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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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80 ロンリーボーイズ


 外に出たアッシュは周りをキョロキョロと見渡していた。何かを警戒しているようにも見えたが、まだイクトは薬草採りに出ていない。その行動の意図はよくわからないという結論に至る。

 リュウはカムフラージュ代わりの廃墟の窓から、頭のみを出し観察を続けている。

 アッシュは靴の踵の部分を踏んだまま出てきていたので、爪先をトントンと地面にあてて履き直していた。そうするとアッシュは森の方へと走り去っていってしまった。


「……行ってみるか」


 イクトはそのうち薬草採りに出かける。今日はプリシラも一緒にいつもの場所へ行くと言っていた。その場所を熟知しているアッシュはその方向とは逆へ進んでいった。取り敢えず目的は薬草ではない。


「すんげー奥まで来たんだな」


 アッシュが向かったのは森の奥だった。そこは、イデア王国原産の植物や、魔力を持たない動物等が生息している場所だ。足音を極力立てないように近づき、木の陰から様子を観察する。

 アッシュがやって来たのは、のびのびと生えた広葉樹に囲まれる少し開けた場所だった。さらさらと風に揺られる葉の音が辺りを覆い、真上の青空が喜んでいるようにも聴こえる。

 流れる雲によって所々にできる地面の影が、明るすぎるその一ヶ所に休憩の場をもたらす。そこには切り株が三つ程あり、その内の一つにアッシュは座っていた。

 一人で座るアッシュの楽しそうな笑顔が、木の影に隠れたリュウにも伝わる。音程が少しズレた鼻唄混じりに、足をぱたぱたと動かしている。


「……アイツ、意外とちゃんと笑えるんだな」


 ふと、呟いていた。

 その時、リュウがいる場所より向こう側の木の影から、葉を揺らし何かが現れた。そこら辺に生えている切り株と同じくらいの大きさで、四足歩行の小動物。一瞬魔物かと思い身構えたが、それは違うとすぐに断定できた。

 丸っこい尻尾に茶色い毛、付け加え黒真珠のようなつぶらな瞳と長めの鼻が愛らしい。魔力のまの字も持たない哺乳類、タヌキだった。それも、ただ一匹だけ。


「ダイちゃん!」


 アッシュは声変わりのしていない声で、木の影から出てきたタヌキの名前らしきものを叫ぶ。

 その言葉に反応したのか、そもそもそうしようと決めていたのかはわからないが、ダイちゃんと呼ばれたタヌキはアッシュの元まで走り寄った。短い足を器用に動かし走るダイちゃんは、アッシュめがけて一直線だった。アッシュも笑顔で両手を広げ胸を開ける。


