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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
95/301

92 不安半分、期待半分


 刻は進み、誘拐事件勃発より一時間。

 マリーの外出はおろか彼女が誘拐されてしまったということさえ知らないアッシュと、彼の使い魔(予定)のタヌキことダイちゃんは、再び何度目かの散策にやってきていた。街の中央までやって来た目的は勿論、昼食の調達だ。


「おうアッシュ、今日の魚も活きがいいぜ!」

「うん、あ、ありがとう。……で、も、いいや……」

「あらアッシュ、この果物買ってかない?」

「ま、まままた、今度で……」


 周りからの呼び掛けを巧みにかわし、大通りを抜けていく。アッシュが気付いた頃には、既にこうして話しかけられるようになっていた。未だ小学生程度の能天気な記憶を辿ってみれば、それはあの発言が原因だったと後悔する。

 坊や見ない顔だね、とその時声をかけられた。このように商店が建ち並び、昼下がりで客引き合戦の起こっていたタイミング。どの店に入ろうかと見回していたために、目が合ってしまった。

 断ることも、躱すことも出来なかった。

 しかし一度怖じ気付いたものの、どうしても人見知りを直したかったアッシュは、勇気を振り絞って返事をしたのだ。


「えと、引っ越してきたんです、リュウのところに」


 おそらくはそのようなことを言ったのだ。アッシュは見知らぬ人を見たその緊張から、嘘をつくことが出来なかった。だからこそ、


「リ、リュウだって!?」


 意識が飛びそうになるくらいに大きく聞き返されてしまった。アッシュは手に持っていた財布を落とし、その音を聞き付けた他の店の店主までやって来てしまった。


「だったらほらこれ持ってきな!」

「ほらこれ、俺んとこの魚だ!」

「朝採れた野菜だよ、持ってきなさい!」


 気がつけば既にその時両手は塞がっていた。あまりの重さと、手渡しの速さと、何よりも集まってきた人達の多さに物怖じしていると、通りかかったお婆さんが新しい紙袋を渡してくれた。その中にもらった物を詰めながら、お婆さんの笑顔を見つめる。


「リュウの喧嘩伝説ってのがあるんさ。つい去年まで街中を大暴れしてたからねぇ。根は良いやつだから、いつも変な輩に絡まれたところを助けてくれてるんだ。この街でそういうのが少ないのは、【アルテミス】警務隊とあいつのお陰さ」


 アッシュは目を見開き驚いた。

 あの寝坊助でがさつなお馬鹿少年のリュウに、ここまでの人徳があったのだから目を丸くする。理由も喧嘩と来たものだから笑えてしまう。

 アッシュは人だらけになってしまった通りからすぐに逃げ出した。リュウのお陰だと言うことに少々の感謝はしたが、少し度が過ぎていると嘆く。まだ人見知りは治りそうもないとその日痛感した。

 そして現在、アッシュは魔のゾーンを越え無事安全に食材を買うことのできるエリアまでやってきた。

 ほんの数日しかこの街に住んでいないが、ここら辺の少し人通りが少なくなった場所は、美味しいサンドイッチを売っている店が多いと調査済みだ。


「あ、あの……昨日と同じやつください」


 店主の若いお姉さんの顔を見ずに、カウンターの上にお金を置く。その後直ぐにレジスターの音が鳴った。


「おや昨日の坊や。はいよ、二頭魚と山賊草のドレッシングサンドね。ありがとさん」


 快活な口調で渡された大きいサンドイッチを、アッシュは素早く貰う。昨日初めて食べた感動が、目の前に来たのだ。若いお姉さんが一人で作っているらしいそのサンドイッチに、アッシュは惚れた。

 風系魔晶石によって落ち着いたBGMが流れている雰囲気も、この綺麗なお姉さんも気に入っている。


「そうだ、最近この街のマフィアが荒れてるらしいから気をつけてね。軍もあるし平気だとは思うけど」


 アッシュが扉を開けようとした時、後ろからそう忠告された。


「リュウが前にぶちのめしたらしいんだけどね~」


 まさか話しかけられるとは思わず、アッシュはあわててその店を出た。心臓が猛烈に動いていた。


「おい急げよ、もう拉致ったらしいぜ」

「マジで誘拐なんてやっちまったのかよ」


 サンドイッチを買い終わり、角を曲がろうと思った矢先に聞こえてしまった。抑えなければ動きの止まらないダイちゃんと高ぶった気持ちを抑え、聞き耳を立てる。


「相手は二大貴族だぜ」

「はん! 俺たちゃそんだけすげえってことだぜ」

「おお、あんちゃんカッケー!」

「ほら、変なこと言ってねえで、さっさと行くぞ」

「アイアイサー」


 男二人組だった。誘拐などという非日常的な会話を聞いて内心ヒヤヒヤする。盗み聞きという行為の罪悪感も実は面白い。


「誘拐だって。怖いね~」

『キャン!』


 アッシュとダイちゃんは元気に戻って行った。


 * * *


 放課後、マリーの部屋へと四人は向かっていた。近づくにつれてリュウの顔は険しいものへと変わっていった。用事があると言っていたアルも、行きたくないと拒んだイクトも無理矢理連れて、部屋の前まで来る。

