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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二章【ゴールデンパインウィーク】
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8 リュウの実力


「確かにリュウは魔法が苦手だよ。絶対あの四人組のほうが何倍も上手い」

「じゃあ……」

「けど大丈夫。見てて」


 ここは魔法の世界、魔法の国。英雄が救ったとして語られる世界であり魔法に満ち満ちた世界である。魔法が日常的に使われ、それの使い方で強さが決まるこの世界。

 明らかに矛盾しているティナの言葉に、首をかしげながらもマリーは前を見つめる。睨み合うリュウと男達の姿がある。リュウの背中は気合に満ち溢れており、根拠も何も無いというのに大きく見えた。そして、先に目線を外したのは男達だった。


風切り鳥(フェザーコード)


 一人の男がリュウに向けて風の中級魔法を繰り出した。速さを追求した詠唱破棄に予備動作は無い。吹き荒れるように可視化された緑色の魔力が、鳥の形を成してリュウに襲いかかる。既に目の前まで迫っていた。


「あ、やべ」


 リュウは躱したが、後ろにはティナとマリーがいた。


「ちょっと!」

突発水簾アクア・フォールダウン


 ティナは上から水を叩き落とした。頭上に魔法陣を展開し、流れ落ちる水の勢いで攻撃を無効化する防御魔法であるがそれは下級魔法。

 中級魔法である【風切り鳥(フェザーコード)】と比べると徐々に込められた魔力の差と、熟練度の差が出始める。


「おいおい、大丈夫かぁ?」


 円を成して取り囲む野次馬達にわざと聞こえるように言い放つ男は、嫌らしく笑い声まで轟かせさらに魔力を込めてきた。


「“雷よ、舞い散れ”!」

雷撃(サンダー)


 単純な力比べでは分が悪い。マリーは直接魔法の発動主へと雷を飛ばした。完全詠唱の下級魔法は速さが売りだ。小さいながらも、その雷は油断していた男達には目眩ましとして充分に効果を発揮する。

 唐突の出来事に、男達は発動中の魔法を消して躱すことしか出来なかった。


「ちょっと一人で何とかするんじゃなかったの!?」

「いや~そのつもりだったんだけどあの魔法が速くて」

「あんたねえ……」

「調子に乗ってんじゃねえ!」


 余所見をしたリュウの隙を突いて男の一人が走ってきた。右手に魔力を集め一撃を強化しているつもりなのか、意識がそちらに流れて動きが遅い。全属性の中でも比較的速い分類である風属性の魔法を躱すリュウにとって、男一人が殴りかかってきた程度に動じない。


「おっさん、当たらなきゃ意味ねーよ」


 すっと後ろに回り込み足払いをする。破壊力の増した右手はその時地面を少々抉れたが、文字通り当たらなければ意味はない。


「おやすみ!」


 快活な掛け声と共に男の意識を刈り取った。

 次に、両手に装着した鉄の爪を擦り合わせながら見つめてくる男が見えた。案の定爪を下に構えた体勢を低くしながら走ってきた。素早さは先程の男よりも格上なようで、リュウの目の前にやって来れるほどだった。


「へっ!」


 引っ掻くように爪を上げる。初撃をリュウに躱されたが二撃目も残っている。今度は突き刺すようにリュウの顔面を狙った。


「何ッ!?」


 その手が掴まれ、その手から投げ飛ばされる。とても少年が投げ飛ばせるような体格ではないのだが、リュウの顔面には爪は刺さらず逆に投げ飛ばされている。事実を受け入れはするが、男は驚愕していた。


「おめえ、強化魔法くれえは使えんのか」

「あったり前だろ。そこまで苦手じゃねーよ」

「はい盛った。あんたそれギリギリ出来るレベルでしょ」


 見栄を張ったリュウにティナが噛み付く。

 魔法とは内にある魔力を体外に具現化させることを言うのだが、厳密に言えば魔力を用いた行為ならば魔法と呼ぶことの方が多い。それはこのような例外である【強化魔法】が存在するからだ。

 体外に秘められた魔力を体外に出し、表面をコーティングするように纏わせるその強化魔法を【集中魔力纏しゅうちゅうまりょくてん】。広く知れ渡る強化魔法なだけでなく攻防面で便利な魔法であり、戦闘時はこの魔法が必須なほどだ。

