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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第六章【学園侵攻と英雄の謎】
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64 楽しい楽しい鬼ごっこ


「殺していいの!? やった~!」


 女は嬉しそうに笑う。

 芝生の上でジャンプしながら、血のついた黒髪も揺れる。その拍子に深く被っていたローブのフードが外れたことで、ようやく顔が見えた。

 艶のある長い黒髪によく似合う整った顔立ちを持ち、それはリュウ達と同じくらいの歳の少女だった。おしゃれな雑誌を見る時よりも嬉しそうな顔で魔力を高めているその少女は、完全に狂っている。残った三人の教師達も、リュウ達も背中に寒気が走った。


「じゃ、行っくよ~」


 少女の髪が、まるで生きているかのように動き始めた。シエラを刺したのも、この髪の毛を操る魔法だ。


「君達は英雄さんがどこにいるか知ってる~?」


 髪を踊らせながら近づく少女が訊く。


「しし、知らない」


 教員の一人がそう答えた。少女の耳にその言葉が届いた直後、その教師の身体は綺麗に二つに分かれていた。


「いや……」


 ティナはあまりの光景に、口を押さえながら目を逸らす。あまりにも一瞬で、あまりにも残酷だ。


百列刺突(ハンドレッド・ナイフ)


 それでも教師二人は怯まずに魔法を放つ。無属性の刃を無数に飛ばす中級魔法だったのだが、少女の髪の毛に全て防がれた。圧倒的なその光景で、傍観するだけの教師たちの顔がみるみるうちに青ざめていく。

 対する少女は満面の笑みを浮かべながら、髪の毛で教師二人の心臓を貫く。まるで呼吸のような一連の行動に、何の抵抗もできなかった教師二人はその場に倒れ込んだ。たった数秒で、最後の砦が破られた。


「つまんな~い」


 髪の毛を伸ばし、増やし、操り、少女は破壊の限りを尽くしていく。教師三人を殺めた直後だというのに、何も感じないばかりか、さらに破壊に勤しむ。

 周りの校舎や、地面を砕き、瓦礫が散乱していく。だがある程度の見切りをつけたのか、少女は破壊の手を止めた。髪の毛を器用に揺らし、血と砂を払う少女は口を尖らせていた。先程の破壊はただの八つ当たりだった。後から男も降りてくるが、尚も少女は不貞腐れている。


「訊いてから殺れば良いものを……。自力で見つけ出すことになったではないか。しかも、お前が建物を壊すから余計探しにくい」

「なんで~? いいって言ったじゃん!」


 口を尖らせ不貞腐れている少女は、弾丸のように一通りの文句をぶつけた後、落ち着いたのか辺りをキョロキョロと見回す。柱の陰にいるリュウ達に気づいたのはそれから数秒と経たなかった頃だ。


「やべ」


 中々出ない声。向けられた殺気によって、気圧されていることは全員がわかっていた。それでも、無理矢理喉を押し開いて声を出したのは、リュウだった。汗を拭きながらさらに続ける。


「と、とりあえずダッシュで逃げれっかな」


 聞くまでもなかった。この状況でそれは無理だと、リュウ自身も理解した。

 既に少女は柱の面に手をかけ、笑顔で見つめてきている。くりくりと輝きを放った可愛らしい瞳は漆黒に包まれている。ただの狂気の塊にしか見えない。本当に狂気の塊なのだ。


「この敷地を囲む程のね、幻覚結界を張ったの! 外から中を見ても普通の学校の映像しか見えないやつでね、三日もかかったんだよ~?」


 ニコニコと微笑みながら続ける。


「だから~、逃げ場なんて無いよ~?」


 * * *


 イデア南部、港町リーシェル。

 イデア国の南部に位置し、穏やかな海域のすぐそばのこの町には、それを活かした巨大な貿易港がある。多くの国との交易の中心として国を支えている。

 魔法学園や【アルテミス】のある首都アルティスから一本道なので、馬車に乗って一日という利便さもある。

 今日ここでは、あらゆる国家の統治をしている王族や、貴族たちの社交パーティーが開かれている。だが、イデア王家は出席せず、代わりにレイジー家とベルナルド家の二大貴族が出席していた。

