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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第六章【学園侵攻と英雄の謎】
72/301

71 そして悲しみだけが残された。


「ロク!」


 髪の毛を踊らせ現れたのはヨン。今の魔法を見ていたのか、先程とは違った焦りの顔を浮かべている。魔力を強引に高め城を壊す。直ぐにロクを抱えあげ、佇むクロツグから距離をとった。


「やだ、勝てないよ……ロク……」


 ピクリとも動かなくなったロクを抱き抱えたのも束の間、投げ捨てまた笑いながらヘラヘラと笑った。合流したゾットの隣で腕を組みながら土の操作を始めようとしていたクロツグは、返答しない。ヨンの躍り狂う髪の毛に恐怖しながらも、ゾットが言う。


「諦めがついたならおとなしく捕まってくださいッス」

「いやだよ~」

「なら、おとなしくしててください。手加減が難しいから!」

喝火山(メルト・スクワート)


 聞く耳を持とうとしないヨンに、ゾットは容赦なく魔法を放つ。だが、ヨンも少なからず警戒していた。瞬時に熔岩の吹き出る場所を察知し、幾重にも重なる熔岩の噴火を躱していった。


「【メガイラ】は英雄を探してる。この世界の『英雄気取りの三番目』を。てわけで、ばいにゃ~」


 ヨンの楽しそうな笑い声が響く。その直後、彼女は自身の髪の毛に包まれ、姿を隠す。繭のようになったかと思えば、その中のヨンもろともどこかへ消えてしまった。防魔結界はいつの間にか解けていた。


「逃がしたか」

「申し訳ありません。まさか逃げるなんて……」

「構わんよゾット。ロクと名乗った男の死体を、直ぐに医療長に渡してくれ」

「はいッス」


 ゾットは素早く亡骸となったロクの元へ近づくと、それを担ぎ上げたまま転移していった。転移する瞬間、哀しそうな表情でリュウのいる学園長室の方を向いたが、直ぐに目線を反らした。


(これからが、大変ッスね)


 残されたクロツグは学園長室まで戻ってきた。コレクションである彫刻や絵画、筋トレ道具などがほぼ壊されてしまっている。

 お気に入りだったプロテインも、床に散らばっている。抹茶味は東洋にしか売ってない。小さくため息をつき、視線をずらす。項垂れたリュウの横には、ピクリとも動かなくなった女性の姿があった。


「シエラ・アミット。若くして三番隊の副隊長候補に挙がった、というところで教職に就いた女性だ。とても優秀な魔導師だったが……」


 クロツグはこれ以上語ろうとはしなかった。次元転送の魔法で取り出した長方形の箱の中にシエラを寝かせ、どこかに送り飛ばした。


「先ずは事態の収拾だ。君を【アルテミス】まで送ろう」


 クロツグは詠唱を開始した。

 視界が瞬時に変わり、現れたのは【アルテミス】闘技場。そこには、防魔結界が解かれた事で転移してきた大勢の怪我人と、その治療にあたる医療隊隊士の姿があった。特に、体育館周辺にいた生徒と教師が多い。それでも、瓦礫に挟まれるなどした者はなく、あの場での死者のみが凄惨な被害者だった。

 仮説のベンチやベッドに寝かせつけようと生徒達を押さえ付ける、医療隊隊士の方が大変そうだったことにクロツグは肩を落としていた。


「こっちだ」


 半ば強引に連れていかれる。闘技場のゲートを抜け、中にある部屋へと向かう。魔闘祭の時に控え室として使っていた所だ。


「リュウ!」


 リュウは中へ入ると、直ぐに泣きそうな声の怒声に名前を呼ばれた。終いにはシャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。ティナが力強く抱き締めた。


「ティナ……」

「良かった……本当に良かった」


 鼻をすする音が聞こえ、一層強く抱き締められる。リュウはよろける体を必死で立て直す。

 それからティナが離れ落ち着いたところで、椅子に座りながらクロツグの質問に答えていった。よく周りを見渡せば、イクトとアルもいる。それぞれ誰とも口をきかず、必要な質問以外には答えていない。


「それで、奴等は確かに『英雄』って言ったんだな?」

「ああ」


 俯きながらリュウが答える。最後の質問まで、結局リュウがほとんど答えた。一から全てを思い出さなければいけない質問に、良い気はしない。アルの澄んだ青いピアスも、イクトの芯の通った佇まいも何もかもが、嫌になってくる。


「もういいだろ? 俺、帰る」


 リュウは立ち上がり扉の方へと向かっていった。


「待ちなさい」


 低くドスの効いた声で呼び止められる。振り替えると、ちょうど真正面に腕を組みながら座っているクロツグが睨んでいた。あまりの迫力に、リュウ以外の三人もそちらを向く。


「先ず、今日はここの隊舎に泊まって貰う。安全が保証されるまでは軍の指示に従ってもらうぞ」


 そそくさと椅子を片付けながらそう話す。リュウの耳にはその言葉が届いていただけに、不満は限界まで来てしまった。


「なんで勝手に決められなきゃいけねーんだよ。ただの教師にそこまで命令される筋合いはねー!」


 リュウはクロツグに怒りをぶつけた。それでも収まらない哀しみと怒りを、入り口近くのゴミ箱にぶつけるがやはり駄目。もう放っといてくれと扉を蹴破り飛び出そうとする。しかし、それは為されなかった。


縛錠縛封(アレスト)


