表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
86/301

84 ひとりぼっちじゃない


 Bランクの魔物は「小国家に復興不能の被害を与えるレベル」だ。一体それが現れれば非常警戒体制が敷かれ、直ちに国軍が出動し、席位を持つ軍人が敵わないのであれば隊長格が派遣される。

 一個大隊を投入することさえもある魔物が、二体現れたのだ。為す術が無いというのはこの事、すなわち勝算はもはやマイナス値だ。


「先ずは右のやつだ!」


 リュウが飛び出そうとした時、


『ギャオォォン!』


 脳を揺さぶるような咆哮と共に一体の右腕が降り下ろされた。真横を掠めた腕は瞬く間に地面を削り取り、土や木といったあらゆる物質を押し潰したのだった。あと数ミリずれていれば、リュウは肉団子にされていた。

 しかし進んでしまった以上リュウは止まれない。フェルマもまた、戦うしか道はなかった。

 フットワークの軽いリュウが一撃目を入れる。


魔炎球(フレイム・スフィア)


 魔法が苦手なリュウが、中級魔法を、詠唱をすっ飛ばし、この混乱の最中に、撃ち放つ。そんな魔法がドラゴンなどに効くはずも無かった。痒みにもならない炎球は霧散してしまう。


「そんなロウソクみたいな炎が効くもんか!」

「だったらあんたも魔法使えよ! 教師だろ!」

「バカヤロ。こんな奴ぶっ飛ばせる魔法なんて知るか!」

「なら、またさっきの奴召喚すればいいじゃんか!」

「制約があるからできねえ!」

「役立たず!」

「てんめ! 後で覚えてろよ!」


 言い合いを短く切り、リュウは魔力を高める。両手に填めた銀龍が炎に包まれ始めた。やはり、魔法を放つよりこっちの方が得意だと、勝手に納得する。


「さっきまでに受けた炎だ! 受けとれクソ野郎!」


 右手に渾身の力を込めたが殴り付けた場所はドラゴンの固い鱗。『銀龍』に溜め込んだ炎を解放し、破壊するべく集中させた。


「嘘だろ」


 しかしそこに傷はつかない。

 ここへドラゴンが現れてから数分。奴らは未だに一歩も動いていない。人間が蟻を潰すときに動き回らぬのと同じく、ドラゴンは余計な体力を使う必要がないと考えているからだ。

 血走った目をギラつかせながら、涎を垂れ流す。知能など無さそうな顔つきに油断はできない。観察し続けている中でリュウはあることに気がついた。


「あれ? あの石……」


 ドラゴンの額が赤く光った。それは新入生クエストの時に見掛けた赤い石に似ていた。詳しくはわからないしはっきり見えるわけでもない。毒々しい雰囲気だけが今のところの共通点。


「なんだありゃ」


 リュウが疑問を溢すがすぐに轟音に掻き消される。二体のドラゴンは同時に腕を振り下ろして来ていた。それは空気抵抗ごとかっさらい、鈍く重たい空を切る音を奏でながら地面を抉った。

 ドラゴンの隆々とした四肢の攻撃は止まらず、続いてやって来たのは二体の足だった。召喚魔法の使えなくなったフェルマは、口では無理だと言っていたが上級防御魔法を展開させた。しかし、堅牢な鱗を持ち、屈強な四肢をしならせるドラゴンにはまだ足りなかった。


『ギャオオオオオオオ!』


 結局、二人は蹴り飛ばされた。


「ってえ」


 木の幹に直撃し、数メートルを吹き飛ぶ。防御魔法で威力を殺すことには成功したが、背中に強化魔法をかけたことで衝撃を弱めたが、ダメージは計り知れないほどになっていた。

 額を切り血を流すリュウは、それでも魔力を高める。肩で息をし、左腕は垂れ下がる。フェルマの魔力も、弱々しく垂れ流されていた。


「……くそ、俺は強くならなきゃいけねーんだよ!」


 * * *


 リュウとフェルマに窮地が訪れること数分前。イクト達は近くの街へと避難するために森の中を走っていた。近くとは言っても距離にすれば馬車を使うほど。このエリアから離れることが最優先だった。


「ちょ、ちょっと待って。私魔法使えないんだってば」


 前を走るイクトとアッシュに、途切れ途切れになりながら訴えるプリシラ。そもそもの鍛え方が違うイクトと、要所要所で強化魔法を使っているアッシュに追い付けるわけもなかった。

