78 人見知りアッシュ
魔晶石で照らされた暗い道を抜けると、やはり先程いた空間と同じくらいの広さの部屋にたどり着いた。
しかしそこは、壁にびっしりと並べられた本棚や、本棚から飛び出した足の踏み場すら覆う本の山のおかげで、部屋の広さを台無しにしている所だった。
長方形の部屋の一番奥には机があるが、やはり上には大量の本が積まれている。木で出来ている机が重さで歪んでいるほどだった。入り口近くの場所にも、小さいテーブルがあり、向くように左右二つずつ椅子があることから、恐らくそこが「座れる場所」なのだとリュウにはわかる。
散らばった本と椅子の境目がわからず、少しどころではない汚さに目を疑う。とにかく、案内されたのでリュウ達はそこへ向かう。
女性が椅子に座り、その後ろには隠れるようにしてあの少年が立つ。向かい合うように、フェルマとイクトが椅子に座った。
「さてと。先ずは何が目的なのか教えてくださる?」
口火を切ったのは女性の方だった。
「フェルマ・クオルト。首都の学園で魔法史の教師をしている。こいつらは俺の生徒だ」
あの少年が、震えながら出したコーヒーを一口啜り、間を置いてから話を続ける。震えながらの分溢れてはいたが、誰も深くは突っ込まなかった。
「今日はあんたをスカウトしに来た。あんたに、学園の教師をしてもらいたい」
少しだけ、普段よりも真剣さの増したフェルマの言葉に、笑みを浮かべ女性は答える。
「プリシラよ。けど不思議だわ? そんな大きな学園様からお声がかかるような人間じゃないもの。それに、そんな学園で教師が不足するなんてことがあるのかしら?」
「ここ最近の新聞は?」
「ごめんなさい」
「……事情があって教師が不足してるんだ。勿論募集をかけたがその事情で、な」
フェルマは隠し事をするつもりはない。新聞で書かれた部分まで話しても問題はないからだ。現時点で教師でない人間に隠さなければいけないことと言えば、“事情”の当事者くらいだ。
「勿論プリシラさんの研究費用は変わらず出ますよ。どちらかと言えば研究場所が変わるだけ。言ってくれればもう少し条件も変わるし」
「……そうね、私の後ろでビクビクしてるこの子はアッシュって言うの。人見知りが激しい」
「ひっ!」
何もしていないのにこの反応。顔を見ただけで目も合わせずに隠れてしまうのだから、人見知りが激しいというレベルを超していた。
「……事情があって私はこの子を匿ってるの。最近何かと物騒だから。あの罠なんかもそれが理由なのね。だからここで研究を続けていきたいっていう気持ちの方が強いわ」
フェルマが押し黙った。問答をするつもりはないからだ。
「事情、ね……」
「そうなの」
「ちなみにどのような?」
「明かせないわね」
思わぬ障害だと思った。人見知りの激しいその少年に何があるのかと勘ぐったはいいものの、何もわかることはない。平行線のやりとりに時間だけが過ぎていく。
「お、お願いします。私達の先生になってください!」
ふわりとウェーブの掛かった髪の毛を揺らし、頭を下げたマリー。
「……どうして?」
「え、えっと」
「私じゃなくてもいいんじゃない? 私は魔法が使えるわけではないし、教えられる教科も言語学だけ。私の専攻する『魔法感情学』はもっと先になって学ぶようなものよ?」
しかしマリーはそこまでいって黙り込んでしまう。
「……これは仕事だ」
そこで口火を切ったのがリュウだった。特に何かを狙ったわけでも、論戦に持ち込もうと頭を使った訳でもない。
「俺が依頼を受けて、為し遂げる。けどそれ以前にあんたの意思を尊重したいと思うよ。勿論あんた以外にも候補がいる。けど俺はあんたの顔を見て話を聞いて、やっぱり学園に来てほしいと思った」
「へえ?」
「うまくは言えないんだけど、あんたは悪い人じゃない。やっぱり俺達がこれから学ぶために“先生”を選べるんなら、生半可には選べない。そして選べるならプリシラさんがいいんだ」
「ふ~ん……」
リュウの瞳をまじまじと見つめる。その瞳からそらさずに、リュウの青は研ぎ澄まされていく。プリシラは一息ついた後に口を開いた。
「君、すごいね。そんな目は初めて見た。何が起こったかは私にはわからないけど、どのようなものを失ったかくらいはすぐにわかる。それを乗り越えようとしている人の目だからね」
「……なっ」
「少し時間を貰える? その間に考えてみることにしましょう」
「まずはそれで頼むよ」
「だからフェルマさん。そしてあなた達も、私が一分でも多く考える時間を持てるように、研究を手伝ってちょうだい」
語尾にハートマークでも付きそうなほど溌剌と述べたプリシラ。ちゃっかり研究の手伝いを強要させる辺り只者ではないと、リュウ達は悪い意味でプリシラの頭の良さを認めた。
「地下室全般の片付けと、不足してる薬草の補充、論文資料の整理に、植物の水やり。ああ、アッシュは確か魔法を学びたかったのよね?」
「……えっ」
「私は魔導師じゃないから教えてあげられなかったけど、彼らなら教えてくださるわよ。良かったわね」
「……ひっ」
ここへ来てアッシュはほとんど言葉というものを発していない。条件反射で漏れる声だけで何とか一命を取り留めている状態だ。ここでやらなければならないことはさらに増えていきそうだった。
「じゃあ、お願いね」
澄み渡るような心からの微笑みだった。
* * *
この家はとても面白い構造をしている。
