60 唸る炎球、怒る水拳(前編)
「フンフンフ~ン」
朝早くから、鼻唄混じりに髪の毛をセットする。眠気もぶっ飛び、昨日から寝付けなかった自分が嘘のようだと鼻で笑う。
透き通った南国の海を連想させる水色の髪を、後ろで一つに纏めゴムで縛る。お気に入りの触手型生物を模したゴムだ。毛先を直し、前髪も今一度確認する。ドレッサーに櫛を置き椅子を発つと、近くに置いてあるトランクの取っ手を引っ張り出す。
「……あ」
思い出したように一言呟き、壁に掛けられている日めくりカレンダーの紙を一枚剥がす。
ついに、待ちに待った夏期休暇がやって来た。水色の髪を揺らしドアまで駆け寄ると、自動で点く電球。しっかりと靴を履き、少女はドアを開ける。
少し重たいトランクを一声掛けて外に出し、自分もドアの隙間を潜り抜ける。ポケットにしまっておいた鍵で施錠をし、またしまう。その少女──ティナ・ローズは笑顔で転送魔法陣に乗った。
「ふふ」
思わず笑みが溢れた。集合場所である一階には既に全員が揃っていた。
眠そうに大あくびをかましているリュウを筆頭にアル、マリー、イクトの四人。今回はそれに加えて、【アルテミス】五番隊副隊長ゾットと、本部隊士と偽る実際は元帥のロイもいる。
「おせーよ」
着いて早々ティナは、いつもは遅刻が当たり前のリュウにそう言われる。ティナは集合時間の五分前に来たのだが、遅刻魔リュウはそれよりも早く来ていたのだった。日頃の行いのせいで、この場合いつもならばリュウに対し苛立ちが募るが今日は違う。
「ごめんごめん」
笑顔の謝罪をし、寮の出入り口まで走る。
「ほら、早く行こ!」
「待って待って。今から転移魔法陣組むからそれで行くッスよ」
凛々しい眉を上げ、中性的な顔立ちのゾットが笑顔で急くティナを止める。すぐに寮の出入口の前の開けた場所に魔法陣が展開された。
「座標の確定までは終了。重量計算と空間干渉率の補正は省くんで、もし変になったらごめんッス」
上級の中でも限りなく最上級に近い無属性の魔法、それこそが【転移】という魔法だ。
だが仕組み自体は簡単である。
空間Aと空間Bを魔法陣で繋げ、瞬間的に双方の魔法陣に乗る空間ごと入れ換えるという魔法。魔法陣の上に乗るものは、分子の一つでさえ転移されるため、行く先に質量物があったとしても問題ない。転送ではなく転移の魔法。
重さや空間の歪みの計算を自分で行わなければならない上に、かなりの魔力と集中力を要するという点がこのランクの所以だ。ゾットは自分の荷物ごと魔法陣に乗った。
「たぶん大丈夫ッスね」
「よっしゃ一番乗り!」
光り始めた魔法陣を足でつついて確認してから明るく告げる。ワクワクの止まらなかったリュウはすぐさま魔法陣に乗り込んだ。それから数秒の後にリュウは姿を消した。それに続く全員が空間を移動した。
「おお」
周りの空気ごと移動したため、どことなくまだ寮の前にいる気分だったのだが、それもすぐに終わる。そうして、しなくても良い筈の状況の整理が始まる。
「うっわ……」
「大きいね」
目の前に現れたのは豪邸だった。波の音が聞こえる場所だというのに海が見えない。高台で見晴らしは良いはずなのに、豪邸の影に自分達は立っている。存在さえ霞ませるほどに、その建物は広壮だった。
白というよりはベージュ寄りの大きな壁には数えきれないほどの窓があり、建物の中央にある大きな扉とその窓とが上手く合わさり、まるで一つの芸術品のよう。
見渡せば、周りには様々なものがあった。魔物を象った彫刻の口から水が出て、その周りに出来上がる花のアーチに鳥がさえずる。
敷地内のど真ん中に転移してしまったために、周りを見ても庶民的な救いがない。
「ここがマリーの別荘?」
誰も聞けなかったのでロイが聞いた。
「レイジーが所有する内の一つです。大きさはとても立派ですが少し古いのでお手洗いが人数分ありません。申し訳ないです」
「いやいや、トイレがむしろ人数分あるとか意味わかんねーよ」
「あ、でもお部屋は一人三部屋くらい使えるよ。リュウ君にも満足してもらえるようにお掃除も完璧だよ!」
「何で三つもあるんだよ。保存用と観賞用と普段用か! オタクの三原則か!」
「あんたもフライパン同じの三つずつ持ってるもんね」
加減の分からない『レイジー』に全員が萎縮する。アルに至っては、無言のままその場で三分ほど制止していた。その間にマリーは、服のポケットから鍵を取りだし扉を開けた。重厚な扉の開く音でさえ、何かが違う。
「それにしても一々期待を裏切らないのね」
色鮮やかな赤絨毯を仰いでから、大きな階段を目にする。規格外の内装はもはや安定している上に、値段さえわからない世界各国の鎧甲冑が展示されている。夜中になると動き出しそうだった。
