77 推理と冒険と少年と
「ああ、もうなんなのよこの家、イラつく!」
「わかったからとりあえず、放してくれよ」
必死に震えを抑え込み、速まる鼓動を紛らわし、道連れにとリュウを脇に抱えるティナ。がっしりと捕まったリュウは、為すがままだった。
ティナとリュウは先頭をたってこの廃墟を探索している。その二人を見つめるイクトとマリーがクスクスと笑っていることがティナにはわかったが、今は余計な恋愛感情を抱く余裕は無い。
空いている腕に炎を点したリュウ。それを即席の松明として二人は進んでいく。未開の土地を開拓していくかのように、ズカズカと進んでいくティナにリュウはもう何も言わない。
「出てらっしゃい、得たいの知れないゴースト。ぎったんぎったんのメッタメッタにしてやるんだから!」
「なんで殺る気なんだよ」
そんなやり取りを繰り返しながら、二人は一番奥の部屋にたどり着く。この部屋のみ、少しの生活感があった。ティナがその入り口に付けられた扉のドアノブに手を掛けた。
「開けるよ?」
「ああ」
「開けるからね?」
「うん」
「ちゃっちゃと開けるよ?」
「おう」
「一、二の、三! で開けるからね」
「早く開けろよ!」
苛立ちを見せたリュウが少し語調を強めてしまったがために、ティナにその肘をおかしな方向へと曲げられてしまった。リュウの小さな悲鳴すら聞こえない速さで、ドアをぶち壊した。
目の前から完全に、ドアは消え失せた。
埃が舞い飛んだその空間には、生活感の欠片も無かった。部屋に入る前の雰囲気とは違い、沢山の本と本棚で埋め尽くされた閑散とした所。薄暗さも相まって、結局この部屋も不気味な場所だった。
「あれ?」
しかし、後ろから覗いていたマリーが声を出す。
「そこ……」
指差す先は右側の壁。本棚が三つ横に並べられていた。
「本棚がどうかしたのマリー?」
「あそこだけ生活感っていうか、なんか違うような……」
マリーの言う生活感というものを、他の全員は理解できていない。感覚の違う超お嬢様の言うことに百パーセントの信頼を向けてはいけないとリュウ達は考えている。しかし、今回だけはその考えに当てはまっていなかった。
「確かに動かした形跡がありますね」
イクトは本棚の下の、何かが擦れたような跡を見つけた。不自然に動かした跡だった。
「へっへ~ん、わかっちゃったもんね。この奥に隠し扉があるってことがよ!」
リュウが指差す先はその本棚。古ぼけた本が数冊収まっているそれが、どんどん怪しく見えてくるような一言。
「そんなバカな話あるわけないじゃない」
ティナが肩を竦めながら言った。入り口付近でタバコを吹かしているフェルマ以外の全員が、しかし同じ意見だった。
「やってみりゃわかるだろ」
【炎撃】
迷うこともなくリュウは下級魔法を放った。
「なんで燃やすのよ!」
【悪戯妖精の水鉄砲】
大量の煙を上げながらも無事消火された本棚。しかし、元々ボロボロだったために本棚は呆気なく崩れ去ってしまった。そしてその奥に現れたのは、壁ではなく何かの空間だ。
「リュウ君の勘、凄いね」
「だろ? 推理物の漫画は大抵これだぜ!」
指をパチンと鳴らし、得意気にずかずかと歩いていくリュウ。最後の一言は余計だったと、誉めたはずのマリーは思っていた。
* * *
蝋燭のみに照らされる、横に二人で並べる程度の細さの道は、天井の高さにも余裕があった。湿度が高く、土作りの天井の至るところから水が滴り落ちている。所々の壁の窪みに除湿器がおいてあるが、あまり意味を為していないようだった。
明らかに、ここでは人が出入りしているようだった。薄暗い道の先はまるで闇。出口はわからない。
「こ、こわいよ」
マリーは横に並んで歩くティナとイクトの後ろで縮こまっていた。一番先頭がリュウで一番後方がフェルマ、後三人が真ん中という陣形で進んでいく。
【次元転送・銀龍】
リュウは銀色の籠手である『銀龍』を両手に装着した。甲の部分の龍の模様は荒々しく燃え始め、再び松明代わりとなる。
「見てください、これ」
明るくなったことで照らされた地面を真剣に見つめたイクト。ようやく進み出した足を一時止め、イクトの話に皆は耳を傾ける。
「足跡です。しかも、妙に真新しい」
前に向く足跡と、後ろに向く足跡の二種類が数えきれないほど付けられていた。これは、この場所で行ったり来たりを繰り返しているから付くものだ。
「トルク村、思い出すな」
リュウが呟いた。最初のクエストで初めて目にした謎と、危機的状況。巨大な魔物を閉じ込めていた部屋まで繋がる洞窟が、今いる洞窟とよく似ている。不気味さが、より引き立つ。
「とりあえず、魔法は使えるようにしとこう」
ティナの掛け声で警戒感が増し、最大にまで高められた緊張感が辺りを包み込んでいく。
「行くか」
また歩き始める。
しかし、目の前に現れたのは壁。一本道であった筈の洞窟だというのに、道なりに歩いたらそれが出てきた。念のため足跡も目で追っていたが、しっかりと壁付近にも付けられている。
「硬ェ」
『銀龍』を装着した手の甲で壁を叩くが、返ってくるのは詰まった音。壁は本物のようだった。
「足跡は奥に続いているような気がしますね」
イクトの言う通り、壁の部分で消えるまで足跡は真っ直ぐ。曲がっていない。
「アンタはどう思う?」
「知らねえな」
