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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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幕間 「紅髪の姫」



 “その日”から20年。この世界は救われた。



 目を休め癒してくれる花々はこれ見よがしに咲き誇る。十二分に幸せで世界が幸せを過多としてもなお、この世界は救われているのだから止まらない。

 暗黒に包まれた災厄も、誇りを踏みにじる独裁も、この世界には存在しない。

 たった一人の英雄が全てを懸けて掴み取ったのだから、それは必然でありでなければ存在意義は無い。

 そして季節は、巡り巡った春。


「パパ、そのはなしほんとー?」


 ベッドに横たわり手足をばたつかせながら、少女はその場その時間に見合わない程の大きな声をあげる。しかし歳が二桁にも行っていないその少女には、常識など通用しない。

 紅く、見目麗しい長い髪。山吹色のくるりとした瞳に輝きを溢れんばかりに溜め込み、幼い顔つきをくしゃりと笑わせる。部屋をほんのり照らすオレンジ色のライトに照された紅髪が、暴れた拍子に舞い上がる。


「本当だよ」


 そう、やさしく語り掛ける男。いつものように優しい微笑み。真夜中のこの時間にも太陽が出てしまったと思わせるような慈悲に包まれ、少女は笑顔を返す。

 彼は少女の父親であり、少女は彼の娘である。長き祈りによって結ばれた二人にとっての奇跡なのだ。寝る前には必ずこうして父親に物語を聞かせてもらう。今までは家に沢山ある絵本のうちの一冊だった。しかし今日だけは違っていた。「20年」と一言口にしたかと思えば、彼は頭の中に大切にしまってあった物語を開いたのだ。

 少女の疑り深い瞳を覗き込み、優しく笑い返す。少女はたちまち幸せな気分に変化する。


「“姫”、ご信用なさらぬおつもりですかな?」


 いたずらな笑顔を浮かべて言った言葉に、紅髪の“姫”と呼ばれた少女がにこりと笑った。それは皆から“姫”と呼ばれることに喜びを感じていたと相談したことが理由だ。嬉しいと言ったことを再びしてくれる計らいだが、率直なそれはやはり嬉しい。


「もう、そうやってすぐパパはからかうのね! やだわもう」


 また頭を枕の上で揺らした。綺麗な長い紅髪も、揺れに揺れている。母親に似た口調になってしまった“姫”に、男は再度苦笑いを浮かべる。


「でもね、じいやにはなしてもね、ちがうっていってね、それでね、でもね、だからね」


 落ち着け、と頭を撫でてやる。シャンプーの花の香りが少し広がり、“姫”は機関銃のような話をやめた。


「だとしたら“姫”は嘘だと思うかい?」


 頭を撫でながら聞く。しかし、難しかったようで、えーと発した以来黙ってしまった。時々唸る。


「わからない。だって、みてないもん」


 紡ぎだしたのは答えというより、感想だった。


「もし君が彼らに会えるとしたら、どんな言葉を掛けてあげたい?」

「かっこいいよ! とか、ありがとう! とか」

「そうだね、きっと皆とても喜ぶよ」


 少女はばんと体を起こしてしまった。寝付かせようとその話をしたというのに、むしろそれは逆効果であった。


「でもね、いちばんはね、だいじょうぶだよってあたまポンポンしてあげたい」


 誰か一人でも。

 少女の考えと同じように想う者が居てくれれば、それは変わっていたかもしれない。結果として不幸になるものがいたとしても、この世界が滅んだとしても、救いはあったはずだから。


「最初は気取っていただけだけどついには《英雄》になれた。この世界を救い、愛する人も守りきった。だけど、こんなものは決して英雄譚(えいゆうたん)なんかじゃないんだ」


 “姫”は首をかしげてしまった。おやすみと、一言声をかけて男は立ち上がる。可愛らしい返事を聞き届けてから、ゆっくりと部屋を後にする。

 

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