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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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82 愛した人に


 * * *


『俺は今を生きる』

『私は今を生きているんだ』


 一つは学園の問題児の言葉。そしてもう一つは愛した女性の言葉。

 きっと、自分にはその言葉の意味が一生わからないだろうとフェルマは思っていた。魔法史を担当するからには過去の人物達の偉業を知っているが、それだからこそ余計にその考えは理解できなかった。

 確かに現在の時間を大切にしなければならないことは重々理解していた。それでも、過去の出来事があったからこそわかる未来への教訓というものもあると思っている。未来どころか過去すら見ずに今を生きるなんて、あり得ないと思っていた。


「フェルマ・クオルト三番隊十位、哨戒任務偵察班副班長に任命されました。っしゃ~す」


 まだ十九という異例の若さで【アルテミス】に入隊し、さらにそれから三年と経たずに三番隊の席位を獲得した。本部、つまり首都で働くことが出来るようになるための実力は充分満たしていたが、フェルマは異動しなかった。理由は首都の空気が嫌いだから。

 進級した最初のあいさつは長いものだった。任務前のミーティングということもあり、今回だけはエロ本もタバコも会議室に持ち込まない。とりあえずの自己紹介を終えたところで、次の隊の紹介が始まる。


「シエラ・アミット三番隊六位、第二戦闘部隊強襲班班長兼、今指揮を務める。よろしく頼む」


 はきはきとした喋りで男らしい性格のしっかり者。時間通りどころか五分前には必ず到着するような厳格者で、およそフェルマの性格とは反りの合わないもの。その出会いは物語のような劇的なものではなかった。


「現在三番隊管轄エリアの数ヵ所で突如商人の積み荷が襲われるという事案が発生している。現状それは魔物の仕業と見ているがそれ以外の詳細は不明だ。そこで我々は件の魔物の巣を調査した後、駆除実行班への引き継ぎを行う」

「俺らでやんないんすか?」

「我々は調査班だ。三番隊副隊長様が直接駆除実行班を指揮してくださる。我々に出る幕は無いよ」

「へぇ~い」


 無駄に手間のかかるわりには大した見せ場もない地味な任務。フェルマは既に戦意喪失していた。当日はどのような理由で欠勤するか考え始めたところだった。


「よし、ミーティングは以上だ。二時間後、三番隊隊舎正門に集合。それまで、各自解散!」


 シエラの合図で会議は終わった。ボチボチと帰っていく隊士を見送りながら書類の片付けをするシエラ。フェルマはそれをジッと死んだ魚のような目で見ていた。


「どうした、私の顔になんか付いているのか?」


 ホワイトボードの魔法文字を消しながら聞かれる。


「お堅いんすね。出身は?」


 フェルマは唐突に聞かれたために、オブラートに包むということも忘れてしまった。後から失礼だと気づく。


「はは、相手が私でなけりゃ始末書ものの発言だぞ。まあ見ての通り貴族だが、地方統制もままならない弱小さ」

「小綺麗な方だと思いました」

「嫌々敬語を使う辺り君は平民だ。よく十位まで上がれたな」

「いいんすか、貴族サマが平民と会話をして」

「会話をするのにそんなものは関係ない。何なら酒だって酌み交わせるさ。それに今を生きているんだ。そもそも私には関係ないさ」


 その言葉を聞いたのはそれが初めてだった。堅いわりには話が通じる。シエラの印象がまた少し変わった。

 それから何を話したのかは覚えていない。そそくさと準備をした後、任務を開始していた。三番隊の中から選ばれた六人で魔物の巣と疑われる場所を調査していく。六人という人数は、ダンジョンなどに入ってしまった場合に有利な数字だ。

 作戦とは名ばかりの探索に近いものだったが、商人側の被害が甚大ということもあり中規模作戦となっていた。その内容の濃さとは裏腹に、特に何事も無くたどり着いた噂の洞窟は、入り口付近から既に靄でも掛かったような不気味さが他者の侵入を拒んでいた。