フェルマに意見を聞いたが不機嫌に返される。いちいち突っかかる態度に、リュウは舌打ちをする。
「何か仕掛けがあるのかも知れませんね。この扉に、少しの魔力を感じます」
既に魔力探知をしていたのか、イクトは壁を指さしていた。
「こんな土の壁に魔力? なんだそりゃ」
ありえないと言った風にリュウは壁を軽く押す。もちろん、びくともしない。その後、先が長くなりそうだと壁にもたれ壁について考察し始めてしまった。
しかし、頭を使うことに向いていないリュウにはそういう宿命なのか異変が起こる。背中からカチっという音が聞こえた。不思議に思いもたれ掛かった場所を見直そうとしたとき、急に少しの揺れと共に土の壁が開いた。
「あ、開いた」
「よっしゃ、なんかわかんないけど行けるようになったな」
妙なところで男らしく突き進むリュウ。光すら見えない奥へ向かって、臆することなく歩いていく。ただ、それは三歩までだった。
「逃げろ!」
リュウの掛け声より少し後ろから、何かがやってくる。転がっているように見える。
「な、なんか来る!」
迫っていたのは、通路ギリギリの大きさの大玉。材質は岩。ゴロゴロと、まさに物語の中でしか出てこないような大岩がリュウと共に迫ってきていた。
「え、ええ、ちょっちょっと!」
「わ、わああああああ!」
ティナとマリーはなんとか最小限の大混乱で済み、急いで元来た場所を戻る。叫びながらも全速力で逃げる姿は、すこしの面白さもあった。
【瞬盾】
突如大岩を塞き止めた下級防御魔法。フェルマの手が淡く光っており、魔法発動の合図を出していた。何事にも無関心であったフェルマが、結果的に皆を助けた。
「おらあっ!」
止まった隙に炎を腕に纏わせ、それを思いきり殴る。塞き止められた岩を粉々に砕き、舌打ちを一つ。
「礼は言わねーぞ」
出来た道の先を歩いていく。それから、多くのトラップがリュウ達を襲った。
頭上からは矢が降り、落とし穴がいくつも現れるという古典的なものと格闘し、計算問題を解き終えるまで開かない扉や、明るくしなければ開かない鍵など、一風変わったものにも引っ掛かった。
その度に何度も助けに入ってくれたのは、他ならぬフェルマだった。リュウ達四人とフェルマとの温度差を考えれば不自然なだけに、リュウは納得がいかない。
煮え切らないその状態のまま、何やら明かりらしきものが見えてきた。授業で習う通り、ここからは足音を極限まで消し魔力も抑える。リュウの猛る魔力も今は弱火だ。段々と近づいてくる明かりに、緊張が高まる。『銀龍』を絞め直し壁にくっ付き先の状況を探る。
未だ中は見えない。しかし、行くしかなかった。
「……行くぞ」
その言葉を最後にリュウは走り出した。炎を全開にし両手に纏わせる。そうして、警戒を厳にして明かりの先に出てみると、目の前に映ったのは案外下らないものだった。
普通の学校の教室よりもやや狭い空間に、先程見回った時と同じように本棚が沢山並んでいる。そこにびっしりと詰まった本はどれも、少し褪せていた。
小さな雷の魔晶石に照らされた部屋はどこか埃っぽく、掃除は行き届いていない様子。
周りを観察していた五人は、何処かに続いていそうな出入り口のような穴を三つ見つけた。その後、視線を一点に定める。
赤褐色の髪に鋭く睨みを効かせた瞳、両手なのに浅く持たれた小さなナイフ、震える膝。首に掛けた金の懐中時計すら、怒りに包まれている。
目の前にはそんな少年が立っていた。年齢としては十歳くらい。いつの日かトルク村で出会ったリーマスという少年と同じくらいだった。その少年の後ろには、さらに奥へと続く通路がある。
「幽霊じゃねーじゃん、ガキじゃん」
脱力し、炎を消す。目の前の少年はまだ此方を睨み付けていた。
「はあ」
後から気怠そうに来たフェルマ。リュウ達の横を通り、震える少年を一瞥し、奥へと歩んでいく。その時、
「そっちに行くな! 侵入者め!」
少年がフェルマへとナイフを突いてきた。フェルマから見て右側から来たその少年に、フェルマは目も暮れず歩んでいく。
少年は、ポケットに手を突っ込んでいるフェルマの腕を狙っていた。だが腕にナイフが刺さろうとしたその時、腕とナイフの間に小さな薄い盾が現れた。
ナイフはそれに弾かれ、少年ごと地に落ちる。倒れ込んだ少年を心配する様子もなくズカズカと進んでいく。
「や、やめろ!」
直ぐに立ち上がり、フェルマに掴みかかろうと足に力をいれた少年。目には弱さがあった。
「何の騒ぎ?」
フェルマがそれでも奥へ進もうと通路へ近づいた時、その通路から一人の女性が歩いてきた。長い黒髪を結い纏め、眼鏡の女性。フェルマよりも少し背の低いその女性は丈が膝辺りまである白衣を着ている。
「アッシュったら何をやってるの? 」
白衣を着た女性は先程の少年を見ながら強めに言った。その言葉を受けたアッシュと呼ばれた少年は、赤褐色の髪を大きく乱しながら、その女性の後ろに隠れる。
「すまねえな。勝手に上がら……下りさせてもらった」
警戒心の欠片もないフェルマに対して、少しのそれを纏わせ白衣の女性は言葉を返す。
「構わないわ。貴方達は別に悪党ってわけでも無さそうだし。とりあえず奥へ行きましょう、少しだけど座れるから」
そう言うと、女性はアッシュを押しながら奥へ進んでいく。リュウ達もフェルマを先頭に着いていった。




