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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第七章【時の支配者】
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73 【アルテミス】四元帥


 苦しみや悲しみ、内に溜まったどす黒いものは全て流れ出したような気がした。それでもリュウの身体を締め付けるような感情は晴れず、まるで鉛の鎧を着ているかのような重さが付きまとう。

 人が亡くなったということに初めて向き合った。埋めようのない虚無感を知り、それを生み出したのは己の無力さだと知る。シエラがどうして自分を守ってくれたのかを知り、シエラの愛情を知った。深く見れば良い人だったというのに、学園生活の中でリュウがしていたことと言えば寝坊と反抗。残ったのは後悔だけだ。

 リュウはネリルを失った。これから友達になるはずだった。ネリルの遺体は見られたものではなかった。少しだけ見ようとも思ったが、何者かによって惨殺されている。

 『本当の強さ』を英雄から習ったところで、リュウは英雄ではない。仲間を守りたくとも守れない。自分の弱さによって親しい者を二人も失った。


「もうすぐ新学期か」

「うん」

「てことは英雄祭まであと三ヶ月くらい先だね」

「うん」

「良いね。俺あんまり行ってなかったからな~」


 差し障りのない話をした。気が紛れるようなものでもなかったが、無言になった瞬間にあの日のことを思い出してしまう。ロイの優しさが身に染みた。

 数分で二人は巨大な鉄門を見上げる形で立ち止まった。首を痛めそうな高さにまでそびえる門をくぐり抜け、目的の場所へと向かう。病院でも、闘技場でもない。初めてロイとゾットと話し、自分に弱さを突き付けられた部屋、会議室へと通された。


「そこ座って。“皆”が来るまでもう少し待ってね」


 長方形のテーブルとそれに付属された椅子があるだけの、何処にでもあるような部屋だ。ロイが好きなお菓子が沢山あるという点を除いて。


「お待たせッス!」


 最初に入ってきたのはゾット・ミッド。五番隊副隊長として【アルテミス】の隊士となっているが、それによってリュウを助けてくれたのが彼だ。


「ゾット君はそっちね。君も“知っちゃった”から」


 ロイの誘導でリュウの隣に座る。二人してロイと向き合う形に完成した。再び扉が開いたのはさらに数分経ってからだった。


「ほっほっほ、遅れてしまったのう」


 まるで休日の陽気な気候に吊られてやって来たかのように自然体で、いつかのバザールのように活気だった人々のように足早に、その人はやって来た。

 リュウの予想していた人物とは全く異なり、その人の人柄でさえも予想と反している。呆気にとられている中で、ロイとゾットは椅子から立ち上がり軍式敬礼をしていた。


「ほっほっほ、やめとくれ。儂の用はそこの者にある。主らも休みなさい」


 笑いかけたその声にも魔力が込もっているような雰囲気だった。長く伸びた白髪と同色の髭が特徴の老人はゆっくりと椅子に腰かけた。すぐに魔法で自動的にコーヒーを用意して一息つく。その華麗さたるや、コーヒーの方から向かっていったようにも見えた。


「じっちゃん、確か……」

「リュウ! 失礼ッスよ!」

「よい、ゾット副隊長。こうして顔を直に合わせて話すのは初めてじゃからのう」


 イデア王国魔導軍隊【アルテミス】の中でもただ一人だけが羽織ることを許される白と黒の混色ローブ。如何なる敵にも屈しない潔白と、如何なる敵をも染め上げる漆黒。生まれる矛盾さえ覆す存在として成立するからこその色。大きな傷を額に持つその老人の名はジオフェル・グラントハイツ。


「《人間国崩》の……」

「いかにも。儂こそが《人間国崩》であり、軍最高指揮官|《賢者》でもある、ジオフェル・グラントハイツじゃよ」


 王国最強、ひいては世界最強の称号も持つ魔導師だ。


「こ、こんにちは。ハロー?」

「儂は言葉の通じる相手じゃよ」

「あちゃ~、リュウの理解力の無さがにじみ出ちゃったかぁ~」


 一通りのコントを終えたリュウとロイは、次の言葉を待つ。間近に現れた《人間国崩》にリュウはまだ緊張していた。


「今日呼び出したのは他でもない。先の事件“以降”に関して、お主に伝えねばならぬことがあってのう」


 早速口を開いたジオフェルは包み隠さない。出来ることなら聞きたくはない。立ち直っているわけがないからだ。ロイの支えとゾットの優しさがあるからこそリュウは現実と向き合えている。


「奴らは【メガイラ】と名乗った。奴らはお主を『英雄』と呼び探していた。そこに間違いはあるかのう?」

「その通りだ」

「奴らが目立った行動を始めたのは数年前、世界各地の遺跡が何者かによって破壊されておったことから存在が明るみに出た。先の事件まではそのような“迷惑な”犯罪組織というのが各国の認識じゃった」

「素性はおろか、組織形態まで謎。目立った活動はもしかしたら手広いのかもしれないがそれさえもわからない。ボスの存在さえ不確かな組織ッス」

「【メガイラ】というのはそれほどまでに謎めいた組織じゃ。現状コンタクトを取ったのはリュウ、お主が初でのう……」


 そんな組織が存在することを初めて知った。


「はっきりと言えるのは君を狙っているということ。かなりの実力者集団だということ、『英雄』に関しての何らかの目的があること。この三つだけなんだ」


 ロイが挙げた三つ以外に判明した事実はない。理解が遅れたながらも、リュウにはその状況がどれ程危険なものか理解できた。


「そして、ネリル・オーンを殺害したのも奴らだ」


 そこで衝撃を受けることになるとは思わなかった。軍の病院に入院していたのがネリルだ。その警備体制をかいくぐっての殺害を成し遂げるだけの力が奴等にはある。恐怖にも似た感情をリュウは覚えた。


