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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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95 Cried That Day ①



──私には、友達になる資格など無かったの。だから裏切ってしまった。だから手放してしまった。──



 深々と下げた頭を見つめる。川の清流のような落ち着いた流れを生む黒髪は、自分のよりも指通りのいいもの。つむじが右回りなことに気がつくがこれと言ってどうも思わない。ミステリアスな切れ目は、今は下を向いている。


「本日よりマリーお嬢様の警護を任されました、相馬育人でございます」


 大広間に数人並んだ大人達の中に、その少年は立っていた。自分と同じくらいの歳だというのに、どこか大人びた印象だ。その少年の一挙一動に目を奪われたのは、恐らくその日が初めてだ。

 マリーは数多くやって来たいつものボディーガード達の中でも、この少年にだけ、そうした特別な眼差しを向けていた。


「それは?」


 さらに気になったのは彼が持つ細長いもの。黒いスーツ姿にはあまりにも不釣り合いなものだった。


「これは「刀」です。僕がいた国ではこの武器を用いて戦います。恥ずかしながら僕はこれしか扱えませんので」

「カッコいい形なのね」

「ありがとうございます」

「そうだ、いくと君だっけ? スペル教えて? 私カリグラフィーを習ってるの」

「はあ」


 のけ反るイクトに対して前のめりになるマリー。その瞳を見つめたい思いもあった。まるで黒真珠を埋め込んだような真ん丸は、それこそありきたりな表現をするならば、宝石のようにきれいな瞳以外の何物でもなかった。

 横一列に並んでいる内の一番端にイクトはいるが、出口から一番遠い場所のために逃げる機会を作ることができない。目の前で既に紙を広げ始めてしまったマリーを止めることができる人は、他のボディーガードにも大人達にもできない。勿論、立場的にだ。


「あ、でもやっぱり名前を書いた方が格好いいよね。うふふ、そうま君であってる?」


 嬉しそうに幼いマリーは聞いた。人懐っこく、誰にでも分け隔てなく話すことのできるその性格が誇りだ。名前だって簡単に分かると思っていたがしかし、出身国が違えば当然細かな風習も違う。訂正はする。


「あ、いえ。そうですねお嬢様。失礼しました。僕の名はイクト・ソーマ、名は“イクト”の方でございます」

「ええ! ごめんね、私ずっと名前で呼んじゃってた。馴れ馴れしかったよね。パパに名前で呼んじゃいけないって言われてるから」


 とは言いつつも名前を自然に呼ぶためにカリグラフィーを持ち出したことは心の内にしまっておく。目の前の少年が少しだけ困惑したような表情になったことで、マリーはやってしまったと、すぐに地面に広げた道具を片付け始めた。


「いえ、好きなようにお呼びくださいお嬢様。名前というのは呼ばれるためにあるのですから」


 彼の呼び方は「イクト君」に決定した。マリーはイクトを見て耳まで赤くなる。優しくマリーを見つめる鋭かった目が、優しく笑っていた。


 * * *


「ふぁ~あ」

「おやおや、おはようございますお嬢様。着替えをお済ませになりましたら、ダイニングへとお降りください」


 マリーが起きるのとほぼ同時に声がかかる。聞きなれたその声は執事長のものだ。マリーの身の回りの世話を完璧にこなす腕前は、マリーの父親が子供の頃から磨かれたもの。朝から動きは速かった。