「私が先陣、フェルマはしんがりだ」

「へいへい」


 めんどくさそうにしているフェルマの事は露知らず、シエラは四人を連れて中へ入った。男らしさが背中から滲み出ていたことは、黙ってあげることにした。それから幾ばくもせずたどり着いた最深部。フェルマは唖然と立ち竦んでしまった。

 目の前にいたのは、少し開けた空間目一杯に納まるほどの巨体を持った魔物。筋肉質な肉体に体を覆う黒いたくさんの毛、猿特有のあの顔つき。「ジャイアントビッグゴリラ」という魔物だった。

 ふざけた名前がつくソイツだが、あり得ないほどのパワーを持っており、その力強さから別名「破壊猿」とも呼ばれている。既に出会ったときにはソイツは臨戦体勢に入っていた。


『ウッホッホオオオォォォォォ!』


 大きな掌を広げながら落とす。状況整理もさせない。


「躱せ!」


 隊士の一人がそう叫び、一斉に六人が散開する。ジャイアントビッグゴリラは一人一人に狙いを定められず一瞬躊躇した。頭はあまり良くないということかと、フェルマが核心したその時。剛毅な雄叫びと共に隊士の一人目掛けて腕を振るっていた。


「やっべ!」


 フェルマは急いで壁を蹴ってその隊士の元まで向かおうとするが、間に合わない。ズドンという大きな音と共にその隊士を壁に押し付けてしまった。


「回復!」


 シエラが自身の隊の一人に言葉をかけた。幸い治癒魔導師が同伴していたため、なんとかなりそうであった。


「フェルマ! 私の援護をしろ!」


 遠くから次の掛け声が飛んできた。見れば地面に仁王立ちをしているシエラの姿がある。


「倒すんすか? これは調査任務でしょ?」

「倒すなとは言われていない。今倒さねば興奮したこいつが何をしでかすかわからないからな」

「三番隊副隊長を相手取ることになりますよ?」

「そういうときに貴族という名を使うんだ」

「……わお」

「援護を頼む」

「へいへい」


 シエラの近くまで戻ったフェルマはめんどくさそうに言った。だが、シエラは不機嫌そうにフェルマを見つめる。


「なんで私と同じ方向を向く。援護というのはそう意味じゃなく、危ないから隊士を守ってほしいという意味なんだが」

「は?」


 これにはビックリだ。まさか、いまから一人で戦おうと言うのかと突っ込んでしまった。


「別に下敷きになりたいのなら止めはせんが、おすすめはできない。じゃあ、そういうことで」

【次元転送・ダグダの棍棒】


 取り出したのは全長四メートル、重さ六トンの棍棒。

 その後は、ある意味悲惨だった。

 地面は粉々。壁も崩壊間近。挙げ句調査任務だというのにたまたま居合わせた当事者らしき魔物の討伐。それも、滅多打ちだ。ジャイアントビッグゴリラに少しの同情を向けるほどだ。

 今考えれば、その時からだったのだ。その想いが沸き上がってきたのは。

 上手く行き過ぎたその任務のお陰で、それからは大きな任務にも二人は呼ばれるようになっていた。危なっかしい魔法を使うシエラに最初は戸惑うフェルマだったが、だんだんと慣れ始めいつしかコンビを組む仲にまでなっていた。そんな時の決断だった。


「そうそう、私は学園の教師になることにした。もともとそうなるための実績作りだったんで、そろそろ頃合いな気がしてな」

「はい?」


 田舎町の酒場での会話。周りが騒がしいというのに、本当に楽しそうに喋っていた。


「子供なんて簡単に握りつぶしそうなのに?」

「こう見えても私は子供が好きだぞ」

「マジか」

「マジだ」

「じゃあ俺もいくよ」

「それは駄目だ。お前には今を生きていてほしいからな」


 其の言葉を与えられたのはその時が二回目だった。


「今を生きろって、これからどうなるかわかんねえのに何で今しか見ないんだよ。俺達の初めての作戦だって行き当たりばったりだった。結果は良かったがそんなことしてたら命がいくつあっても足りねえよ」

