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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第六章【学園侵攻と英雄の謎】
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67 今を生きろ


 大気を揺らす拳打によってロクが吹き飛ばされる。不意に出た言葉に一切の反論をせず、シエラは殴り飛ばしていた。

 一瞬のやりとりを見たリュウ達だったが、何よりも驚いたのはそのシエラの表情だった。驚いたと一重に括っても、それは恐怖や歓喜から来るものではない。ただの驚愕だった。

 何があるわけでもなく、その言葉が出たというだけで驚く。嫌な静けさと、シエラが破壊したグラウンドの砂煙が混ざりあう。


「やはりそうか。少し覚悟を決めよう」


 男は腕を胸の前で構え、戦闘体勢をとる。魔力の質も量も、桁違いに高まったことにリュウ達も気づいた。ヨンも気を引き締めたようだった。シエラの方がたじろぐ。


「てつのいちぞく? なんだそれ」


 今更ではあったが隠れているということもあり、リュウは少し声量を少なくして他の三人に訊いた。直ぐにその答えは帰ってくる。


「すみません。僕は知りません」


 イクトは少しの怒気を込め答えた。揺れる黒髪がヨンと名乗った少女と、少し重なる。アルも首を横に振った。しかし、ティナは違っていた。


「う~ん、私も詳しくはないんだけど、本来の強化魔法っていうのは魔力を皮膚の周りに、膜を張る感じで浸透させることによって強化するの。だから体内に魔力が入らない分、すぐに膜は剥がれて無くなっちゃう」

「じゃあ筋肉とか骨とかも一緒に強化すりゃいいじゃん」

「理屈ではね。だけどそれは細胞の作りから違う部分に魔力を伸ばすということになる。複雑な作りの骨や臓器なんかは治療さえ難しいのよ。そんなところに魔力を、しかも強化のためだけになんてほぼ不可能だわ」


 思い出すように少し上を見ながら、ティナは話を続ける。アルがその通りだと言わんばかりに頷いていた。


「けど、それをものともしない例外がいるの。それが『鉄の一族』。皮膚や筋肉なんかももちろんだけど、臓器や髪の毛一本に至るまで、まるで鋼鉄のごとく強化することができちゃうって。受験勉強中に見たことある」

「へえ」

「……あんたの話を真に受けた私が馬鹿だった」


 リュウは既に皆シエラの方に目を向けていた。


「行くぞ」


 全身黒ずくめのロクが魔力で作った球を飛ばす。それをシエラは弾くと、持っていた棍棒を投げつけた。超重量の棍棒を防ぐことは出来ないため、ロクは右に逃げる。

 だが、逃げたその先にはシエラの姿があった。それも、もう既に落ちる拳が目の前に迫っていた。さながら、怒りの鉄槌のように。周りの時間を止めてしまうかのような轟音が鳴った。巨大な穴を作りグラウンドの形は少し変わる。その巨大な穴からシエラが、その場から退くように出てきた。それでも攻撃の手を緩めようとはしない。


「“土くれ攻める地の君よ。その力しばし借り受ける!”」

墳角嘆(ブロック・ロック)


 殴りながら唱えていた詠唱の後、地面に手をあてると、魔力を吸い取った土の塊がブロック状に再形成され始めた。空中に浮遊していたそれは、十個程になると同時に先程シエラが殴り付けた場所に向かっていった。

 土の塊が小さな山となり完全にロクを生き埋めにした。


「こんの~!」


 髪の毛を巨大なハンマーの形にし落としてきたのはヨン。まるでこのタイミングを狙ったかのような魔力の一瞬の高まり。込められ方に執念を感じる程だった。しかし、シエラは上から落ちてくるそのハンマーを片手で受け止めた。

 それに戸惑うヨンだが冷静になれば大したことはなかったと笑った。『鉄の一族』相手に力勝負は難しいと判断し、髪の毛を元に戻す。

 着地した瞬間から、そのまま髪の毛で牽制したヨン。シエラとの距離を詰めすぎないように注意しているのが伺える。大層やりにくそうな顔を浮かべたシエラは、再び棍棒を召喚した。

