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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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85 時の支配者


「オラァッ!」


 勇ましく燃える炎はやはり固い鱗を貫くことが出来ない。なぎ倒される木々よりも柔らかいリュウ達に為す術はない。


『ギャオオオオオオオ!』


 大した知能も持たないはずのドラゴン二体は、連携した動きを見せてくる。それはまるで操り人形のようだった。


「ぐっ」


 フェルマの防御魔法を容易く砕き、ダメージは蓄積される。

 ティナとマリーのことも気がかりなリュウはまともな攻撃も出来ない。体格差の隙をついて小回りの効いた攻撃に変えたが、相手をしていない片方のドラゴンに必ず阻まれてしまう。


(んでだよ、くそ)


 力不足のリュウの魔法。ドラゴンに通用する魔法は既に尽きた。口から垂れた血を拭いながら考える。

 リュウが使える魔法は片手で数えられるほど。そのどれもが効かなかった。


「はあ……」


 どこに向けるでもない溜め息。その時には既に、二体のドラゴンは攻撃動作に移っていた。


「ぐっ……!」


 なんとか一撃目を交わしたものの、二体目の腕は回避できそうにない。真正面から来るドラゴンの腕に貫かれる未来が見える。


「リュウ!」


 フェルマが後ろで名を呼ぶが、既に戦えるほどの体力はない。諦めかけたその時だった。


「時空間操作補助魔法武器『大時計』解放」


 声変わりの欠片もない声。それはアッシュだ。


時間遅延(スロウ)


 魔法武器を解放した直後に発動されたのは魔法だった。赤褐色の髪を揺らすほどの魔力によって解放されたのは半径三メートルほどのドームだった。一見すればそれは半円状で全方向を覆う防御魔法。

 しかし何かが違っている。

 内部には魔力が高密度で充満し、光輝く懐中時計も少し霞むほどだ。そして防御魔法ではないそれにドラゴンの腕が迫ってきていた。


「ぬあっ!」


 アッシュのドームを全く無視して迫り来る腕に、目を覆った。しかし何故か、それから数秒の時が経っても腕は来ていない。


「ありゃ?」


 恐る恐る目を開けると、目の前にはゴツい腕。鱗の模様や脈打つ血管などが綺麗に見えるほど、その腕は“止まっていた”。その横にはニコニコしたアッシュと、呆気にとられているフェルマの姿がある。


「この中では僕が時の支配者なんだ。止めることは出来ないけど、指定したものの時間の流れを極端に遅くすることが出来るよ」


 アッシュはそう言いながら、ゆっくりゆっくり動いているドラゴンの腕をぺちぺちと触る。言われた通り見てみればその腕がゆっくり迫ってきていることがわかった。


「お、お前がやったのか?」

「うん。僕は時魔法がまだあまり使えない。昔貰ったこの時計を解放してからじゃないと発動できないんだ」


 時空間操作補助魔法武器『大時計』。アッシュの首から下がる懐中時計は魔法武器だった。


「まずは一旦離れよう。ゆっくりだけど、あと三分もすればそこに攻撃来てリュウ死んじゃうから」


 アッシュはリュウの腕を引っ張って走り出す。後ろからフェルマも着いてきた。しかし簡単に順応し、のんびり歩いていたフェルマの横に巨大な腕が猛スピードで伸びてきた。途端に砂煙が巻き上がった。


「うおっ、急に速くなったじゃねえか!」


 時の流れが遅くなっているはずなのに、素早い攻撃が横切った。


「あ、あの。時計を中心に、ドドドームを作って……ます。だから、僕ががが、移動すると、ドームも、うう動く、んだす!」


 アッシュを軸にドームは展開しているということ。ドームから抜けた腕は、そうして元の時間に戻ったということだ。人見知り故にリュウの後ろに隠れたアッシュは、これでも必死に説明していた。


