を盗む事に成功した。

 そして何人もの魔眼を持つ子供達がようやく自由を手に入れ、世界に解き放たれていった。

 非人道的な扱いを受けた魔眼の子供達の中には、この世界への復讐を誓う者もいた。

 この事件は歴史史上最悪の大事件として首謀者であり、実行者である犯人は既にこの世界から消されたている。


「ん?」


 アイズの起こしたこの悲惨な惨状に、忌まわしい過去の記憶を少し思い出していたファウスト。

 そんなファウストの耳に、通りがかったドアの向こうから微かな人の声が聞こえた。 

 生存者はもうこの邸に居ないかと思われた。

 不振に思いながらも、下着の情報を聞き出す為に声のするドアを開けてみる事に。


「……おやおや」


 すると、そこに居たのはハウルージュ公爵の愛娘、アーニャ=ハウルージュ。

 部屋に入ってきたファウストにビクッと身体が怯える。


 ウェーブのかかった金髪に、透き通る美白の肌。

 男性を魅了するその豊かな胸、細い腰。

 それらを包み込む生地の薄い寝巻き姿。

 アーニャはタオルで目と口を封じられ、身体全体を縄で拘束され、地面に横たわっていた。


「ありがたやありがたや……」


 そんなアーニャの背徳感溢れる官能的な姿に、自然と両手で拝み、礼を言ってしまうファウスト。

 アーニャが身体をよじり、もがき苦しんでいる。 

 すぐに拘束され、横たわるアーニャの元に膝を付け、目隠しを優しく外す。

 すると視界を開放され、眩しそうに目を細めるアーニャ。

 次第に視界がはっきりしてくると、目の前の男、ピエロの仮面を被ったファウストの姿に驚愕する。


「……ッ!?」


 口はまだ封じられているので叫べず、縄で拘束されたその身体をジタバタさせてファウストを突き放す。


「うぉッ! おてんばなお嬢さんだ……そんな悪い娘にはイタズラしちゃいますよ? ンフフ」


 ファウストは自身の両手の指を卑猥な動きをさせ、怯えるアーニャに再び近づく。

 アーニャの顔が真っ青になり、見る見るその美しい碧眼の瞳から涙が溢れ出す。


「……すみません、冗談です。お願いですから泣かないでください。大人しくしていれば傷つける気はありませんから」


 少女の涙にファウストの心が痛む。

 少し調子に乗りすぎたようだ。


「……静かにしててくださいよ」


 すぐさま口を封じていた物も取り払った。

 

「っ、うッ、お、父様っ……」


 ようやく自由になった口で、悲しみに暮れるアーニャ。

 少女の言う、お父様とはハウルージュの当主の事。

 しかし、その姿をまだファウストは確認していない。

 この惨状では、それも絶望的だろうが。 

 こうしてアーニャのみが生かされているのは、アイズがファウストの目的を知っての事。

 罪悪感が込み上がる。


「すみません……私のせいです」


 あくまで依頼であり、仕事であった為、仕方なくここに訪れたファウスト。

 しかし、こうしてハウルージュの邸がアイズによって無意味に襲撃されたのは、ファウストがこの邸で盗みを働こうとしていたからだ。

 一切、責任が無いわけではいない。

 アーニャに対して責任の負い目を感じ、申し訳なさそうなトーンで詫び続ける。

 そんなファウストに対して涙を何とか堪えながらアーニャが言う。


「うっ、ぐっ、どういう事ですの、あなたあいつの仲間なの」


 あいつとは、千里眼アリスフィアの力で悪戯に警備の者や使用人達の命と目を奪っていったアイズだ。

 そんな彼とファウストが繋がっているとアーニャは考えていた。

 だが、こうなってしまった以上、あえて否定はしない。

 ファウストはアーニャに一切言い訳をせず、ただ謝罪するしかなかった。


「申し訳ないです……」


 少女の瞳に再び涙が溢れてくる。

 そしてファウストを精一杯の憎しみを込めて睨みつける。


「っ、早くこの縄を解いてっ! こ、殺してやるっ……」


 自分に殺意を向ける少女。

 だがこちらも仕事で訪れたのだ。 

 悲しみと殺意に満ちたアーニャに、ファウストは真剣な声で問う。


「下着はどこです?」


 その質問の意味をアーニャはしばし理解できず、沈黙してしまう。

 そんなアーニャにもう一度、真面目にファウストは問う。


「貴女の下着です、それを盗みにきたんですさぁ早ぶふぁあ」


 強烈な頭突きがファウストの、ピエロの仮面を襲う。

 アーニャも硬い仮面に当たった額を赤くさせ、後ろにたじろいでしまう。

 そしてファウストを罵倒する。


「へ、変態!! あなた何を言ってるのっ!! 早くこの縄を解いて頂戴っ!!」 


 ファウストはすぐに立ち上がりアーニャを見下ろし、人差し指を向けて宣言する。


「くっ、何と言われようともパンツを頂くまでその縄は解きません!! さぁ、早くパンうへぇッ」


 今度は、拘束されたまま、横たわる身体を何とか使い、ファウストの足を払うアーニャ。

 見事に体勢を崩したファウストが、無様に顔から地面に倒れる。


「ば、馬鹿じゃないのっ!? あなた本当に何が目的なのっ!」


「……痛てて。……だから言ってるじゃないですか!! 貴女のパンツを盗みにきたとッ!! こうなれば……ッ!!!!」


「もう意味がわから、……ちょ、あ、あなた何を、さ、触らないでっ!! 変態っ!! 強姦魔っ!! 嫌ぁぁあああああああああああああああああ」


 遂にファウストは実力行使に移ったのだ。

 拘束されたアーニャを傷つけないように、完全に押さえ込み、寝巻きの中、その秘密の花園へと両手を出発させていた。


「お、大人しくしていてください! やましい気持ちなんて……一切無いんですッ!! そう……これは、仕事なんですッ!!!」


 そう言うと、仮面の奥で鼻の下を伸ばしたファウストがアーニャの白い太ももに手を這わせていく。

 もはや言い逃れできない完全な変態であった。

 あのバッドエンドすら幻滅してしまうであろう伝説の泥棒王の姿がここにある。


「い、意味がわかんないしっ、そ、そんな息荒げながらちょ、い、どこ触っあ、ガブッ!!!」


 ファウストに全力で噛みつき必死に抵抗するアーニャ。


「ひ、ぎやああああああああああああああああああああああ」


 このやり取りは数分によって繰り広げられた。

 激しい全力の戦いの末、勝者がついに決まった。

 まだ温もりの残る下着を掴み、その腕を高らかに挙げる。

 息を荒げ、勝利の美酒に酔いしれ。勝ち誇るファウストの姿。 

 アイズによる悲劇と、初めて男に深くまで触れられたショックで、アーニャはすっかり気を失っている。

 もちろんファウストはあくまで下着を紳士的に盗んだのみ。

 その他に関しては必死に堪え、何もしていない。


「ふぅ……これで、後はこの下着を持ち帰れば依頼は終了ですね」


 アーニャの縄を解き、下着を大事に内側の胸ポケットに仕舞い込む。


「さて、それではデートに行きましょうか……ンフフ」


 最後に、気絶するアーニャに視線を送り、こうしてハウルージュの邸を静かに去っていく。

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