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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第六章【学園侵攻と英雄の謎】
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65 年齢は重力との戦闘記録

 

「あんまり楽しくな~い。もっと逃げてよ~」


 笑いながら少女は髪を踊らせる。殺気すらも、既に込もってはいなかった。


「もう終わり? つまんな~い」


 次の瞬間、その言葉と共に髪の毛がリュウ達の視界を埋め尽くした。狭い廊下一杯に広げた漆黒の髪の毛が、まるですべてを飲み込む闇のように迫ったのだった。


「「アル!」」

銀仮面の円盾(シルド・エルメラーダ)


 ティナとイクトの必死の声で、廊下に光の盾を作り出したアル。漆黒の髪の毛が白い盾にぶつかり一時的に動きを止めた。


「逃げるよ!」

銀仮面の円盾(シルド・エルメラーダ)


 オマケにもうひとつ魔法を上乗せし、大急ぎで駆け出す。それでも、既に中級魔法の光の盾には亀裂が入っていた。

 急いで階段を駆け上がり、城の中を駆け回る。向かいの校舎まで行くには四角形の城に沿って回り込まなければならない。遠回りだが、中庭を突っ切るよりマシだと全員は納得した。三階から四階に上がり、四階から五階に上がる。この時ばかりは、城の形をした巨大な校舎を少なからず全員が呪った。

 息を切らしながら六階まで上がり、向かいの校舎の学園長室まであと少しというところまでやって来た。L字の廊下を曲がり、魔生物準備室を横切る。

 その時だった。

 一本や二本ではない数えきれない程の髪の毛が目の前を支配した。一面黒く染まり、生徒指導室にあった軍の紹介用の配布物が舞う。全員が足を止めた。


「もう来た……」


 ティナが焦りを外に出すが、イクトは冷静だった。


「いえ、これは先程居た場所から伸びた髪です。ほら、あそこ」


 イクトが指差す先には、先程自分達と少女が接触した場所が映る。丁度L字の廊下だったので窓から見える。その廊下にはアルが出した光の壁があったが、見たときにはもう割れた直後だった。


「ほんとだ」


 その場所から無数に伸びた髪は、校舎の至るところの壁を突き破り、出たり入ったりを繰り返していた。


「この髪には魔力が込められています。おそらく、探知の魔法ですね」

「良かった、まだ来てな……え? それって」

「はい、場所がバレました。どうやら頭を使うことくらいは知ってるようです」


 イクトの言葉の直後、豪快な破壊音と共に黒い髪がさらに舞い込み、本体である少女も舞い降りた。


「見つけたー!」


 笑顔で手を振りながら、硝子やホコリを髪で払う。少女らしい仕草も、血の舞うような状況ではときめかない。


「もう鬼ごっこもお仕舞いだね~」


 髪の毛一本一本の先まである艶。見れば幾人が美しいと評するであろうその髪は、おぞましく揺れている。


「お前、目的を忘れるなよ?」


 今度は後ろから重低音が響いた。まるで重厚な鉄の檻のような声だった。

 いつの間にか男が後ろに立っていた。一目見ただけではわからないが、その位置は自分達には届かないが相手からは届く位置。完全に間合いを制していた。

 たった二人が前後に立っているだけだというのに、逃げ場が無くなる。完全に檻の中に閉じ込められた小動物のような気分に陥っていた。


「なんだ~英雄君やっぱりいるじゃ~ん」


 少女は相変わらずの笑顔で英雄を語る。狂気に包まれた少女らしいきれいな指が向いていたのはリュウだった。


「赤髪、青眼、赤のネックレス、聞いた通りだな」


 声の低い男が、固まっているリュウに変わって返事をした。

 どうしてリュウのことを指差して、リュウの特徴を列挙しているのかはわからない。しかしそれが友達になりたいなどと言う生易しいものではないということくらいは理解できた。


(……逃げ道、あるか?)


 冷静にこの場の状況を整理していたアルだが、心の底では諦めていた。リュウを「英雄」と呼ぶ二人組はふざけているようで隙がない。前後は彼らに阻まれ、左右は壁が遮っている。その場から動けない時点で既に気づいていた。この状況の、結末を。


「お前が英雄だな。いや、確か『英雄気ど──「知らねーよ!」

魔炎球(フレイム・スフィア)


 男の発言を遮るように炎を飛ばすリュウ。大きな爆煙を目眩ましに逃げようと画策したが、男は片手を数十センチ動かしただけで弾いてしまった。爆煙は起こる間もなく外で暴発していた。


「素手で……」

「炎の魔法がこの程度。やはりこいつだ」

「何なんだよ英雄ってよ。知らねーって言ってんだろ」

「ええ~、まっさか~」

「捕らえて連れていけば分かることだ」


 先に動いたのは男だった。

 そこから先、本来では追えないはずの動きをこの場の全員が追えていた。何故か、時間がゆっくりと流れていたのだ。

 何をしたわけでもない。いつも通りに流れている筈なのだ。だが、少なくともリュウにはそう感じた。男の一歩一歩をしっかりと視認し、把握する。恐らく、ナイフであろう物を取り出していた。右足で強く踏み込み、さらに加速してくる。

 その間に皆の表情も見ておいた。なかなか強ばっている。それでもリュウは動けなかった。見えているのに、動けるはずなのに。既に男は目の前までやって来ていた。ナイフを引き、突き刺そうとしていた。