「会いたかったよ!」

『キャン!』


 嬉しそうな言葉と短い鳴き声と共に彼らは抱き合った。アッシュはダイちゃんの前足を掴みながらくるくると回りだす。

 ただ回るだけのその行為一つでも中々飽きることはないのか、終わらない。何かの拍子につまずいて転んでやっと止まったアッシュは、目が回り数十秒動けなかった。


「今日は何して遊ぼうか!」

『キャン!』


 やっと回復したアッシュは、ダイちゃんに訊いたが帰ってくるのはいつもと変わらない無邪気な鳴き声。悩んだ末に、


「じゃあ魚ごっこね!」


 種族を越える道を選んだ。


『キャン!』


 話を理解していないタヌキのダイちゃんはひたすらアッシュの周りをくるくると回っていた。


 * * *


「はあはあ、ちょっと、休憩……」


 それからどれ程の時間が過ぎたかリュウにもわからない。まだ昼過ぎだというのに、ダイちゃんとアッシュは出会ってから今までひたすら走り回っていた。

 アッシュは疲れて近くの切り株に座った。ダイちゃんもその横の草の上に伏せる。すうっと穏やかな風が吹いた。流れる雲を見上げながら息も整い始めたアッシュは口を開く。


「ねえダイちゃん。今ね、うちに変な人達が来てるんだ」

『キャン!』

「皆大きな人達で、でもなんか……怖いんだ」


 ダイちゃんはその後目を閉じ黙っていた。寝たようにも見えなくは無かった。


「僕さあ、赤い髪の人に遊ぼうって誘われたんだ」


 声のトーンが少し高くなった。


「しつこくて変な奴さ。でも一生懸命僕を誘ってくれるんだ。返事をしようとしても喉の奥がキュッてなって何も言えなくなっちゃう……」


 今度はしおれていく。気分によって声色が変わるのは、年相応の自然な話し方だ。


「僕のこと、やっぱり嫌いになっちゃうよね」


 ダイちゃんはやはり無視を貫いていた。ついには寝息が聞こえている。


(アッシュ……)


 決して言葉が届いていない訳ではなかった。リュウはそれだけが嬉しかった。


(また明日、声をかけてみっかな)


 いつのまにか、リュウはそう思えていた。リュウはゆっくり体を、来た方向へ戻す。


──パキン


 一瞬何が起こったのかわからなかった。足元を見れば、自分の体重で折れた枝があるではないか。振り返ればこちらを凝視しているアッシュとダイちゃんと目が合う。


「う、うわー!」

『キャン! キャン!』

「ぬああああ!」


 アッシュとダイちゃんに釣られてリュウも驚く。ダイちゃんは森の中へと走っていき、アッシュはリュウから逃げるようにして森へと駆けてしまった。


「お、おい!」


 アッシュをすぐに追いかけるリュウ。アッシュのことが心配で飛び出したのだが、意外と広いこの森で取り残されることを恐れての行動でもあった。土地勘の無いリュウは時折木の根などにつまずきながらアッシュを追う。


「待てって!」


 小柄でこの森に慣れているアッシュは速かった。スピードには案外自信のあったリュウだが、中々追い付けない。

 強化の魔法を使ったというのに追い付けない。せいぜい十年しか生きていない子供に、リュウは強化魔法で負けていた。

 アッシュは右に左に風のように逃げていく。森の出口のような開けた明かりが見え始め、しめたと唸る。出たとこ勝負で駆けた先は、アッシュ達の家であるあの廃墟。いつの間にかそっちの方向に進んでいたらしい。

 リズミカルに、立て掛けてあったはしごを使いアッシュは廃墟の屋根に登った。リュウも負けじと追いかける。


「待てって……」


 息を切らしながらリュウは声をかける。しかしアッシュの返事は無かった。


「アッシュ、お前──「もう僕には関わるなよ!」


 屋根まで追いかけてきたリュウに対し、アッシュは初めて怒声を張り上げた。どちらも動きが止まる。


「お前なんか好きじゃない! 放っといてよ!」


 肩を少し震わせている。慣れない人との会話は、やはり嫌なのだ。


「独りぼっちは……つらいよなぁ……」


 その言葉が突き刺さる。アッシュは、無意識に首に掛けた懐中時計を握っていた。


「大切なもん失って、母ちゃんも父ちゃんもいなくなって。優しい人に出逢えたけどさ、またいなくなったらと思うと怖くて仕方がないよなぁ……」


 それは、リュウもまた思ったことだから。


「だから余計怖くなって人見知りしちまうんだろ?」

「そんな……」

「俺もさ、いないんだよ」


 アッシュは下を向いたまま。立ち竦んでいるようにも見える。


「捨て子でさ、六歳より前の記憶も無ェ。最初はすげぇ怖かった。記憶がないんだ。鏡を見れば俺は確かに人間の形をしてたけど、本当にそうなのかって悩んだ。通りすぎるたくさんの人が悪魔に見えた。それでも、俺を救ってくれた人がいたし、友達もできた。今はちょっと喧嘩中なんだけど、無口な変なヤツで、めちゃくちゃ良いヤツなんだ」


 リュウは笑顔になっていた。アッシュも、耳を向けている。


「そんな皆がいてくれるから、俺は今ものすごく楽しかった。でもな、俺を誉めて叱ってくれた先生が俺のせいで死んじまったんだ。それだけじゃねー、やっとこれから友達になれそうだっていうやつも殺されちまった」

「え?」

「シエラは命を懸けて俺を守ってくれたんだ。ネリルは病院で寝てて動けなかった。俺は力も何も無いばっかりに、ただ見てることしかできなかった。必死で立ち向かおうとしたけど、最後はただ座ってるだけだった……」


 リュウは先程までの笑顔とは比べ物にならないほど、思い詰めた顔をしていた。


「シエラは俺に『今を生きろ』って言った。俺のことを心から慕ってくれた先生の言葉、やっと少しずつわかってきたんだ。やっと前に進めそうなんだ!