「過去の思いを胸に、未来を期待する。私の生きる“今”はそういうものだ。そんな風に怯える生き方なんて、寂しくないか?」


 シエラの剣呑な眼差しはさらに強くなる。


「今を生きなきゃ明日は始まらない。私は未来のために今を生きる」


 その言葉がフェルマを動かした。結局そうしてシエラはイデア王立魔法学園の教師となった。その後を追うようにすぐにフェルマも教師となった。

 それから一ヶ月と経たない内にフェルマの方が告白した。「いいぞ」と、あっけなくそれを了承したシエラ。アルティスにある小さな喫茶店での会話だった。

 コーヒーに角砂糖を入れているシエラが、一度笑った。理由はこの場に合わないから。フェルマの性格のように、締まらないものだった。教師としての仕事もなんとか落ち着き慣れ始めたシエラは、本当に幸せそうであった。元々子供が嫌いなわけでもないフェルマも、順調だ。

 断る理由も無かった。

 それから、二人は休みの日にデートをした。ギルドカードを貰い、やったのは魔物退治。同僚にはアホかと罵られることもあったが、悪い気はしなかった。

 こんなにも人を愛したことは無かった。付き合いはじめて二年経っても尚、その熱は冷めなかった。魔闘祭なんていう大会で自分のクラスが負けたばかりに、何でも言うことを聞かねばならなかったあの時も、別に苦ではなかった。

 人を愛し愛されるということの実感が、最高に嬉しかった。

 だからこそ、“あの日”のことは重かった。

 身を切られるような、胸を締め付けられるような、やるせない、狂おしい。言葉では全く足りない思いだった。休みだからと、ギルドの依頼を受けていたフェルマの元に入った念話でそれを知った。

 ポケットの中に入れていた指輪は傷一つ付いていない。その婚約指輪はその瞬間役目を終えてしまったのだ。その指輪に触れるだけで心が荒んでいった。


「この夏期休暇が明けたら、君はAクラスの担任となる。シエラ先生の代わりを頼めるかな?」


 戻ってからのクロツグの言葉。学園長とはいえ、それには頷くことが出来なかった。そんな酷な話があるだろうかと、叫びたくなった。いったい自分に何をさせたいのか。どうしてわざわざそんなことをしなければいけないのか。


「どうしても、一人救ってほしい者がいるんだ。きっと君にしか、彼を前に進ませることはできない」


 君だって辛いだろうが頼む、と多分言っていたが覚えていない。そしてやって来た始業式。フェルマはAクラスの教壇に立った。重たい空気がうざったく感じたがそれよりも大きいのは単純な憎しみ。

 リュウのせいでシエラが死んだ。フェルマの頭には終始そう過っていた。


(何が救うだ。バカバカしい)


 教室から出ていったリュウに、心の中で投げつけた。それから暫くして、また呼ばれたと思うと今度はギルドの依頼を手伝えと言うことだった。

 まさか、こんなところでギルド登録していた自分を恨むとは思っても見なかった。クソ生意気なリュウに殺意すら沸きかねないのではと、少しの恐怖さえ芽生えていた。

 だが、それは間違いだったと気づいてしまった。

 しがみつくように無様に戦うリュウに、シエラはあの言葉を与えていた。愛する者が与えた強い言葉。理解力の乏しい少年に与えたとは、どうして笑ってしまう。


(俺は、ガキじゃねえしな)


 最愛の女性が認めた男を、認めないはずもなく。少しくらい見つめてみようと顔を覗かせて、そして正解だった。魔力を高めるのは、フェルマ・クオルト。

 

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