 突如クロツグの放った拘束魔法が、リュウを地に寝かせ捕らえる。“軍”で多用される魔法だ。


「王国魔導軍隊【アルテミス】元帥《千年巨城》の命令だ。従いなさい」


 いつの間にか羽織った白いローブ。見たこともないそのローブには、厳つい説得力がある。皆が驚きの表情を浮かべる。いつも無表情のアルでさえ、クロツグを凝視していた。


「君は現時点より国家機密の一端を認識した。イデア王国機密保持法に基づき一時的に拘束させてもらうよ。勿論、君達四人ともだ」


 リュウはクロツグの術中にはまり、拘束魔法を強められた。服越しに見える大きな筋肉が怒張していくように思えた。リュウには黙ることしか出来なかった。


「今部屋へ案内させる。係を念話で呼ぶから待っていてくれ」


 クロツグは目を閉じ頭に手を添えながら言った。

 他者との魔力による通話をする念話魔法は、基本的に集中しなければ使えない。重大な軍規違反をしているはずなのだが、それについては集中を乱すような大きな問題ではないこともわかった。


「……よし。もう少しここで──なに!?」


 突如クロツグの表情が一変した。

 それは、再び頭に手を添えて念話を受信した瞬間のことだった。念話を終え目を開けたクロツグがリュウを見た。覇気のあるシエラにも似た目付き。視線が痛むほどに刺さる。

 まだ終わっていなかったのか、再び頭に手を添え目を閉じるとその場は静寂に包まれた。言わずもがなそこには良い意味での落ち着きは無い。

 荒々しく昂る気持ちの抑えでも無ければ、ただの慟哭でもない。複雑に絡まった負の感情。言葉に表せないようなそんな空気だけがその一室を支配していた。

 そんな中で口を開こうと大きく息を吸ったティナは勇気あると誰もが認めるが、それはクロツグの一言で打ち切られる。


「ネリル・オーンが何者かに、殺された」


 鈍器で殴られたような衝撃がリュウを襲った。直ぐに念話を切りそれ以上は口にしない。積み上げたものが崩れるような、掴みかけたものが逃げるような。悔しさが手元に残る。アルに殴られた場所も、もう忘れている。


「な、なんで……」

「入院中の病室に何者かが忍び込んでいたようだ。どういうことだ……」


 視界が徐々に暗くなっていく。急に意識が遠退いていき、今まで起こっていたことがまるで夢だったのではないかと思えてくる。その瞬間に乗じたかのように拘束魔法も解けていた。体の支えを失ったリュウは倒れた。


「リュウ!」


 リュウはゆっくりと意識を手放した。


 少年は入学した。

 少年は出会った。

 少年は返り討ちにした。

 少年は弱いと告げられた。

 少年はまた出会った。

 少年は村へ歩いた。

 少年は謎を見つけた。

 少年は魔物を倒した。

 少年は世界一を誓った。

 少年は代表になった。

 少年は仲間のために戦った。

 少年は殴った。

 少年は暴走した。

 少年はそれでも切り替えた。

 少年は喚ぶことができなかった。

 少年は教師を知った。

 少年は救うべき者を知った。

 少年は襲われた。

 少年は逃げた。

 少年は助けられた。

 少年は微笑みかけられた。

 少年は信頼するものの死を知った。

 少年は救うべき友の死を知った。

 少年は戦えなかった。


 そして悲しみだけが残された。


 * * *


 一天に輝く満月。黒よりも紺に近い濃色の空は、この季節この時間にしか見られない。魔力を膜のように展開して羽代わりに飛ぶ『カーテン・バード』が横切った。湿った空気は雨上がりの証。雲一つ無くなった空だから満月がよく映える。陽の光を夜になっても世界に運び、夜を照らす自然界の神秘。その様はいつ見ても見飽きたものではない。一つの絵画がそこに在るような、神秘的な周りの景観が美術館にいるような感覚に陥らせる。


「あっ……」


 周りを生い茂る木々達が大きく揺れだした。風が吹いた訳でもないのに、まるで泣いているかのように。

 その木々に囲まれるようにして、小さな廃墟が建っている。築年数はわからないほど古くのもので、いつ崩れてもおかしくはない。雨上がりは特にカビ臭いそれだが、お気に入りの場所だった。

 廃れて崩れた屋根の上に一人の少年が座っている。普段よりも一段と明るい月明かりに照らされた、赤褐色の髪の毛が夜風に揺れた。


「嫌な空気だ」


 少年は呟いた。小さく発せられた、声変わりのしていない幼い声は夜の闇へと静かに消えていく。頬を撫でる風も自身を照らす月光も、何故だかあまり心地好くない。

 まるで世界そのものが泣いているように。まるで世界が喜んでいるかのように。不気味な動きを感じ取ってしまった。


「そろそろ降りたらどう?」

「うん」


 不意に下から呼ばれた。口ごたえもせずに、赤褐色の髪を揺らし少年は屋根から飛び下りる。


「何をしていたの? 早く寝ないとだめよ」


 その少年を呼んだ女性は、月夜に紛れるダークブルーの髪の毛を耳の後ろに掛けながら少年に問う。


「寝れなかったんだ」

「大丈夫?」

「うん。流れ星見れたよ」

「良かったじゃない」


 女性は軽く返し、寝室に向かっていった少年を見つめる。


「アッシュ。良い夢を」


 木霊することもなく夜に消えるのは少年の名だ。

 

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