76 最悪クエスト
次の日、時刻は正午を過ぎた辺り。この日の学園は休日だ。
アルを除いたリュウ達四人はとある事情からギルドへと来ていた。酒場の造りになったギルド【アルデバラン】の中へと入り、店主でありギルドマスターでもあるネルファスに声をかける。
『へいリュウ! 今日もキマってるねィ! おっといけねエ、これが話してたやつだゼ!』
「お、おう」
話しかけるとは言っても、自動的に言葉と依頼書が帰ってくるのみで何の面白味もない。リュウは気分の面で違いが生じていることに戸惑い、籠った返事になった。
『後の事は助っ人に聞いてくれィ!』
酒場のドアが開く。出ていけという意味のそれによって、リュウ達はまだ慣れないマスターのテンションに呑まれながらも渋々外に出た。
事の始まりは、数時間前。
その日はまだ夏の蒸し暑さが残る日だった。夏季休業明けでバタバタしていた教師も生徒もやっと落ち着き始めたそんな時、リュウ達は学園長こと元帥《千年巨城》クロツグ・デルファに呼ばれた。
休日だからと夜更かしをして、結果最悪の目覚めのまま事もあろうに元帥に会う。言葉に出せば打ち首にでもなりそうなそれを、リュウは平然とやってのけた。
「君達に初めての仕事を依頼したい」
第一声はそれ。学園の放送機器を全て使い、直接脳に送り込む念話放送も駆使しての呼び出しだった。滅多に使われない放送なだけに、リュウ以外の四人はビクビクしていた。
「知っての通り、前回の襲撃で教師に死者が出てしまった。それで、今は非常勤の先生方に来てもらってカリキュラムを進めている状況だ」
魔法戦闘学だったシエラの代わりは、冴えない中年男性だった。話も授業も面白くなく、時折あったシエラの授業での笑い声も無くなっていた。
最初から最後まで一コマ一コマ計算された授業だったのだと、いなくなってから初めて気づいたのだ。その状況に、生徒も勿論教師まで、誰しもが戸惑っていた。
「だがいつまでもそうと言うわけにもいかないのが学園だ。そこで教師として新に三人、学園に来てもらうことになった。これがその候補者リストだ」
見せられたのは三枚の紙。顔写真と名前とその他諸々が書かれた履歴書のようなものだ。見覚えもなければ、親戚などでもない。
「君達にも教師を連れてくる任務を請け負って欲しい」
「それは護送任務ですか?」
「そこまで堅苦しいものではない。別に誰かに命を狙われるわけではないからな。軍を動かすほどではないし、信頼できるギルドを介したいというところだ。君達ならばうってつけなんだ」
「でも授業が……」
「その部分は勿論公的な欠席扱いだよ」
勉強嫌いのリュウは即了承しようとしたが、躊躇してしまった。連れてくるのはシエラの代わりの教師。どうしても戸惑いが出てしまう。シエラという偉大な教師の代わりを見つけるということが、つまりシエラの存在を否定するかのように思えてしまった。
「達成時には報酬も出るし、これからのためにも是非協力してほしい」
「俺は、行けません」
リュウの返事が出る前にアルが言葉を発した。はっきりとした白い髪も、幼い顔も、耳のピアスも、決意に満ちていた。それを見たからこそ、リュウは決断する。
「……俺は、俺は行く!」
なんと無しに決めたようなものでもあった。
殴られたあの時以来、どうもギクシャクしていたこの状態から離れたいとも、やはり早く元に戻りたいともリュウは思っている。だから一度距離を置く、そして自分に出来ることをやろうと決めたのだった。
「私もやるよ、リュウ」
「僕も行きましょう」
「わ、私も行こうかな……」
ティナも、イクトも、マリーも決めてくれた。
「助かるよ。地方遠征に加えてアルティス外へ行くことも考えて助っ人をこちらから付けさせてもらう。かなりの実力者だから肩の力でも抜いて気楽に行ってくれ。これからの出発だが行ってくれるな?」
「「はい!」」
* * *
そうして昼下がり、丁度お腹も空いてくる頃集まったメンバー。新入生クエストからいつも一緒だったこの五人も今となっては四人となった。
ギルドの外へ出た四人は、仕方なく助っ人を待つことにした。いつものうるさい程のテンションをこれっぽっちも発揮しないリュウ。静けさが辺りを包んだ。
「お、いた」
覇気の欠片もないその声が不意に届いた。嫌な予感の方が先に来たのだが、一応振り替える。
そこには、タバコを吸いながら歩いてくる一人の男の姿が。ボサボサの黒髪に死んだ魚のような目、付け加えヨレヨレの洋服。憎き新担任フェルマ・クオルトだった。
「こんなところにいたのか。準備は出来てんだろうな?」
