61 唸る炎球、怒る水拳(後編)
「いいッスか? ポイントは押しすぎず引きすぎずッス」
凛々しい顔で、情けないことを口にしたゾット。
試合の結果といえば、勿論イクトチームの圧勝だった。時に水が炎を打ち消し、雷がコート上に降り注ぐ。試合中の一時は、様々な魔法が飛び交うまさに地獄絵図だった。
そんな泥仕合の敗者は、今異性に遊びの誘いをするべく、白き砂浜を歩いている。
一方の勝者と言えば、日光浴に海水浴、砂のお城作りを満喫している。因みに負けたマリーだが、リュウへ伸びたティナの鉄拳のお陰で、現在砂の城下町作りという名誉ある役職に就いている。
だが、リュウとゾットのお馬鹿コンビは、色々な意味で燃えていた。
「お姉さん達~、一緒に遊ばねッスか~?」
「俺らと熱い beachball しようぜー」
その後数分で燃え尽き、無事にティナ達のもとへ身なりを小さくして戻っていった。
リュウ達は、この後ビーチフラッグ対決や、波乗り、その他色々な海ならではの遊びを満喫した。たとえ、戦闘技術を学ぶ学園に入っているとしても、彼らはまだ十五歳の少年少女だ。はしゃぐ時は大いにはしゃぐ。
陽も落ち始めたそんな時、底無しの体力を見せつけていたリュウでさえ疲れるそんな時、とあるレイジー家御息女の作戦は開始される。
「ずっと海にいたから、なんだか喉が乾いてきちゃった」
「僕もです」
マリーに一番に乗ったのはイクトだった。
「リュウ、お金は渡すから飲み物を買ってきてくれないかな?」
タイミングを見計らってロイはリュウに頼む。既に不自然なまでに揃った人数分のジュースのお金が手にはあった。
「いいけど、一人じゃさすがに……」
リュウはひどく困った様子で腕を組む。七人分は少し多いようで、助けを求める。
「僕とゾット君は保護者だからここを離れられないし、イクトは浮き輪を萎ませてくれてるし、アルはパラソルを畳んでくれてる。残ってるのは、ティナだけだね」
ロイは話しながらチラチラとティナに合図を送っていた。
もう、ここにいるリュウ以外はこの作戦に気づいている。ティナは顔を赤らめていた。夕日に隠れているのか、やはりリュウには伝わらない。
「多い方が良いんだったらマリーも残ってるじゃんか」
「マリーは今から別荘で食事だよ。ちょうど牛が一頭調理場に入った所だよ」
「そうなの、お先にごめんね」
「お、おう……」
恐らくこれから夜まで食べ続けるのだろう、夕飯を食べようと自分達が合流しても尚食べるんだろうと、リュウは納得するしかなかった。
「じゃあ、行こうぜティナ」
リュウはティナを誘い近くにある海の家へと向かっていった。
後ろからニタニタと笑みを投げるロイ達の視線に気づくこともなく、顔を紅潮させたティナと共に砂浜の上を歩いていく。
「そういや小さなレストランあったな」
「あ、そこ今日休みだって、マリーが」
「はあ? なんで?」
「さあ?」
勿論、それも計画の内だ。マリーがレストランの店主にアタッシュケースを渡した直後大急ぎで店を片付け始めたと、ティナは後々聞かされることとなる。笑顔で店を操ったその出来事は、少しの間そこのビーチで話題になったことも、ティナは後に聞かされる。
仕方なくリュウ達はそこからさらに東へと向かった。どんどん皆のいる場所から遠くなることに面倒臭さを感じるものの、喉の乾きには変えられないと歩くことを決意した。若干の諦めもあった。
「そういえばさ」
「何よ」
「さっきゾッちゃんとこっちまで来たんだ。そこがさ、その……」
「早く言いなさいよ、じれったい」
夕暮れ時の砂浜を、海岸線に沿って歩いていた二人。そびえる崖が左に続く砂浜を隠している場所だった。その先にあるはずの自販機へ向け、ティナはリュウと共に曲がろうとした。
リュウが気だるそうに言った意味を理解しようともせず、見えなかった海岸線の続きに出るように左に曲がった。
そこには、それこそ先程と同じように白い砂浜が続いていたのだが、どこからどう見ても先程とは雰囲気が違っていた。
「こうなんだよ」
そこには、派手なビキニ姿を惜し気もなく見せつける女性達がいた。そしてその女性達一人一人に嫌らしい目付きと手つきでピッタリくっつく男達の姿があった。
それらは、まさにカップルだったのだ。五十組以上のカップルが、全員そこにいたのだった。
「さっき来たとき聞いたんだけどここだけラブビーチって言って、カップルのためだけの場所らしいんだ」
それを見た瞬間、広い砂浜で何をやっているんだと呆れたティナ。
「自販機ここ越えないと行けないんだよ」
そして、マリーへひどく怒りが芽生えた。
ここを通ることが絶対であり、しかしここを通るにはカップルとしてでなければならない。しかし、その相手は現在リュウしか見当たらない。そこが問題なのだ。
