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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第八章【レイジー】
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90 お馬鹿王国の王子さま


 翌日もマリーは休んだ。これ以上は不自然だと思ったリュウは、持ち前の行動力を発揮させて担任であるフェルマの所へ向かった。ティナの制止はあまり効果がなかった。


「で、なんでマリー来ねーんだよ」


 放課後、フェルマのデスクをばんと叩き、職員室にどでかい音を響かせる。乱雑に物が置いてあるフェルマのデスクはさらに乱れ、床に溢れる。周りの教師達が一斉に注目した。


「風邪だとさ」

「んなわけねーだろ! いつも元気じゃんか!」

「風邪を知らないお前を基準にすんな」

「そのくらい知ってる!」

「例えだ、バカ」


 軽くあしらわれるだけで話が進まない。後ろに立っているティナも確かに知らないわねと納得してしまったために、これ以上問い詰めるのは無駄だった。


「もういい、自分で行く!」


 ふんと鼻を鳴らし、リュウは出ていった。


「だから無駄だって言ったのに」

「教えてくれたっていいのによ、あのクソ野郎」

「きっとね、何か理由があるのよ」


 ティナは歩調を早める。早くマリーに会いたかった。気づけば二人はマリーの部屋の前まで来てしまっていた。


「おーい、マリー」


 インターホンなど関せずドアを叩く。女子の階に男子生徒がいるというだけで迷惑だが、騒音もまた迷惑だ。


「出ねーし」


 マリーからの応答はこの日も無かった。本当に部屋にいるのかどうかはリュウ達に把握できない。本当の本当に風邪を引いていて、動けないということも考えられるが、それならば尚更部屋に上がらせてもらいたかった。


「よし、ぶっ壊すか」

「いやいやいや駄目だってば。あんたじゃ停学よ」


 恐ろしい事を宣ったリュウを引かせ、ティナが代わる。インターホンは押さない。


「マリー、どうしちゃったのー? 大丈夫?」


 すぐに静寂に包まれた。


「何か悩んでることがあったらいつでも言ってね!」


 帰ろ、とティナが先に折れた。


「──ってことなんだけど、お前何かわからねー?」


 リュウは大きめの鍋で昨日作っておいたカレーを温め直しながら、隣で手伝いをするアッシュに聞く。


「なんで僕に聞くのさ」

「マリーが心配じゃないのかよ」


 アッシュはお米を磨ぎ終え釜を炊飯器に移し、炊飯のスイッチを押す。もうお腹はペコペコなので、モードは早炊きだ。


「う~ん、それってさ、エリックって人に聞いてみれば? その人がゴニョゴニョ言った時なんでしょ、マリー姉ぇが休み始めたのは」


 今度はダイちゃん用のお皿に水を入れながら、何の気なしに言った。そんなわけねーだろと小突かれるのが落ちだと思ったが、


「それだ!」

「え」


 帰ってきたのは、強めの張り手。同意こそしたが威力は想像していなかった。紅葉ができたことくらい見なくてもわかるほどだった。


「エリックならぜってーなんか知ってるよ! なんで今まで気づかなかったんだろ!」


 リュウは器用にカレーをかき混ぜながらアッシュの頭を撫でくりまわす。髪の毛が入らないように、器用に離してからのそれだった。


(本当になんで誰も気がつかなかったんだろう)


 アッシュはカレーを口に運びながら呆れる。


「あー少しスッキリしてきた。んじゃ、ここいらでやりますか!」

「え? 何を?」


 見てろよと隣の部屋へ移動する。扉などは無く、入り口と薄い壁のみで区切られた小さめの部屋には、リュウの私物は一切無い。アッシュとリュウの部屋、それに加えてリビングとキッチンに風呂とトイレを付けても、さらに余っている部屋だ。完全に風景と化していたその部屋がようやく活かされる。


「出てくれよ……」


 自身の血を入れた小瓶の蓋を開ける。コルクの軽い音が響き、赤い血が掌に乗る。


「カルデア!」


 光輝く魔法陣と共に、リュウの呼び掛けに応えた銀狼が姿を現した。名をカルデア。リュウの使い魔だ。

 光をきらびやかに反射させる銀の毛と、その中に散りばめられたオレンジの指し色が耽美な狼が、ゆっくりと舞い降りる。

 学園内ならば特別な許可を取らなくても使い魔を喚ぶことができるため、リュウはつい喚んでしまった。周りの者達とは違い、契約を果たせた優越感が胸の契約印をくすぐった。


「やった、出てくれた!」


 伏せた状態で目を瞑っているカルデア。機嫌はよろしくないようで、見向きもしない。


「なあなあ、一緒に飯食おうぜ! カレーは嫌いじゃねーだろ?」


 この為にわざわざカレーを作ったのだ。是非とも仲良くなりたかった。アッシュとダイちゃんがソファーの上から見守る中、カルデアは目を少し開ける。


『それが私を喚んだ理由か、人間』


 魔力を纏い凄みが増す。銀の毛の所々のオレンジが強く輝いていく。それは敵意だ。


「人間じゃなくてリュウ。腹減ってないのカルデア?」

『ワタシの名を軽々しく呼ぶなよ、人間』

「意地っ張りだな~。仲良くしようぜ!」


 怒っていることに気づいているのかいないのか。アッシュは見ていてヒヤヒヤしてくる。いつこの部屋を燃やし尽くすかわからないほど、カルデアは怒っている。


『勘違いするなよ人間。私はアルティスの命令でお前の使い魔になっているだけだ。お前と仲良くする義理もなければ、飯を食う意味もない』


 そう言うとカルデアはふんと鼻を鳴らして消えてしまった。元いた場所に戻っていったのだ。


「ど、ドンマイ」

『キャン……』


 アッシュもダイちゃんも、うなだれるリュウにはそう声を掛ける他できなかった。


「くっそー! 全然心開いてくんねー!」


 リュウは地面に寝そべり次の方法を考え始めてしまった。落ち込んでいたと思ったが、リュウの性格はそんな安っぽくはない。安心したような呆れたような複雑な気分になったアッシュは、戻ってカレーを食べ始めた。