地上にあるほぼ廃墟の建物は全く使っておらず、暮らしに使っているのはその地下の空間だ。そこは、アリの巣のように、沢山の小部屋からなる大きな城となっていた。
プリシラの研究室に来る前の、アッシュに襲われた部屋にある三つの入り口からそれぞれ各部屋へと繋がっている。少し人数が増えたくらい問題無い程のベッドもあるとプリシラは語った。
そこで、そんな広い場所の掃除にはマリーとティナが選ばれる。野草取りは少し知識のあるイクトが、アッシュの魔法指南は多少の問題はあるもののリュウがやる事になった。フェルマは壊した罠の修復をする。とことん嫌がっていたので本当に直るかは誰にもわからない。
「……と、言うわけでやっちゃいますか!」
「パパッと終わらせてプリシラさんに移動してもらわなきゃね!」
ティナとマリーは一足先に作業場に着いた。乱雑に物が置かれた床やら机やらを見渡し、前言撤回の覚悟を持つ。しかし頼まれた仕事を断りはしない。
「お~い」
埃の舞い散るこの部屋にやって来たのはリュウだ。
「リュウ、何やってんの?」
「ああ、いや実は……ゲホッゴホッ……。何だこの部屋!」
「ここ地下だから窓がないのよ。換気用の風魔法は動いてるけど、積もった埃の量がすごくて……」
「こんなとこに来るわけねー!」
涙目になっていたリュウだったが、耐えられず走り去っていった。三角巾にマスクといったティナ達でさえ長時間はいられない部屋だ。リュウには数秒でも無理だった。
(あいつどこ行ったんだよ……)
アッシュと言う少年がいなくなったのだ。激しい人見知りがあるとしても、仕事を任された以上はやり遂げようと思う。ティナ達のところにいないとなると、次に考えられるのはイクトのところだ。
「え? 来てませんよ」
「そっか……」
「あ、そこの右足の近くの草を数本抜いてください。それと三歩ほど後ろの青い花もお願いします」
「お、おう」
「それと上の木になっている木の実と、その根もお願いします。それからこの本に載ってるものと、これとこれと、それとあれを……」
リュウは気づいた。こんなところにあの人見知りのアッシュが来るはずはないと。しかしそれに気づいた頃には日暮れになっていた。
「ハァ……ハァ……やっと見つけたぁ!」
「ひぃっ!」
アッシュはプリシラの元に避難していたようだった。
「ほら、だから言ったじゃないの」
「魔法を習いたいんだろ、何で逃げるんだよ……」
「わ、わっ!」
リュウが一歩進む度に、プリシラの後ろで小さくなっていくアッシュ。顔は真っ青で額には汗もにじませている。
「ってか本当に魔法習いてーの?」
どんどん隠れていくアッシュに訊く。しかし返事はない。
「強化魔法と防御魔法習いたいって言ってたじゃないの。ほら、自分で言わないと」
「…………」
人見知りなどと無縁のリュウは、イライラばかりが募っていく。
「あー、もういいよいいよ。俺イクトの方手伝うからさ」
語調を強めて嫌みったらしく口にする。そのままリュウは外へと向かっていった。アッシュはそれ以降も何も喋らなかった。
「ごめんなさいね、アッシュ」
体育座りのアッシュにはそれ以上の言葉は掛けなかった。
「だけど、あなたは……」
言葉をぐっと堪えて、再び研究に戻るしかなかった。
* * *
(寝れねー)
別に枕が変わったからといって眠れないと言うほど神経質ではない。地下で眠るということに抵抗があるわけでもない。不思議と寝付けなかったリュウは一度トイレに向かった。
用を足し終えて戻ろうとしたとき、リュウの目に入ったのは地下では珍しい灯り。そこは最初にプリシラがいた場所で、彼女の研究の中枢でもある場所だ。
少し気になった上にまだ眠くならないリュウは、邪魔になってしまうのではと考えるわけもなくそこへ歩いていった。
そこでは積み上げた本や紙の隙間から何やら熱心にペンを動かすプリシラの姿があった。相当集中している様子で、リュウには気づかない。
何を思ったのかリュウは、辛うじて座れる椅子に腰を下ろした。直ぐに、思い出したようにまた立ち上がり、コップ一杯の水を飲む。それでも気づかれることはなかった。
「ふ~」
それから十分程経った休憩の時間に、プリシラが伸びをした。その瞬間、本と紙の隙間越しに目が合う。
「あらやだ、起きてたの?」
「あ、ああわりぃ、つい座ってた」
「別に良いわよ。気が散るわけでもないし」
「ていうか、この本タワーの隙間からよく見えるな」
「ああ、私が建てたから。私の街みたいなものね」
プリシラはもう止めるつもりだったのかペンのインクを拭き、ペン立てに戻した。書いていた紙は地面に投げ捨てる。故にまた散らかった。
「なんか他に飲む? コーヒーならあるけど」
プリシラが立ち上がり、足の踏み場のない地面を器用に移動していく。向かう先は小さな雷魔晶石が動かすコーヒーメーカー。
「いや、いらない……です」
「ああ、敬語はいいわよ。私教師じゃないし頼れる大人でもないから。あ、砂糖は二つでいいかしら?」
「はあ」
端から話を聞く気が無いのか何なのか。面白いくらいに会話が成り立たない。ペースを完全に持っていかれるのだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
机に置かれた二つのコーヒー。向かいに座ったプリシラがそれを一口啜っていた。リュウも出されたからにはちゃんと飲む。
「……アッシュはね、人見知りなの」
「知ってる」
事実の再確認から話は始まる。




