94 乗り込みカチコミ
未だに泣いているマリーに、少しでも落ち着いてもらいたいと、下っ端の男はさらに声を掛ける。
「その、これ以上は何もしないし食事もたくさん用意するから泣かないで。そしたら無事に帰してあげるから」
食事を持ってきてくれていた下っ端の男はたどたどしい言葉を並べた。やっと状況の整理を開始し、泣き止んだマリーは嫌だと弱く返す。
泣き止んだというのに、泣き止むのは嫌だと返された男達は目を丸くする。矛盾していることに何ら戸惑う様子を見せないマリーは、次に衝撃的な一言を男たちに叩きつける。
「帰りたくなんかありません。嫌です!」
マリーはまた、声を圧し殺しながら泣き始めてしまった。
それから長針が一回りした頃。すっかり満腹になったマリーは、口直しのパンを頬張りながらデザートへと食を移そうとしていた。その場の全員はあれ以降口を開いていない。縄は手首の部分のみほどいてもらい、かなり自由な状態にある。
「……なあ嬢ちゃんよぉ、なんで帰りたくねぇんだ?」
口火を切ったのは座っている親分。鋭いドスの効いた声にマリーは肩を震わせる。ナイフを弄くりながら、こちらを鋭く見つめている。マリーは無言という形で答えた。赤く腫らした瞳で睨み返す。
「謝っただろぉ?」
「謝って済むなら、この世に警務隊なんてものはいらないんです」
「なんで帰りたくないんだい? その大荷物は家にかえるためじゃないのかい?」
先程から何かと世話をしてくれている下っ端の男がもう一度訊いてくる。少し考えてから、デザートを食べるために使っていたスプーンを置き、マリーは口を開く。
「私はほとんど家出状態のまま、ここに来たんです」
少しだけ赤く染まった服を両手で掴みながら、重苦しく始まった。
「家出?」
「だから、嫌なんです。本当は帰りたくないんです」
「なんでそんなことを……?」
「大事なものをお父様に奪われたんです」
あの日、学園の合格通知の届いた直後の大喧嘩。もともと既に口などは聞いていなかっただけに、その事も伝えていなかった。そのまま飛び出してしまったのだ。自分の、“元”ボディーガードのイクトと共に。
「私、馬鹿です。イクト君はもう関係ないのに手を思いきり引っ張っちゃって」
既にそれは会話としては成り立っていなかった。その時その場で起こったことを話す、ただの回想作業となっていた。
「不安だった毎日なのに、いつのまにか楽しくなってた。リュウ君とティナさんに助けられたときは一生忘れません。アル君の防御魔法に助けられた魔闘祭だって楽しかった」
だから、と。男達の方へ顔を向ける。また少し涙が浮かんでいた。
「私はあんな家には帰りたくない! ただのわがままだけど、嫌なものは嫌だから!」
男達も、そして自分でさえも驚くほどの声量だった。そしてそれに見合う覚悟だった。普通ならばこういう状況で帰りたくないなどと言うものではないのだが、この少女は違う。唖然とするのも無理はなかった。
「そうかい、でもな実は……」
親分の言葉は途切れる。そして続くことはなかった。あのマリーの決意が、はっきりと彼らには聞こえていた。
「ここだあああぁぁぁぁぁ!」
硬い扉を豪快に蹴破り、雄々しい炎が滑り込んできた。よく見知ったたくましい炎で、それは懐かしい優しさの炎だ。ズカズカと踏み込んでくるその炎の原因と後ろの三人は、皆目をかっと見開いていた。
「いたぞ、大丈夫かマリー!」
近づいてくる炎の原因ことリュウ・ブライト。薄暗い室内を照らしながら歩いてくる。青い瞳も、赤いふわふわボサボサのくせっ毛も、よくわかる。
「て、てめえ!」
「誰だてめえら!」
「どこの組だコラァ!」
男達三人がナイフを構えて立ち上がった。それに対しリュウは、腕を組んで男達を睨み付ける。荒々しい魔力が背中を燃やす。
「組だとぉ? 一年A組だコラァ!」
「「「その組じゃねえよ!」」」
男達はきれいに言葉を揃えた。なんだこいつらと宣うリュウに、誰も言葉は返さない。ただただ無言の間が続く。しかし二人の少年たちは的確に動いた。
