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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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83 天空の契約者


 * * *


 強烈な一撃に視界が眩む。それでもリュウは必死に抗おうとした。負けじと意識を保っても、自分には力が無いということしかわからない。


「うわあああっ!」


 空中に投げ出されて運悪く頭が下を向く。すぐに体はまっ逆さまに落ちていく。本気で死を覚悟した。


「うっせえ、クソガキ」


 しかし、がっしりとした腕に掴まれ難を逃れる。憎きフェルマのことが見えただけでも胸糞悪いというのに、その腕の正体はフェルマのものだ。

 どういうわけでここへ来て、どういうわけで自分を掴んだのかは置いておき、やはりリュウにとってそれは助かった内には入らないし、寧ろこのまま落としてくれた方が良かったと舌打ちをした。今いるのは木の上なので、この際暴れて一緒に落ちてしまおうかとも考える。


「離せクソ野郎! アイツ倒さなきゃ。今を生きろって俺は言われたんだ! だから、今すぐ倒すんだ!」

「だからうるせえんだよクソガキ」


 ガツンと言う拳骨が、リュウの頭に落ちた。小脇に抱えられている状態なので下手には動けない分、余計に悔しい。木の上の小さな面積でどうして殴られなければならないのかと、込み上げてくるのは未だ怒りのみだった。


「なにすんだよクソ野郎」

「お前は動きが滅茶苦茶だ。集中しろよせめて」


 フェルマが木から降りながら口を開いた。終始脇に抱えられまるで手荷物のようになっているだけに苛立ちは募る。フェルマがどうしてそのようなことを口にして、それは自分の何に向けられているのかもわかってしまっている。

 焦りから、まともに戦えていないこともわかっている。立ち直れる日など来ないのではないのかと不安になって、シエラの顔をまた思い出してしまう。


「くそ、今を生きろって言われたのに。早くあんなこと忘れようとしたのに!」


 忘れることなんて出来なかった。前に進んでいなかった。その真意を見てしまったフェルマはいつもの気だるそうな表情を捨てていた。地面に着きリュウを下ろすと、死んだ魚のようにしかならないはずの瞳を研ぎ澄ます。そんな目は初めてだった。


「過去にあったことは思い出で、未来に起こることは楽しみに期待して、それで、今を目一杯生き抜く。だから明日が来るんだよ」

「え?」

「シエラは気に入った奴にしか言わない。浮気かもしれねえな」


 クスリとフェルマは笑った。リュウはもの問いたげに首を傾げたがフェルマは歩き出してしまった。足を少し強化し、終いには走り出す。


「俺は魔物には詳しい。ドラゴンはドラゴンでもあいつはモドキだ。Bランクには変わりないが基本的能力はまだ何とかなる」

「あ?」


 防御と回避を繰り返しまずは地面に降り立つ。リュウを下ろして埃を払い、フェルマは目の前の敵を見据えた。


「どけクソ野郎。さっさとどっかに行っちまえ」

「言われなくてもアレを倒しに行くさ」

「アレは俺が──「その手首、痛めてんだろ」


  フェルマに見抜かれる。リュウは、少しだけ腫れた手首を後ろに隠し反論する。


「な、俺なら戦れる!」

「うるせえなクソガキ。足手まといだからそこら辺で小便でもしてろ」


 厳とした言葉と態度は教師らしいものだった。だから反抗心が芽生えてくるし、何よりも男の子心に火が付いた。足手まといだと言う言葉が的を射ていたというところにも、同様だった。フェルマが、ドラゴンへ向き直る。


「さて、やるか」

「だ、大丈夫なのかよ。アイツ強ェぞ」

「誰に向かって口聞いてんだ──」


 それは確かな圧力。大人の格好良さ。


「大人、ナメてんじゃねえぞ」


 魔力の高まりは、ついに解放される。


「来い、カマエル」


 フェルマの言葉に反応して魔法陣が展開された。隠し持っていた針で一滴の血を垂らす。それがこの魔法陣の発動条件であり契約だ。リュウはそれを知っている。自分は毛を呼ぶことしか出来なかったからだ。


『来いとはまた偉そうに』


 それは、使い魔召喚の魔法だ。遥か彼方より魔物を喚び、主従の契約を執り行う。そうして得られる力をフェルマが使役する。

 出てきたのは鎧の騎士だった。

 全身を頑強そうな西洋式の鎧で覆い、手には宝石の付いた剣と大盾を装備している。人型のその騎士は、背中から羽を覗かせ頭上には光の輪が鎮座している。


「て、天使?」


 リュウが恐る恐る訊く。見覚えは無いが、幼少の頃より目にする機会はたくさんあった。絵本でも、小説でも、漫画でも見たことはあったが、本物は見たことがない。何よりも先に来る第一印象は、神々しさだった。


『貴様、誰だ』


 頭部を護るヘルムの隙間から覗かせる鋭い眼光が、頭に浮かんだ天使という単語を疑わせる。全身を鎧で保護した上に完全武装。思い描く天使像はことごとく吹き飛んだ。


「俺の教え子のリュウだ。……んでリュウ、こいつが俺の使い魔で天使のカマエルだ」

「ほんとに天使?」

「俺も未だに疑わしいが天使だとさ」

『む。失敬な』


 和んだ会話の途中ではあるが、ドラゴンが間を取ってくれる訳がなかった。正確にロックオンし、放つのはまさかの炎だった。土属性しか持たないはずのドラゴンが、火を噴いた。完全に予想外だ。


