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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第六章【学園侵攻と英雄の謎】
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69 怒髪熔界


「ひどい顔ッスね、リュウ!」


 己の無力さと未熟さに気づき項垂れる。そんな心を読み取ったかのように放たれた特徴的な言葉。見なくてもその人の為りが頭に浮かぶ。坊主頭に凛々しい眉毛。女っぽい中性的な顔だというのに、それが変に男らしい。

 ふと目を開けると、自分の首に絡みついた髪の毛が途中から無くなっていた。リュウは解放され、激しく咳き込む。


「あれ~? なんで~?」


 突然の出来事でもヨンは笑顔のままだった。だが、すぐに黙った。自身の髪の毛がどうしてリュウの拘束を解いたのか知ってしまったからだ。


「何これ、溶けてる~」


 闇のごとき自慢の黒髪が途中から溶けていたのだ。リュウの首を締め上げ意識を奪おうと、最大限に魔力を込めていたというのに。ドロリとして途中から無くなった髪の毛は、もとの形に戻し難い。


「いや~間に合ったッス」

「何がだ。俺の部屋がめちゃくちゃじゃないか」

「どうせ悪趣味なものしか置いてないんだからいいじゃないッスか。模様替えッス」

「悪趣味? ハイセンスの間違いだろう」

「エキスパンダーとプロテインコレクションの何処がハイセンスなんスか……」


 どういうわけか髪の毛と同じように溶けて穴の空いている天井から姿を現した二人の人間。


「ゾッちゃん……」


 一人は声色からリュウには簡単に判断できる、ゾットだ。しかし、もうひとりの人物に心当たりは無い。


「あんた、ゲホッ、だれ……ゲホッ、だよ」


 短く刈り込んだ黒髪と、それにマッチした色黒の筋肉質な肉体のその男性に 、所々で咳き込みながらも、リュウが質問した。その問いに、質問された男の方は眉を寄せ一瞬の間を置いた後答える。


「まさか、学園長の顔を忘れたのか?」


 入学式にちらりと顔を見せ、その他行事にもまともに顔を見せず、謎と言われる学園長。魔闘祭の前の一度だけリュウも顔をまじまじと見たことを思い出す。

 覇気の宿った目と、筋肉からにじみ出る雄々しさ。学園長クロツグ・デルファだ。ひどく時間のかかったその様子に、隣ではゾットが肩を小刻みに震わせていた。


「また変な人達か~。もう~」


 言葉にはたっぷりの笑みを含ませ、ヨンは髪の毛を二人に向けた。一直線に二人の首を狙う。それを、ゾットはいとも容易く御してみせた。前に一歩踏み出し、二束に別れたそれを掴む。クロツグに向かったもの諸ともだった。


「ここ、狭いッス」

魔法球(スフィア)


 詠唱をすっ飛ばして【魔法球(スフィア)】を放ったゾット。中級魔法とは思えない威力で、隙の出来たヨンごと学園長室の入り口を吹き飛ばす。立っていたロクも巻き添えになった。