【治癒】
【天空戦刃】
頼もしい男性陣が素早くマリーを救出する。頬の傷を治してくれるアルと、縄を風で切ってくれるイクト。顔を確認できたその時から、もう涙が止まらない。
「大丈夫ですか、マリー?」
縄を切り終えたイクトは優しく声を掛ける。刀も既に喚び出されているのが、更なる安心感を与える。一瞬にして変わったその場の空気が、マリーの涙につながるように揺らいでいく。
「イグドぐぅ~ん!」
思わず力強く抱きつき、イクトはバランスを崩してしまった。涙がなおも治まらない。そうやって服をグショグショにしてしまっているような気がしてもマリーには止められず、当のイクトも何も言わない。背中を優しく撫でてくれるのみだった。
「無事で何よりです」
優しさのみがマリーを支配していった。
「お前らぜってー許さねーかんなぁ」
よかったとマリー達を一瞥した後、魔力を高める。その後ろでは、直視することすら出来ぬ程に怒気を放っているティナが構えている。
回復魔法をかけ終えたアルは光の鎖を出し始めた。この街に住む者ならば、この三人を、リュウの喧嘩伝説を知らぬ者はいない。
怒らせるとどうなるかを、知らぬ者もいない。それは何を語らずとも突きつけられる絶対的なものであり、逃れられない運命じみた『恐怖』。すべては、二秒で片が付く。
「歯ァ食いしばれ」
『銀龍』に炎をフルチャージし、振りかぶる。光の鎖によって捕らえられた男達の頭上には、ティナの魔法武器であるフリルのついた傘が回っている。
「す、すいませんしたァ!」
「悪気はなかったんだ」
「ほんとに悪かったよ!」
「あのな~」
男達の命乞いに手を下ろしたリュウ。しかしニヤリと口角をあげたかと思えば、次の言葉が続いた。
「ごめんで済むなら警務隊なんていらねーんだ!」
「だめ!」
再び大きく振りかぶられたリュウの右手が男達に当たるよりも速く、その攻撃を止めさせたのは、他でもないマリーだった。
「は? 何言って……」
「その人達は悪くないの」
涙を拭いながらのことだった。赤く腫らしながらも強く見つめるその先には、決意のような何かがあるのかもしれない。リュウにはそう見えたし、そう聞こえた。
「依頼主は誰?」
異空間から喚び出した『メルキオール』の銃口を親分に向けながら、問い掛ける。しかしそこにはもう、答えが決まっているかのような落ち着きが多く入り込んでいた。ただの確認なのだ。
「依頼主?」
一切訳のわからないリュウはまるで頭の上にハテナマークでも浮かんでいるようだった。しかしそんなことは関係なしに、話は進んでいく。マリーにとっては、聞きたくないあの名前を聞くただの拷問だ。
「あんたの父親、ゼウン・レイジーだ」
親分はマリーから目を逸らしながら告げた。
「どういうことだよ、マリーを誘拐しろってマリーの父ちゃんが言ったのか?」
リュウの精一杯の頭脳でやっとたどり着いた答えを親分に投げ掛ける。親分は黙って頷いた。
「本当はもっと前から、失敗しちまったけどやろうとはしてたんだ」
「捕まったあいつら元気かなぁ」
「ばっきゃろ、元気に決まってんだろ」
下っ端の男ともう一人の男が思い出に浸っている。仲間思いのある、意外な一面だ。しかし、流れる言葉の中に気がかりもある。
「前にもだと?」
「そうさ。俺たちゃ、嬢ちゃん拐うってことで依頼を受けて実際手下にやらせたんだ。けどよ、変なガキにボコされちまったらしくてよ。おかげで報酬も下げられちまった」
「変なガキ? それ、もしかしてゴールデンパインウィークの時だったりしない?」
ティナが心当たり、男達に訊いた。男達の口から出た変なガキという言葉は嫌な予感しかしない。
「そうだよ。ったく、忘れもしねえ」
案の定合っていた。マリーも気づいたようで、小さく声を漏らし驚いていた。
ゴールデンパインウィークで休日だからとティナと二人で買い物に出たあの日。街中で絡まれたマリーを救ったのは、アイツだ。
