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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と魔鍵
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魔眼と魔鍵:プロローグ

 公平王が統べる四大国の一つ、ノイタール聖国。

 その辺境の地に、酷く荒んだ小さな酒場がある。

 未だかつて客らしき客が訪れた事のないこの酒場。

 その理由は、闇の仲介屋ブローカーと恐れられ、絶大な信頼を誇るシルビアと呼ばれる女性の隠れ家だからだ。

 しかし、そんな酒場に一人の青年が現在訪れている。

 伝説と謳われる泥棒王、呪われた瞳を持つファウストだ。

 世界から生きた災いと恐れられ、忌み嫌われる魔眼を持つ。

 そして、その力を用いて数多の金品財宝、命、はたまた心すら盗んできた泥棒王。

 裏の世界でもトップクラスに入るこの二人の姿が、この小さな酒場にあった。


「さて、今説明した通りだ。……おい、ちゃんと聞いていたのか?」


 男性だけではなく、女性までが憧れを抱くその綺麗に整えられた金髪の長髪。

 キリッとしたその魅力的な瞳、それを引き立てる整った顔立ち。

 圧倒的な美貌を誇る。

 スラリとしたボディーが、全身シックな黒でコーディネートされた服装が際立てている。

 この女性こそが闇の仲介屋ブローカー、シルビア。

 そして、気だるそうに本を開き、顔に載せたまま天井を仰いでいる青年。

 表と裏の両方の世界でその名を轟かす泥棒王、ファウスト。

 シルビアの言葉を無視するファウスト。

 店の奥にある横長の団体客用のソファーに、偉そうな態度でふんずり返るように腰掛けている。


「……」


 カウンター席の奥にある椅子に腰かけ、何枚もの資料と思わしき紙に眼を通すシルビア。 

 軽く溜め息をつき、反応を示さないファウストに苛立ちの眼を向ける。


「おい、何とか言ったらどうなんだ」


シルビアの少し苛立ったトーンの台詞に、ようやくファウストが気だるそうに反応を示した。


「今回の仕事、私はパスです」


 ようやく口を開いたかと思えばそれは盗みの拒否だった。


「……はぁ? ……ふざけるのはその顔だけにしておけ」


「い、言ってくれますねぇ」


 ゆっくりと顔に被せていた本を掴み、その顔を見せる。

 何日も寝ていないかのような深いクマが特徴的な黒髪短髪の顔。

 その表情は一切のヤル気を感じさせない。

 しわくちゃな白いカッターシャツの袖を捲り、黒のズボンに黒の革靴を履いている。

 本をテーブルに置くなり肘をつき、額を手で押さえ困った様子を見せる。


「流石にこれ以上、私の熱烈なファンを世界中に作りたくありませんしねぇ」


 泥棒王として盗みを続けてきたファウストは世界中のお尋ね者だった。

 今回の依頼はそれに更に拍車をかけてしまう程の内容。

 ファウストは正直、面倒臭かったのだ。


「もう遅い。あたしは、これを既に正式な依頼として受けて、多額な前金を受け取っているんだぞ? それに、依頼主のバックに相当不味い組織がついてるしな。ま、毎度の事ながらお前に拒否権なんてものは無い、以上」


 表情一つ変えず、自分本位かつ難題を平気で押しつけてきたシルビアの横暴さにファウストはその場で身体を震わせた。

 そして眠そうな眼を見開き、声を荒げる。


「あ、貴女はそりゃ金を積まれて馬鹿みたいにこんな依頼をホイホイと引き受けるだけですから簡単でしょーねッ、こちとら現場はそりゃあもう命がいくつあっても足りねーんですわッ!! 今回の依頼は全力で断らせてもらいますッ!!!」


