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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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79 時の魔導師


「あの子ね、最初は普通だったんだと思うの。誰にでも懐くような子」

「だったと……思う?」

「私の本当の子供じゃないの」


 頭に衝撃が走ったような気がした。


「彼と出逢ったあの日は、神々しい程に綺麗な月が浮かぶ日だったわ」


 笑みが浮かんだプリシラは思い出すように言葉を紡いでいく。リュウはコーヒーを啜り、心の準備をする。それしか、この間を埋める方法が無かった。


「私が魔力の種類と魔法武器について研究していたあの日、もう三年くらい前かしらね。森の中で偶然村を見つけたのよ」


 先程までの笑みが少し無くなったような気がした。


「そこには村があったはずなの」

「え?」

「やけに焦げ臭くて何事かと思って見てみたら、たくさんの家らしきものがみんな燃やされていた。発見したときには火は消えてて少し時間も経ってて、殆どが炭だったわ」

「村を焼く……」

「焼死体だってたくさんあった。一瞬で事故じゃないってわかったほどよ。……生存者の期待はしてなかったけど、とりあえず見て回ってたら、何となく他とは違う家があったの。勿論焼けて無くなっていたけど」


 いつの間にかコーヒーの存在も忘れる。


「非論理的だから信じたくはなかったけど、確かに何かを感じた。そしてそこで試しに調べてみたのよ。そしたら地面に通気孔みたいな穴がたくさんあって、そこから空気が出てた。地下室みたいな感じ」

「その中に?」


 リュウが聞いて、プリシラはうなずく。


「開けてみたら、穴から入り込んだ灰にまみれた七歳くらいの男の子が出てきたわ。食べ物も飲み物も何もなくて何日もその中で泣いてたのね。それさえも出来なくなってもう死にそうだったんだけど、諦められなくてね。急いで手当てをしてここまで連れてきたわ」


 段々と笑顔になっていくプリシラの顔。結果がわかっていながらも、その話が気になっているリュウは身を乗り出すようにして聞いていた。


「なんとかその後助かってね、でもその後が問題だったのよ。余程酷いものを見てしまったんでしょうね。中々私に心を開かなかったの。と言うよりは、自分以外が怖いっていう感じだった」


 それはリュウにとってわからなくもない事だった。

 自分もまた六歳以前の記憶が無い。最初の記憶は、何もわからないまま大雨の中屋外で座っている時のもの。裏路地で、朝から晩までひたすら座っていた。

 自分が何者なのかさえわからないと言うのに、他人を信じろと言う方が無理であった。母親代わりの人と出会ってもその考えが変わらなかったのは、リュウもよく覚えていた。

 それでも、アルと出会いティナと出会い、その考えが変わっていった。少しずつ楽しくなってくる自分に嬉しさを覚えていた。

 最初から実は“そういう”性格だったのか、街では喧嘩やイタズラをした。話題にあがることに不思議な喜びを覚えてしまったのだからしょうがない。


「ここにいるのもそれが理由。あれが事故ではない以上、何か得体の知れないものの仕業だから。身を隠すしか方法がなかったのね」

「そんな……」

「灰まみれだったから『アッシュ』って呼んでるけど、名前はきっと違うでしょうね。私には何もわからない」


 彼には何もないのだ。名前も想い出も消えてしまい、空洞となった心の中には恐怖しかない。


「……ツラいよな」

「え?」

「なあ、アイツ笑うか? 楽しいって言ったことあるか?」


 それをわかってあげられる。その苦しみを理解することができる。自分は笑うことが苦手だったから。毎日鏡を見ながら笑顔の練習をしたから。笑顔など出るわけもなかったから。


「……いつか見てみたいと、三年間祈ってきたわ」


 うっすらと流れた涙に色づくオレンジ。暖かみのあるそれを拭い、プリシラはコーヒーの二杯目を注いだ。


「俺は頭わりぃから難しいけど、あいつとは話せると思うよ。やってみる」

「あの子はね……実は……」


 プリシラは先程から一つ重要なことを語っていなかった。


「何故アッシュの村は襲われたのか、だろ。何でなんだ?」


 現象には必ず理由があるとプリシラは語る。科学者たるがゆえの経験は、学園を襲った二人の【メガイラ】にもあてはまるから。リュウは聞く。


「アッシュだけじゃない、“彼ら”の魔力。古より伝わる力で、それは世界の理に干渉出来るもの。不可逆を侵すことが出来る一族にして、彼はその唯一の生き残り」


 空気もろとも張り詰めた。


「彼はね『時の魔導師』と呼ばれる者なの」


 * * *


『今を生きろ!』


 次の朝、無事目が覚めたリュウは水汲みを任されたため近くの川に来ていた。次第に寒くなってくる早朝の空気が、秋の始まりを感じさせる。

 昨日の夜の話を聞いてから、リュウの考えは巡り巡ってショート寸前のところまで来てしまっていた。プリシラの言葉も消えてはくれないが、それ以上にシエラの言葉も消えてはくれない。結局立ち直ることなど出来ずにここまで来てしまったのだと、気づかされた。


