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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と魔眼
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魔眼と魔眼:プロローグ

 世界一、治安の良い国と評されるノイタール聖国。

 しかしつい先日、世界を震撼させた大事件のすぐ後から、昼夜問わず連続通り魔殺人事件が多発していた。

 被害者は全て女性で、その全員が両目を失っていた。

 ノイタール聖国はこの事件を同一犯のモノと断定し、犯人の名をアイズと命名し国内指名手配した。


「おぉ、被害者は全員女……ワタシもヤバイのかな?」


 とても綺麗に整えられた長い黒髪、白く美しい肌に大きくパッチリとした瞳。

 美術品のような、しかしどことなく妖艶さを醸しだす美貌を持つ少女。

 程よく出た胸とヒップを白と黒を基調としたノースリーブのドレスで包む。

 魔鍵まけん、バッドエンドがシルビアの酒場のカウンター席で難しい顔をして新聞を読んでいた。


「全力で断るッ!!! いくらなんでもこんな依頼、私は嫌だッ!!! 一応こう見えたって私にだってプライドってもんがあるんですよッ!!!」


 何日も寝ていないかのような深いクマが特徴的な黒髪短髪の男。

 しわくちゃの白いカッターシャツの袖を捲り、黒のズボンに黒の革靴。

 伝説の泥棒王、ファウストがカウンター席から離れた横長の団体客用の椅子に座り、この酒場の店主と口論している。


「いつから仕事を選り好みできる立場になったんだお前は。これだって立派な依頼だ、泥棒王を名乗ってるならきちんと盗んで来い。お前に決定権は無い、以上だ」


 男性だけではなく女性までもが憧れを抱くその金髪の長髪。

 魔眼を宿すそのキリッとした瞳はとても魅力的でそれを引き立てる、整った顔。

 そんな美貌を誇る女性。

 スラリとしたそのボディーを際立てる全身シックな黒でコーディネートされた服装をしている。

 闇の仲介屋ブローカであるシルビアが依頼書をテーブルに叩きつけながらファウストをどやしていた。


「私にだって仕事を選ぶ権利があるはずですッ! 人権の侵害だッ! 横暴すぎるッ! 一寸の泥棒にも五分の魂ッ! 貴女の持ってくる依頼はどれもろくでもないモノばかりですがそれにしたって今回の依頼は酷すぎるッ!」


 いつもの様にファウストとシルビアが依頼について言い争う光景が繰り広げられている。

 それに対してカウンター席で可愛らしいコップに淹れられたミルクを美味しそうに飲むバッドエンドがそんなファウストに言う。


「その依頼受けてあげなよ~、シルビアにはお世話になってるんだからさ~」


 絶賛全国指名手配中のファウストを一応匿って手助けをしてくれているシルビアに対して、バッドエンドも感謝している。


「いやしかしですねッ!? いくらなんでもこの泥棒王である私に対して下着泥棒をして来いとか言ってるんですよこの人ッ!!!」


 そう。

 今回の依頼の品というのは有名な貴族であるご令嬢の下着を盗むというもの。

 どこぞの狂った変態が闇の仲介屋ブローカーにわざわざ危険を犯してまで依頼してきたのだ。


「今更どうって事は無いだろ、常習犯じゃないか。今までにあたしから盗んだ下着の数を答えてみろ、ほらバッドエンドに聞こえるように大きな声で言ってみろ」


「ちょ、い、今このタイミングでそれを言いますか……いや、このタイミングだからか……」


 恐る恐るバッドエンドの様子をファウストは伺う。

 間違いなく幻滅されるに違いない。

 女性の、しかも身近な人物のシルビアの下着を過去何度も盗んでいるのだ。

 幻滅しないわけがない。

 自らの変態行為をバラされ精神崩壊を起こしそうなファウストに意外な言葉が返ってくる。


「……そんなに下着が好きなら言ってくれればワタシので良ければいくらでもあげるのに水臭いじゃないかぁ」


 あぁ、この娘めっちゃ女神や。

 ファウストは涙を流しながらそう心の底から思った。


「アホらし……。とにかくその依頼は受けてもらう。……良かったなこれからいつでも好きな時に大好物の下着が手に入るぞ。せいぜい依頼のついでにバッドエンドに着せる下着でも選んでくるんだな。金輪際、あたしの下着には近づくなよ変態王」