「来るぞ」


 リュウは、ドラゴンの行動に注意の目を向けていた。やはり、二体とも攻撃してくる。


時間遅延(スロウ)


 踏みつけまいと二体の足が迫った。時の流れは遅くなり、リュウ達は逃れられたもののその威力は絶大である。


「危ないから、前に出過ぎんなよ!」

魔炎球(フレイム・スフィア)


 牽制しつつ額の方へ上がっていくリュウだが、一足先にドラゴンの口が開いた。額の赤い石が光り、そしてドラゴンは炎を吹き出した。


「あちっ!」


 炎に耐性のあるリュウだが、それでも熱さは感じる。完全に不意を突かれた。


「へっ、効かないぜ」


 油断したのはほんの少し。すぐに立て直す。しかし、そこで気がついた。自分の後ろにいるあの二人を。


時間遅延(スロウ)

瞬盾(プロテクション)


 直後魔法が展開されていた。


「やっべ!」


 広範囲に放たれた炎は後ろのアッシュとフェルマを攻撃していた。間一髪のところで防御の体勢は取れたが、アッシュの魔法は時の流れを遅くするもの。時を止めることが出来ない以上動きは止まらず、威力も変わらない。フェルマの防御魔法で防ぐことが出来ない以上、タイムリミットが伸びただけだった。


「大丈夫か!」


 他に対抗手段のないフェルマとアッシュには、聞くまでもなかった。


「待ってろよ!」

魔炎球(フレイム・スフィア)


 炎が来ている中心部分に炎球を放つ。炎を押し返そうにも、リュウの炎は力不足。気をそちらに取られている頃には二体の強烈な蹴りが目の前に迫っていた。


「やめっ──」


 培ってきたものは全て壊され、その場の全員が後方へ突き飛ばされた。周りに倒れる炭となった木もろとも、ドラゴンの蹴りは薙ぎ倒した。


「いって……」


 反射的に最大限に強化魔法を身体に施したリュウは、自身の元々の頑強さもあり無事だった。


「フェルマ、アッシュ!」


 思い出したように目を開き名を呼ぶが、目にした光景は予想だにしなかったものだった。

 ドラゴンの打撃で抉れた地面が地割れを起こし、周りの木は薙ぎ倒されて辺りは更地になっている。不安定な足場しか残っておらず、そこらでさえも燃え残った木屑によって焦土と化してしまった。黒煙は飛ぶ鳥をも落とし、火の手はさらに広がっていく。