「ネリルさんは魔闘祭の時の一件で意識不明だった。快復に向かっているところでの事件で改めて【アルテミス】の警備体制を見直すことになったんだ」

「何で、アイツが殺されなきゃいけないんだよ……」

「魔闘祭の一件があったからだと踏んでいる。暴走にも似た行動という不可解さは、奴らの手によるものだとしたら合点がいく。その場合、彼女は口封じ、あるいは証拠隠滅のために殺されたということになるね」

「そんな、そんな……」


 身勝手にネリルを巻き込み、身勝手にネリルを殺す。人の命を命とも思わない所業だ。


「どのような事態だろうと、我らの対応が遅れたことによってここまでの被害が出てしまったことに変わりはない。リュウよ、済まなかった」


 ジオフェルはゆっくりと頭を下げた。しかしリュウは少しの反応しか見せなかった。


「……それは、俺だけに言う言葉じゃない。被害に遭った全員に向ける言葉だからよしてくれ」


 その言葉にジオフェルは固まった。一人の少年から出るような言葉ではないと思ってしまったから。一体どれ程の痛みがそんなことを言わせてしまったのか。身勝手なままに憤慨するくらいでも足りないと思っていたくらいなのに。まだ、こんなにも小さい少年だというのに。


「なんで俺が狙われた。英雄ってなんだよ」


 明らかにリュウの事を『英雄』と呼んだ奴らの言葉が、ヨンの狂った笑い声がまだ残っている。消したくても消えない謎と奇声がリュウを支配しているのだ。


「それは、儂にもわからぬのじゃ。すまない」


 本当は“知っている”。リュウという一人の重たすぎる運命をジオフェルは知り、『英雄』という言葉がリュウにとってどれ程の苦痛になるのかも知っている。しかし、ジオフェルは言うことが出来ない。話すことが赦されぬ「英雄譚」がそこにある。

 何も語れぬその無力さと、卑怯さに己をも呪った。


「俺は、どうすりゃいいんだよ」


 虚空に消えてしまうかのような一言だった。開くとは思わなかった扉が開いたのはその時だった。


「そこで提案じゃ、リュウよ」

「凄いッスよリュウ。これは、本当に凄い」


 ゾットが思わず声を漏らすような二人が入ってきた。彼らが纏うローブの色は白。

 リュウから見て一番右に立ったのは、男らしい屈強な肉体を持つスポーツ刈りの男性。学園長クロツグ・デルファだった。左に立ったのは、艶やかに胸を強調している色気の塊のような女性、ミルナ・ホーキンス。クロツグの正体はあの四元帥と名高い内の一人《千年巨城》だ。


「彼らこそ王国魔導軍隊【アルテミス】の矛。その素顔さえ隠し通すイデアの宝、四元帥じゃ!」


 顔を出すことも許されない最強の国家機密。国を守る隊長格のさらに上、王国魔導軍隊【アルテミス】四元帥の面々だった。こうしてこの場に《賢者》と《元帥》が集まった。鳥肌が全身に立ったことも、リュウは気づかなかった。


「二人とも、そうだったのか……」

「三人だよ、リュウ」


 ロイが立ち上がる。指を一つ鳴らし、周りの空気が踊りだす。魔力によって色付けされた金色の風が巻き起こり、現れたのは白色のローブ。


「《皇炎の支配者》ロイ・ファルジオン。馳せ参じました」


 素顔を隠す仮面をそっと装着する。リュウの目の前で起こった神秘的な変身ショーを理解するには少しの間があった。


「《千年巨城》クロツグ・デルファだ。先日はすまなかった」


 付いていけぬまま、クロツグが口を開いた。


「《絶対零度の雨女》ミルナ・ホーキンス。ひさしぶりね坊や」


 次はミルナだ。色気の塊のような女性にゾットが頬を赤くしていたがリュウは動じすらしなかった。


「マジかよ」


 目の前にいるのは王国内で生ける伝説として語られる存在だ。二つ名のみを体として存在する彼らは、実力もさることながら知名度も並ではない。身近だと思っていたリュウにとって、その存在が揺らいだことこそが大きな驚愕だった。


「影から色々動いてはみたんだけど、やはり君に正体を明かすことにしたんだ。そうすることで、より密に君のサポートが出来るからね」

「私の可愛い坊やが狙われてるんじゃ、黙ってられないものね」

「この事は他言無用だ。もし情報漏洩が確認されれば君は四元帥の残りの一人《天使と悪魔》に殺される。その代わり我々は君を全力で守る。交換条件というわけだがどうかな?」


 最後はクロツグが問い掛けるが、それは質問ではなく命令だ。最初に無理矢理素顔を晒してしまったのだからこの条件を呑むしかない。


「【アルテミス】への入隊を望んでおるよ」


 それが狙いだ。管轄下にリュウを置くことによって監視と警護を同時に行う。国家機密という正体まで明かし、そして入隊を迫られたのはリュウのみ。それは他言無用であり、ティナ達にさえ明かせない。


「三日待とう。お主の良き返事を待っておるぞ」


 ジオフェルはそう言い残すと部屋から出ていった。あとから続いて、クロツグもミルナも出ていく。忙しいのかゾットも早急に出ていった。特にこれ以上用事の無いリュウも部屋から出ようとしたその時、


「あ、リュウちょっと待って」


 ロイに呼び止められた。広い会議室だというのに、隅のほうで手招きしている姿は何か怪しい。


「実は話があるんだけど──」


 会議室のお菓子を素早く開けながら、ロイは優しく笑った。

 

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