「わ、私は、べべ別にリュウのことなんて……」
好きなのだ。いつからだったかも覚えていない程にリュウのことが好きなのだ。
「何言ってんのお前?」
馬鹿で能天気で鈍感なこの赤髪青眼の少年が好きであるがために、ここまで動揺していた。
「そうじゃなくて! どうすんのよ!」
「しょうがねーだろ。我慢してくれよ」
肘を出してきたリュウに、我慢などないとティナは心の中で突っ込んだ。腰に手をあて、丁度三角形の隙間が出来ている。肘を入れろと眼が訴えかけていた。
「は、はあ? ちょちょ、ちょっと待ってよ。どうしてそうなんのよ!」
「しょうがねーだろ」
自分を想っての行動なので悪気はない上に、これは絶好のチャンスだとも思っているティナ。それでも躊躇してしまう。
(リュウと腕を組むなんて、そんな急に……)
何故か速くなる心臓の鼓動。赤くなる頬。沈む夕日の彩るオレンジ色の空気の中でもよく映えるような紅潮だ。
「早くしろよ」
「え? は、はい!」
見せてくる男らしさに、思わず堅苦しく返してしまったティナ。触れる肌と感じる体温が心地好い。一層鼓動が速まった気がした。
「なあなあ、今日の波マジヤバかったよな~」
突然の、心を入れた芝居だった。
チャラチャラとしたこの浜辺の空気感に溶け込むために考え出したこの芝居だが、リュウの想像する「チャラ男」の像が、中々残念だとティナは唖然とした。自称チャラ男を隣に携えたティナは別の意味で顔を赤くする。
「……乗れよ。はずいだろ……!」
「……もっと上手くやんなさいよ」
一つの咳払いを挟むティナ。ラブビーチに溶け込むためには、仕方がないと腹をくくる。
「ええ~。リッくん波とかわかるの~? 超ヤバイ超かっこいいんですけど!」
髪の毛をくるくる弄りながらティナは豹変した。
(り、リッくん!?)
目を丸くしたリュウだが、元々は自分から始めたこと。ここで乗らないリュウではない。そもそも彼は、馬鹿で能天気で鈍感なのだ。
「当たり前だろ、ティナりん。俺は海の天狗と呼ばれた男だぜぇ?」
「海なのに山の妖怪とか、マジヤバいんですけどぉ~」
「だろぉ? 俺には山も海もそこら辺の石ころにしか見えねーぜ」
ピキリと、ティナは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「え~。リッくん言ってることわかんないけどすごーい」
「ティナりん頭悪いからな~。かわい子ちゃんめ」
「リッくんの方が頭悪いじゃ~ん。もうカワイイ!」
「あぁん? ティナりんはカワイイしか言えてねーだろ?」
遂に、それは訪れる。
「何よ、変な芝居に付き合わせて。そもそもこんなの意味無いわよ!」
「うるせーな! お前だってノリノリだっただろ?」
「仕方なくやってあげたんでしょ? 気づきなさいよリッくん」
「んだと? マジヤバのティナりん」
「変な異名付けないでよ変態リッくん!」
いつの間にか全面衝突を果たしてしまったのだった。リュウと真っ向からぶつかるティナの姿を、その周りのカップル達は青ざめながら見ていた。
この浜辺の空気感をおもいきりぶち壊し、自然と開けた道をいくリュウとティナ。結果的には無事に全員分の飲み物を買い終えたのだった。
* * *
「な、何があったんスか……」
帰ってきた二人を見たゾットはただただ困惑する。二人は終始火花を散らしている。
「ティナりんが悪い」
「え、ティナり……。え?」
「リッくんが悪い」
「リッくん?」
ゾットは二人の会話に付いていけなかった。これ以上刺激するのは良くないとリュウの横に移動し、怒りに震えているティナを視界に入れないように背を向ける。
「何があったのかわかんないけど、とりあえず謝った方が──うわ!」
買ってきてもらった炭酸飲料の缶の蓋を開けたゾット。一連の騒動中に振られていたそれの中身は飛び出し、その驚きで後ろに反り返る。
ちょうど真後ろにいたリュウは、被害を受けゾットと一緒に後ろへ倒れた。その先には今も怒りに震えているティナの姿があったことにも気づかずに。
リュウはジュースが絡むと不幸になる体質なのか、そのまま三人は白い砂浜に倒れ込んだ。ロイやイクトも心配そうに駆け寄ったが、既に何もかもが遅かった。
「いてて……ん?」
何故か右手に違和感を感じたリュウ。体勢を建て直す前に確認する。そこには見覚えのある水着と、柔らかい何か。と、ティナの顔がある。
至近距離のティナの顔を見つめて、右手に感じた違和感の正体を確かめる。よく揉みこみ、柔らかさを確認する。
「や、柔らかいけど、す、少ねーな」
苦笑いで咄嗟にそう答えたリュウ。
「こんの、変態!」
海水で作り上げた拳が、落ちた。その日、砂浜の一部がティナの魔法によって消失した。




