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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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74 決断


『リュウに提案があるんだ──』


 ロイの話を聞き終えて帰宅した頃には、辺りはすっかり夜に変わっていた。ここ数日眠れていなかったリュウだったが今日は違う。強烈な睡魔と共にすぐに落ちていった。

 アルとはあれ以降会話をしておらず、イクトとも顔を合わせていない。社交パーティーから帰ってきたマリーはシエラの葬儀中、ずっと泣いていた。ティナだけが明るく振る舞っていたが、やはり辛そうだった。


(あいつらとも……話さなきゃ……)


 ゆっくりと目を閉じる。

 それからは一瞬と感じさせずに朝が来た。珍しく冴えた頭でこれからの事を確認する。顔を洗って、朝食をとって、着替えをして、写すために課題も持った。夏期休暇の明けてない今、一刻を争う事態に突入している。


「……ティナんとこだな」


 腹をくくってインターホンを押した。眠たそうな声が聞こえて来た直後、ゆっくりと扉が開く。リュウの顔を見た瞬間に少しだけ涙をにじませた。すぐに笑顔になってティナは出迎えてくれた。

 クマとカエルの模様がプリントされた、ティナにしては普通のパジャマ姿。勉強の時だけ着ける、黄土色と青色のストライプが特徴の縁の太い眼鏡。ティナらしく毒々しい個性的な小物だった。


「話があるんだ。ちょっと付き合ってくれよ」

「え、ええ……。じゃあもっと普通の服に着替えるから待ってね」

「やめとけ、絶対やめとけ、そのままが一番だから」


 この奇跡のスタイルから、いつものような目がチカチカするスタイルに変わることは許されない。学園の制服等というものがなければ、ティナの服はそのうち発光しだすのだからセンスというのは恐ろしい。


「なあ、ティナ」

「ん?」


 リビングに通されジュースを出してくれる。


「いろいろごめんな。無駄に気ィ遣わせてさ」

「何言ってんの。あんたはそんなタマじゃないでしょ。暗いリュウなんてリュウらしくないよ」


 ティナは嬉しそうに笑っていた。


「それにあんたの目的は見抜いてるわ。何年一緒にいると思ってんの」


 そう言いながら自分の課題を渡してくれる辺り、長い付き合いだなと嬉しくなったリュウ。ティナの課題はありがたく受け取った。後で隅々まで写させてもらうのだ。


「それで、話って?」

「ああ、あいつらともしたいんだ」


 宿題を大事にしまったリュウは、ティナを連れて別の部屋へと向かっていく。

 女子の部屋が並ぶこの階にはマリーの部屋がある。男子禁制の聖域だがこの早朝ならば監視の目も緩い。今のうちにマリーにも声をかけねばならないとインターホンを押した。少し経ってから、マリー独特の若干気の抜けた声が聞こえた。扉がゆっくり開く。

 出てきたのは二大貴族マリー・レイジー。

 無地のシルクのパジャマに身を包み、髪の毛を一つに纏めエプロンも着けている。何かの作業をしてたのか、履いている薄い黄色のスリッパにシミが付いていた。


「あ、リュウ君にティナさん。どう……したの?」

「少し話があるんだ。いいか?」

「いいけど、今トカゲとナマコのチョコ鍋作ってたところなの。よかったら食べる? 少し待っててくれれば出来るけど」

「はは、まだ死にたくねーや」

「いや、そんなことは言ってな「はーい! レッツゴー!」

「わわ、ティナさん。危ないよ~」


 無理矢理マリーの腕を引き、部屋から連れ出したティナ。リュウの先を歩き始めたその背中にはピースサインが。

 また一人、命が救われた。

 階が変わり、次にやって来たのはイクトの部屋。また一人マリーも増えて、心強くはなったがやはり躊躇してしまう。【メガイラ】という名が出てから様子が変わってしまったイクト。

 何か理由があるのかと、前から面識のあったマリーに聞いても、分からないと首を横に振られてしまうだけだった。


「おーい、イクトー!」


 インターホンを押し、扉の前で大声を出す。朝っぱらからとても迷惑だ。

 それをいち早く止めるかのように、イクト・ソーマは出てきた。朝だからか顔色が悪い。いつも悩まされているという低血圧だった。綺麗な黒髪はそのままに、鋭い切れ目がさらに剣呑になっていた。怖いと、リュウは呟いた。


「おはよ、ちょっと話があるから一緒に来てくれよ」

「朝からうるさいと思ったらそんなことですか。後にしてください」


 不機嫌そうに断られ、挙げ句ドアも閉められてしまう。そんなときだった。


【次元転送・メルキオール】

「魔力装填“thunder”、【雷撃貫通弾】」


 一連の流れを目にも止まらぬ速さで行ったのは、笑顔が消えていたマリー。手に持った黄金のリボルバー式拳銃が火を噴く。扉の蝶番を正確に狙い撃ち、付けられていた全てのそれを破壊した。扉は無慈悲に開かれる。途端にマリーの顔に笑みが現れた。


「ふう、じゃあいきましょうか」

「え、いや、扉……」

「直しときます。後で家の者が」


 笑顔に戻ったマリーは、イクトの肘を掴み無理矢理廊下に連れ出した。


「最後はアルだ……」


 リュウは自信無さげに吐露する。やはりアル・グリフィンともあの事件から溝が出来てしまった。

 無口で掴み所が無いが、とても優しい性格で絶対に人を殴るような奴ではない。魔物にさえもそうはしないアルが殴ったあの日、そんな彼の制止を振り切ったあの日をリュウは思い出す。