 その時、ボコッと土の塊が壊れた。ローブの所々が破れ血の滴っているロクが、横に黒い塊を浮かせながらシエラを睨んでいる。


「まったく、しつこい奴らだ」


 そう溢し棍棒を振るう。先程よりも荒く落ち着きがないことが誰の目にもわかった。躱し躱されという掴み所の無い攻防がまた始まった。


「シエラ先生、どうしちゃったんだろう」


 ティナが何処かに疑問をぶつける。行く宛の無いその言葉に、アルは返す。


「からだの向きが若干右に寄っている。恐らくは、ヨンとかいうのの攻撃の傷口が開いたんだ」


 この状況でも冷静に語るアル。普段から無口でいつでも落ち着いた態度が、今でも変わらない。その冷静さは時にとても違和感のあるものとなる。


「アルなら治せるんじゃ……」

「無理」

「何でよ!」

「治している間に誰が二人を止めるんだ」


 ティナは俯く。確かにそうだと思ってしまった。シエラの傷の深さを理解し、全魔力を絶妙なコントロールで流し込まなければいけない。それをヨンとロクの邪魔を阻止しながら。

 学生の治癒魔法など出来ることと言えば止血くらい。ましてや動きながら、相手の攻撃を躱しながらなど出来る筈もない。言い様の無い無力感のみがその場を包み込んでしまった。


(くそ、このままでは……)


 徐々に沸き上がる痛みは、体力と気力を奪っていく。血が包帯のすり抜け見え始めていた。痛みのせいで思うように動けなくなってきた体で防戦に回っている。


(リュウ達を逃がさないとな)


 そんな状況に追い込まれてもなお生徒のことを考えるシエラ。自分でも治りようの無い職業病だとわかっている。同時に、誇れるほどの美しいものだとも思っている。


「おばさん早く死んでよ~。英雄君連れてくだけなんだから邪魔しないで~?」


 美しくも惨憺たる漆黒の髪を踊らせる中、少女は自身の飽き性故の文句を投げ掛けてきた。


「だから──」


 瞬間現れたのは憤怒にわななくシエラ。と、手に持たれた棍棒だった。


「──私はおばさんではない!」


 真正面から二つが落ちてきた。近くまで寄った男と自分を、髪の毛でぐるぐると巻き防御の体勢を取った少女。死角の無い盾の展開で次の攻め手を選んでいたのだが、何故か衝撃が来ない。少し地鳴りの様なものがあった程度。不思議に思った直後、少女も男も気づいた。


「やば~い!」


 髪の毛の魔法を素早く解き周囲の状況を確認しようとしたその時にはもう何も残されていなかった。


「逃げられたな」


 辺りを砂煙が覆い、高く建つ城の形の校舎すら見えない。あまりにも多い砂の量に噎せてくる。


「探知をしろ」

「ゲホッ、……わかってるよ~!」


 苛立ちのピークを超したのか、少女は語調を強め男に当たった。


 * * *


「はぁ、はぁ、緊急転送魔法陣については訓練を覚えてるな?……行き先は決まってるが人数は決まってない。必ず全員が魔力を込めろ」


 先頭を走るシエラは早口で全てを説明する。


「なあシエラ」


 廊下を走る度に滴り落ちる少しの血液。苦しそうに上がっている息から見ても普通の状態ではない。リュウが心配そうに声をかけるがシエラは無視、自分のペースで四人を学園長室まで先導していく。


「イクト、奴等は?」


 学園長室のある階まで上がったところでそれを聞くシエラ。窓を見る限り彼ら二人組はいない。

 魔力の探知が出来るイクトはすぐにそれを行う。こういう逃げの行動を取る場合に大事なことは二つ。一つは相手の虚を必ず突くこと。

 もう一つが敵の居場所を把握しておくことだ。逃げた後にも罠を張ったり等をしなければならないが、逃げる瞬間でやることと言えばこの二つ。

 そのうちの一つは砂煙が助けてくれたが、酷い焦りだったためか、シエラは後者を見逃した。今、敵がどこにいるのか詳しくは分からない。大きな失態だとひどく後悔していた。


「近くにはいません」

「なあシエラ」

「そうか、良かった」


 語調がぶれることなくイクトは伝える。何を思っているのかシエラには皆目検討もつかないが、これ以上敵と関わるのはまずいと直感する。先程よりも早足で学園長室まで走る。

 それからすぐ、一際豪華な作りをした巨大な鉄製の扉の前にたどり着いたらシエラ達。肩で息をするシエラは、少しの苦痛の表情を浮かべながらも扉を開けていった。

 中に見えたのは決して広くはない部屋。

 木製の重厚な机に、その前方にある来客用のテーブルと椅子、周り一面には絵画や彫刻が飾ってある。よく見れば、その中に混じってダンベルや重し、エキスパンダー等少し変わったものもあった。


「まったく、悪趣味な部屋だ」


 シエラが半笑いでそう口にする。それでも先程から着いて回ってきた重い空気は無くならない。

 シエラは学園長が使う重厚な机の中にある、一枚の片手程度の大きさの紙を取り出した。二つ折りされた紙には、かなり複雑な魔法陣が描かれている。息を込めるように本当に小さく、詠唱をした。