 一歩一歩、リュウはアッシュのもとまで歩み寄って行く。アッシュはキョロキョロ辺りを見回し焦りを見せたが、そんなことはお構い無しにとアッシュを前に向かせ両肩を掴む。力強いその腕に、アッシュは体を震わせる。


「お前の周りにいる人間は優しいんだろ? ちゃんとお前を育てようと決心してくれてんだろ? だったらお前は母ちゃんと父ちゃんの分まで幸せになんなきゃ駄目だ!」


 やっと、やっと少し進む。アッシュは少し長く息を吸った。


「僕は、独りぼっちなんだ。生まれた時からあんまり友達もいなかった。それでも父さんと母さんがいたから、それでよかった。でも、あの事件が起こった」


 あの事件とは、村を襲われ焼かれたという事件のことだ。『時の魔導師』と呼ばれる者を狙ったと見られる犯行。だとすれば、狙いにはアッシュも含まれている。


「僕を守るために、父さんも母さんも死んじゃった。最後まで……ぅ……僕の頭を撫でてくれてたんだぁ」


 目には沢山の涙。大きな粒となって頬を伝い地面に落ちていく。悲しみが、あらゆるものとなって溢れてくる。


「だ、大丈夫だからって、熱いはずなのに……ずっと……言ってくれたんだ。僕を地下に隠してもずっと」


 それからのことは想像できてしまう。悲惨なんて言葉では現せないようなものだったであろうことが。目の前で何も出来ずに親を失ってしまう。


「僕はアッシュなんて名前じゃない! 母さんはプリシラじゃない!」


 拭っても拭っても涙が溢れてくる。


「……でも、この名前も大好きだ。僕のことを優しく抱き締めてくれたプリシラが……大好きなんだ」

「もう気づいてんだろ。独りぼっちじゃなくなってることに」

「皆いなくなっちゃうじゃないか! 父さんも母さんも、いつかはプリシラだってダイちゃんだって! 誰もいないこの世界は怖すぎるんだ!」


 リュウは泣きじゃくるアッシュの頭を撫でた。髪の毛をグシャグシャにするほど強く。それでも、もうアッシュは震えていない。驚くことも焦りを見せることもない。


「お前の父さんや母さんは灰になるまで守ったんだぞ? めちゃくちゃカッコいいじゃんか。プリシラだって立派な母親になるかもだし、あのタヌキだって友達だろ」

「でも……」

「お前の父さんと母さんが守ってくれてたんだ。その勲章がお前の名前になったんだ。独りぼっちじゃねーし、これからはプリシラもダイちゃんも俺だっている。俺が守るから誰もいなくなったりしない。怖いことなんて何もねーよ」


 リュウはまだ頭を撫でくり回すのを止めない。いつのまにかアッシュの涙も止まっている。


(俺もクヨクヨしてられねーんだよな)


 思い出すシエラの顔が眩しい。


「まずはちゃんと友達になろうぜ。んで、遊ぶか」


 リュウは頭を撫でるのを止め、右手をアッシュの前に出す。それを見たアッシュは、同じく右手を出そうとする。しかし、あとちょっとが動かない。


『大丈夫、大丈夫よ』

『心配するな、父さん達は強いんだぞ』


 失うことが怖い。人と関わることも怖い。それでもアッシュの心は決まっている。それはたぶん、最初にリュウと出逢った時から気づいていたのかもしれない。何もかもを断ち切って、その手に応えた。


『ギャオオオオオオオオオオオオオ!!』


 突如辺りを支配したのはけたたましい咆哮だった。

 

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