 とはいってもここもやはり、マリー・レイジーと、エリック・ベルナルドのみの出席だった。


「いやいや、まさかレイジー家のご令嬢がこんなにも可愛らしいお方だったとは」


 小太りした中年男性が、隣にいる女性に掛けた言葉とほぼ同じ言葉をかける。いやらしい二流貴族の胡麻すりだと知っているため、マリーも作った笑顔で返しお礼をした後直ぐにその場を離れる。

 イデアを含む五大国の中ではイデアのみ王族が欠席。代わりの役がまだ学生と来れば、これからのパイプを築くために取り入ろうと来るのも無理はない。いち早く抜けたいと、マリーは嫌気が指していた。しかし、それにはもうひとつ、理由があった。


(……なんだろう。胸騒ぎがする)


 * * *


「はぁ、はぁ」


 息も切れ始めた中、垂れる汗すら気にかけないリュウは後ろを振り返りつつ全力で走っていた。

 後から続くのはティナ、イクト、アルの三人だった。なんの気配も無いというのに、後ろを確認してしまう。

 あの状況からリュウ達が逃げ切れたのは奇跡だった。少女が少し暴れたおかげで、リュウ達が隠れていた柱が崩れたのだ。それを目隠しに無事逃げることが出来た。


「こっち来ちゃったけどどうする?」

「六階の通路を使いましょう。三階にもありますが奴らと近いので六階です。向かいの校舎の学園長室に渡れれば何とかなるでしょう」


 緊急転送魔法陣のある場所とは逆方向ということがここで障害になった。中庭を横切って向かおうとしたまさにそこでの乱闘。予想外ではあったが、学園長室までの道のりは一つではない。

 当面の目的は出来る限り中庭から離れて行動することだった。


「ねえねえ! どこ行ったの~?」


 少女の声が外から聞こえた。何かが崩壊するような音と、操る髪の毛が空を切る音。確実に死へと向かう行進音にも思えたが今は何も出来ない。

 逃げ続けようにもいつ見つかるかわからないと言う恐怖が全員の足をすくませていた。


「鬼ごっこかぁ~。何年ぶりだろぉ~」


 そうやって逃げているリュウ達を追いかける少女は至極楽しそうな表情をしていた。殺した人間をさらに貫く。髪の毛を鋭利に変化させ、ありとあらゆるところを貫く。既に人の形は成していない。ただの肉塊としてしか存在意義の無くなったヒトなど、退屈以外の何物でもない。


「よ~し、行っくよ~!」


 隣で静かに立っている男も胸中では呆れている。そして、少女は走り出した。命懸けの鬼ごっこが始まった。


「アハハハハハハ!」


 高らかに笑いながら、目にも止まらぬ速さで駆けていった。校舎に入って数秒、早速少女は天井を破壊して強制的に昇っていく。


魔水球(アクア・スフィア)

魔炎球(フレイム・スフィア)


 その時、二人の魔法は天井を砕いた即席の防御壁を作り出していた。既に四回ほどそれを仕掛けており、準備は着々と進んでいた。


「シエラ先生に一撃入れられる相手です。気休めにしかなりません。けど、無いよりかはマシです」

「建物壊しちゃってるけど平気かな」

「一度やってみたかったんだよ」

「もはや心強いわ、そのバカ」


 息を切らしながら走る四人。迫る狂気に満ちた少女はすぐに追いつこうとしていた。後ろからは、轟音が響いているのがわかっている。


「くそ……」


 二階の廊下を走りながら恐怖を隠すように呟く。リュウは悪い頭をフルに回転させ打開策を考え始めた。

 しかし、策士イクトにも決定的な策が見つかっていないこの状況で、リュウにそんなものが思い浮かぶ筈がなかった。


「どっか隠れない?」

「相手が魔力感知できる場合、それは得策ではありません」

「一か八か戦っちゃうか?」

「先程の僕の話聞いてました?」

「ほんとバカね」

「ジョーダンだよ、ジョーダン」


 この状況でそんなことを宣うリュウの根性を、三人は認めたが返すのは睨み。呑気なことをしている場合ではない。


「見ィつけた~!」


 場の空気が落ち着いたその時だった。天井を崩した即席の障壁を髪の毛が突き破り、リュウの頬を掠めた。四枚の障壁もまるで生肉のように串刺しになっている。

 あまりの出来事に足を止めてしまった。その僅かな時間で四枚の障壁をさらに壊し、リュウ達の目の前までやって来る。狂気に包まれた微笑みが、嫌が応にも見えてしまった。

 

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