81 開かれる差
『ギャオオオオオオオオオオオオオ!!』
揺さぶるような咆哮。
次に見えたのは巨大な頭。二人の上っている廃墟の屋根を軽々超えたソレは、山と勘違いしてしまうほどに大きい。
赤く血走った目、裂けた口を飾る鋭い牙、獰猛さだけなら今まで見た中でも一番のソレは、しかし到底山とは思えない。見ただけで堅いとわかる鱗がびっしりと体から生えており、それは太い四肢にもちゃんとある。リュウ達の前に現れたソレは、単純な本能の赴くままに動く生物だ。
「ど、ドラゴンだ……」
地を統べる古龍。どの教科書にも載るような有名な魔物だ。アッシュもよく知っているのだろう。
『ギャオオオオオオオオオ!!』
咆哮とともに落ちてきた巨大な右腕。二足歩行のドラゴンはその大きな四肢そのものが武器。屋根どころか、廃墟ごと腕が押し潰した。
【時計仕掛けの炎】
咄嗟に唱えたリュウは、アッシュを抱えドラゴンの初撃を躱していた。直ぐに間隔も短く炎球が飛んでいく。
「なんだありゃ」
「何でこんなところに……」
「二人とも、無事なの!?」
地面に回避したすぐ後に、野草採りに出掛けていたイクトとプリシラが駆け付けた。慌てていただけに、摘み取った野草は全て落としていた。
「ん? やべー、まだティナとマリーが家ん中だ」
「大変! 入り口が壊されたら出られなくなるわ!」
「他に出入り口は?」
「あるけど、教えてないのよ。なんでドラゴンなんか……」
ティナとマリーは、閉じ込められている形で地下の居住空間に残っている。助け出すにしても、ドラゴンの下から向かわねばならない。
「なあ、あのクソ野郎はどこだ?」
「フェルマ先生なら、まだ罠の修理をしているはずですよ」
「アイツもあの中かよ、使えねー!」
やるせない怒りをイクトに怒鳴ることで少し抑えた。
「てめぇ、教師に向かってクソ野郎だと?」
地面の石ころを蹴り飛ばしたところで、後ろから声が聞こえた。見ると、そこには死んだ魚のような目と整えられていない黒髪の男フェルマの姿があった。多少の土ぼこりを被ってはいるが、怪我は無さそうだった。
しかし、フェルマがやって来たことで同時に違和感までやって来てしまっている。本来出てこられるはずがないのだから。
「貴方、女の子達はどこに?」
プリシラにはその時点でお見通しだった。フェルマの出てきた場所と土ぼこり。緊急脱出用の通路は長い間使ってない為に埃だらけだということくらい、プリシラならば知っている。
「知るかよ。まだ中だろ」
「置いてきたの?」
「俺が知ったことかよ」
気だるそうに答えるフェルマ。自分だけ逃げてきたのだった。ティナとマリーをあの空間に置き去りにし、のこのこ姿を現したのだった。リュウにだって、それがどういうことなのかくらい理解できる。
「やっぱ、あんたはクソ野郎だ」
吐き捨てたリュウは魔力を高める。
「やめとけ、アイツはBランクだぞ。お前じゃ傷もつけられねえよ」
「うるせー! 喋るんじゃねー」
Bランクというのは、世界的に認めた目の前のドラゴンの強さの程度だ。最高をSとしたときの上から三番目。基準として明記されているそれは、「小国家に復興不能の被害を与えるレベル」。討伐には必ず、【アルテミス】隊長又は副隊長が出るほどだ。
どう考えても今の状況でドラゴンを倒すことは出来ない。どころか、一時間持ちこたえることすら無理だ。それはリュウにもわかっている。シエラの言葉を忘れたわけでもない。
「俺は今を生きるんだ。どっち道戦わなきゃ殺られる」
【時計仕掛けの僕】
【魔炎球】
頭上に炎球を二十個作り出し、手の中に小さな火の玉を作り出す。魔法が苦手なだけに充分な大きさには至らない。【時計仕掛けの炎】は百個、【魔炎球】に至っては自分の身長をも凌駕させようと魔力を高めたはずだった。
それでも、本来ならば上級並みの同時魔法発動を簡単にこなせている。舌打ちする程度の苛立ちのみだった。
二十もの炎球が凄まじい速さでドラゴンに当たる。それら全てが同じ箇所に当たり、煙があがる。ソレを目印に、高めていた【魔炎球】を思い切り投げつける。小さいながらも高密度の炎球は見事狙った場所に命中し、大爆発を起こした。
「イクト! プリシラさんとアッシュを安全なところに避難させてくれ!」
もう一度魔力を高めながらリュウは言う。後ろも向かずにイクトに頼んだその背中は、信頼に満ちていた。
「任せたぞ!」
【メガイラ】が学園を襲ってから、イクトはどこか虚空にいた。近寄るなと行動で示し、誰もイクトに声をかけることが出来なくなっていた。
しかし彼は友達だ。信頼のおける人間の一人だ。彼に何があろうと彼が何を思おうと、リュウにはその一言で充分だった。