 一度大きく伸びをすると、マリーは着替えを始めるためにベッドから下りる。いつものように、先程の声の主が立っている事がわかる。


「おはよう、ウェルダー」


 執事長でもあり、屈指の実力を持ち合わせる彼こそ、老兵ウェルダーだ。その実力は【アルテミス】にも評価されるものだと噂にしていた。


「あれ、イクト君は?」

「さあ、恐らく鍛練でもしているのでしょう。そんなことよりマリー様、脱いだものは畳んでください。下着まで脱ぐ必要もございません」


 背中を見せながらウェルダーは言った。ぶつぶつと文句を言いながらマリーは支度を始めるが、ウェルダーの話はまだ終わっていない。


「イクトはまだ新米です。お嬢様の護衛を任せるには早いのです。歳が同じということでマリー様のお側に置いておりますが、どうぞ雑用係として扱ってください」

「嫌よ、友達だもの」

「ボディーガードにあまり関わってはいけないと旦那様にお叱りを受けていますでしょう。旦那様の言い付けはお守りください」

「もう、パパったら頑固なんだから」


 可愛らしくむくれたマリーは、早々に着替えを済ませダイニングルームへ向かう。

 黒いスーツに身を包んだ二人の男の間を抜け部屋に入ると、華やかな食事の並んだ大きな長テーブルが見えてくる。今日の朝ごはんも盛り沢山だった。


「おはようマリー」

「おはようママ」


 父親が長テーブルの一番先に座り、彼に見守られるようにして母親がすぐ近くに座っていた。マリーは母親と向き合うように座る。三人しか座っていないこのテーブルは、今のところ十分の九の余剰スペースがある。マリーには相変わらず無駄なものという印象しか無かったが、そのまま父親にも挨拶をする。


「パパおはよう」

「おはよう、マリー」


 マリーが挨拶をすれば、満足そうに頷き返事をする。いつもと変わらない豪華な日常だ。ゼウンの周りには常に二人のボディーガードがついており、とても物騒なのだがもう慣れてしまった。これが普通だ。


「そういえばパパ。新しいボディーガードのことだけど……」

「お前と同い年だそうだ。出身国の「大和」では天才剣士とも呼ばれる神童。魔法も上手いようだから、家庭教師の先生と共に手合わせをしておきなさい。庭に出るときは彼と共に行動し、それ以外では雑務を任せてある。あまりボディーガードと深く関わるでないぞ」


 まだ何も口に出していないマリーに返事をさせる暇さえ与えずゼウンは言葉を投げ掛ける。


「は~い」


 結局嫌気のさしたマリーが根負けし、生返事で対応する。


「うふふ、でも友達ができるのだから良いことでなくて?」


 嬉しそうに笑い返してくれるのは、大好きな母親。自分と似た、自分が似た、ウェーブのかかったブロンドの髪を持つ美しい女性だ。マリーは嬉しそうに返事をした。


「ごちそうさま、遊んでくるね!」

「あらあらもう、口についてるわよ」


 椅子から下り、慌てて口を拭きに来た母親の手。淡いピンクのハンカチは親子でお気に入りのものだが、そんなものは大きな子供心にあっさりと負けてしまう。


「だいじょうぶ!」


 ぱしんと手を払いマリーは走り出した。


「お嬢様、お待ちください」


 玄関を脱兎の如く駆け抜けていくマリーに、鍛練を終えスーツに着替え直したイクトが声をかける。


「本日はどちらへ?」

「今からみんなと遊ぶの! あ、イクト君も来たいの? も~しょうがないなあ」


 喋りながらからかいながらマリーは足踏みを続け、いつリスタートしてもおかしくない状態だ。


「いえ、僕は……」

「早く! エリックもニケももう来てるの!」

「え、ちょっ……」


 強引にイクトの腕を掴むと、覚えたての強化魔法で大きなレイジー家の正門を先同様に駆け抜ける。目の前に広がっていた広大な草原も既に、風のように走る二人の後ろに広がっている。

 レイジー家の本邸はイデアの首都アルティスから馬車で二日ほどかかる。途中には凶暴な魔物のパレードが見れてしまう危険区域があるが、そこを越えてしまえば穏やかな場所が広がっている。

 屋敷の正面を覆う広大な草原は、一本の馬車道以外すべてが緑色だ。世界に三本しか存在しないリカバリーブルーベリーの木や、吹く風の向きによって七色の音色を奏でるドレミ草がその景観を引き立てている。