 だが、それでも動けない。

 動く必要が無かった。彼女が、見えたのだから。


「ふざけるなよ、このカラス野郎」


 言葉と轟音は同時だった。時間の流れが元に戻り、それと同時に安堵した。男はリュウ達のすぐそばの壁に叩きつけられていた。


「私の教え子を捕らえる? 世迷い言を鳥ごときが語るな!」


 黒づくめの男に凛とした声が放たれた。弱気などと言う単語がない辞書で殴り付けたかのような豪快さ。ふてぶてしく芯の通ったその声が、女性のものだというのだからリュウには笑えてくる。自分達の担任であるその女性は、直ぐに振り返り一言掛けた。


「大丈夫か?」


 リュウは何度も頷き、鼻で笑われる。これも普段通りだ。突如舞い降りた“普段”を壊すもの。そんな中での残された“普段”にどれ程の温かみがあるだろうか、とリュウは笑い返す。そんな暖かさのある女性こそ、リュウ達の尊敬する教師シエラ・アミットだ。


「逃げろと言ったのに約束も守れないとはな。あとで課題を二倍にするからな。だから……」


 溜めて、涙ぐんでしまうほどに安堵する。シエラはリュウの肩に手を置いて、リュウの青い瞳を見つめて、やっと言葉を絞り出す。


「もう少しの辛抱だ」


 リュウにとって、リュウ達にとって、その言葉が何よりもこの状況に染み渡る。しかし、リュウは課題が二倍になったことで冷静さを取り戻し、シエラの腹部を思い出す。


「だ、大丈夫なのかよ……腹に……」


 リュウが訊いた。シエラは腹部を貫かれている。目の前でニタニタと笑顔の少女によって。


「ああ、心配ない。応急処置は終えた。その他は気合いで何とかした」

「え、ばかじゃねーの?」


 気持ちの良い打撃音が直後響いた。リュウに馬鹿にされると言うことがこの上ない屈辱だったシエラは、自分でも驚くほど無意識に拳骨をかましていた。


「さて、そろそろか。隙を見て逃げろよ」


 シエラの目付きが変わった。魔力も高まっていった。


「おばさんジャマ~」

「おばさん?」


 少女の言葉でシエラの魔力はさらに高まった。クラスの中でも、それだけは触れてはならない禁忌として暗黙の了解が為されている。


「お前、歳はいくつだ?」

「おばさんよりもピッチピチ~」


 この言葉でシエラのスイッチが入った。少女の言葉に、リュウ達の血の気は一気に引いた。これから始まる、予想だにしない出来事を、考えることも出来なくなっていた。


「私はまだ二十七だ」


 大気が、揺れた。ゆっくり放たれた冷静な言葉とは対称的な魔力による怒号。


【次元転送・ダグダの棍棒】


 怒りに任せたシエラが召喚する魔法武器は、想像を絶する物だった。あまりの大きさに自分達のいる廊下を壊し、一気に地面へとリュウ達は落とされた。また、中庭に戻ってきてしまったのだ。

 そこで初めて、シエラの魔法武器が露になる。高さは四メートル程あり、一番広いところの幅は成人男性一人分はある。持ち手である細くなってくぼんだ部分でさえ太い。だがそれは、たしかに棍棒の形をしていた。まるでワイン瓶を逆さにしたような形のそれは、全てが規格外の大きさ。


「学園内に無断で侵入した場合、我々教師はその驚異に対して緊急自衛権を自動的に保持する。敷地内での魔法行使及び戦闘行為の一切が許可される」


 棍棒に手をかけながらシエラは言った。


「おとなしく捕まってもらうぞ」


 瞬間、シエラが棍棒を下から振り上げた。地面は簡単に砕かれ土煙が起こり、それを目隠しとして使ったころには少女の前まで移動していた。


「伸びてろ」


 巨大な棍棒が轟音と共に落ちる。立てなくなるほどの地鳴りが起こり、リュウ達は体勢を低くし耐える。土煙が晴れてくると、見えたのは黒い髪。少女は中庭の地面にめり込んでいた。


「案ずるな、二人とも殺しはしないさ」


 棍棒を上段に振る。地面ごと抉りながら棍棒を上に振ったシエラは、まるで破壊神の如く攻撃していく。男は咄嗟に回避したようだが、その後も追撃は続く。

 魔法弾、棍棒、蹴り、拳。多種多様なシエラの攻撃を男は全て躱している。そうして屋上に移動し、間を取った。


(奴ら、機動力が高いのか。ヘタにリュウ達を逃がしたところで、意味は無いな……)


 シエラが一瞬で考察し終えた時、屋上に立っていた男が口を開いた。


「一ついいか?」

「……なんだ?」


 シエラは上を向き、男を睨み付けながらそれに答えた。反射する日光に手で仕切りを作る。屋上に立つ男は、返してきたことを確認すると話を続ける。


「それは、一体何キロあるのだ?」


 指さした先には巨大な棍棒。シエラはニッと笑い魔力を爆発的に高める。


「六トンだ」


 瞬時に飛び上がったシエラは棍棒を大きく振り、男の立っていた場所へ棍棒を振る。殴り上げる形で振られた棍棒は、校舎を砂の城のようにふんわりと壊し、瓦礫もろとも粉々にした。それでも男は躱していた。

 

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