「あー! お前らあん時のハゲ達の仲間か!」
記憶が正しければスキンヘッドの男もいたはずだ。親分はふんと鼻を鳴らし、不機嫌そうに睨み付ける。驚いた様子はあまりない。
「おめぇらだったのか! よくも仲間をブタ箱送りにしてくれたなァ!」
親分でも一番下っ端の男でもない男が騒ぐ。固く結ばれた光の鎖を無理矢理千切ろうとする。
「お前らがマリーにちょっかい出したからだろ」
「だからって、だからって」
リュウにしては正論だ。
「どちらにせよなぁ」
黙り込んでいた親分が口を開いた。途端に下っ端二人は静かになる。
「おめぇの父ちゃんに依頼されてんだ。おめぇの父ちゃんはあの二大貴族だろ? しょうがねぇじゃんかよ。それによ、こんなこと世間に知られてみろよ、大反乱さ」
話すほどにその口角は上がっていく。笑い声も混じってくる。それに対しリュウ達の顔は話が進んでいくごとに表情が険しくなってくる。
二大貴族レイジー家の現当主、ゼウン・レイジーがマフィアと繋がっているということが表に出れば、まず間違いなく混乱が起こる。その影響は五大国間でのイデア国の地位も傾けてしまうかもしれない。レイジー家が治める領地の人々にも勿論影響は出る。
それは少なくとも学生のリュウ達がどうこうできるような問題では無くなってしまっている。
「アンタ達ね──「いいんです!」
ティナが魔力を高めるが、マリーの小さな手のひらがそれを止めさせた。小さな震えはマリーらしい。
アッシュ程ではないにしても、他人と話をすることが得意ではないマリーが、手のひら一つでその場を制した。激昂した。
「仕方ないことだから、もういいよ」
「マリー……」
「ティナさん、ありがとう。でもこれは私の問題だから」
マリーは少し笑った。そんなものは、作り笑い以外の何物でもないというのに、ティナは言い返すことが出来なかった。
「嬢ちゃん取引しようや。今ここで俺達を放してくれたら、バラすことはしないぜ」
「てめー……」
またも親分が笑いながら語りかける。リュウが殴りかかりそうになったが、やはり目の前に出されたマリーの手によって制止せざるを得なくなった。マリーは全身を小さく震わせていた。
「勘違いのなさらぬよう。私は腐ってもレイジーの姓を持つものです。イデアでの国家権力はあなた方ならお分かりでしょう。従いなさい。あなた方を軍へと引き渡します」
それはマリーにとっては卑怯すぎる選択だった。銃で脅し権力で脅す。マリーの頭で考えうる最善の策であろうそれが、マリーにはただの恐怖だ。がちゃりと揺れた黄金の銃がそれでも勇ましく見えてしまった。
ティナにはそう見えてしまっている。“あの時”を見ていたイクトにも同様だった。
「私はお父様が大嫌いです。正直いなくなればいいと思います。私個人としてはバラしてくれたって一向に構いません」
「言ってることとやってることが違──ぐはっ」
空気を読むことができなかったリュウの一言をティナが物理的に止めた。
「“あの時”だってそう」
「マリー、あの時って?」
目に再び涙を溜め込んだマリー。どうしたら良いのかもわからないティナは、思わず訊いてしまった。エリックに聞いた初恋の相手が死んだということに関係があるのだと言うこと以外、ティナは何も知らない。
「教えてくれよマリー。俺達が何か力になれるかもしんねーしさ」
後頭部を痛そうに押さえながらリュウはティナの代わりにマリーに近づいていった。真っ赤な髪の毛とは正反対の青い瞳がマリーに真っ直ぐ向く。
「リュウ……」
イクトがそれを止めようと手を出す。
「イクトも何か知ってんだろ?」
「……僕は」
知りませんとは続かなかった。ゆっくりと手を下ろし俯いてしまう。
「いいよイクト君。……あれは、私がまだ十一歳の頃だったから四年前かな。その時、私のボディーガードとしてやってきたのが、イクト君だったの」
一呼吸おいて間をとるマリー。重苦しく口を開くが、今度ばかりはその震えも止まっている。