「とりあえず俺はこの部屋!」
ようやく順応したリュウは一番に部屋を決めた。ティナの文句もゾットの文句も受け付けず、直ぐ様陣取る。
そこは建物の奥の中央に位置する所で、大きさも去ることながらオーシャンビューなのが特徴の部屋だった。右隣がティナで、左隣がロイとなった。
「この後の予定だけど、朝食のあと早速行っちゃう?」
「良いね!」
「良いッスね!」
唯一の保護者となってしまったロイは目の前の食事をかきこむリュウとゾットよりも頼りになる。
「ごっそさん!」
「早っ!!」
「ちょっと、みんなで一緒にって言ったじゃないの!」
一瞬で食事を腹に収めたリュウが飛び出す。
「まるで嵐だ」
全員はあきれる他にこの感情の行き先を思い浮かばなかった。
「海だ~!」
見渡す限りの無色透明、どちらかといえば水色。底まで見える透明度。泳ぎ回る魚ももちろん、虹色に光る貝だっている。
照りつける太陽のもとに集った面々は、一面に広がった砂浜に感動した。海風の香りと海鳥の鳴き声。五感全てを支配するような感覚は、海でしか味わえないものだった。
透き通る水にリュウは全身をダイブさせ、一大イベント海水浴の火蓋を切って落とした。爽やかな飛沫と、白く光る砂粒が、見ていたティナ達のほうにまで飛んでいる。
「もっと静かに遊びなさいよ」
「海で静かに遊ぶやつがあるかよ!」
「……確かにそうかも」
直射日光を避けながらの注意は無駄骨に終わった。どころかリュウのテンションに引き込まれそうなティナだった。
「準備体操しなきゃ駄目ッスよー!」
「いやぁ、若いっていいね」
「そっか、ロイさん四捨五入したら三十ッスね」
「ゾット君またそれ。この前ジムのスタッフさんにも言われたよ」
白くキラキラと輝く砂浜の上で、リュウを追いかけるイクトとアル。日焼け止めを塗り終わり駆け出したマリーとティナ。時の流れを残酷に思うゾットとロイ。
「ハーハッハッハ! 俺がトップだ!」
リュウ、アル、イクトの競泳大会は、既に折り返し地点まで進んでいた。
ここは、プライベートビーチではないので、他の遊泳者もいる。レイジー家の別荘が見える浜として、旅行誌などにも載るような所だ。
雲ひとつ無い快晴、絶好の海日和のこの日は遊泳客も多い。あまり都会ではないため溢れる程では無いが、それでもかなりの人数だ。その人混みのど真ん中に彼らはやって来たのだ。
学園でも話題に上がるほどの整った顔を持つイクトとアルに加え、完璧なプロポーションを誇るティナ、そして邪悪さの一切無い透き通った可愛さを持つマリーを見る周りの人達の目は、言わずもがな。
皆通りかかるたびに一度立ち止まる。
中性的な顔立ちで女性受けのよいゾット、野性味の残る顔立ちのイメージ通りやんちゃなリュウ、そして、一見すればモデルと勘違いしてしまうようなロイも加われば、人だかりが出来てしまうかもしれない。
その日、ビーチではちょっとした話題になったという。
「第十三回、チキチキ熱き魔導師の戦い! 超モーレツビーチバレー対決ぅ~!」
リュウがいつ用意していたのかもわからない垂れ幕を広げ、高らかに宣言する。アシスタント兼用具係のゾットとロイが共犯だった。
「いつ十二回もやったのよ」
「それは皆の心の中で」
ティナの冷たい視線をゾットが苦笑い、準備は完了する。ロイが召喚したネットとポールをセットし、ゾットとリュウはその間に白線を引く。中々の連携を披露し、直ぐにコートが完成した。
「アルが審判をやるから、三対三だな。メンバーはくじ引きで決めまーす」
くじ引きの結果、リュウ、マリー、ゾットのチームと、イクト、ティナ、ロイのチームに決まった。さっそくリュウがボールを持つ。
「罰ゲームは勿論「ナンパ」! 負けたチーム全員で口説くんだからな!」
「は、はあ? なんでそんなことになってんのよ!」
「うるせー、ゾッちゃんが考えたんだよ!」
「海と言えば女の子ッス!」
既にサーブポジションに入ったリュウが言った。
「行くぜ、ファイアーボール!」
「負けられないよ、リュウ君!」
「絶対勝つッス」
その目に闘志を宿し、勝利への執念をぶつける。
「僕はそうでしょうけど、ティナ達女子もナンパするんですか?」
「うるさいわね、集中して!」
「……ははは、すごい気合いだね」
命と命のやり取りを彷彿させる、全身全霊のこもった闘い。
「くだらない」
冷めた一言が試合を開始させる。
照りつける陽の下、少年少女+大人の真剣勝負が幕を開けた。何から何までくだらないしふざけたものだが、やるからにはとことんやらなければならないと、皆は後に語った。高まる魔力と、炎に包まれるビーチボール。
──熱き戦いが、今始まる。