 まるで汚物を見るようにファウストを見下し、侮蔑の感情を込めて罵る。


「だ、誰が変態王ですかッ!! ……ック、わーかりましたよッ!! 盗んできますよはいはい、これでイイですかぁッ?」


 またしても強引に依頼を押し付けられて途方に暮れるファウスト。

 そんなファウストにわざわざバッドエンドが寄り添うようにやって来る。


「ワタシは変態王の君だろうが全て受け入れるぜ? だからこれから下着が欲しい時はいつでも言ってくれよ?」


 親切心で優しくフォローしてくれるバッドエンドの発言、それにはファウストも流石に天井を見上げ、乾いた笑いを響かす。 


「おい変態王」


 カウンターの奥の席に戻ったシルビアが容赦なく新たな称号を呼ぶ。


「誰が変態王ですかッ!!」


 一応、反論の意思を見せ、席から立ち上がる。

 そんなファウストを相変わらず侮蔑の眼差しで見つめるシルビア。


「いいから聞け、変態王」


 すっかりと定着してしまった変態王という称号にしぶしぶ耳を傾けるファウスト。


「今回の依頼の品……まぁ、パンツなんだが、プッ」


「笑ってんじゃねぇですよッ!!」


 思わずシルビアが笑ってしまう。


「プッ、すまんすまん。……とにかく今回の依頼の品であるパ、パンツ、プッ」


 どうやらツボったらしく所々で自然と笑いが出てしまうらしい。


「フー……ごほん、とにかく今回の依頼の品はノイタールの貴族の中でも特に権力を持つハウルージュ公爵のご令嬢のものだ」


 ハウルージュ公爵と言えばノイタール聖国の王であるノア=エーデンとも親交の深い貴族。

 先日のギルバルド伯爵よりも上に位置する貴族だ。


「……とことんふざけた依頼ですねぇ。よりにもよってハウルージュ公爵の娘の下着がターゲットとは」


「その人って有名なの?」


 両肘をテーブルに付け、頬に手を当てているバッドエンドがファウストの様子に興味を持つ。


「えぇ、そうですねぇ。今まで何人かの泥棒がハウルージュの邸に侵入して金品を盗もうとしたのですが……この国の王とも親交が深い彼の邸は警備がとても優秀で、ことごとく皆捕まってるんですよ」


 今までハウルージュの邸に侵入して無事戻ってきた者は居ない。

 裏の世界でもそれはちょっとした有名な話になっていた。

 何人かの者が自身の力を誇示しようと、侵入していったがやはり誰も戻ってくる事はなかった。


「という訳だ、せいぜいパ、パンツ、プッ、を頑張って盗んできてくれプッ」


 馬鹿にしたような忠告を素直に受け止められないでいるファウスト。


「……まさか、下着を盗む為にハウルージュの邸に出向く事になるとは」


 頭を抱え、この理不尽さに頭が痛くなってくる。

 倒れ込むように席につき溜息を吐く。


「んー、ワタシも一緒なんだし大丈夫さ」


「え?」


「え?」


 バッドエンドが当然のように同行しようとしていた事に驚くファウスト。

 確かに、魔鍵まけんと主という契約をしているがそれはあくまでバッドエンドに自由を与える為のもの。

 盗みの手伝いをさせるつもりは一切無かった。

 しかし、バッドエンドはバッドエンドで盗みの予定に自分が組み込まれていなかった事に驚いている。


「ワタシの心と身体はファウストのモノ同然。四六時中ずっと一緒だって言ったじゃないか~」


 少し不満そうに頬を膨らませ、子供のように拗ねる。

 それに対して困った様子で頭をかきながらファウストが真剣な表情で言い聞かせる。


「いいですか、バッドエンド。……今回のターゲットは下着なんです。悲しい事にこの世界は理不尽で、どこぞの心無い雇い主によって私は下着泥棒をしなくてはいけなくなりました……。そんな下着を盗んでいる私の姿を真近で誰かに見られるなんて私には耐えられないッ!!!! ごめんですッ!!!!! ……という訳でお願いします、留守番しててください!!!!!」


 真に迫る威圧感のある頼み。

 深く下げすぎた頭が勢い余って、テーブルに額が思い切り当たってしまう。


「誰が心無い主だ、誰が……」


 あまりにも必死なファウストの頼み。

 これはただ事ではない、そう思ったバッドエンド。


「わ、わかったよ。全然意味がわからないけどここで待ってる……」


「すみません……しかし、私は必ず依頼の品を手にして此処に帰ってきますッ!!」


 バッドエンドの両手を包むように、自分の両手を被せて熱く約束する。


「……これで盗む品が下着じゃなけりゃそこそこの美談なんだがなプッ」

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