 長く一緒にいるだけに余計どうしたら良いのかわからない。二人のことをよく知るティナにも、割って入ることが出来なかった。


「案外どうにかなるんじゃないですか?」

「そ、そうだよ! 元気が取り柄のリュウ君なんだから。イクト君も私も何かあったら扉壊せるからね!」


 イクトとマリーもやけくそなのか励ましてくれる。嬉しかったが、後戻りできなくなってしまったと、若干の後悔も見せる。


「よ、よし!」


 そうこうしている間にアル部屋の前に着いた。部屋番号のみが書かれた扉にはアルのネームプレートは無い。何もかもに無頓着な彼は、そういう奴だ。

 深呼吸を一回し、インターホンを押す。


「アルー!」


 イクトの時と同じく大きく叫んでみる。しかし、返事はなかった。


「アルー!」


 今度はティナが呼ぶがやはり返事がない。外出をあまり好まないアルは部屋で勉強してると思っていたが、もしかしたらいないのか。


「……あ」

「どうしたんだよティナ」

「あんたアルと何日会ってない?」

「あ~、一週間近く?」

「私もそのくらい。イクトとマリーは?」

「僕もです」

「私はパーティー前からだからもうちょっと会ってないよ」


 四人の顔が一瞬にして青ざめた。

 アルには生活能力がない。三日と放置すれば部屋は散らかり放題、冷蔵庫は空の空気だけを冷し、何なら玉ねぎの皮さえ剥けない彼だ。数日に一度は掃除洗濯料理をしに行かなければならないような部屋に、リュウ達は一週間近く入っていない。

 最悪の事態が四人の頭に思い浮かぶ。


「大変だ!」


 リュウの右手には炎が灯った。一刻の猶予もない。マリーの名があれば学園のものをいくら壊しても問題ないので、アルの部屋の扉は簡単にぶち破られた。


「アル!」


 ほとんど物の無いリビングに走り込む。ベッドすらないこの部屋のどこで寝るというのか。そんなことは考えるまでもなくアル本人によって証明された。

 カーペットさえ敷かれていない床でアルは倒れていた。日差しだけが心地よく差し込む中でうつ伏せになっている。


「……もうさぁ、いい加減買い物くらい行きなさいよね」


 すぐに食べ物を口の中に突っ込み、水で流し込んだことでアルは目覚めた。リュウの部屋に運び込んだことで一通りの回復は計れたことが不幸中の幸いだった。


「飴しか舐めてないってどういうことよ」

「好きだから」

「それだけじゃ倒れるに決まってるでしょ!」


 ティナの説教はもう少し続く。そろそろ急ごしらえの体力もティナによって削られ尽くしたという時、リュウがどうにか口を開いた。


「皆に相談があるんだ」


 この数日まともに会話をしていなかった。言いたいことは山ほどあった。言い出せない想いは積もるように溜まっていった。

 悲しみも苦しみも、枯れてしまいそうな涙とともに流れるかと思ったがそうもいかない。辛く険しいこの道のりは、誰に打ち明けても終わらないと思っていた。

 それでもリュウはこの四人にだけは話しておきたい。それが友達だと思ったから。


「俺さ──」


 * * *


 期日の三日が経った日の午後、リュウも含めた五人が【アルテミス】会議室に集まった。それぞれが別々に時間を潰し始めたその時、一人の老人と青年が入室する。一人は《賢者》ジオフェル・グラントハイツ、もう一人は《皇炎の支配者》ロイ・ファルジオン。勿論ロイが元帥だということはティナ達の知るところではない。


「さてと、答えは決まったかのう?」


 笑顔を浮かべ長い髭を弄くりながら、ジオフェルが訊いてくる。もう答えは出ていた。たとえ何があってもリュウは変えない。ギクシャクして、喋りにくいあの部屋での会議。思い出すと笑えてくるような噛み合わないあの感じ。


『──ギルドに入ろうと思うんだ』


 リュウは、皆がそれぞれポカンとした表情になったことをあの時を思い出す。


『ギルド?』

『同業者同士で連携を組み、仕事を共有させたり仕事の仲介をするあれですか?』

『マリーの言う通りそれだ。ロイさんがそこなら軍よりは徹底的な警護は期待できないけど、仕事を受けて修行もできるって』

『でもそれじゃリュウ君が……』

『危ないけど、一人で軍に入るよりも皆とギルドに入りたい』


「俺は、ギルドに入ります!」


 リュウは堂々と会議室に轟かせていた。


「皆と一緒に強くなって、ついでに全員抜かしてやるんだ!」


 立ち上がって笑顔で喋っていた。ロイがジオフェルの後ろでピースサインを向けていた。


「わ、私も入ります!」

「あそこまで言われたら着いていきますよ」

「勿論、私も」


『正直俺はまだ立ち直れてねー。男らしくないけど、すごく悲しいし悔しい。だから強くなる。この悔しさをこれ以上背負わないように。自分勝手な考えだけど、やっぱり皆とがいいんだ』


 リュウのその言葉があったからこそ、この場に来た。ティナもマリーもイクトも、そして無言のままのアルも。


「まさか儂の話を蹴るとはのう。フォッフォッフォ、面白い! ロイにも一本とられたわい!」


 大きく笑ったジオフェルは、笑いながら指を鳴らし五枚の紙を喚び出した。それは、時々街で話題に上がるほど有名なギルド【アルデバラン】の登録書だった。


「待ってました!」


 手に取ったリュウはもちろん直ぐに、他の四人も間を空けてサインをした。アルでさえも書いている。


「若いのう」


 まるで孫でも見るような目で、ジオフェルはリュウを見つめていた。

 

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