 魔力を持たない小動物も多く、まるでひとつの小国とも呼べるほどに大きな領地だ。


「三分遅刻。また君は自分から誘っておいてどうしてこう……」


 白い四本の柱に、白い屋根。小さなベンチと申し訳程度の小さなテーブルが取り付けられた小さな休憩所。周りを木々に囲まれた幻想的な雰囲気のアーバだ。手を引かれ無理矢理つれてこられたイクトであったが、その場所には感動した。


「だいたい君はいつも時間にルーズすぎる。二大貴族としての自覚が……ん? そう言えば、誰だそいつは」


 いやみったらしく説教を垂れる銀髪の少年がイクトと目を合わせる。銀縁眼鏡が無駄に似合う彼は、エリック・ベルナルド。マリー達レイジー家と双璧をなす一族だ。

 白シャツには蝶ネクタイ。膝上丈のズボンにはサスペンダー。絵に描いたような坊っちゃん衣装に、イクトは目を伏せた。


「イクト君は私のボディーガードなの!」


 マリーの方が元気に答える。


「イクト・ソーマです」

「エリック・ベルナルド。ずいぶん流暢なイデア語だな」

「お褒めに預かり光栄です」


 エリックは銀縁の眼鏡の奥から鋭くイクトを見つめる。警戒心はまだ消えていない。


「しかし、ボディーガードというものが着いていながらマリーは遅れている。どういうことだ」

「怒っても始まらないさエリック。もしかしたら、目覚まし時計が何者かによって壊され、それでそこのイクト君に助けてもらったのかも知れないし」


 エリックをなだめるようにして、一人の少年が割って入った。ツギハギだらけの服装が目立ち、切り揃えられていないボサボサの髪の毛をかきながら笑っている。


「……まさに、陰謀だよ」


 人差し指を大空へ突き刺すように高々と。目の輝きが桁外れだった。


「君はどうして、そう風変わりなことしか言えないんだい? 庶民の間ではそんな的外れな推理ごっこでも流行っているのか?」

「いつも言ってるだろエリック。この世は謎に満ちている。偶然という単純な言葉で片付けるのには勿体ない神秘的な必然を、俺は解き明かそうとしているに過ぎないんだよ」


 目の輝きを霞ませること無く熱弁するその少年は、大きな身ぶり手振りを着け始めていた。終いには踊るように。


「まったく、せっかく庶民には勿体ない程の頭脳があるんだ。君はそれを、もっと有意義に使った方がいい」

「うん、だから今使ってるんじゃないか」


 エリックのため息で、その会話は終了する。


「ああごめんよイクト君。エリックは少し頑固なんだ。許してやってよ」

「はあ……」

「俺はニケ・バルト。二人の友達だけど貧乏な平民」

「聞いてよニケ。イクト君ったら、いちいち言葉が固いの! 「かしこまりました~」とか「滅相もございません~」とかもうカッチコチなの!」

「そんなもんだよ。けど、まさか俺たちと対して歳が変わらないというのにボディーガードとはね」


 ニケは嬉しそうにされど驚いていた。次の瞬間には持ち前のくりっとした瞳から、溢れんばかりに涙は溜まりいつのまにかこぼれ落ちていた。


「きっと、何か理由があるんだろうなぁ。家族と喧嘩した勢いで家を出てしまい一人寂しく放浪していたところを、レイジー家に拾われ、別れた家族と和解するために武道を身に付ける。心身ともに強くなり、いつの日か笑って家に帰るんだろう。それから──」


 さらに続こうとする話の合間にこっそりマリーはイクトに耳打ちする。


「ニケはね、すごく頭が良いんだけどああなると長いの。悪い子じゃないから怒らないでね」

「お嬢様の命であるならば」

「だから固い!」


 マリーは早速イクトに怒った。

 

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