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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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93 狭い部屋の乙女


「あ、リュウだ。お~い!」

「お、アッシュじゃんか。どした?」


 街中でふと見つけたリュウ。アッシュはようやく訪れた少しの安寧(あんねい)に駆け寄った。小さな紙袋を持っている辺り、昨日言っていたサンドイッチだなと、リュウは踏んだ。

 既に一日に数回は外へ出られるようになっていたことに今気付いた。人見知りスキルの高いアッシュの、小さな成長だった。


「僕ね、お昼に食べたやつまた買ったとこなんだ。リュウ達はどうしたの?」

「マリーを探しにな、お前見てねー?」

「見てないよ。マリー姉ぇどっか行っちゃったの?」

「ああ、ちょっとな」


 さすがに言葉を濁した。学園を休学して家に帰ったなどあまり言うものでない。何より理由が理由だ。


「ふ~ん」

「じゃあ俺達行くから、気をつけて帰れよ」

「うん、リュウ達こそ気をつけてね! 誘拐事件とかあったらしいし。ニダイさんが危篤だって言ってたから、それも大変みたいだよ」

「はあ? 誰だそれ」


 まったく心当たりのない不可解な単語にリュウは首をかしげる。その前の言葉、「誘拐」に反応はするがだからと言ってリュウに何がわかるわけでもない。


「ニダイさん、危篤。……誘拐事件」


 しかし、違和感を感じ取ったイクト。

 共通点の全く無い不可解な単語を、頭の中で整理する。例えそれが思い違いだとしても、少しずつ固まっていくその情報が見逃せない。


「アッシュ、その人は少女や女の子、女など言ってませんでしたか?」


 ふと気づきアッシュの顔の近くまでしゃがみ問うイクト。顔色が若干変化しているように、リュウは感じる。


「うーん、どうだろう。うん? うん、言ってた!相手は女だから楽勝だって。何だろうね楽勝って。何かのゲームかな?」


 得意気に胸を張ってアッシュは教えてくれた。しかしその言葉を聞いた瞬間、イクトは額に手をあてて深くため息をついた。

 不可解な単語を「誘拐」の二文字に結びつけ、ついに真相を導き出してしまった。


「今すぐこの辺りを探しましょう。マリーはその人に、いやそいつらに誘拐された可能性があります」

「はあ? なんじゃそりゃ」

「ニダイさんは、“二大”。危篤は“貴族”。そして誘拐。女だから楽勝。完全にマリーを狙っての反抗です」

「お、おお、気持ち悪いくらいスゲーなイクト……」


 既にイクトは魔力探知を開始していた。

 イクトが習得している高難度の探索術【魔力探知】。これは手練れの魔導師のみが会得できる高難度探知術だ。魔法ではなく、魔力の流れを感じ取る技術。イクトはそれすらも涼しい顔でこなす。


「僕先に帰ってるよ?」


 特に無関心のアッシュが、ダイちゃんと共に帰路についた。


 * * *


「おいおいおいおい、コイツこんな物まで持ってるぜ」

「うひゃあ、お宝じゃねえか!」


 一番最初に耳に届いたのは、太い振動を醸し出す男の声だった。

 マリーはその声で無理矢理目を覚ます。

 未だはっきりとしない意識の中で、今のこの状況の全てを理解することはできない。それでも最大限の努力をしてみることにする。今の声は、声達は男のものだろうと考える。人数は会話から考えて二人。

 続いてここは屋内であり、その中で椅子らしきものに座らせられていることがわかった。


(どうなってるんだろう……)


 さらに頭の覚醒が進んでくると、良いとは言えない現実を頭に叩きつけられる。腕を動かしてみようものの、ロープのような物で縛られているのだ。足を動かしてはみるも、やはり同じだということはまずわかった。

 どうしようもなくなった辺りで、マリーは目を開ける。薄暗い。小さな窓のみが灯り代わりの狭い部屋。アルティスの建物特有のレンガ造りだ。家具はない。


(うちのトイレよりは小さいか……)


 イデアでは標準的な大きさの部屋だ。別段狭くも広くもない。ただ、マリーの感覚に難があっただけだった。

 そこで頭がようやく覚醒してくる、どうやら口もテープで塞がれていることがわかった。両手両足はテープで、口もそれで塞がれては常人には身動きとれなくなってしまう。

 半ば諦めながら最後の手段として魔力を高めてみた。魔力が使えれば何とでもなるのだが、意外にも魔力は簡単に高めることが出来た。魔力を纏い身体を強化する【集中魔力纏しゅうちゅうまりょくてん】も容易い。

 自分でも驚くほど冷静に物事を考えられる上に、魔力も封じられていない。

 恐怖というのは無かった。

 むしろ問題なのは、襲いかかり始めてきたこの空腹感だ。頭が覚醒すればするほど、それは浮き彫りになってくる。冷静になるというのも考えものだなと冷静に考える。


「へへ、ちゃっちゃとずらかりましょうや」

「ばっきゃろ、お頭が来てねえ。それに引き渡し人もまだじゃねえか」

「もうよくないっすか? 俺今日限界発売のアンチョビカスタードパイ」

「んな悪趣味なもん何処で売ってんだよ」


 男達は呑気に笑いあっていた。


(アンチョビカスタードパイ……)