 たとえ下級魔法でも喰らえば大きくダメージを受けてしまう。体が受ける前に纏った魔力に当たるため、結果として威力を抑えられる。熟練の魔導師ともなれば【集中魔力纏】のみで魔法を防ぐことも可能である。


「ナメやがって!」


 両手の爪に【集中魔力纏】を施して刃をより鋭くする。たった一人の、それも魔法が苦手でからかわれてしまうような少年の相手が、ここまで苦労するものだと認めたくはなかった。男のプライドをズタズタに傷つけたリュウはへらへらと笑っていた。

 怒りに任せて爪をとことん振り回すがリュウには一ミリたりとも当たらない。体力は削られ、爪の重さで腕が吊り始めた。


「ふったりめ!」


 リュウはその男もダウンさせ、続いて向かってくる槍を構えた男に向かった。

 柄の長さがおよそ二メートル、刃の部分は三十センチも無い程度。長い間合いと攻防一体の型が最大の武器であり、丸腰のリュウにとっては不利な相手。だからこそ男は油断していた。圧倒的に有利な立場に立ったものがこうして油断しているとき、それこそが最大の隙となる。

 真正面から近づくリュウに男は槍を薙ぐという形で応戦した。横に一閃するように槍を振り、三日月の形の残像が残った。

 リュウは上体を後ろに仰け反らせることで躱し、さらに走っていた時の慣性が働き、そのまま男の懐まで滑り込む。腹筋にぐっと力をこめて起き上がれば、顔と顔との距離が数十センチ。


「な、なに?」

「どっこいしょー!」


 顎から殴られ宙を舞う男。


「凄い……」


 魔法を巧みに使いこなす大の男三人をのして見せたリュウ。見ていたマリーは思わず感嘆の声を溢していた。


「あいつはね何年も前からこの街で喧嘩ばっかりしてたのよ。魔法は苦手だけど誰かのために戦うとき、あいつはとことん強くなる」


 ティナがその光景を最初に見たのは中学に上がってからだった。当時からその伝説は悪評となって耳に入っていたが、それがどういうものなのかを知ったのはさらにその後だった。


「まあ、あんなのより私の方が強いんだけどね」

「何でそこで張り合うんだよ。めっちゃクールに決めてんだからそこは譲れよ」

「嫌よ、そこのところははっきりと……」


 ティナが途中で話をやめた。最後の四人目、剣を構えた男が走ってきたのが見えたからだ。そしてその男の力の片鱗を感じ取ってしまったからだ。


「手でも貸してあげましょうか?」


 先の三人とは比べ物になら無いほどの実力者。四人の纏め役を担えるだけの実力と、頭のキレを持っているようなもの。リュウはされども首を横に振る。


「余裕だぜ!」


 どうにも緊張感が足りないリュウ。気分の高揚を隠しきれずに走り出し、男と対峙する。

 残撃はとても鋭いもので空を斬る音はよく響くほどだった。銀色の刃が踊るように上下左右を斬り回り、リュウの攻め手と逃げ手を奪っていく。

 そしてとうとう服の脇腹部分を斬られてしまった。体自体にダメージはないものの、リュウの服はまだ買ったばかりの新品だ。それに加えて、お気に入り候補のひとつでもあった。


「俺の服……」


 怒りが込み上げてきた。斬った男にもだが、少し油断をしていた自分自身に。


「泣かす」


 頭の悪さを滲ませる。語彙力の乏しさから導き出された結論は幼稚園生並の答え。


「嬢ちゃんが素直に来てくれりゃあ、痛い目見ずにすんだのになあ!」


 剣を持った男はさらに魔力を高める。するとたちまち剣には炎が宿り、燃え盛る紅蓮の剣へと姿を変えた。

 一メートル程にまで伸びた炎は、昼間の街でも目立つほどに輝き、燃えるという単語の象徴とも言えるほどの存在感を醸し出している。


「あれ『魔法武器』だったのね」


 魔晶石の込められた道具を『魔法武器』と呼ぶ。武器と名が付くが道具全般を呼ぶため必ずしも武器となるとは限らない。しかし男が持つのは炎を纏いし剣。


「お前が悪いんだぜ? 変なことしなけりゃ命だけは助けてやったのによぉ」


 男は声を荒げリュウに向かう。筋肉質なその体型からは想像できないスピードで一気に距離を詰めると剣を上段に構えた。


「駄目!」


 ティナの、今まで発していた声とは全く別の、緊急性の高い声が街に響く。

 

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