「げほっげほっ」


 ばんと、小さな手が炭の山から出てきた。その少し後に赤褐色の髪を黒く染めたアッシュが出てきた。激しく咳き込んではいるものの、自力で立ち上がる。


「大丈夫かアッシュ」

「げほっげほっ。僕は平気……だけど……」


 アッシュは顔の煤を落としながら下に視線を移す。


「ってて」


 アッシュの下には、フェルマの姿があった。少しの流血こそあったが、意識はハッキリしている。全員無事だったのだ。


「早く離れよう」


 リュウはアッシュの手を取り安全な足場に乗せたが、その表情の曇りは晴れない。フェルマが自力で立ち上がろうとしなかったのだ。

 不思議に思ってリュウが手を差し出すが、首を横に振られるのみだ。


「そうじゃなくて、あのねリュウ……」


 アッシュの言葉も聞かず、無言のままフェルマに手を貸す。しかし、フェルマはそれを弾いてしまった。


「足やっちまったんだよ。てめえら二人で速く逃げろ」


 フェルマの足が瓦礫の下敷きになっていた。


「なら早くどかさねーと!」

「うっせえな。とっとと行けよクソガキ」


 フェルマの声にはいつものような怠さではなく、棘がふんだんに込められていた。目にも怒気しかない。


「それじゃ、お前。……死んじまうじゃねーか!」

「大丈夫だ」

「ふざけんな! お前までそうやって死ぬ気なのか!」


 それは、あの日のシエラからの言葉に似ていた。ただそれだけだったが、それだけだからこそ恐怖は恐ろしく単純にのし掛かってきた。

 自分達を守るために自らが犠牲となり、死んでゆく。結果として助かってしまったこの命が、誰を助けることもないまま、再び同じように助けられる。

 リュウは無理やりフェルマを立ち上がらせようと手を握ったが、力なく滑ってしまった。その手は、二度と上がることがなかった。


「だから、無理だって言ってんだろ学習しねえな」

「うるせー!」


 片手を持ち担ぎ上げるが、フェルマはそれを振り払った。


「死ぬぞリュウ」

「構うもんか! もうあんな思いはたくさんだ!」


 目頭の熱さをぐっと堪え、あの時の光景もどこかに無理やり消し去り、フェルマを瓦礫から引き上げようとするが、結果は最悪だった。状況が好転しないことにアッシュはどうしたら良いのかわからず、おろおろしている。


「やっとアンタのことが少し理解できたんだ。こんなところで死なせるか」

「いいかげんにしろ! 何大人ぶってんだよ!」


 フェルマは残った全ての力を両腕に込めてリュウを押し飛ばす。リュウは背中から地面に叩きつけられた。


「なんでだよ……俺だって強くなりてーんだよ」


 どこから来たのかもわからない苦しさが、呼吸を乱す。結局自分に残ったのは無力感だけだと、やはり痛感してしまう。


「なんでこうも弱いんだよ。どうしてたった二人の人間も守れねーんだよォ!」


 リュウは地面を殴り付ける。その時、辺りが暗くなった。決して夜になったわけでもないし、雲一つないこの青空のせいでも、もちろん違う。頭上に何かがいるのだ。見なくてもわかる。ドラゴン達が来てしまったのだということくらい。


「どうしよう、リュウ……」


 アッシュのその言葉が、リュウの焦燥をさらに掻き立てる。


「もうこんなデケェ魔物倒す魔法なんか……」


 己の無力さを心から呪った。

 また、同じ。

 誰も守れず、自分のせいで死んでしまい、また同じように後悔する。どうしたって変わらないのは無力さ故のものだから、ただそのまま魔物に押し潰されるのみだ。


(ん? 魔物……?)


 リュウはその時、ふとあることを思い出した。


「へへ」


 ドラゴンに睨まれているというのに急に笑いだしたリュウを、フェルマもアッシュも余裕なく見つめた。


「賭けだなこりゃ」

「賭け? それってどういう……」


 そして間を置き、溢れ出す爆発的な魔力。一気に吹き出したリュウの爆発的な魔力に、強者であるはずのドラゴンはたじろぎ一歩下がった。

 それこそがこの場で唯一見せたリュウの反撃。リュウがドラゴンを超えた最初で最後の一瞬の攻撃だった。


「俺は世界一の魔導師になるんだ」


 周りのものを外へ押しやる不可侵の魔力。初めて見たリュウの魔力に、フェルマは感動すら覚える。自分はいますぐ死にそうだというのに、不思議と落ち着いた。


「この弱さを悲観してる余裕も、お前達を見捨てる心もない! だからこそ、俺は強くならなきゃいけねーんだ!」


 大きく息を吸い込む。


「“異界に潜む魔の者。汝の天命を分けよ、汝の名を我に示せ。錆行く声の集う先、溜まりきるは花の蜜。歌うかこれを、結ぶかこれを。盟約結びし名乗りの業を解き放て”」


 リュウの魔力が爆発した。

 フェルマはその魔法を知っている。何度も唱えて召喚師として実力を上げていったものだから。己が使い魔を喚ぶための詠唱。リュウの目の前には魔法陣が展開した。


「ここで出ないでいつ出るんだ! さっさと出てきやがれくそ魔物! 俺に文句があるな直接言え!」


 魔法陣は発光し、その最中に見えたもの。それは魔法陣から現れた魔物の姿だった。

 

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