 そう、すっかり忘れていたのだがマリーはそれも買うものの一つとして候補に入れていたのだ。家に帰ることだけが頭にあったため、今の今まできれいに忘れていた。

 アンチョビの塩味をカスタードクリームの甘味が優しく包み込み、アンチョビ本来の芳醇な味わいをさらに引き立てると言う。アンチョビを百二十パーセント活かす最高の創作パイというのが売り文句。

 さながら海の神ポセイドンのような力強い味だという。

 そんなことを考えているものだから、マリーの腹の虫は元気よく鳴き出した。頭の中が幸せになっているが故に、鳴ってしまった。


「腹鳴ってるぜお前」

「俺じゃねえっすよ」

「ばっきゃろ、俺でもねえよ」

「……わ、私です」

「なんだ嬢ちゃんか」

「ホントだ兄貴じゃなかったや」

「ばっきゃろ、早く飯持ってこい」

「へーへー」


「「……って、ええー! 起きてるぅー!」」


 普段から練習でもしているのだろうかと考えさせるような息の合いようだった。赤く見開いた目を、同じように頬を赤く染めたマリーに向ける。

 誘拐犯と人質との間には奇妙な空気が漂った。自ずとそこには、嫌な間が開いてしまっていた。次に口火を切ったのは、人質の方であった。


「あ、あの、ご飯持ってきてくれるんですか?」


 マリーらしい厚かましい一言だった。


「あ、ああ。っていやいやいや、あんたそもそも人質じゃねえか。何俺達に飯持ってこさせようとしてんだよ。大人しくしてねえの痛い目にあうぞ」

「だって持ってきてくれるっていうから」

「確かに言ったけどな、それはほら、言葉のあやというか……」

「ずるいですよ、人を騙すなんて! 私食べられると思って嬉しかったのに! だからこうして大人しくしてるんじゃないですか!」


 食事に対した時のマリーの想いの強さは、とても計れるようなものではない。今どういう状況だろうと、これからどうなろうと、よもや関係ない。


「人を拐っておいて、食事の一つも出さないとは何事ですか! 誘拐犯の風上にも置けない人達ですよ!」


 まったくもう、と頬を膨らませたマリー。突っ込むことすらしない男達二人は、ただ単に唖然としている。


「お嬢ちゃんよぉ、立場ってもんを忘れてねえか?」


 その時、奥の入口からもう一人の男が入ってきた。

 体躯の大きいスキンヘッドの男。もしここが薄暗い場所でないならば、反射する光に目をやられている程度のそれ。だが、纏う空気はそう明るいものではない。むしろ真逆、どす黒いオーラだった。思わず以降の言葉をマリーは失う。


「嬢ちゃんは拐われた身なんだよ。ちょっち、うるせえなぁ」


 ゆっくりと近づいてきた男は、マリーの顎を持ち上げ自分の顔まで近づける。

 顎をなぞる指一本一本が気持ち悪い。近くでよく見れば、両耳のピアスや毛むくじゃらの指にはめられた指輪、終いには所々見えるタトゥーなど、厳ついもので満載だ。

 しかし、突然やって来た恐怖からか、どうしてもそれ以外は視界に入ってこない。


「いいねえその顔。子供の純粋な『恐怖』なんて中々見られるもんじゃねえよ」


 嫌らしく笑った。先程まで膨らませていた頬。そこに向かうように何かが見えたのはその時だった。


「……いっ!」


 その場所にはすぐに熱のようなものを感じた。手に持たれたナイフで、男はマリーの頬を切りつけていたのだ。


「お~っと、やっちまったぜ」


 薄い赤色の筋が入ってしまったマリーの顔を乱暴に離し、そのまま男は壁に寄りかかりながら座り込んだ。尚も嫌らしく耳障りな調子で笑っている。


「いや~、やべえやべえ、依頼主になんて言うかなぁ」


 悪びれるそぶりも焦る様子も見せずに、心にも無いことを誰にとも絞らず言う男。離れたことへの安堵よりも、重たくのし掛かるような悲しみと体を化石のように固めてしまう恐怖心の方が、断然多い。マリーは血の混じった涙で服を濡らす。


「な、なにしてんすか。無傷で渡すのが依頼だったでしょ!」


 先程までマリーが怒鳴り付けていた二人組の、若い方の男がハンカチを持って駆け寄った。見るからして一番下っ端の人間。それでも誘拐犯にしては優しい手際で、頬をおさえてくれる。


「すんません。親分頭イカれてるっすから」

「てめえ、何言ってんだコラ」

「女の子の顔に傷をつけるなんて、だめですよ親分」


 親分と呼ぶ男にそう言い放った男は、頬をおさえてくれる手を下げていない。恐怖の中に埋もれた小さな優しさも、ただ泣くことしかできないマリーにとってはあまり意味を成さない。


「し、食事、持ってくるから」


 頬をおさえる手をマリーのへと変えさせ、下っ端の男は奥へと走っていった。

 マリーはしかし、既にそんなことはどうでもよくなっていた。ただ絶対的な恐怖によって、食欲は消え失せていた。くだらない余裕さえ無くなった。

 魔法を使えるという優位な状況も、既に頭の隅にすらない。

 たった一度の接触が、マリーには衝撃的であった。薄暗い部屋に閉じ込められそういうことをされるという、まるでB級物語のような状況の悲惨さが、どうしてかマリーを小さく押し潰す。


(どうして私がこんな目に……)


 垂れる涙と、血が再び混じりあった。

 

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