急に話しかけられた上に、その相手はあのフェルマだ。リュウが真っ先に啖呵を切っていく。
「は? 俺達これからギルドの仕事行く為に助っ人待ってるんすけど。関わんなくていいんすけど」
「知ってる。だからわざわざ午後の授業を自習にして来たんだろ」
「だからなんっ……ま、まさかアンタ」
「だからそれが俺だよ。一々言わせんな」
リュウはようやく気づいた。まるで仕組まれているような偶然は、もしかしたら必然かもしれない。そう思う事で狂いそうだった気を静めた。心底嫌ではあったが、ここで逃げれば男が廃るとリュウは渋々歩き出す。
ギスギスとした空気を纏わせ歩き出した五人はそのまま、アルティスから出るため南へと向かっていた。誰かが何かを喋らなければさらに空気が悪くなると思われたその時、何かを見つけたマリーが口を開いた。
「あ、アル君だ」
皆が一斉にマリーの指差した方向を向く。そこにいたのは白髪の少年、確かにアルだった。買い物袋と何かの魔導書を持っている。
「おーい、ア──「いいよマリー」
マリーの言葉を遮るように上から被せるリュウ。もうアルの方を向いては居なかった。
「え、でも……。あ、気づいてくれた。おーい!」
その言葉にすぐに反応したリュウ。見れば確かにアルは自分達に向いていた。しかも、リュウとは目が合ってしまった。反射的に目を逸らしたアルは、直ぐにどこかへ歩いて行った。まるで、もう関わらないでくれと言うように。クロツグから依頼を受けた時は、ちゃんと顔を会わせたと言うのに。
「い、行こっか」
首都アルティスを抜けたその先からは馬車での移動となる。途中ある二つのホテルに泊まる約三日の旅。四六時中憎きフェルマの傍に居なければならない。リュウはムスッとしながら三日間馬車に揺られていた。案の定最悪な空気感の中で、ティナ達もまたのらりくらりとやり過ごしていた。
「もうすぐ着きますね」
地図とにらみ合いを続けていたイクトが三日目になってようやく口を開いた。やることもなくなったリュウは寝てしまっていたがたたき起こし、ティナによって担ぎ出される。
馬車から降りればそこは森林浴には持ってこいの場所。三日間揺られてようやくたどり着いたかと思えば、辺りには何もない見張らしも悪い森となり、リュウのテンションは下がる一方だった。
「フェルマ先生、本当にここで合ってるんですよね」
「……あ、ああ」
フェルマは胸ポケットにしまっていた紙を眺めていた。空返事が続いていたが、だからと言って原因はフェルマにしかわからない。とりあえずこの場に助っ人としているのだから協力してほしいとも四人は思ったが、関わりたくないという思いもある。そして目的地に到着し、それを目撃した五人。
「やっぱりここだね」
何度も皆の顔を見渡しながら、最初に訊くのはティナ。けれども、そんな彼女とは皆目を合わせようとはしない。泳ぎに泳ぐ回遊魚の目線だった。
「いやいや、誰か反応しなさいよ」
目の前に広がるそれに向けて、文句を垂れながら歩いていくティナ。だが、皆の反応もわからなくはないとも思っていた。
茶色いレンガ造りの小さな小屋がそこにあった。壁には何かの植物の蔦が張り巡らされ、扉であるはずの木の板が外れ地面に落ちている。
入り口の様なものの左右に一つずつつけられた窓も、何度もテープで修復した跡がある。壁に焦げ目があるのもワンポイントだ。
花壇であるはずの場所でも、雑草という雑草が生い茂り、一種のジャングルが完成している。廃墟と言われても信用してしまう空間が、この場の皆には映った。
一言、不気味なのだ。
「すいませ~ん。誰かいませんか~?」
ティナがそう叫んだ瞬間、辺りの木々から真っ黒な鳥が飛んでいった。よく見れば空は一面灰色。ティナの後ろの皆は少し距離を取っていた。
(あいつら……)
怒りを露にしながら入り口の方へ向き直る。すると、奥の方に赤褐色の何かがあることに気づいた。よく目を凝らすティナ。
「うわ!」
それに気づいたのか、悲鳴のようなものを上げた直後すぐに物陰に引っ込んだ。ティナは一瞬で悟る。今のは「人」だと。恐怖心が今の出来事で振り払われたのか、透き通った水色の髪を揺らし、中へと入っていった。その刹那、
「う、うわああああ!」
廃墟らしき中から大きな悲鳴が聞こえた。途端にビクついたティナはどうしていいのかわからず、後ろを向いた。相変わらず一定の距離を保った皆が、今度は据えた目で見つめていた。
迫り来る恐怖に、顔は青ざめていく。最悪の答えが、ティナの頭の中で出てしまった。
「今のって……ゆ、幽霊!?」
また、鳥が飛び立った。