「ドラゴンは本来ここには生息しません。つまり、以降何が起こるかわかりません。ドラゴンの足止めが出来そうに無ければ、すぐにリュウも逃げてください!」
プリシラとアッシュを連れてイクトは走り出した。万が一を恐れていつでも上級程度の魔法を放てるよう、準備はしておく。
「あのドラゴン……まさか……」
意味深長にイクトは呟いた。
先程放ったリュウの炎球は全て効いていなかった。土属性を持つあのドラゴンは炎属性に強いわけではない。特に優劣の差はない。つまり、単純な魔力勝負で負けているのだ。
しかし、古代から地を統べるドラゴンと、ぽっと出の学生とでは、そんなものを比べることすら愚かだった。リュウは、もう一度【魔炎球】を発動した。立つために使う後ろ足の右側を狙ったのだが、一ミリも動かなかった。
「ちっきしょ」
【次元転送・銀龍】
銀色の籠手を嵌めファインティングポーズをとる。見つめる先は相手の血走った目。
(なんか、妙だな)
冷静に観察する中で見つけた小さな違和感。
リュウもリュウなりに勉強をした。魔闘祭も終わりネリルの見舞いを終えた夜に言われたシエラの言葉。勉強しろと叱咤された。その時は何も思っていなかったのだと、自身も今になって気づいている。
そうして、シエラもネリルもいなくなった。
ロイに助けられるまで何もしていなかった。乗り越えなければいけない所で自分は逃げた。だからこそ、彼は遅れを取り戻そうと勉強を始めた。思えば遅れは既に中学校からであったために、苦労した。リュウはその中で魔物についての図鑑を読んでいた。
一番始めやすいのがそれだったから。そして勿論ドラゴンも見た。
「……目も、多分魔力も。あいつ、Bランクって言ったな」
図鑑で見たドラゴンはもう少し綺麗な目をしていた。何より、ランクはBという“生易しい”モノではなかった。
「とにかくあいつの弱点は首の後ろ。とりあえず倒してみねーとわかんねーな」
とは言えそこはリュウ。図鑑を見て、その情報から何かを考えることは感覚的に合わない。今はまだ自分の行く道も模索している途中、行き詰まっているところだ。
「ああもう、わかんねー!」
その言葉を起爆剤に魔力を高める。辺りを刺すようなリュウ特有の魔力はドラゴンを威嚇する。
【時計仕掛けの炎】
発射間隔は一秒、目標はドラゴンの目。狙いは目眩まし。放たれた炎球が目に着弾すると、ドラゴンは激しく吼えた。目を両手で多い、少し後ろへよろける。
タイミングを計っていたリュウは、瞬間足を強化し飛び出した。さらに右腕を強化し、銀龍の周りを炎で包む。高密度の魔力がさらに高まった。
「おらぁ!」
ゴンと一発音が鳴る。後ろ左足を狙ったその一発が、ドラゴンをさらに後ろへ押し込んだ。しかし、ドラゴンも強い。
目を覆いながら、左足を振ったのだ。左足の真正面にいたリュウは、ガードも間に合わず蹴り飛ばされた。
空中四メートル、ドラゴンの頭の辺りまで上げられたリュウは、意識を持っていかれまいと必死で抗っていた。まだまだ上がる体を必死で立て直そうとするが難しい。
「くそ!」
左手と右手から弱い炎を噴射する。その力で体勢は立て直せるが、空を飛べるほど器用でもない。すぐにまた落下する。
ドラゴンはそれを待ち構えていたのか、落ちてくるリュウを掴まえるべく右手を前に突き出してきた。身動きの取れない空中でも、リュウは動くことを止めない。
「ラッキー!」
もう一度高密度の炎を下に放ち、その力で上にあがる。上手くドラゴンを躱し、さらに突き出されている状態の右手に乗った。
「うおおおおお!」
右拳にもう一度あの炎を。弾丸のように向かってきたリュウを、ドラゴンは避けることができなかった。また一つ、今度は地面も揺れた。
ドラゴンを完全に殴り飛ばし、地面に倒した。ドラゴンと一緒に降りたリュウは、その額を見た。おどろおどろしく、毒々しい。血のような濃い赤色の不思議な石。トルク村でティナが拾ってきた、魔物に付いていたという石。
「ん、あれ……」
リュウが近づこうとしたその時、再び目を開けたドラゴン。赤い石が少し光り、右手を持ち上げる。巨大な体の巨大な右手。落ちる先にはリュウがいる。
『ギャオオオオオオオオオ!!』
激しい雄叫びと共に、振り落とされた。咄嗟に後ろに跳んだリュウも、衝撃を諸に受けてしまう。
「くっ……」
有無を言わさぬ衝撃に、ただ飛ばされる。
(なんで、まともに足止めも出来ねーんだよ……)
悔しさだけが込み上げる。
(どうすれば……)
万事休すの状態だ。リュウが苦手とする魔法戦はもちろんのこと、得意とする肉弾戦も体格の差で一発アウト。そこに勝機は見出だせなくなっていた。
「ったく、めんどくせえガキだな」
しかしその男が動いた瞬間から、決死の時間稼ぎは思わぬ方向に傾いていく。