「大丈夫ッスか? リュウ」


 しゃがみこみ手を差し出してくれたゾット。凛々しい眉毛に彩られた笑顔が眩しい。

 再び出てきた涙を拭いながらその手を取り立ち上がると、横たわったシエラが目に入った。ぐったりとし、もう何も動かないその姿を見て、顔を下げる。


「今は何も言わなくていいッスよ。奴らの方には俺らが行くッス。リュウは彼女の側に……」


 シエラが横たわる場所まで肩を支えてくれた。変わり果てたシエラの横に、リュウは崩れ落ちる。


「お前は女を捕まえろ」

「女性に攻撃するのはちょっ……了解ッス」


 反論しようとしたゾットは言葉を切った。その理由はリュウにもわかる。背中越しに見えたクロツグが理由だ。

 今までに感じたことの無い魔力を纏わせ、大気を揺らしていた。姿なき二人を、圧迫するように魔力を向けていた。それは、殺気とあいまってどす黒くなっていた。


「男は殺る」

「お気をつけて」


 二人が部屋を飛び出した。


 * * *


「もう、なんなのよ~」


 瓦礫に埋もれる直前に自身の髪の毛で包み込んだために無傷の生還を果たしたヨン。土埃はさすがに無理だったことで、不快感は頂点にあった。


「あれ、私一人?」


 服を叩きながら辺りを見渡すヨン。飛ばされた先は学園のグラウンドだった。先の戦闘の後が大きく残されている。


「お、いたいた」


 不意に後ろから声が聞こえてきた。勿論振り返りその声の主を確認する。先程、ヨンにとって不意に自分を砂だらけにした坊主頭の男だ。きれいな軍服と、深緑色のローブを羽織るゾットだった。


「我ながらよく飛ばしたもんスね。追いかけるの大変だったッス」


 苦笑いを浮かべるゾット。気が抜けているようでそれでも魔力を纏わせている辺り、中々にちゃんとした人だと、ヨンは感じた。だんだんと嬉しくなってきてしまったヨンは、ゾットに笑顔を向ける。


「アハハ~。いいじゃん、君今から死ぬんだからさ~。生きてる実感ぐらい味わっときなよ~」


 少女の狂った言葉はゾットには届かない。殺気を最大限に飛ばしてみたものの魔力すら揺るがない。能天気に肩を回しながらゾットは訊く。


「そうだ、まだ名前聞いてなかったッス。俺は【アルテミス】五番隊副隊長ゾット・ミッド。アンタは?」


 それに対し、髪の毛を踊らせながらヨンは答える。


「ヨン。生まれてから今まで名前なんて腐るほどあったけど、一番気に入ってるのはこれかな~。可愛いでしょ?」

「そこら辺セクハラとかにされると面倒なんでノーコメで頼むッス。軍規厳しいッスからね」

「え~つまんな~い」


 そこに付け足すのは少女。どす黒く言葉を塗りたくる。


「死ぬんだからいいじゃんね~?」


 地を蹴り魔法を放ったのはほぼ同時だった。

 “二番目”に得意な炎属性を飛ばすゾットに対して、ヨンは髪の毛でガードする。魔力に包まれた髪の毛は炎を掻き消しすぐに攻撃に移す。そのままヨンは針の形を作り四方八方から刺していく。

 ゾットも、腕に魔力を纏わせ強化し受け流している。その場に響くヨンの笑い声が場違いなほど、速い攻防。しかし、ヨンには少しの疑問があった。


(今のは防げた。なんでさっきは溶かされたのかな?)

黒髪卸し(アムレブナ)


 動き回るゾットを髪の毛で作り出した筒で囲む。


「私のお気に入り、一番硬いよ~」


 漆黒の筒の中で囚われたゾット。ヨンの言う通り、物凄く魔力の込められた渾身の筒だった。元が髪の毛だとは思えないほどの硬さは、ニ、三度殴り付けてみるがビクともしない。

 唯一の出口は上だけだった。筒であるだけに、上下にそのような穴はできるが、下には地面を掘って髪の毛が侵入している。上に出るのが一番だが、どう考えてもそれは罠だと思った。


「うーん。ここは一つ耐えてみた方がいいんスかね」


 そう溢し魔力を少し高め詠唱を始める。


(よし!)


 だが、それはヨンの狙い通りだった。

 詠唱中の隙を狙うこの作戦。真上の空間に、思いきり髪の毛を集める。作り上げた形は刺のついた棒。連想させるのはハンマーだ。笑いの堪えきれないヨンは、ありったけの魔力を込めて棘付きハンマーを落とす。

 完全に逃げ場の無くなったゾットをただ刺し潰す、はずだった。 筒で囲った上に、真上からハンマーを落とす。必ず殺せる完璧な攻撃なのだがいつもとは何かが違う。感触がないのだ。


「どういうこと~?」


 訳が分からず髪の毛を戻す。戻した髪の毛を見て、ヨンはこの上無いといった程に驚く。髪の毛がまた溶けて無くなっていたからだ。ハンマーの形にした髪の毛はハンマー部分をすべて溶かされている。