「やっぱタマネギはあった方が好きだなぁ」


 * * *


 翌日昼休み、リュウは剣呑な眼差しで通り過ぎる全てのものを威嚇しながら食堂へと向かっていた。後から着いていくティナが、一人一人に謝らなければならない。


「どこだエリック!」


 探す人物はただ一人。カルデアにも似た銀色の髪の毛に眼鏡、性格の悪そうな顔のその青年を探す。


「えっと、あのさリュウ?」

「あん?」


 大層不機嫌なリュウの後ろから、控え気味にティナが話しかける。目を合わせようとはしない。


「エリックってさ、二大貴族のベルナルド家じゃん?」

「だったな」

「英才教育とか受けてるじゃん?」

「だからなんだよ、早く言えよ」

「と、登校義務が無いじゃん? だからさ……」


 獰猛な獣のような目でティナを見つめる。迫力だけなら誰にも負けてはいないだろう。


「来てないんじゃ……ないかな~」


 眉間にシワを寄せ、眼光を一層強めたリュウ。


「あんのクソ貴族め」


 それでも来てしまった。昼休みを仕方なく食堂で過ごすことに決めたのだ。イクトもマリーもアルもいない。

 それは、ティナにとっては実は好都合なのかもしれない。そんな複雑な気持ちのまま、既に二十分が経過した。

 リュウの目はまだアレだ。気持ちが収まらないリュウは頼んだラーメンとオムライスとステーキを平らげた。やけ食いを続ける今もなお、その目の鋭さは引っ込まない。よく食べるねなんて、声はかける。ある意味、思い出に残りそうなデートとなった。


「……あっ」


 ふと目を逸らしたティナが見たのは銀色の髪の毛。リュウの使い魔であるカルデアにも似ているようで似ていない銀色。眼鏡がよく似合う憎たらしい顔。

 エリック・ベルナルドを見つけてしまったのだ。

 早くこの状況から解放されたい、でもリュウともう少し二人でいたい、リュウが見つけてしまったら大騒ぎになる。あらゆるアクシデントが頭で混じりあう。

 既にティナの頭の中のシミュレーションで、この場から七回は逃げ出した辺りで、リュウもエリックを見つけてしまった。


「げっぷ、見つけた」


 ナフキンで口を拭き、優雅に食後の紅茶を啜りながら本を読んでいるエリックの元へ駆け寄る。お腹が重たくスピードは出ないが、気持ちは負けてない。


「エリック!」


 耳がキンと痛むような怒声に顔を歪めるエリック。

 その後、苦笑いを浮かべるティナの方を見たエリックは、さらに苦悶に満ちた顔を浮かべていた。思わずティナは手を合わせ謝る。


「おら、返事しろクソ貴族! 聞こえねーのか、コラ!」

「君みたいな愚民の声を聞くことで、僕に何か得になるような事でもあるのかい?」

「ああ?」

「馬鹿という文字以外似合わない君の言葉は、「ば」と「か」でしか構成されていない。僕ら人間とはそもそもの作りが違うのだ。わかったなら、今すぐお馬鹿王国へ帰りたまえ、オウジサマ」


 リュウの方を見ずにエリックは早口で告げる。怒りから震えてくるが、今殴りかかる訳にはいかない。何故ならリュウには目的があるから。


「テメェ……」

「どうした、ここにいては君は人間になってしまうぞ? 早く元来た道を戻るんだ」


 拳を握りしめ俯く。だが既に、我慢の限界であったために、それはすぐに振り抜かれる。エリックの瞳も、それと同時に鋭くなる。


「はーいそこまで」


 リュウの右拳をティナは受け止め、エリックが反撃にと動かした左手もそっと手を添えることで抑えた。


(ティナ・ローズ……)


 動きを読みにくいベルナルド家の武術を抑えられたエリックは、仕方なく本を読み直し始める。


「リュウも落ち着いて。あんたが先に手を出してどうすんの」

「だってよ……」

「だってじゃないでしょ。ぶっ飛ばすわよ」


 近くの椅子に座らせ威圧する。途端に恐怖におののいたリュウは小さくなった。


「さて、ちょうどいいし聞いてもいい?」


 本を読んでいるエリックに、ティナが聞く。エリックは無言だ。


「この前のあの夜、マリーに何を言ったの? あの次の日から授業に出てないの」


 パタンと本を閉じため息を一つ。


「君たちには関係ないことだ。それに学校に来ないから何だと言うんだ。僕には何ら不自然なことではない」

「そう言えば何で今日はいるの? あんた登校義務ないじゃん」

「あんたではない、エリックだ愚民め。学園くらい来て当然だ」

「ふ~ん、可愛い矛盾ね。で、エリックはマリーに何を言ったの?」


 またも話が戻った。後ろで萎れているリュウもその言葉には反応した。


「はやく言って」

「全く、君たち愚民は人への物の頼み方すら習わないのかい?」

「早く言いなさいよイヤメガネ」


 ティナの圧力が一層増す。このまま何を言ったところで逃げられる自信が、エリックには無くなった。


「はあ、全く」


 紅茶を啜りながら一旦間をとる。ティナ達のせいでざわついていた食堂も、だんだんと落ち着きを見せ始めた。


「あの《落ちこぼれ》の初恋の相手が死んだ。それだけさ」


 授業の予鈴が鳴り響いた。それでも言葉ははっきりと耳に入り込んだ。

 

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