 男子は女子部屋のある階に上がってはいけないのだが、そんなことは最早彼らにはどうでもよかった。この一分一秒の方が圧倒的に大事だった。


「マリー!」


 インターホンを押し待つ。あまり騒ぐことは出来ないため、リュウお得意のインターホン連打攻撃も出来ない。寂しさだけが取り残される。

 しかし、いくら扉の前で待とうともマリーは出てこない。既に何者かの手によって拐われてしまっているが、それを知らないリュウ達は粘る。


「街に買い物でも行ってるのかな」


 現在時刻は日没までおよそ二時間といったところだ。夕飯の買い物をするにはベストな時間であるし、実際リュウはこの時間から目を光らせ始める。


「しかし、マリーは料理をしませんよ。ルームサービスで済ませることが大半ですし、何よりこんな時間に街へは降りません。居なければおかしいです」


 それはゴールデンパインウィークの時の出来事だ。一人で街に出ていたために、街のならず者達に絡まれてしまった。その時はリュウとティナが結果的に助けたが、それがなければどうなっていたかはわからない。

 しかし仮に、不思議な“買い物音痴”のマリーだとしても他に行き先は思い当たらない。長い間考え込むが、限界に行き詰まる。しかし意外にも無口なアルが久々に言葉を発する。


「自分の……家かも」


 一瞬の、間。


「それだ!」


 いの一番にリュウは飛び出していった。


「エリックの言葉通りなら、家に帰るのもわかる! 多分呼ばれたんじゃねーかな! とにかく、そんな感じだからあいつは休学届けまで出したんだ」


 次の日は学校があるが、単純で単細胞なリュウにそのようなことは関係ない。何日かかろうとも、マリーの元まで行ってしまう。


「絶対連れ戻す!」


 その言葉と共に誓うが、後ろから追い付いてきたティナが俯きながらリュウに返す。


「本当に行くの? 今更だけどこれはマリーの問題じゃない。私達には関係ないことよ」


 ティナは迷っていた。追いかけはするも先導して行く気にはならない。いつものティナのような明るさは感じられない。

 言いたくないから言わなかったことを、別の人物から聞いてしまったと言う罪悪感がそこにはあった。


「そりゃそうだけど、放っておけねーよ。確かにあいつがものすごくヤバイ事に巻き込まれてるとしても、休学なんて絶対だめだ。それに──」


 器用に走りながら後ろ向きになるリュウ。鋭く光る青い瞳には、既に決意しかなかった。


「──マリーは友達だ!」


 そうと決まれば速い。

 アルティスは大きな山々の間に位置しており、出入りをするためには南側の正門を通るしかない。そこの門番に聞けば、詳しいことは分からずとも、マリーの通行の有無はわかるだろうと考えた。

 直ぐに学園を飛び出し四人は街まで下りる。


「なあ、ブロンドの髪の毛でウェーブのかかったやつ見なかったか? 俺らとタメくらいの」

「おう見たぜ。門の方に歩いてったよ」


 宝石商のおじさんの指差す先にはアルティスの正門がある。リュウの顔さえあればこの街で情報が集まらないことはない。やはり、その方面に進んでいたことがわかった。


「そっか」

「なんだなんだ? 彼女か? くー、お前も隅におけねーなぁ」

「違うよ。じゃあな、サンキュー」


 おじさんの空回りした発言に場は凍りつく。ティナの目は据わっていた。


「強化してくぞ」


 リュウは足に魔力を集め強化していく。両足に施した後少ししゃがみ走る準備をする。人混みの真ん中でやったために注目の的となる。


「駄目だ。人が多すぎてぶつかるぞ」


 そう言いリュウの前に立ちはだかったのは、幼さの残る顔で睨むアルだった。


「ああ? 早くしねーと間に合わねーだろ!」


 意外にも、ここ数日避けるようにしていたアルがリュウに噛みついた。【メガイラ】が攻め込んできたあの日から狂ってしまった友情関係が、その衝突の火種を作っている。

 日頃のストレスも溜まっていたリュウは、それに真っ向からぶつかる。一触即発、危機一発だ。


「人が多い」


 本来無口な性格が故に、単語をただ繋げるだけ。表情も変わらない。


「じゃあ、マリーをこのまますんなり家に帰せって言うのかよ」

「強化は迷惑」


 アルティスの大通りのど真ん中、露店が多く並ぶ商業エリア、人が大勢集まるそこで言い合いを始めてしまった二人。ティナは慌てて止めようとするが入る隙がない。イクトに至っては呆れ返っていた。


「俺なら避けられる」

「冗談は頭だけにしろ」

「てめー言ったな! アルだって魔法実技悪いじゃんか」

「リュウより良い」

「なら、あれだ……魔法史!」

「だから、冗談は頭だけにしろ」

「ぬあああ、ああ言えばこう言う! 」


 本当に迷惑だ、と。

 辺りを通りかかる人はすべてこちらを見てくる。元気ねえとつぶやく通行人たちの目が全て突き刺さってくる。一番にしびれを切らしたのは、他でもないティナだった。


「うるっさい! さっさと進みなさいよバカ二人!」


 周りのすべての動きが強制的に止まってしまうような怒号。怒気のみをたっぷり孕ませたティナの顔を、もう二人は直視出来ない。“行け”と纏うオーラが語っている。


「まったく」


 ティナはとぼとぼと歩き出した二人を見ながら虚空に言い放つ。呆れていたイクトもリュウ達を追いかけるように歩いていった。


「あの二人、話すようになりましたね」


 通り際のイクトのその言葉が、ティナの胸中をくすぐる。少し早歩きになった今でも二人は小競り合いをしている。それでも、そうして何度もつつき合いをする方があの二人らしいと気持ちは晴れていく。


「……とりあえずは、一歩進んだかな」


 走り出した男三人をティナは追い掛ける。その瞳は、不安半分、期待半分。

 

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