 珍しくシルビアにこれ程、強気で言えた自分をつい褒めてあげたくなるファウスト。

 伝説の泥棒王として、裏の世界でもトップクラスに入るファウストがシルビアの飼い犬と化しているのにはとある理由があった。

 そのせいでこうして毎度の事ながら、ファウストはシルビアの横暴さに振り回される日々。

 やれやれと、わざとらしくシルビアが溜め息をつく。


「伝説の泥棒王と騒がれておきながら、まさか怖気づいてるのか? ふん、大層なコソ泥王だ。既に一度無くした命じゃないか、もう一度無くした所で何だと言うんだ」


「いやいや悪いですけど、そんなあからさまに煽っても無駄ですよ。……大体、今回の依頼は危険とかそういう次元のもんじゃない……ヤバすぎですよ。とにかくパスったらパスです。……あと然り気無く死ねって言うの止めてもらえませんかッ!」


 今回の依頼内容。

 それは魔鍵まけんを盗み出すというもの。

 魔鍵まけんとは、世界を改変する力を持つ土地、楽園エデンの扉を開く為に必要な鍵。

 世界の改変。

 楽園エデンに辿りついた者は、自分の意のままに世界を改変し、新たに創造する力が手に入る。

 遥か遠くの時代から、その力を手に入れる為、世界中の権力者や、この世界に不満を持つ者達が魔鍵まけんを求めた。

 しかし、未だかつて楽園エデンに辿りついた者はいない。

 そしていつしか楽園エデン魔鍵まけんの存在は御伽噺や神話として語り継がれるだけとなり、不確かなモノとなっていった。

 だが今回、魔鍵まけんがその姿を再び世界に現したのだ。


「腰でも引けたかチキン王、ほら、鳥肌が凄いんじゃないのか?」


「だから煽ってきた所で無駄ですってば!」


 淡々と襲いかかる言葉の暴力をファウストは心を冷静にしてスルーしていく。


「ッチ」


「……舌打ちしても駄目です、嫌です、断固として拒否します」


 一向に引かないファウストの態度に、シルビアは遂にカウンターから離れ、ファウストの背後へとゆっくり回った。


「ちょ、な、」


 そして優しくファウストの背中に、僅かな胸を押しつけ、両腕を回し耳元に妖艶な唇を近づける。

 その美貌も相まって思わずファウストの心臓の鼓動が高鳴る。


「な、な、何ですかッ、わ、こ、この私に色仕掛けなど──」


 唐突すぎる、いきなりすぎる。

 明らかにこれは罠だ。

 ファウストはそれに気づいていた、だかた決して振り向かない。

 振り向けばシルビアの顔がそこにある。

 この様な密着した状態で、その美貌を眼にして落ちない自身が無いからだ。


「フフ」


「く、くそっ、私は負けない!」


 真正面の壁にひたすら意識を集中させ煩悩を断ち切ろうとする。

 だが、背中から伝うその柔らかな感触、耳元にかかるシルビアの甘い吐息がファウストの思考を容赦なく鈍らせてくる。

 煩悩を刺激してくる恐ろしい手口だ。


「ファウスト……」


 何度も何度も甘い吐息が耳に吐かれ、心地の好いとろけそうな声が聴覚を通り越し、そのまま直接脳に訴えてくる。

 しかし、そんな甘い現実はすぐ打ち砕かれる。


「こ ろ す ぞ」


「ッ!!?」


 それは真に迫る言葉だった。

 

 とてつもない威圧感のある言葉。

 何とも言えない、恐怖が芽生える。

 本当に鳥肌が立ってしまう。

 思わず言葉を失ったファウスト。

 その身体を震わせ、涙を流しながら脱兎の如く酒場から飛び出す。


「フフ」


 いつも通りの結果だった。

 シルビアに頭が上がらないファウストはこうしていつも強引に依頼を押しつけられてしまう。


「なにも涙を流す事もなかろうに」


シルビアがカウンターに戻り、先程から読んでいた資料にもう一度を眼をやる。

 普段は人前で決して見せない、清々しい笑顔を浮かべていた。

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