「さて、もういいッスかね」


 ジュワっという音と共に現れたゾット。髪の毛の筒に穴を作り出てきた。最硬の強度を誇る髪の毛に穴を空けてきたゾットに、悔しさと怒りが込み上げる。女としても、少しだけ恨みが。


「なんでそんな穴を空けられるのか分からないけど、私の髪を傷つけたことは許さない!」

黒髪インセイン・カーネージ


 髪の毛を纏める。形作るは鋼鉄にも劣らないドリル。イクトに放った時よりも数を増やし、五つを生み出す。人の背丈を優に越えるドリルは、空を切る独特の音を響かせながら、少しの衝撃波と共にゾットに襲いかかった。ゾットが浮かべた笑みに気づいた時には、髪の毛のドリルが跡形もなく消されていた。


「な、なんでよ……」


 髪の毛を元に戻し次の動作のために魔力を高める。ヨンにはしかし、もう手の内が無かった。


「もう終わりにしよう。君を傷つけないように捕らえるのがベストなんス」


 ゆっくりと向かってきたゾット。先程までは攻撃する瞬間のみだったのか、そもそも違ったのか。髪の毛で攻撃した時はあんな姿ではなかった。

 しかし今来るゾットの姿は、先程までとは何もかもが違っていた。普通の人間に攻撃をしていたつもりだったのだが、今見えている限りそれは少し間違っていたのだとヨンは悟る。


「そんなに驚かないでくださいッス」


 ドロリとした赤黒い何かが全身を覆っている。辺りの空気が温められ、夏の日によく見るような空気の揺れがゾットを中心に起こっている。考えずともわかるその名前。すべてを融かす自然の猛威。


「熔岩?」

「お、よくわかったッスね。これが俺の一番得意な属性、【熔】属性ッス。炎の覚醒特異なんスけど、まあ詳しくはいっか」


 ゾットが、纏わせていた熔岩を消す。自身の魔力なので火傷などは一切無い。


「顔は可愛いのに、魔法は可愛くな~い」

「人が気にしてることを……」


 怒りを見えるほどに伝えてくるゾット。中々にまずかった。


「隙あり!」

黒髪インセイン・カーネージ


「頭きたッス」

熔騎皮(ゲン・リプカ)


 纏う熔岩に向かってくるドリルを模した髪の毛。盛大な音のするドリルが空気を掻き進む。耳をつんざくような回転音は衝撃波を作りながらゾットへと近づいてきていた。しかし、ゾットは逃げも隠れもしない。ゆっくりと前進している。


「無駄ッス。俺は熔岩を纏うッス。直接攻撃なんて熔けて無くなる」


 言葉の通り、ゾットの胸部に当たった髪の毛が煙を出しながら融けていく。ヨンはすぐにまだ融けていない髪の毛を戻した。


「あちゃ~、私じゃ分が悪いな~」

「悪いもなにも、元々これは戦いじゃないッスよ」


 高める魔力を言葉にのせる。


「制裁だから」

喝火山(メルト・スクワート)


 ゾットは地に両手を着けると、超高密度の魔力を流し込んだ。上級並みの魔力を一気に注がれた地面からは、徐々に煙が上がり始めた。錯覚か赤く色付いたようにも見える。しかし、それは錯覚等ではなかった。ヨンの周りのあらゆるところに赤みを帯びた円が浮かび上がる。


「なに!?」


 焦りを浮かべ始めたヨンに、ゾットは優しく答える。


「ただの噴火ッス」


 それが合図だったのか、赤みを帯びた円は一斉にマグマを噴き始めた。

 最早驚かないといったヨンは笑いながら、噴火の隙間を潜り抜ける。身体を最大強化し、比較的得意な探知を行う。髪の毛が意味もなく広がっているのだからと、ゾットにでもわかった。

 その時だった。

 ヨンはさらに動きを速くし、どこか別の場所へ移動していってしまった。とっさの出来事に、熔岩の生成も間に合わない。


「待て!」


 逃げられたままではまずいと、ゾットも身体を強化し直ぐに追っていった。

 

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