「あいつ、火も吹くのかよ」

『む、あれは土の……。本物の古龍でないところを見ると、ここいらの縄張りでも荒らしたか?』

「いや、突然来たらしい。とりあえずいつも通り頼む」

『承知した』

「俺の出番だ!」


 しかしリュウにとっては嬉しい誤算。何故ならば炎は、


「俺を強くしてくれる!」


 フェルマと天使カマエルの前に仁王立ち、腕に装着していた『銀龍』をかざす。飲み込むように迫った炎を、『銀龍』が吸い取った。普段の数倍の炎を、先程まで大きく放たれていたドラゴンの炎をそこに凝縮した炎を、両手に纏わせる。強すぎる力に思わず笑みを溢すリュウ。


「お前……何だそれ……」


 フェルマは眼球がえぐれるかと思うほどに目を見開いた。炎に焼かれるはずが、全く効いていない。どころか魔法武器に吸い取らせてしまうなど聞いたこともなかったから。


「俺に炎は効かねーんだ」

『なるほど、耐炎の法か。一世代前では禁忌とされることもあったが、今となっては時代とな。その炎ならば攻め手はあるかもしれぬがしかし、ここは我に任せてもらおう』


 剣をリュウの首もとに(かざ)す。その切っ先には魔力が乗っていた。リュウはすぐに動きを止めた。


『中級第三位能天使カマエル。久々の攻撃許可だ。その炎は捨て置いて構わん』


 カマエルはそう言うと、剣の切っ先をドラゴンに向けた。論無く魔力を乗せて。


「アリエルも呼ぶか?」

『馬鹿者。我には足手まといにしかならぬわ。お前らはそこで茶でも飲んでろ』

「アリエルって?」


 カマエルが羽を広げ飛び出し、リュウが問う。


「あれと同じ天使だ」

「使い魔? 二人もいんのか、ティナと同じだな」

「そっからか……。まあアイツにも“その”才能があるかもな」


 タバコを吹かし始めるフェルマ。リュウの疑問気な顔を笑う。


「俺は召喚師。つまり、複数使い魔との契約を為せるもの。まあその中でも天使を喚ぶことの出来る《天空の契約者》ってやつだ。教科書にはそんな洒落た事が載ってるが、ただ恵まれてるってだけだ」


 召喚師はその名の通り召喚系魔法を極めし者達だ。あらゆるものの召喚の術を身につけて、千差万別の使い魔を使役する。

 中でも天界と冥界という別の世界に住む者達を喚び寄せることの出来る者達は時代を辿ってもほんの一握りしかないとされる。神格にまでなる彼らを喚ぶことの出来る召喚師は大変貴重で、彼らには称号まで与えられる。

 それが《天空の契約者》と《冥府の契約者》だ。もはやどちらも死語であるために語られることは魔法史でも少ないが、フェルマは前者だ。


「スゲー」


 ただでさえ喚ぶことが難しい使い魔を複数体喚べる上に、神格を喚ぶことの出来る彼らは言ってしまえば神格そのものだ。リュウは純粋に感動していた。


『ふっふっふ、何百年ぶりであろうか。この剣を血で濡らすのは』

「ついこの間もお前喚んだし」


 フレンドリーなやり取りをする神格達。リュウは和んだ。

 カマエルは素早くドラゴンの足元へ近づくと、剣を大きく横に薙いだ。ただ一度のそれでボトンと、ドラゴンの右足が落ちる。

 対してドラゴンはバランスを崩しながらも、腕をカマエルに向け落とす。ヘルムで隠れているにも関わらず、それでもカマエルはニヤリと笑ったような気がした。ぞくりと、リュウの背中に寒気が走る。


『遅い』


 わざとギリギリのところで腕を躱し、去り際に剣を走らせるカマエル。まるで一種の踊りのようにドラゴンの右腕まで切断すると、一気に羽を使って飛び上がる。

 空中で、剣を構え大きく一閃。ドラゴンの胸に大きく傷を付けた。


『ギャオオオオオオオオ!』


 既に瀕死のダメージを負ったドラゴンは、空中で静止するカマエルに対し炎で応戦した。それも、かなりの範囲と密度。しかし、それすらも余裕で縦に切り裂くと、カマエルはドラゴンの首もとへ飛ぶ。


『だが少しは楽しめた』


 そう言って、首もとに剣を振った。勢い良く飛沫が上がり、赤みがかっていた鎧をさらに赤く染める。その姿は天使というよりは、暴君。圧倒的な力で支配し、弄ぶそれだった。


「こえ~」

「天使らしくねえのが欠点だな」


 フェルマが少しため息をついた。カマエルは高らかに笑っている。


『『ギャオオオオオオオオオオオオオ!』』


 あるいは地獄の警鐘か。重なる二つの音の様な声が、巡り巡って再び耳へと渡る。使い魔の協力の元、倒したドラゴンのすぐ後ろに二体。見た限りでは同じ姿。

 それらが、奥の森から現れたのだった。

 カマエルが切り刻んだ死体を踏み潰しながら現れた二体のドラゴン。大気と大地を揺する二体の咆哮は、鳥を落とし雲を蹴散らす。完成した絶望の写し鏡は、リュウ達を見据えた。


「また出やがった……。しかも、二体も……」


 リュウが分かりきったことを口にする。そうしなければこの状況に頭が着いていかなかった。


『これは中々に面白いが時間だ。久々に楽しんだ』


 カマエルはそう言うとすぐに魔法陣を使い、自分の世界へと戻ってしまった。小さな勝ち誇った笑い声があとに残された。


「てめ、なんでこんなときに戻ってんだよカマエル!」

「肝心な所でそれかよ」


 気休めの突っ込みをリュウが入れた。

 

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