「これに魔力を注げ。描かれた魔法陣は一回しか使えない。ちなみにコツは、出来るだけ多くの魔力を注ぐことだ」

「なあシエラ」


 早口のシエラから受け取った紙を見れば、複雑な魔法陣。授業でも教科書でも見たことのない複雑なものを、リュウはひっそり伏せた。

 紙に魔力を注ぐだけで、もう襲われることはない。なんせ行き先はあの【アルテミス】なのだから。しかし、何かが引っ掛かる。リュウはそれのせいで、未だ魔力を注ぐことができない。


「なあ、シエラはどうすんだよ!」


 彼女はドアの方へ歩いている。背を向け入り口の前で立ち止まった。


「向こうに着いたら、すぐに誰かに状況を報告しろ。訓練で習った通りだ」

「そうじゃなくて、シエラも早く来いよ」

「絶対に失礼な態度をとるんじゃないぞ。だからって言いたいことも言えないようじゃ駄目だからな」

「答えになってねーよ」

「……その魔法陣はな、地面に転写される設置型のタイプだ。地面に反映された魔法陣がゲートを開く。たとえ五人がちゃんと行けたとしても実はゲートは残ったままだ。追っ手が来る」


 ここまで言われればだいたい察しが付くのはリュウも同じだった。


「おまえ達がゲートに入ったところでそれを壊す。入り口に転写されている以上、出口側からは壊せないからな」

「それじゃシエラが──「シエラ“先生”だ!」


 少しの血を垂らしながら、リュウの言葉を上から覆う。荒い息づかいも、何もかもを捨て置いて、リュウの瞳を見つめたシエラ。


「お前はもうガキじゃない。言葉遣いに気を付けろ。あと早起きをするように」


 シエラが笑った。


「私の話を少しだけしようか……」


 消え入りそうだった先程の声とは違い、今の言葉には力が込もっている。でもそれは、シエラの全身全霊を込めた命の覇気だった。


「教師になって初めての担任がお前らだったんだ。よくわからん研修を終えてようやく受け持った。そしたらこの問題児どもだ」

「は、はあ……?」

「朝来ないわ、赤点とるわ、あげく魔法は苦手だわ。まさかお前みたいな生徒が来るとは思いもよらなかった」


 リュウの頭をぐしゃりと撫で回した。


「それでも楽しかった。まるで四十人の大家族に囲まれたみたいだった。毎日が本当に楽しかったんだ。扉を開ける手が日を経るごとに軽くなっていったよ。ようやく教師だっていう実感が湧いた。ずっと夢だったんだ」


 次に見つめたのはティナだ。


「私には恋人がいる、……いた。今は喧嘩中なんだ。もしかしたらもう戻れないかもしれないって言う大喧嘩をね。だからティナ。好きな人が出来たら……いや、好きな人がいるなら、最後まで愛し通せ」


 次に見たのはアルだった。


「お前は少し口数を増やした方がいいんじゃないか? まあ、話さずとも伝わることもあるが、それは熟年夫婦にでもなってからやればいい」


 イクトを見る。その瞳には心配そうにするシエラの愛がある。


「イクト、お前はどうやら自分を過信しすぎだ。私でもお前が抱えているものはわかってるんだ。こいつらはもっとわかっているし、マリーはそれを心配もしている。まずは逃げなさい」


 こういう時どんな反応をすれば良いのか分からないリュウも、この時ばかりは無理矢理笑った。


「わかったから、早く一緒に行こうぜ……」

「お前達を亡くすのは自分の家族を亡くすのと一緒だ。私は耐えられない」

「だ、だからさ……そうじゃなくて……」

「リュウ、お前は優しい。その優しさがいつかお前自身を助けてくれるはずだ。だから決して捨てるなよ。それはお前の誇れるもの。なんとしてでも生きろ。地を這ってでも、泥水被ってでも、今、生き残ることだけを考えろ」

「ま、待てよ!」


 シエラは腹部を抑えながら言い放った。荒く肩で息をし、扉を支えにする。そんなシエラを見ても、どうしても一歩を踏み出せずにいたリュウ。三人も同じだった。それを見たシエラは、一番の笑顔を浮かべる。


「リュウ・ブライト。お前はいい男になる」


 その瞳には、涙が溜まっていた。


「──行け! 今を生きろ!!」


 泣きながらティナが魔力を込め、続いて全員も魔力を込めた。魔法陣の振動と、ティナのすすり泣く声が最後に耳に当たる。シエラは一筋の涙を溢し、リュウの視界が一変した。

 

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