「はあ」


 ため息が虚空に消える。ただでさえ自分はあまり考えることが得意ではないと言うのに、考え込んでしまっている。

 本当は今すぐにでも逃げ出したい。頼れる教師も、友達になりかけた少女もいないのだ。今の現実はリュウには辛い。アッシュもきっと頼れる者はいないのだろう。不意にそう頭を過った。


「話してみなきゃな」


 ちょっぴりの決意を見せる。


「なあ、話があるんだけど」


 思い立ったが吉日と、リュウはアッシュの元へやって来た。彼はプリシラの後ろで、首に掛けた懐中時計を弄くりながら俯いている。振り向く素振りも見せない。


「なあ、ちょっとは聞いてくれてもいいんじゃね?」

「ちょっと、リュ……」


 さらに畳み掛けるが反応はない。止めようと立ち上がったティナを、プリシラがとどめてくれた。懐中時計のふたを開け閉めしながらただ黙っているアッシュに、リュウは再び向かっていく。


「なあってば」


 今の言葉で肩をビクッと震わせたアッシュの顔はどんどん下へ向いていく。そろそろ首が痛くなるはずだ。


「わかった、明日は俺と話をしてもらうからな」


 リュウは汚いプリシラの部屋を後にした。

 次の日もまたプリシラの部屋へ向かった。アッシュは既にプリシラの後ろに陣取っている。


「俺と外行こーぜ!」


 やはり無視。首に掛かる懐中時計の鎖を握りしめ、背を向けたまま変わらず動かない。せいぜい昨日から座り方が変わってるくらいだった。


「今日めっちゃ天気良いからさ、外でサッカーでもやろう!」


 身振り手振りを加えるがそもそも見ていない。一人で大袈裟に動き回ったが冷静になり、恥ずかしくなる。


「──って感じでサッカーは出来んかった」

「リュウ君もなかなか大変だね」

「ていうかマリーってさ、人見知りだよな」


 夜中の寝る間際にそう聞いた。リュウは悪意など込めていないが、だからこそマリーも含めて厄介に思う。


「わ、わわ私は違うよ。もう、なんでそんなこと聞くの!」

「いや、アッシュの心を開こうと。マリーならわかるんじゃねーかなって」

「あ、そういうこと。う~ん、難しいね。私なんかはそういうの笑ってごまかしちゃうからな~。って、私そんなんじゃないよ!」


 マリーが大きく声を荒げたことで空間いっぱいに響く。慌ててリュウが口元に指をあて静かにしろとジェスチャーを送る。


「それなら、観察するところから始めてみれば? もっとアッシュ君のこと知らないと」

「それだ!」

「「シー!」」


 思わず叫んだリュウの口を塞ぐティナとマリー。直ぐ様自分達のベッドのある部屋へと、各自戻っていく。

 次の朝、リュウは行動に出るために朝食時からアッシュを睨み付けるように見ていた。言われた通り一挙一動を観察する。とは言っても、アッシュはリュウ達が食べているテーブルとは違い、隅の小さな木製のテーブルを使用している。もちろん壁向きに座っている。

 そのため、リュウの視線には気づかない。不幸中の幸いだった。


「あら、今日は随分殺気立ってるのね」


 スープを飲みながらプリシラが言葉を向けた。パンを頬張るリュウは頷く。


「うぃんはへ、ふぁんはふううんは」

「皆で観察するんだ」

「あはは、ほうひょふひえふえ」

「だから、協力してくれ」


 アルの代わりに通訳しているティナのお陰でスムーズに話が進む。プリシラは小さく笑いながら声に出さずに唇だけを動かして、「よろしくね」とだけ伝える。リュウはグーサインで答えた。


「僕はプリシラさんと薬草採りに出ますので」


 ぶっきらぼうにイクトが答えた。考え事をしている時間が増えたようなイクトは、そのまま無言で食器を片付け自分の借りている部屋へ戻ってしまった。


「イクト君……」


 マリーが心配そうに見つめていた。


「私達も部屋の掃除があるの。ごめんね、パスだわ」


 その横でティナは両手を合わせリュウに謝罪。直後、マリーを引き連れ食器を片付けに行ってしまった。残ったのはプリシラとリュウ、そしてフェルマ。

 大層居心地の悪い空間へと成り下がってしまったそこで、リュウはパンをさらに頬張る。フェルマには何も声を掛けない。


「ご、ごちそう、さま」


 アッシュが足早に食器を片す。目も合わせようとせずにわざわざ部屋の壁を伝って出ていってしまった。


「いつも外に遊びに行くの。ここら辺は家なんてないから、遊び相手はいないはずなのにね」


 プリシラは完全に母親の顔をしていた。


(へえ、意外とちゃんと親子だ……)


 リュウはすぐに後を追いかけた。

 

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