 ついに、座りこんでしまった。

 直後もドラゴンの咆哮が肌まで伝わり、決してここも安全ではないことが分かってくる。早く街に出たいイクトは、内心焦っていた。


『ギャオオオオオオオ!』


 一際大きな雄叫びが、また響いた。すぐ後には轟音も。


「リュウ……」


 途端にアッシュの頭を過ったのは、初めて自分を見てくれた人間のこと。まだリュウが差しのべてくれた手に触れていない。

 どんなに避けようともずかずかとやって来て、まるで大噴火を起こす火山のようにうるさい奴。改めて思えばどうしようもない奴だ。

 それでも、アッシュにとって彼は恩人だ。自分の過去と未来を見定めてくれるような奴なのだ。


「プ、プリシラ、あのさ……」

「どうしたのアッシュ?」


 岩に座ったプリシラの方へ向き直るアッシュ。イクトは周りを警戒しているのか、我関せずのようだった。


「えっと……その……」


 顔色を伺う癖が抜けるわけではない。どんなに優しそうな笑顔を浮かべていても、プリシラと自分は他人なのだと。心のどこかでそう思ってしまう。


「た、例えば僕は……魔法が使えない」

「強化魔法はとても上手だけど」

「そうじゃなくて……」


 もういっそ、全部を投げ出して逃げたい気持ちの方が強いに決まっている。ろくに強化魔法も使えないプリシラなど放っておいて逃げてしまえと思わないわけではない。


「僕はひとりぼっちじゃないよね」


 もう一度聞いてみる。この質問をリュウにしたとして、彼ならば何と言うのだろうと、頭の隅を過った。


「うーん。貴方は世界に一人しかいないと思うけど」


 だから、この状況で少しのミスをつついてくるとは思わなかった。うっすらと聞き耳を立てていたイクトも、思わず二度見する。


「そうじゃなくて、だから、その……」

「けどひとりぼっちじゃない」

「え?」

「貴方はこの世界にただ一人、それは変わらない。だけどねアッシュ、貴方は“独り”じゃない。確認のために聞くだなんて、賢くなったじゃない」

「そんなんじゃ……」


 そりゃ頭の回転でおよぶはずが無いことくらいはわかっている。アッシュの世界がどこまで開いたとしても、知らないことはたくさんある。


「あなたはね、あなたが思っている以上に沢山の人に大切にされてきたし、今もそれは変わらない。あなたが生きれば生きるほどそういう人は増えていってね、いつの間にかあなたにも大切にしたいって思う人が現れるの」


 プリシラはアッシュの両手を握った。力強く想いを乗せて。


「だからもしそんな人が一人でも見つかったのなら、勇気を振り絞りなさい。その人がいなくなる辛さなんかに比べたら怖さなんて吹っ飛ぶわ。誰よりもそれを分かってるのはあなたなのよアッシュ」


 母と父が最後になんと言ったのか。そして何を思ったのか。ようやく理解ができた。うっすらと残った記憶には楽しい思い出がたくさん詰まっている。それを失うことは、自分の死よりも辛かったから。

 いつしか願った両親との再会は叶わない。アッシュの孤独は一生拭えない。そう考えていた自分が急に馬鹿らしくなった。


「行きなさい。アッシュの魔法ならリュウ君を助けてあげられる。友達を助けるのは、人として当たり前のことよ。悩む必要なんて無いわ」


 プリシラが段々と笑顔になるにつれて、アッシュの瞳も力強く輝いていく。


「ちょっと待ってください! 相手はあのドラゴンですよ! そんなことしても──」


 イクトはアッシュを止められなかった。強く開かれた瞳にこもる輝きを消せはしなかった。言葉を飲み込み、一度大きく息を吐く。


「リュウは大馬鹿者です。でも、人としてはとても強い人間です。もし本当に彼を助けられるなら、行ってください」

「……うん」


 アッシュの覚悟は見せてもらった。強化魔法を施したイクトはプリシラを抱える。


「僕がプリシラさんを守りますから」

「うん、ありがとう」

「行ってらっしゃい、アッシュ」

「ありがと、母さん!」


 アッシュは走り出した。プリシラは大層驚いた様子で、走り出したイクトの腕の中で笑った。


「母さんだって」

「急ぎます。いつここまで攻撃が来るかもわからない」

「ええ、でも少し待って。雨が降ってきたみたいなの。走るには危ないわ」


 プリシラの頬に流れる水は、今日の晴れた青空のように幸せに満ちていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